5月の連休。雲一つない青空が広がる中、私こと黛瑠璃子は、大切な友人である柏恵美と共に、繁華街の表通りを歩いていた。
この日、エミと一緒に訪れたのは、繁華街にあるカラオケボックスだった。時刻は午後二時。祝日ともなれば、多くの客が入っているはず。
だが今日は、カラオケボックスにある大部屋を貸し切って、ある催しが行われている。そう、先日エミが言っていた『中学の同窓会』がここで行われるのだ。
「ふふ、まさかルリが私の同窓会にまで顔を出すとはね。いよいよもって、私が殺される可能性は限りなくゼロに近くなったわけだ」
「私もエミに同窓会に出るなとは言わないわ。ただエミにとって危険なヤツがいないかどうか見るだけ」
「くはは、そんなに気になるのかね? 私の過去の交友関係が」
「……そうね。確かに気になってる」
エミに心中を言い当てられた私は、素直に白状する。そう、私は確かに気になっているのだ。私に出会う以前のエミを。私に出会う以前の彼女が、どのような生活を送っていたのかを。
そのヒントとなるイベントが、今日行われる同窓会だ。全くの部外者である私がその会場に入るのは気が引けるが、それ以上にエミの過去を知りたいという願望が勝ってしまった。もちろん、エミの安全を確保するという意味合いもある。
「さて、それでは参ろうではないか。私の過去を知る者たちが集う会合へと」
「……中学の同窓会をそんな怪しげな感じで言わないで」
なぜかキメポーズみたいな動きをして、私を中に招き入れるエミに取りあえず突っ込んで、私たちはフロントに入る。受付には見るからにやる気のなさそうな金髪の男性店員が立っていた。
「いらっしゃいませ、二名様ですか?」
「いや、今日の二時から予約を取っている者だよ」
「あ、はい。203号室の予約の方ですね? 受付はお済みですので、二階へどうぞ」
男性店員に促されるままに、私たちは二階へと昇っていく。予想していた通り、203号室は団体客用の大部屋だった。
「さて、かつての友人の中に、私を差し置いて殺された者がいるかどうか……実に興味深いね」
「不吉なこと言わないで」
部屋の前で縁起でもないことを言うエミは、ノックをした後に扉を開ける。中では既に十人以上の男女が歌を歌ったり、はしゃぎあったりしていた。
だが、そこにいた一人が扉を開けたエミに気づくと、声を上げる。
「え、柏……さん?」
「え?」
「あっ……」
一人が気づいた後、連鎖反応のように部屋の中にいたほぼ全員が『見たくないもの』を見たかのように黙り、エミから目を逸らす。
この時点で、中学時代のエミがどう扱われていたのかは、なんとなく想像できてしまった。
「おやおや君たち。久しぶりの再会だというのに、私と目を合わすことすらできないとは。そんなことでは、私の命を絶つことなど、夢のまた夢だ。実になげかわしいことだよ」
目を合わせようとしないかつての同級生たちを前にしても、エミはいつもの様子だ。彼女は揺るがない。『自分を殺しに来て欲しい』という願望をいつまでも持ち続ける。
私はその願望を踏み潰し、エミを支配下に置いている。だけど私は知りたい。エミはなぜその願望を持っているのかを。エミがなぜ、そこまでして『絶望』を求めるのかを。
その答えが、今のこの場にあるかもしれない。
「おい、お前なんでここに来たんだよ?」
そう考えていると、一人の男が立ち上がってエミに詰め寄った。長身で茶髪の大学生風の男だ。
「なんでと言われてもね。私は招かれてここに来ただけだが?」
「誰がお前なんかを招いたって? お前のせいでウチのクラスがどんな目に遭ったか忘れちゃいねえだろうな?」
「もちろん忘れてはいないよ。『柏恵美さんに頑張って生きていてもらおう』などという、滑稽なスローガンを掲げていたね。あれこそ唾棄すべきものだった」
「ああ!? お前が『殺されたい』なんてワケのわからねえキャラ付けしてたから、ウチのクラスはいじめが問題になってるって扱われたんだろうが!」
「私は自分の願望を口にしただけだよ。それをどう扱うかは君たちの勝手だ。違うかね?」
「てめえ!」
男が怒りに任せてエミに突き出そうとした腕を、私は瞬時に掴んだ。
「な、なんだお前!?」
「黛瑠璃子。エミの友人よ。エミがアンタに何をしたかは知らないけど、私の前で彼女に暴力を振るうのは許さない」
「柏の友人だと? ここは同窓会の会場だぞ! 部外者は出てけよ!」
「ええ、そうするわ。ただし、エミも一緒に連れてく」
どうやら無駄足だったようだ。こいつらはエミの同級生だったようだけど、全くエミを理解していない。こいつらからエミの過去を聞き出すなんてことができるわけがない。
そう考えて、さっさと帰ろうとした時だった。
「ヒャハッ、相変わらずじゃないか恵美嬢。そのブレない姿勢、アタシは好きだよ」
部屋の中から笑い声が響いたと思うと、一人の女が立ち上がってエミに近づいてきた。ピンク色の髪を両肩まで伸ばし、へそ出しどころかお腹が大部分露出するほどの丈しかないタンクトップの上に、ファスナーを開けたピンク色のパーカーを着て、ショートパンツを穿いている、ものすごく派手な女だ。両手の爪もピンク色のマニキュアが塗られていて、両耳にピアスを開けている。そしてなぜか、頭には縁なしで大きなレンズの丸眼鏡を乗せていた。
「おや、沢渡くん。やはり君も来ていたのか」
「当然さね。というより、この同窓会を開いたのはアタシだからねえ。恵美嬢を呼び寄せるためにね」
「……エミを呼び寄せるために?」
どうやら、沢渡と呼ばれたこの女は、わざわざエミをおびき寄せるためだけに同窓会を開いたらしい。そうなると、私としては最大限の警戒をしなければならない。
「んー? そっちの女は……誰かな?」
沢渡は私の顔を見て、なぜかどんどん顔を近づけてくる。しかし顔が近づくほど、沢渡は目を細めていく。
「ヒャハッ、ダメだね。全然見えない」
「は?」
しばらく顔を近づけていたはずの沢渡は、諦めたかのように私から距離を取る。というかあれだけ近くて見えないということがあるのだろうか。
「沢渡くん、無理をせずに眼鏡をかけたまえ」
「仕方ないねえ。アタシの遠視もひどくなったもんだ」
沢渡は観念したかのように頭に乗せていた眼鏡をかける。どうやらあの眼鏡は遠視用のようで、眼鏡をかけた沢渡の目はより大きく見えた。
「ふむ、ふむ、ふむ。恵美嬢、こちらの……黛さん? アンタの友人だって言ってたけども、意外だね。アンタに着いてこれる人間がいるなんて」
「ああ、ルリは私の支配者だ。私の願望を踏み潰し、その管理下に置いている。つまり、彼女がいる限り私は殺されない」
「……は?」
エミの言葉に、沢渡だけではなく、その場にいた全員が驚いて口を開けていた。なんだろう、これは。
「ヒャ、ヒャハハハハハハッ!」
すると、沢渡は大きく口を開けて高笑いを上げた。
「聞いたかい! あの柏恵美が『自分は殺されない』と言ったよ! これはこれは驚きさね! こんな日が来るなんてねえ!」
沢渡は笑い続けるが、その他のクラスメイトはまだ目を点にしている。
ああ、そうか。こいつらにとっては、エミが『自分が殺されることはない』と言うことが、そんなにあり得ないことなのか。そんなに起こり得ないことなのか。
つまりこいつらは、誰もエミの命を救おうとはしなかったわけだ。
だけどクラスメイトたちの沈黙をよそに、沢渡はしゃべり続けた。
「ヒャハハ、なるほどねえ。生きてみるもんだよ。恵美嬢がこうなるなんて、予想できないことが起こる。これはもう、今が絶頂期かな?」
「絶頂期、か。君は相変わらずだね、沢渡くん」
「それはそうさ。アタシは絶頂期を求めて生きている。絶頂期を過ぎたらすぐに死のうと考えている。だからさ……」
沢渡はエミに近づく。
「アタシと一緒に、死んでくれないかい。恵美嬢?」
その言葉が発せられた瞬間、私はエミと沢渡の間に入った。
「ヒャハッ。問答無用かい」
「当然。アンタがエミを殺そうとするなら、私は容赦しない」
「ヒャハハ。心配しなくても、アタシは恵美嬢を殺そうなんて思っていないさ。あくまでアタシの目的は絶頂期で死ぬことさね」
「絶頂期で死ぬこと?」
「あー、ここじゃ場所が悪いね」
沢渡は後ろを振り返り、クラスメイトたちに話しかける。
「悪いね、アタシはここで抜けるわ。あとはアンタらで楽しみなよ。ヒャハッ」
そう言って、沢渡は私たちと一緒に大部屋を出た。
「さてさて、こうして三人だけになったことだし、恵美嬢の話をたっぷりと聞かせてほしいね」
「ふふ、良いだろう。私も沢渡くんの最近に興味がある」
「……」
エミと沢渡。この二人の間に何があったのかは知らない。
だけど、おそらくは。
この女なら、エミの過去を知るヒントを握っているかもしれない。そう直感した。
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