翌日。
「あの、どうしたの黛さん?」
私は学校の中庭にある人物を呼び出した。その理由はもちろん一つだ。
「決まっているでしょ。どういうつもりなの?」
「え?」
私が問い質すと、相手は何のことかわからないとでも言いたそうに首をかしげた。
……正直、別にかわいくもなんともない。この期に及んでしらばっくれるのも気に入らない。
だからはっきり言ってやることにした。
「だからね、何で私に沼田をけしかけたのかって聞いているのよ。横井さん」
私の核心をつく質問に、横井さんは鼻をフガフガと鳴らし、目を見開く。
その仕草がどことなく沼田に似ていたので、私はさらに不快になった。
「な、なんのこと?」
「わかっているのよ。おそらくあなたは、沼田に「黛さんがあんたに興味を持っている」とかなんとか吹き込んだんでしょ?」
「そんなこと、してない!」
「確かに、沼田が私に近づいてきたのはボンドの一件の一週間後。だけどあの時、あなたは沼田に話しかけていた。その直後から沼田は私を付け回すようになった。タイミングは一致している」
「そ、それだけで言いがかりをつけるの!? 大体、そんなことして私に何の得があるの!?」
「……」
確かに。
いくらなんでも、沼田と接触してまで私に嫌がらせをする理由はあまり思いつかない。普通なら。
だからこういう時は、『普通』の考えを捨てる。事実だけを考慮してこじつけてみる。
そうなると……
「もしかして、私が友達にならなかったから逆恨みしたとか?」
「……!」
何の証拠もない当てずっぽうな予測。だが、私の言葉に横井さんは面白いように動揺した。
「私があなたを助けたのに友達にならなかったのが気に入らなかったから? それで沼田をけしかけて嫌がらせしようとしたの?」
「……」
反応を見るに、どうやら図星らしい。
……なんだそれ。
いくらなんでも自分勝手すぎる。与えられることを当然だと思っている人間の思考だ。
私だって、そういう考え方が無いわけでない。だけど今まで友達も興味も抱くことが少なかった私は、必然的に自分で何かをすることが多かった。だから与えられることを待ったりなんかしないし、友達は自分で作りにいかなければ出来ないものだと思っている。
だけど彼女は違う。誰かが自分を助けてくれるのを待ち、助けてくれた相手は自分に興味を持っているのが当然であると考え、友達という名目で自分に尽くしてくれるのが当然と考えている。自分からは何もしないのに。
そんな考えだから、いじめを受けそうになっていたのに。
「……ひどい」
「え?」
横井さんは何かを呟いたが、よく聞こえなかったので聞き返してしまった。
「何で!? 何で私ばっかりこんなに責められないといけないの!? 私が何したっていうの!? クラスの女の子たちなんて私に意地悪ばっかりするのに、なんであの子たちの方がチヤホヤされるの!? 意味わかんない!」
……聞くに堪えない。
彼女の言葉は、『自分が可哀そう』『自分は悪くない』『自分は被害者だ』。それを真っ先に主張している。
それが、自分をいじめようとした女子たちと同じような考えだと気づいているのだろうか。
いや、多分気づいていないのだろう。彼女は自分しか見えていない。正確には他人がもてはやす自分の姿しか見えていない。
そんな人がチヤホヤされる理由がない。
しかし、このままにはしておけないので、私は事前に対策を練っていた。
「そんなにチヤホヤされたいなら、人を紹介してあげる」
「え?」
「ねえ、聞いてた?」
私の合図で、物陰に潜んでいた人物が姿を現す。
「ひっ!」
その姿を見て、横井さんは悲鳴を上げる。
それはそうだろう、脂ぎった髪に、ニキビだらけの顔。にやけた表情。
自分がそそのかした沼田が、目の前に現れたのだから。
「あのさ、横井さんって友達が欲しいんだって。だから協力してあげて」
「ひ、ひひ、横井さん。ぼ、僕に興味あったんでしょ? だからあの時声をかけたんでしょ?」
「い、いや……」
「ぼ、僕が友達になってあげるから。ね、一緒にご飯食べよう?」
「よかったわね横井さん。友達が出来たわよ」
そう言って、私は中庭を後にした。
「い、いやぁ! 近づかないで!」
激しく抵抗する横井さんの声は、聞かなかったことにしてあげた。
……こうして私の高校生活一年目は、初期にやや波乱があったものの、その後は何事もなく終わった。
しかし結局、私に友達はできなかった。それどころか、碌にクラスメイトと話すことも無かった。
そもそも、私はどうあっても他人に興味が持てないのだ。興味を持てない他人と過ごすのが苦痛でならないのだ。
いや、私だけではない。みんな同じような考えを持ち、自分だけに興味を持っている。私も皆と同じなのだ。
この時の私は求めていた。何も興味を持てない日常より、不思議な非日常を求めていた。
だけど勘違いしていたのだ。私が求めていたのは、大切な人と過ごす、何事も無い日常。
「誰か待ち人がいるのかね?」
そのことを、ベンチに座っていた私に声をかけた『彼女』によって思い知らされるのは、この台詞の少し後のことだった。
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