アタシが『死体同盟』に加入して一週間が経った。
かと言って、別にアタシの生活が劇的に変わったというわけではなかった。これまでのバイトや学校に通う生活の中に、『死体同盟』の拠点に行くことが加わったというだけの話だ。
だけどその間に、アタシはメンバーの身の上話を聞いたりした。
「じゃあ、鎚屋さんって小さい頃から日本代表を目指してたんですか?」
「そうよ、ずっと夢だった。オリンピックに出て、自分の存在を世界に知らしめるのが」
そう言いながら、鎚屋さんは自分の右足をさする。
「これじゃもう、無理だけどね」
「……」
子供の頃からの夢が、一回の事故で潰れてしまった。絶望するには十分すぎる出来事なんだろう。
「陸上選手としての価値がなくなったと同時に、マスコミやスポンサーも私から離れていったわ。ま、当然だけどね。私に残ったのは両親が残した財産くらいよ」
「この家も、ご両親の持ち物なんでしたっけ?」
「そうよ。おかげで資金面には苦労してないけど、それだけ。いくらお金があっても、足を治せないんじゃ私にとっては価値はないわ」
鎚屋さんの絶望。それはアタシとは比べものにならないものなんだろう。
「私の話はこんなもん。それで、綾小路さんは少年院に入ってたんだっけ?」
「……はい。アタシ、世の中を舐めてましたから」
「世の中を舐めてた、ねえ。ま、十代なんてそんなもんだとは思うけど、やんちゃが過ぎたってことでいいのかな?」
「そんな立派なもんじゃないですよ。ただ単に、アタシがわがままな子供だったってだけです」
今だから思えることだけど、以前のアタシは自分が優れた人間だと勘違いしていた。周りがアタシに合わせてくれていたのに、自分が上手くやれる人間だと勘違いしていた。そして、合わせてくれなくなった結果、痛い目見たということだ。
「わがままな子供だったってことを、少年院に入ってやっと悟ったんです。本当に、どうしようもないですよね」
「なるほどね……」
「ヒャハハ、レイ嬢に佳代嬢。楽しそうじゃないか、アタシも混ぜておくれよ」
笑い声を上げながら、沢渡さんがソファーに座る。
「そういえば、アタシはまだ沢渡さんがどういう経緯でここに来たのか聞いてないけど」
「ヒャハッ、アタシかい? アタシは別に特別な理由があるわけじゃないさね。ただ楽しそうだからここにいるだけさ」
「楽しそうだから?」
「アタシは人生の『絶頂期』を求めている。退屈な人生をダラダラと送ることが怖いのさ。だから『絶頂期』に到達したらすぐに死にたい。それだけさね」
「……」
なんだろう。まだアタシはメンバー全員のことを全然理解してないけど……
沢渡さんだけは、『死体同盟』の中でも異質な存在だと感じた。
「皆さん、お集まりのようですね」
ホールに空木さんの声が響き、空木さんと湯川さんが奥の部屋から出てくる。
「さて、本日は綾小路さんにも『死体』の体験をしていただこうと思うのですが、いかがでしょうか?」
「え、アタシが?」
「ええ、ただこれは強制ではありませんし、単なる提案だと思っていただいて結構です。綾小路さんの意志を尊重します」
『死体』になる。正直言って、まだ怖い。アタシが『死体』になったらどういう気持ちになるのか、全くわからない。だけど……
「あの、空木さん」
「はい」
「アタシ、『死体』になってみようと、思います」
アタシは気づいたら、その提案に乗ってしまっていた。
「かしこまりました。ではまず、綾小路さんの理想の死に方をお聞きしましょうか」
「……」
理想の死に方と言われても、今までそんなことを考えたことはなかった。アタシはどうやって死にたいのか。どんなことをされて、死にたいのか。
その時、アタシの頭をよぎったのは、今まで自分が足蹴にしてきた人たちだった。クラスの男子を利用していじめた同級生や、飽きたらあっさりと振った彼氏、そしてアタシにお金を取られたバイト先の店長。そういった、自分が踏みつけてきた人たちのことを思った。
そうやって、他人を踏みつけてきたアタシがどうやって死ぬべきなのか。そう考えると、答えは出た。
「空木さん、あの、『圧死』の死体になったり、できますか?」
「圧死、ですか? 本格的なものは無理ですが、その想定でしたら血糊などで可能ですが」
「アタシ、他人に踏みつけられて、死にたいです。今までそうしてきたアタシには、似合いの死に方だと思います」
「……わかりました、準備しましょう」
そう言って、空木さんはアタシを二階の奥の部屋に連れて行った。
二階の奥にあったのは、よくテレビなどで見る楽屋のような部屋だった。大きな鏡の前にいくつかの椅子があり、メイク道具が揃っている。
「こちらはメイク室です。ここで死体のメイクをしてもらいます」
空木さんがそう言うと、その後ろからメガネをかけた沢渡さんがやってきた。
「さて、メイクならアタシに任せておくれよ。ばっちり仕上げてやるからさ」
沢渡さんはそう言いながら、メイク道具を手慣れた手つきで選んでいく。アタシも人並みにお化粧はするけど、死体になるためのメイクなんて、どうするのか想像もつかない。
「ま、アタシも別に本格的な特殊メイクなんて知らないのさ。ただファンデとか使って、それっぽく顔色を仕上げるだけ。あとは……」
沢渡さんは、メイク道具の中から一つの瓶を取り出す。
「血糊でアンタの『死体』を演出するだけさ」
……アタシが潰れて死んだとなれば、当然ある程度の出血はするのだろう。内臓が破裂したり、顔が崩れたりして、血が広がるはずだ。
沢渡さんは、今からそれを再現しようとしている。アタシが潰れて死んだ現場を。
一時間ほどで、沢渡さんの作業は終わった。
「さて、こんなもんか。見てみるかい?」
沢渡さんは、アタシを鏡の前に座らせる。
そこには、顔から血色が失われ、頭や鼻や口から血を流している女がいた。
「あ……」
「まあ、まだこんな明るい場所じゃ、自分が死んでいるなんて気持ちにはならないだろうさ。でも、ある程度は気持ちが変わるだろ?」
「う、うん……」
そう、沢渡さんの言う通り、今のアタシの顔はとても正常な人間のものではない。顔に血が通っているようには見えないし、どこか現実とズレている。
これだけでも、アタシは自分が本当に生きているのかを少し疑ってしまった。
「さて、では綾小路さん、スタジオの準備が出来ましたのでこちらへどうぞ」
空木さんの案内により、アタシたちは一階の部屋に通される。
その部屋には、テレビで見るようなスポットライトや撮影機材が並び、床にはブルーシートが敷かれていた。
「綾小路さん、それではそちらに横になっていただいてよろしいでしょうか?」
「は、はい」
「沢渡さんは道具を持ってきてもらってもよろしいですか?」
「あいよ」
言われた通り横になったアタシに対して、空木さんは何かの塗料のようなものを持ってくる。
「水溶性の塗料ですので、ご安心を」
そう言って空木さんはアタシの頭や床に赤い塗料を塗っていく。おそらく頭から出血している想定なのだろう。
「リーダー、これでいいかい?」
「はい、ありがとうございます」
沢渡さんが持ってきたのは、大岩に見立てたセットのようなものだった。見た目に反して軽いもののようで、それがアタシの身体の上に置かれる。
「さて、綾小路さん。あなたは転落した後に大岩に潰された『死体』となりました。その想定で、撮影をさせてもらいますので、好きな表情で『死体』となってみてください」
「は、はい」
「では、いきましょう」
部屋の照明が消されて、スポットライトに青いセロハンが被せられる。そうしてアタシは青く弱い光に照らされた。
「それでは、撮影します」
その言葉を聞いたアタシは、とりあえず目を閉じて口を開けた。口から血を吐いたのであれば、口は開いていた方がいいだろう。
そうすると、カメラの音が響いて撮影されたのだとわかった。数回撮影された後に、空木さんが声をかける。
「お疲れ様でした、綾小路さん」
「は、はい」
「まだ現像はしていませんが、こちら、ご覧になりますか?」
「あ……」
空木さんはアタシにカメラを差し出し、写真のデータを見せてくる。そこには……
「あ、あああ……」
大岩に潰され、血を吐いて倒れて『死んでいる』アタシがいた。
「ああああああ……」
アタシは死体を見慣れているわけではない。実際の死体がどうなっているかなんてわかるわけがない。
だけど今、目の前のアタシは『死んでいるんじゃないか』と思わせる物になっていた。自分自身が、『死んでいる』光景を見せられていた。
それを見て、アタシはこう思ってしまった。
『本来、自分はこうなっていなければいけないのではないか』、と。
そうだ、アタシは今まで他人を踏みつけ続けていた。その果てに他人のお金を盗んで、両親や周りに多大な迷惑をかけた。
そんなアタシが生きていていいわけがなかった。こうして大岩に潰され、みじめな最期を遂げていなければならなかったのだ。
そうすることで、アタシはやっと許される。
だから今、この瞬間、アタシは自分が死にたいのだと確信してしまった。
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