「きゃああああっ!! フ、フルーレティ様が……っ!!」
「誰か、警察と救急車!」
「地上のドラマの見すぎだ、地獄にそんなものは無い……!」
狼狽するメイド達の群れ。
「いったい、中で何があったんですか……」
状況が呑み込めていないメイド長。
「し……しっかりしてくださいフルーレティ様っ!!」
カーペットに倒れ伏して動かない主。
「シーシャ、いいからお姉ちゃんと一緒に帰ろうよ!」
「か、帰らないよ! だって私は……そう、ここのお屋敷のお嬢様になったんだから!」
「ええっ!?」
その横で何やら言い合う二つの影。
「……あのさ、パーティだって言うから来たんだけど、なにこれ?」
そして、呆れた顔で立っている、到着したばかりの客人。
状況は、何時間か前に遡る。
「ヴェルさん、ドレスありがとう! でもどうして急にパーティ?」
「さあ……レティ様の気まぐれでしょうか」
借り物のミニドレスに身を包んだシーシャは、スカートの揺れを確かめるようにくるくると回転した。
「地上ではちょうどワルプルギスの祝祭をやっているから、羨ましくなった……らしいです」
「そっかー、でも肝心のレティ様は……」
「ええ、仕事が終わっておりませんから、良くて途中参加ができるかどうかですね」
「レティ様、可哀想に」
ヴェルヴェットは昨朝の会話を思い出した。
『えーんヴェルヴェット、仕事が終わりません』
『あら、おいたわしい……明日の晩はレティ様が楽しみにしていたパーティでは? 日付を調整しますか?』
『いえ、いいんです。こうなったのも私の責任ですから』
『ですが……』
『私が悪いんです。寝る前にドラマを見始めたらつい全シーズン追ってしまって……』
『それは本当にそっちの責任でございますね』
「シーシャさん、同情は一切不要です」
ヴェルヴェットが冷たく切り捨てた瞬間、屋敷に呼び鈴の音が響いた。
「こんばんはー、飾り付け用のお花をお持ちしました」
「配達人様、いつもありがとうございます。では中庭の会場に……」
「ドレスのお礼に、あたしも準備手伝うよ! ん……? 配達人さん、どこかでお会いしましたっけ?」
シーシャは、黒蝶の羽の少女を目にして、少し前の記憶を探る。
「あっ、ボディーガード様を訪ねた時に、コーヒーを淹れてくださった方ですね! その節は大変お世話になりました。私はバーバチカと申します」
「思い出した! ネオンのとこに押しかけて来て、イチャイチャしたい! って暴れてた人!」
「ええ、おかげさまで堂々と恋人とイチャイチャできるようになりましたの」
バーバチカは自らの両頬を両手で包んで、周囲の空気をピンク色に染める勢いでハートを飛ばす。
「バーバチカさんもパーティ参加するの?」
「いえ、ありがたい申し出ですが、私はまだこの後お仕事がありますから」
「そっかー、ネオンも今仕事なんだよね。悪魔って仕事好きなひとが多い気がする」
「わかります。基本的に、契約と報酬が好きなんですよね」
雑談しながら花籠を各テーブルに置いていく。
フルーレティ邸の中庭にはもともと休憩スペースがある。低級悪魔やグールのメイド達が、庭のあちこちで適度に仕事をサボっては抜いた雑草を投げ合ったりしていた。
「向こうは、相変わらず子供並みの集中力ですね」
メイド長であるヴェルヴェットは、そんなメイド達を一瞥するだけで特に咎めることはなかった。きっと普段から慣れているのだろう。
それに、既にテーブルに並べられた料理を見るに、最低限の仕事は終わっているようだ。
「……あの」
その時、門扉をくぐって中庭に現れる、新たな人影があった。
「ここで何曲か歌って欲しいって、頼まれて来たんだけど」
「あ、あなた様は……!」
滑らかなネイビーブラックの髪の少女を見て、バーバチカの表情は新品の靴でガムでも踏んだかのように歪んだ。
「知り合いなのですか?」
「いえ、一方的に知って……いると言えるほど、知ってはいないのですが。私の恋人があなたのパートナーを推している、それだけの縁ですわ」
「あーあたし何かで見た! 確かアイドルの」
「うん、私たち……じゃない、私、Hallowe♡enのチョコレートムーンです。そっちの子、マロ推しの恋人がいるんだ。ありがたいね」
ムーンは、バーバチカの顎に手をかけて、優しく微笑む。
「それじゃ、貴女にはぜひ私を推してほしいな……恋人同士でHallowe♡en推しになってくれたら、素敵だし嬉しい」
「はえっ!? いや遠慮いたしますっ! 私の脳内フォルダのすべてはあーちゃん、恋人のためのものなんですっ!」
「そっか、気が向いたらいつでも推してくれていいよ」
なおも甘いボイスで畳み掛けるムーン。
バーバチカは頬を赤らめながらも首を激しく横に振る。
「ヴェルさんヴェルさん、あれがアイドルなんだね」
「ええ、見ています」
バーバチカが頭から煙を吹いているのを見て、やりすぎたかな、と呟くムーンは、花で飾られたテーブルへと視線を投げた。
「綺麗なピエリス……もしかして準備中だった? 私も何か出来ることある?」
「もう終わる所でしたから、お気遣いなく。じきにゲストの方も来られるでしょう」
「ムーンさん、何か飲みます? 先に乾杯しましょうよ。バーバチカさんも一杯だけ」
「はっ……! ええ、少し時間もありますし、それではご厚意に甘えて」
ヴェルヴェットの指示で、メイド悪魔がウエルカムドリンクを運んでくる。グラスに揺れる透明な青が美しい。
飲み物を受け取ったムーンの所作を見て、シーシャの心にひとつの発見が浮かんだ。
「なんかムーンさん、ネオンに似てる気がします」
「え? ……ああ、いつかの護衛のひとに? そうかな、初めて言われたけど」
「なんだろ、顔とかじゃなくて、なんか……うーん、何て言ったらいいかわかんない」
「それでは皆様、乾杯」
「あっ、かんぱーい」
やがて続々とゲストが集まり出す。みな思い思いに料理に手を伸ばしたり、歓談したりとパーティには慣れた様子だ。
時間が来て、名残惜しそうに去るバーバチカを門まで見送りに行った時、騒ぎは唐突に起こった。
「シーシャ……っ! やっと見つけた!」
シーシャによく似た瞳の女性が、ふわふわと上空から降りてきたのだ。その四肢は亡霊特有に透き通っている。
「お、お姉ちゃん……っ!?」
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