柏恵美の理想的な殺され方

さらす
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第十二話 二心同体

公開日時: 2022年3月2日(水) 14:24
文字数:3,465


「親父が撃たれた!?」


 その日、非番だったために自宅でゆっくり過ごしていた俺に届いたのは、自分と同じく警察官である俺の親父、斧寺おのでら霧人きりひとが事件の捜査中に撃たれたという報せだった。

 すぐさま親父が運ばれたとされる病院にタクシーで向かったが、俺の心中では『なぜ親父が』という思いで占められていた。

 警察官であるなら、いつ自分の身が危険に晒されてもおかしくはなく、それでも市民を守る覚悟がないと務まらない。これは俺が警察学校で教えられたことであり、俺もいつ死んでもおかしくないと日頃から覚悟している。

 だが親父は警察官ではあるものの、既に57歳で階級は警視だ。一般の会社で言えば、管理職にあたるポジションになっている。そんな親父がなぜ、犯人に撃たれるような最前線で捜査をする必要があったのか。それが疑問だった。

 考えていても仕方が無い。タクシーが病院に到着し、金を払ったと同時に俺は駆け込んでいた。



 結論から言うと、親父は病院に運ばれた時点でもう亡くなっていた。 霊安室で対面した親父はまるで眠っているような表情だったが、腹部には撃たれた痕が残っているということで身体は布に覆われていた。しばらく黙って親父を見つめていると、医者がこちらを見ているのに気づいた。


「他に、ご家族の方はおられますか?」

「……姉がいますが、たぶん姉は連絡しても親父には会わないでしょう」


 俺の姉である霧華キリカは、結婚したのを最後に実家には帰っていないという。元々、姉は親父をかなり嫌っていたから、言葉通り死んでも会わないだろう。


「ただ、義兄と甥には連絡しておきます。彼らは親父とは仲が良かったので……」

「わかりました」


 霊安室を出て、携帯電話で姉に連絡しようとすると、スーツを来た男性が俺に声をかけてきた。


「失礼します。斧寺課長のご子息でしょうか?」

「あ、はい。斧寺識霧です」

「初めまして。私、G県警察捜査第一課の上谷かみやと申します。斧寺課長にはお世話になっておりました。この度は、お悔やみ申し上げます……」

「ありがとうございます。父も警察官である以上、殉職する覚悟はあったと思います。ただ……父は普段、後方で指揮を執っている立場だと聞いていたのですが、なぜこんなことに?」

「その件につきましては、別室でご説明させていただきます」


 上谷と名乗った男は、部下らしき数人と共に俺についてくるように促した。おそらく捜査上、人目に付く場所では話せない事情があると察し、大人しく言うとおりにすることにした。


 連れて行かれたのは、病院内にある会議などに使われているであろう部屋だった。中から施錠を行い、部屋には俺と上谷だけが残された。


「これから話すことは、他言無用でお願いします」

「は、はい」

「結論から申し上げますと、あなたのお父上は、部下である真田さなだ警部補に撃たれて亡くなりました」

「!?」


 なんとか声を出すのを堪えたが、あまりにも衝撃的すぎる話だった。つまり親父は、部下に裏切られて死んだということなのだろうか。


「ご存知かもしれませんが、捜査第一課はかしわ恵介けいすけ本部長が殺害された事件について捜査をしておりました。おっしゃる通り、斧寺課長は捜査の指揮を執り、前線で捜査をするはずではなかったのですが、今日に限っては真田と二人で独自に動いていたようです」

「で、ですが、その真田という刑事が父を撃ったということはつまり……?」

「はい、柏本部長を殺害したのも真田であると断定しています」


 なんということだ。まさか現役の警察官が上司どころか県警の本部長まで殺していたなんて。


「このことは、まだ公表されていないんですよね?」

「はい。ですが斧寺課長のご子息であり、警察官であるあなたであるなら、事情をお話しするべきだと指令が下りました」

「ありがとうございます。先ほど言われた通り、このことは身内にも話しません」


 そう言いながらも、俺の心はまだ動揺していた。

 親父は極度の口下手で、俺と会話することもほとんどなかったが、俺と姉にはあることを繰り返し伝えていた。


『人間が真に救われるには、希望ではなく絶望が必要だと思うのだよ』


 絶望が人を救う。親父はそう言っていたが、最期は信頼していた部下に裏切られた。

 親父は最期の時に何を思ったのだろう。部下に撃たれたという事実は、親父の心に何をもたらしたのだろう。


 こんな終わりでよかったのか? 親父。


 上谷との話が終わり、廊下を歩いていると、曲がり角から一人の女の子がフラフラと歩いてきた。


「……」


 女の子はおぼつかない足取りでなぜか俺を見つめている。見た目は5~6歳のただの女の子のはずなのに、どこか大人びた雰囲気のある不思議な子だった。

 違和感はあったものの、別に俺とは関係のない子だと思い、そのまま通り過ぎようとした時だった。


「……し、ぎり?」


 横から確かに名前を呼ぶ声が聞こえた。決して男の声じゃない。むしろ高く小さい、女の子の声だ。そして俺の周りにいる女の子は、さっきの不思議な子しかいない。

 振り返ると、今度は確実にその子は俺を見ていた。


「お、おい、今、俺を呼んだか?」


 おそるおそる話しかけてみると、女の子は先ほどとは打って変わってはっきりした様子で俺に話しかけた。


「ふむ、君を呼んだつもりはなかったのだが。もしかして君の名前は『しぎり』というのかね?」

「……あ、ああ。確かに俺の名前は斧寺識霧だ」


 なんだこの子は。見た目と口調がまるで合っていない。こんな芝居がかった口調はまるで……


「失礼した。たまたま頭に浮かんだ言葉を口に出したら、君を呼び止めてしまったようだね」

「そ、そうか。別に大丈夫だよ」

「失礼ついでに私の紹介もしておこう」


 そう言って、女の子は右手を胸に当てて俺を見上げる。


「私の名前はかしわ恵美えみ。君を呼び止めてしまった者だ」

「かしわ……えみ?」

「あ、恵美ちゃん! こんなところにいたのか」


 俺の後ろから、さっきまで話をしていた上谷がやってきた。


「だめだよ恵美ちゃん。おじさんが連れて行ってあげるから、病室でいい子にしててくれるかな?」

「ごめんなさい。『びょういん』の中がめずらしくて、『たんけん』したくなっちゃったんです」

「……?」


 なんだ? 恵美ちゃんの口調がさっきとはまるで違う。ちょっと大人びているかもしれないけど、言動は年相応のそれだ。


「あの、上谷さん。その子は?」

「この子は、柏本部長の娘さんです。今回の事件で、犯人に誘拐されていたので、療養のためにこの病院でしばらく過ごすことになっています」

「かしわ えみです。はじめまして」


 恵美ちゃんは先ほどの自己紹介とはまるで違う、子供らしい挨拶をして頭を下げた。


「では、識霧さん。私は恵美ちゃんを病室に連れていきますので、これで……」


「待ってくれるかな、上谷くん」


「え?」


 しかし、恵美ちゃんの口調がまたも変わり、その小さな体から発せられる雰囲気も変質した。さっきの年相応な不安定さがなくなり、確かな意思をもって俺を見ている。


「私はこの人と……斧寺識霧くんと話がしたい。私のこれからを考えるためにも、必要なステップだと考えてもらいたいのだがね」

「え、恵美ちゃん。難しい言葉知ってるのはすごいけど、年上の人に対してそういう言い方はよくないよ」

「ふむ、そうかね? では……『わたしは、このおじちゃんとどうしてもおはなししたいんです。おねがいします』……これでどうかね?」

「え、えーと、恵美ちゃん。どうしちゃったのかな?」


 どうなってるんだ? さっきからこの子の言動はちぐはぐだ。子供のように話したかと思ったら、やたら芝居がかったおかしな話し方もする。


 まるで……一人の体の中に、二人分の意思が混ざっているかのような……


「上谷さん。私もこの子と少し話をしてみたいんですけど、大丈夫ですか?」

「え? ですが、この子はまだ犯人の元から救助されたばかりで、言動も不安定です。医師の診察を受けさせて今日のところは早く休ませるべきだと考えますが」

「それなら心配いらないよ。まだ慣れないが、ようやく私は自分の意思が固まりつつある。むしろ事件前より今の方が安定しているとも言えるだろう」

「……」


 俺も上谷もあっけにとられてしまったが、この柏恵美という女の子の言葉を信じるなら、今の彼女の体調は特に問題ないということだろう。


「わかりました。では、私と医師が同席するという形で、この子と話をするのであれば許可しましょう。おい」


 上谷はそばにいた部下に、医者に連絡を取るように指示を出した。


 一方の俺は、柏恵美という不思議な少女が自分に何らかの形で関わっていることを、心のどこかで確信していた。


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