柏恵美の理想的な殺され方

さらす
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第十四話 ゴールド

公開日時: 2020年10月3日(土) 20:17
文字数:2,327


 ……何が起きているのでしょうか?


 黛先輩が、階段の下に落ちていきます。


 先輩はこう仰いました。


「私は、『彼女』を守るためなら裏切りでも何でもするわ」


 それが、この行動とどう繋がるのでしょうか。

 ですが、私が考えを巡らすヒマもなく……




 黛先輩の体は階段を転がり落ち、踊り場の床に衝突しました。




「ま、黛先輩!」


 私にしては珍しく大声を上げてしましました。当然です、あれほど求めた『特殊』な存在。その可能性のある御方が今目の前で階段から落ちたのですから。


「う……」


 床に横たわる黛先輩はうめき声を上げています。私は先輩に駆け寄ると無事を確かめました。どうやら意識はあるようです。


「先輩! これは一体……?」


 私は普段は髪で隠している右目が露わになるのも省みず、黛先輩にお声をかけました。何故でしょう。何故先輩はこのようなことをされたのでしょうか。


「あんたの、質問の答えよ……」

「質問……?」


 黛先輩は体を起こされました。苦しそうではありますが、どうやら怪我は大したことは無いようです。


「……私は『彼女』のためなら、裏切りでもなんでもする。そして、『彼女』の障害になるのなら自分自身も叩き潰す。そういうこと」

「じ、自分自身も?」

「私がいることでアンタを刺激して、『彼女』に危険を及ぼすのであれば、一旦私自身も『彼女』から離れるべき。そう考えたのよ」

「そ、そんな……」


 黛先輩は何を仰っているのでしょうか。自分自身さえも『あの人』の障害なら叩き潰す?


「それに、こうすればアンタも『彼女』から引き離せるしね……」

「え?」

「……アンタの指紋が私の制服の胸部分に付いている。そして私は階段から落ちた。この二つが解れば周りはどう思うかしらね……?」

「……!!」


 そういえば、先ほど先輩は私の手を胸に押し当てました。まさか、それは……


 私が先輩を突き落としたように仕立てあげるためだったと言うのでしょうか?


 そうまでして、自分の体を傷つけてまで私を追い詰めたかったのでしょうか? いや違う。これはそうではありません。全ては……



 全ては、『あの人』を守るため。



「……今、『彼女』は自らが殺されることを望んでいる。私はそれが許せない。『彼女』を守りたい私にとって、『彼女』は敵なのよ」

「ですが、先輩は『あの人』のお友達なのでは? 『あの人』の願いを叶えるという選択肢もあるのではないですか?」

「そうね、それも友達として正しい関係なのかもしれない。でも、決めたの」

「決めた?」


「私は、『彼女』を守る。そのためなら『彼女』自身とも、自分自身とも敵対する。私のエゴを周りに押し付けて自分の手を汚すことを決めたの」


「……」


 ……これです。

 これだったのです! 私はこれを求めていたのでございます!

 黛先輩はまさしく、『あの人』のために動いていらっしゃいます。そうにも関わらず、『あの人』の目的を完全に妨害し、敵になることも厭わない。

 『普通』の人間ならそんなことは出来ません。どうあっても人間は自分を守りたいのです。自分が嫌われることが怖いのです。それが親しい相手ならなおさら。

 ですが先輩は望みません。『あの人』に好かれることを望みません。綺麗ごとばかりで着飾る竹林先輩とは雲泥の差です、先輩は目的の為なら手を汚すことを厭わないのです。

 

 やはり、私の目に狂いは無かった……



「……黛先輩、私は思うのです。あなたのその思想を表すには、既存の言葉では足りないと」

「……」

「あなたは『金将』でございます。最も『王』の近くでその身を守りながら、場面によっては『王』と敵対することもある、『金将』……」

「……」

「ですが普通の『金将』とは違い、例え敵対したとしても、あなたの心は常に『王』の元にある。なので、私は……」


 精一杯の尊敬を込めさせて頂き……



「『金将ミス・ゴールド』、あなたをそう呼ばせて頂きます」



 そして私は、黛先輩に深々と礼を致しました。


「……止めてくれる? 私は黛瑠璃子以外の何者でもない。そんな恥ずかしい名前で呼ばれる筋合いはないわ」

「ですが、私はあなたを見続けたいのでございます。『特殊』であるあなたに関わり続けていたいのでございます。私の最終目的はそれなのですから……」

「でも、私はアンタを追い詰めることも出来る。それを忘れてはいないわよね?」

「……ひひひ、そうでございました」


 私としたことが、いつもの笑いを忘れてしまうほどに真面目な顔をしてしまいました。そう、私の運命はこの方が握っているのでしたね。


「ですが私は……必ずあなたの元に戻ります。そして、あなたの姿をこの左目でしっかりと捉えさせて頂きます……その時はまた、よろしくお願いいたします、ひひひひひ……」


 私は普段隠している、『ほとんど視力の無い右目』を閉じ、左目でしっかりと『ミス・ゴールド』を見て、『カーテシー』を披露させていただきました。




 ※※※



「おやおや、今日は君が包帯を巻いているのか」

「う、うん、階段から落ちちゃってね」



 あれから数日、閂は再び私の前から姿を消した。

 結局私は階段から転んで落ちたことだけを周りに伝え、閂がいたことは言わなかった。

 ……正直言って、あの女も十分に『特殊』だと思う。ネーミングセンスとか。だからもう関わりたくない。


 気を取り直して、目の前にいる『彼女』を見る。


「さて、もうすぐ君も卒業か」

「うん、あのさ、大丈夫?」

「何がだね?」


 私はもうすぐ卒業してしまう。だけど、『彼女』はまだこの学校にいる。

 『彼女』のすぐ近くでその身を守れないのがもどかしい。こんな不安な気持ちで卒業したくはない。


 そう、私は望んでいない。『彼女』が危険に晒されるこの日常を望んでいない。


 だから私は心に誓う。



 絶対に『彼女』を守り通し、私が望む日常を掴んでみせると。




黛瑠璃子の望まない日常 完

これにて、第1.5部『黛瑠璃子の望まない日常』は完結です。

次回より第2部が始まります。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

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