それから一ヶ月後。
オレたちの関係は学年内で周知の事実となっていた。と言っても、オレはミーコと一緒に教室内でメシを食ったり登下校を一緒にしていただけで、特に言いふらしたわけではない。にも関わらず、急速にミーコと付き合っていることが皆に知れ渡ったことが意外だった。
だがそれ以上に意外だったのは、ミーコがなにかとオレと一緒に行動してきたことだった。休み時間はもちろん、トイレに行くときもオレに着いて行こうとしていた。コイツってこんなにベタベタしようとしてたっけ?
だがその理由は、ある日の放課後に明らかになった。
「ねえ工藤くん、今日は一緒に帰れないの?」
「ん? ああ、ちょっと友達と遊ぼうかと……」
「ね、ねえ! それ私も一緒に行っていい!?」
「え? あー……やめとけよ。男ばっかでつまらねえぞ」
「そう……だよね」
「……どうしたんだよ? もしかして、何かあったのか?」
「いや、その」
その時、オレはようやく気付いた。
ミーコはもう6月になろうとしているのに、まだ冬服を着ている。寒がりだって話は聞いたことないから不思議だったが、その袖の下に見えてしまった。
右の手首に青く浮かんでいるアザが。
「おい、それなんだよ?」
「え? ……あ!」
「お前、なんでそんなケガしてるんだよ!? 転んだ……わけねえよな?」
「違うの! 私、ただ、転んで……」
「……誰だ? 誰にやられた!? なんでオレに言わなかった!?」
「言えるわけ……ないじゃん」
「え?」
「私が、工藤くんと不釣り合いな女なのが悪いの! だから言えるわけないじゃん!」
「何言ってんだよ? オレと不釣り合いってなんだよ!」
「……ごめんなさい」
両目から涙を流してオレに謝り始めるミーコの姿なんて見たくなかった。だが今に至るまでその苦しみに気づかなかったオレに目を逸らす権利なんてねえ。
「……うっく、あの、私……工藤くんの彼女に、ふさわしくない、よね……だって……私なんて……たまたま前から工藤くんと仲良かっただけだし……」
「違う! オレはお前が好きなんだ! 告白してきたのがお前だから付き合ったんだ! ふさわしいも何もねえだろ!」
「で、でも……みんなが言うの……『アンタみたいなブスが工藤くんと仲良くするなんて申し訳ないと思わないの?』って……私が……工藤くんと付き合うこと自体が……おかしいことだって……」
「なんだよ、それ……」
頭の中がどんどん混乱していく。しかしオレに思考を放棄するなんて選択は許されない。
今の話を聞く限りでは、オレとミーコが付き合うことを良く思わない女子連中かなにかから嫌がらせを受けた結果、あのアザが出来たと考えて間違いない。
「あ……」
そうだ。オレがミーコとの関係をみんなに打ち明けようとした時、コイツはこう言った。
『自分が周りにどう思われてるかって、あまり気にしてなかったりする?』
ミーコはわかっていたんだ。オレと付き合っていることが公になれば、自分が女子連中に攻撃されるであろうことを。だから四六時中オレと一緒にいる必要があった。一人になればどうなるか目に見えているから。
そうだ。ミーコをここまで追い詰めたのは……オレだったんだ。
少しではあるが、自分の見た目が優れているものだという自覚はあった。両親にも繰り返し『お前は見た目がいいから人より気をつけなければならないことがある』と言われていた。
だけど心のどこかで、それで割を食うのはオレだけだと思っていた。仮に立ち回りをミスったとしても自分の評価が下がるだけで済むとタカをくくっていた。
「バカかよ。オレは」
オレはミーコの彼氏になったんだぞ? オレの行いがミーコの評価にも影響するに決まってるじゃねえか。自分がちょっと女子に好かれてるからって、いい気になってたんじゃねえのか?
ミーコと付き合ってることを公表すれば、オレに言い寄ってきていた女たちがミーコに良くない感情を抱くなんて、十分予測できただろうが。
だからオレは、自分の顔を出来る限りの力で殴った。
「く、工藤くん!?」
「……ミーコ。オレとお前が付き合うことは何も悪くねえ。オレはお前が好きで、お前はオレが好きなんだ」
「うん……だけど!」
「そうだな、オレたちの関係に口出しするヤツがいる。なら、そいつらが間違ってるんだと思い知らせりゃいい」
「え?」
「今日の予定はキャンセルだ。あと、お前は明日学校休め。明後日にはお前が傷つかない学校にしてやる」
「工藤くん……?」
ミーコが傷ついた原因がオレにあるんだとしたら、オレを変えなければならない。
オレの女に手を出すことが何を意味するのか、思い知らせなきゃならない。
翌日。教室に入って来たオレを見た女子たちは驚きの表情を浮かべた。
「く、工藤くん、どうしたのその頭?」
女子の一人が言っているのは、金髪に染めたオレの頭のことを指してるんだろう。確かにオレは髪を染めるキャラじゃないが、必要があったから染めた。
「ああ、お前らに言いてえことがあってな」
教室にはまだ全てのクラスメイトが揃っているわけじゃないが、これ以上待ってたら教師が来る可能性がある。だったら早く済ませておくか。
「この中にミーコを……オレの彼女を傷つけたヤツがいるよな? ミーコにオレと付き合うなって脅したヤツがいるよな?」
オレの言葉を受けて、さっきオレに声をかけてきた女子、川原(かわはら)が顔を背けた。
「おい川原。お前か?」
「ち、違う! アタシじゃない! アタシ、林田さんに言われたの!」
川原は傍にいた別の女子を指さした。
「はあ!? アンタなに言ってるの!? 違うよ工藤くん、私はその、安田さんがミーコちゃん気に入らないって言ってたから……」
「ちょっ、なに余計なこと……ウソついてるの!? メイジくん、私そんなことしてないよ! ていうかミーコちゃん一番嫌ってたのって水谷じゃないの!?」
女子たちは次々と名前を上げて、責任を押し付け合っていた。なんだよコイツら。こんなヤツらの気まぐれのために、ミーコが傷ついたって言うのかよ。
「今、名前が上がったのは川原、安田、林田、水谷か。じゃあお前らはクソ女ってことだな」
「え?」
「そうだろ? お前らはただオレと付き合っていただけの女に暴力を振るうようなヤツらだ。それがクソ女じゃなくてなんだよ? 実際にどうであろうとオレはお前らをクソ女と見なす。それだけじゃない。他のクラスのヤツにもそれを広める」
「ま、待って! そんなことしたら!」
「待たねえよ」
オレは自分の見た目の良さと他人からの信頼を得られやすい人間だと自覚している。だからこそ、やれることがある。
ミーコを傷つけたクソ女たちを、校内における底辺に落とすことができる。
もちろん、ミーコを傷つけたのはアイツらだけじゃないだろう。だとしても構わない。ミーコに手を出すことが何を意味するのかを思い知らせればいい。
財前美衣子に手を出せば、工藤メイジが許さないという事実が共有されればいい。
その翌日、学校に来たミーコに手を出す女子はいなくなった。川原たちはしばらく学校には来ていたものの、周りの女子たちから明らかに敬遠され、そのうち来なくなった。
もちろん罪悪感はあった。オレが他人の人生を意図的に狂わせてしまったのは紛れもない事実だし、川原たちが本当は実行犯ではない可能性もある。
だとしても、結局人間は他人を見える部分でしか判断できない。その教えが間違っているとは思ってない。なによりこうしないとミーコが今も傷ついていたはずなんだから、これでいいんだ。そう思い込んでいた。
オレのその考えが、ミーコを変えていってしまうことも知らずに。
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