数時間前。
「やはりアンタは柏恵美を『死体同盟』に迎え入れるつもりなのか」
『死体同盟』のアジトにいた俺は、空木と話していた。
「そうですよ、柳端さん。私にとって、それは悲願ですので」
「アンタの事情は知らないが、アンタの目的は知っておきたい。柏を『死体同盟』に迎え入れて、アンタは何をしようとしている?」
「そうですね。柏恵美さんを『死体同盟』の盟主として迎え入れ、我々を次のステップに歩ませたい。そう考えております」
「次のステップだと? それは具体的にどういう状況を意味しているんだ?」
空木は柏を『死体同盟』の盟主に据えたいようだが、『殺されたい』と考えている柏と『死体同盟』の理念が必ずしも合致するとは限らない。空木の考える『次のステップ』が何を指しているかで、柏の反発を招く可能性は充分にある。
「そうですね。柳端さんにお聞きしますが、あなたがこの『死体同盟』に協力している理由は、あなたも多少なりとも生きづらさを感じているからではありませんか?」
「……」
生きづらさ。確かに俺はそれを感じている。
いや、俺だけじゃない。綾小路や他の『死体同盟』のメンバーも、多少なりとも生きづらさを感じてここに集まっている。生花はどうか知らないが。
「ですが、柏恵美さんはどうでしょうか? あなたは彼女が生きづらいと考えていると思いますか?」
「どうだろうな。俺じゃ、あの異常者の考えなんてわからない」
そう答えながらも、俺は心の中で空木の質問にNOと答えていた。
確かに柏はあれだけ『殺されたい』と考えていながらも、特に生きづらさを感じているようには見えない。というより、どちらかというと人生を楽しんでいるようにも見える。今は黛の支配下にある柏だが、ヤツはその状況にもどこか満足感を得ているようだ。
そんな女が、なぜ自分の人生の全てを他者に奪われたいのだろうか。俺から言わせれば、それはせっかく得た幸せを自ら手放す行為だ。到底理解できるものではない。
「そう、わからない。わからないのですよ柳端さん。私たちはまだ、柏恵美さんを理解していない。彼女がなぜ『殺されること』を望むのか。なぜ自分の人生に満足感を得ている彼女が、それを捨ててまで自分の死を望むのか」
「アンタはそれを知りたいってことか?」
「私もそうですし、おそらくは柏恵美さんと出会うことで、他のメンバーもその疑問を抱くでしょう。そして我々が柏恵美さんを真に理解した時、私たちは何を思うのか。死を恐れるのか、死を求めるのか。私はそれを知りたいのです」
「……」
確かに、俺も近いことを感じたことはある。なぜ柏は『殺されること』を望むのか。
そもそも柏恵美という人間は、強い。ヤツと関わってから数年経つが、その間だけでも柏はいくつもの命の危機を経験している。仮に柏の『殺されたい』という願望がただのポーズなのだとしたら、実際に命の危機を感じた時点でその恐怖が心に刻み込まれ、二度と『殺されたい』などとは言えないだろう。
だが柏は何度も本当に死にかけているにも関わらず、自分が殺されるという願望を抱き続けている。それはアイツの精神が常人とはかけ離れて強靱であるという表れに他ならない。
柏恵美という人間は、弱さ故に死を求めているのではなく、強さ故に死を求めているのだ。
考えてみれば、とんだ矛盾だ。弱いから死ぬしかないと考えている人間とは真逆。強靱な精神力を持ちながら、殺されたいとも考えられる。
だがもし、そんな人間を真に理解できるとしたら。
俺たちは、死を克服できるのかもしれない。
「つまりアンタの目的は、柏の影響を受けることで自分たちがまだ死を望むのかを見極めたいということか」
「そうですね、言ってみればそんなところです」
「そのために俺を『死体同盟』に勧誘したのなら、俺は何をすればいい? 柏を招き入れるために、俺はどう動けばいい?」
「話が早くてなによりです。端的に言ってしまえば、柏恵美さんをこの場所に連れてきていただきたい」
「それだけでいいのか?」
「ええ。連れてきていただければ、後は私が柏さんを勧誘いたします」
「……わかった」
おそらく空木が柏に直接接触するのは難しいのだろう。空木と柏に直接的な接点がないのだとすれば、黛が柏をガードしてしまう。
だが俺なら、黛の警戒心を解いて柏を連れ出せるかもしれない。そのために空木は俺を『死体同盟』に招き入れた。俺や柏たちについて、相当調べたのだろう。
「だが空木さん。俺のケガはまだ完治したわけじゃない。ギプスは外れているが、力尽くで柏を連れてこれるわけではないということは承知しておいてくれ」
「構いませんよ。私としても手荒な行いは避けていただきたいので。しかしそうですね、もしもの事もありますし、こちらも人員を増やしますか」
そして話し合いの結果、俺と綾小路、そして湯川の三人で柏に接触することにした。生花は既に黛と接触しているし、鎚屋では歩行に難があるということでの人選だ。
携帯電話で柏にメールを送って居場所を聞き出すと、柏はS市立大学の中庭にいると返信が来た。それを受けて俺たち三人はすぐにアジトを出発した。
そして一時間後、俺はS市立大学の中庭で、柏と話していた。
「おやおや柳端くん、君の方から私に会いに来るとは、珍しいこともあるものだね」
「……確かにそうだな」
ちなみに今、柏と直接話しているのは俺一人だ。綾小路と湯川は遠くから俺たちの様子を伺っている。
「ふむ、しかし君は学校はどうしたのだね? 今日は火曜日だが」
「お前に俺を心配する心があるのか?」
「心外だね。君は香車くんが友人として選んだ男だ。私としても、君が満足する人生を送って欲しい気持ちはあるのだよ」
「友人、か……」
柏の口から香車の名前が出てくると、複雑な気持ちになる。
俺は以前、柏を憎んでいた。柏こそが香車の死の元凶であると決めつけていた。
だが実際は、俺も香車の本性を否定していた。それどころか、香車があまりにも遠い存在だったと理解してしまった。そんな俺が、柏を憎むことなどできない。
黙り込んだ俺を、柏が不思議そうに見つめる。
「……どうやら、今の君は以前の君とは違うようだね。上手く言えないが、覇気がないように見えるよ」
「俺のことはいい。ところで黛はどうした?」
「ルリなら、樫添くんと話があるとかで、大学を離れているよ」
黛はここにいない。なるほど、これはチャンスだ。
「そうか。それなら俺がお前を連れ出しても問題は無いな?」
「……ほう?」
俺の言葉に、柏は面白そうに笑った。
「よもや君が私を連れ出そうとはね。これはさすがのルリも予想していなかった事態だね」
「無駄口はいい。とにかく一緒に来てもらうぞ。言っておくが、お前に拒否権はない」
俺はそう言いながら、綾小路と湯川を呼び寄せて柏を取り囲む。
「初めまして、あなたが柏恵美さん、ですね?」
「へー、思ったより綺麗な人なんですね」
綾小路と湯川は柏を取り囲みながらも、友好的な態度で接した。それを見て、柏は薄笑いを浮かべる。
「くふふふ、なるほど。ついに君も私を殺そうと動いた……そういうことでいいのかな? そのための仲間も連れてくるとは、用意周到なことだね。実にいいよ」
「そうじゃない。お前に会いたいヤツがいるってだけだ。それと、綾小路」
「なに?」
「柏のカバンの中にたぶん黛が仕込んだGPSの発信装置がある。それを探して、その辺に捨てておいてくれ」
「わかった」
陽泉の一件の時に、黛が柏の位置情報を監視しているのは予想がついていた。おそらくそれを探し出しておかないと、黛はすぐに柏を追って俺たちを捕まえに来るだろう。それはまずい。
「あったよ、柳端くん」
「よし。それはそこのベンチに置いてくれ。それじゃあ、いくぞ」
「ふふ、柳端くんは私を連れ去り、どんな方法で殺害するつもりなのか……非常に楽しみだよ」
「……俺はお前を殺したいわけじゃない」
相変わらずの態度を取る柏を見て、俺は改めて思う。
こいつは揺るがない。黛に自分の願望を潰されようと、何人もの人間に命を狙われようと、自分が殺されるという願望を抱き続ける。
どうしてそこまで『殺されること』を望むのか。もしかしたら本当に、こいつを理解することで、俺は死に向かってしまうのかもしれない。
だが今は、その答えが出ることはなかった。
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