ハナちゃんとリンジくん

REFRAIN SERIES EPISODE VII
yui-yui
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第二五話:覚醒の時

公開日時: 2021年8月6日(金) 19:00
更新日時: 2023年1月5日(木) 23:27
文字数:8,014

 十三橋じゅうさんばし市 十三橋高等学校


 いつもの昼休み、いつもの屋上。最近はかえでも一緒に三人でお昼を過ごすようになった。案の定、と言ってはあれだけれど、私や美雪みゆきと仲良くなったことで、楓は元いたグループとは疎遠になってしまったらしい。

 それでも、楓は自分に嘘をつき続けて美雪に謝れないより全然良い、と言い切っている。私としても友達が増えるのは嬉しいことだし、楓は良い奴だ。美雪との間に蟠りがないのならウェルカムだ。

「あぁ~テスト、嫌だねぇ」

 来週の月曜日から期末テストだ。勉強とテストは学生の本分だし、こればかりは避けて通る訳にはいかない。私は別に勉強が苦手で苦手で仕方がないというほどではないけれど、かと言って全教科楽勝で好成績、という訳にもいかない。やはりテストに必要な勉強はしなければならない。

「ま、夏休み前の試練だから、仕方ないわよね」

 ぼやく楓に私も苦笑を返す。

「でもさー」

「働いてる人たちはテストないぶん、四、五日しかお休みないんだし」

 更にぼやく楓に美雪も苦笑交じりに言った。

「ま、そうだねー。頑張るしかないか」

 楓はあれから三回ほど、私たちの演奏を見に来てくれて、ほのか達とも連絡先を交換するほど仲良くなってくれた。仄もまた楓のことを気に入ったようで、個別に連絡も取り合っているみたいだった。

「夏休みになったらもっと練習しないといけないし……」

 美雪のやる気も鰻登りだ。美雪がメインで歌う曲を作曲し終えて、それを大層気に入ってくれた。私もここ最近は私が歌うコーラスラインと、美雪の歌が生かせるような伴奏を色々と考えているところだ。

「そのためにもテストには集中しないとね。中途半端に赤点なんか取ったらもやもやしちゃうし」

「そうだね」

 テスト期間があって、練習はできない。時間があれば練習はするけれど、練習をする時間がなくなっても中々勉強には手が付かないものだ。だけれど、勉強をせずに成績不良となってしまって、そのまま夏休みに突入してしまうと、燃えるに燃えられない、なんだかもやもやした気持ちだけが残ってしまって練習にも気合が入らなくなってしまう。だから、きちんとテストには集中して、全力で挑む。その結果が悪かったら、すっぱりと諦めがつく、というのは都合の良い考え方だけれど、頑張らないで駄目だったよりも、頑張って駄目だった方が諦めもつこうというもの。

「ライブ、楽しみだねー。いろんな人出るんでしょ?」

「うん。リンジくんも仄もバンドで出るし、お姉さんの歩さんも出るし」

 柚机ゆずきさんの提案で動くイベントにしてはかなり規模が大きいと思ったのだけれど、なんのことはない、涼子りょうこ先生や旦那さん、つまりプロのバンド-P.S.Y-サイや、そのレーベル、株式会社GRAMグラムまでが関わっているイベントだったのだ。しかも私や仄が知らなかっただけで、もう何度かは開催されているイベントらしい。だから出てくるアーティストも折り紙つきという訳だ。

「たぶん、みんな凄い巧いと思う……」

 この間の柚机さん、樋村ひむらさんの演奏もプロ級だったし、あゆむさんのバンドだって凄い。多分、リンジくんのバンドも凄いっていう予感はしてる。多分仄も私と同じような焦燥感を持っているのではないだろうか。

「だよね、楽しみ!」

 お気楽に言ってくれる、と言いたい気持ちは多少なりともあるけれど、でも、そう言ってくれるのは素直に嬉しい。だから、他のアーティストよりも、だどか、他と比べて自信を無くしている場合じゃない。美雪のやる気も上がってきているのは、恐らくだけれど、私への信頼感もあるのだと信じたい。二人でやるから大丈夫、と。だから私も勝手にだけれど美雪を信じている。

「ところでさぁ、羽奈はなぁ」

「……ん?」

 自分自身を更なる暗示に乗せるために良い方向へと思考を向けていた私に、楓が目を細めて訊いてくる。

「リンジくんとはどうなの?」

「ど、どうって?」

 く、楓なら近いうちにそう来るかもしれない、とは思っていた。実は仄にだって何度かwireワイヤーで訊かれている。その都度完全にそれだと判るような誤魔化し方をしてしまってはいるけれど、訊かれるたびにそれを続けたせいか、最近では仄も訊かなくなってきたというのに。

「どもるところが怪しいなぁ。こないだも二人で話してるとこ遠目に見てたけど、なんかイイ感じだったじゃん」

「だ、だよね!」

「美雪……」

 便乗してきた美雪をじろり、と睨む。いや、これは美雪も訊きたかったけれど、訊けなかったということなのだろう。

「な、なんでわたしだけ!」

 美雪の言うことも尤もだけれど、楓には効果無さそうなので、つい。

「楓っていう味方を得たからってねぇ!」

「ははぁん、美雪も聞きたいけどこうやって濁されてきたのね」

「ちょ、楓!」

 全く持って、楓の言う通りなのだけれども、そうズバズバと言い当てられた私の立場も察しなさいよ。

「羽奈は何とも思ってないの?リンジくんのこと」

「べ、べつに!」

 直球だ。この直球は伊月いづき仄の剛速球と比べても何ら遜色はない。

「じゃあ私がリンジくんとイイ仲になってもいんだ!」

「え、か、楓ちゃん?」

 思わぬ言葉に美雪が焦る。私も少し驚いたけれど、これはこれでもう仄に言われているので、きっと本意ではないのは判る。

「いや例えばの話よ。私のタイプじゃないけどなんかちょっと可愛いじゃん、リンジくん。真面目だし優しいしさ」

「……」

 やっぱりね。でもこれは楓じゃなくても、という可能性の示唆でもあるんだろうな。多分、見た目で人を好きになる人は別だろうけれど、リンジくんは優しいし親切だし真面目だ。だから、もしもリンジくんが同級生だったなら、他の女性からアタックされていてもおかしくはない。そう楓は言っているのだ。いや、同級生でなくとも、リンジくんの会社の人だったり、バンド関係の人だったり、リンジくんに惹かれる女性がいてもおかしくはない。

「べ、べつに……」

「かぁー!素直じゃないなぁ!流石は一匹狼の羽奈!」

「ちょっとやめてよそれ!」

 私自身が素直じゃないことなんて百も承知だけれど、でも私に出来る事なんて、きっとない。

「美雪からはどう見えてるか判らないけどさ、私から見たら丸判りだって」

「え……?」

 丸判り?そんばかな。

「わ、わたしもそう思うけど……」

「だってさ」

 美雪が顔を赤くしながら俯いた。美雪から見ても、丸判り?

「……でもさ」

 だからって、私なんかじゃ……。

「仄じゃないけどさ、羽奈って自分のこと低く見積り過ぎだと思うんだよね」

「低く?」

 いや、そうは言ってしまったものの、それは仄にも散々言われ続けてきていることだから、判る。だけれど、楓と知り合ってからはまだそんなに長くはない。こんな短時間でも見抜かれてしまうものなのだろうか。

「まぁ今は羽奈の気持ちを無理くり聞き出そうなんて思わないけどさ、例えば別にリンジくんじゃなくてもいいよ。羽奈がいい人だな、って思う人が羽奈のこと好き、ってなったら、断っちゃうわけ?」

 恋愛、には縁がないと思っていた。……いや、縁を持ってはいけないと思っている。きっと不幸になるだけ。今までだって、片思いをしたことがない訳ではない。だけれど、結局片思いから一歩も足を踏み出すことはなかった。

「でも、私なんてさ、みんなみたいにある程度でも判ってくれてるんだったら甘えることもできるけど……」

 全てを脚のせいしようと思っている訳ではない。客観視して、深く付き合えば付き合うほど、考え方にズレは出てきてしまう。

 最初は許容してくれていたことでも、我慢できなくなってしまうこととは、ある。それは恋愛関係ではなくてもそうだったから、実感値として私の中に残っているのだ。

「別に私らは甘えだなんて思ってないけど、そういう関係になるんだとしたら、羽奈のそういうところも判ってくれてるんじゃないの?特にリンジくんはさ」

 言っていることは、判る。こんな短時間で、仄とのコミュニケーションが取れていたという裏付けがあったとしたって、楓には見抜かれている。だからきっとリンジくんにもとっくのとうに見抜かれていてもおかしくない。いや、リンジくんは洞察力もあるしいつだって憎たらしいくらいに冷静だ。きっと私が考えていることなんてお見通しなのかもしれない。

「ちょっと嫌な言い方になっちゃったらごめん。でも、少し脚が悪いからって、それを受け入れてくれてる人の気持ちは、羽奈だって踏み躙れないでしょ」

「それは、そうかもだけど……」

 それは判っている。実際に踏みにじったことだってある。そうして友達を失くして、そうした私の態度を更に踏みにじって一緒にいてくれたのが仄だ。そしてその仄の気持ちを尊重して、できた友達が美雪であって、楓であって、リンジくんだ。

 ……そう思えてきた。

「わたしには、長年脚を患ってきた羽奈ちゃんの気持ちを全部判ることなんてできない。それは多分、リンジくんだって一緒だと思う。でも、リンジくんだって、香苗かなえちゃんも晴美はるみちゃんも、歩さんだって、みんな、羽奈ちゃんのこと、色眼鏡では見ていなかったと思う」

「うん……」

 そう言ってくれる美雪だって勿論そうだ。だけれど、それでも、誰かを想う気持ちには臆病になってしまう。私が踏みにじってしまった思いの他にも、差し向けられる悪意は、ある。友達だと、気遣いはいらないと、言ってきた人間が陰で何を言っていたかを、私は知っている。

「私は脚が悪いから、私はめんどくさいから、って友達まで遠ざけてたのは、辞めたんじゃないの?」

「それは、そうだね……」

 だからと言って、リンジくんや美雪、楓達がそういう人たちと同じだとは思っていない。あの頃はどちらも子供だった。私に、そんなこともあるのだ、と受け入れられる度量があれば、もっと大人だったなら、あんなちっぽけな悪意に踊らされることなど無かったのかもしれない。

「でもだからって、リンジくんを受け入れてないっていう訳じゃないのも判るけどね」

「うん……」

 今となっては、この現実だけがすべてだ。私に悪意を向けた人、私が踏みにじってしまった思い。そうしたものを踏まえて今がある。だから、私を受け入れてくれた人を信じたい。同じ過ちは冒したくない。そう思ってはいるけれど。

「まぁ友達としては、充分に受け入れてると思うけどね」

「好き、かぁ」

 思ってはいるけれど、やっぱり怖い。それが今の私の気持ちだ。

「羽奈ちゃん?」

「うん、ホントはね、少しずつだけど判ってきてたんだ」

「ん?」

 でも、だから、美雪と楓には言ってみようと思った。正直な気持ちを。

「り、リンジくんにちょっとずつ惹かれてるかも、って……」

「きゃぁ!」

「きゃあ!」

 二人とも頬に手を当てて目をキラキラ……いや、ギラギラとさせて悲鳴を上げた。

「ちょっと楓!美雪も!」

 ここまで定型通りの反応をされると、こちらも定型通りの反応をせざるを得なくなる。いや、だからこその古典。などと考えてる場合ではない。私の顔が、どんどんと熱くなる。

「や、ごめんごめん。じゃあ私とリンジくんがイイ仲になるの、嫌なんじゃん!」

「……」

 更に楓が追い打ちを賭けて来る。私は言葉を返すことができず、ただ頷くしかなかった。

「は、羽奈ちゃん可愛い……」

 もはや涙目と言えるほど目がキラキラしてる美雪がとろけるような声で言う。

「か、可愛いとか言うな!」

 私の顔の穴という穴からファイヤーが吹き出そうだ。

「や、羽奈は可愛いと思うわよ。仄からも多少聴いてるけど、羽奈のそういうめんどいとこがなかったら絶対モテてるって」

「くっ!仄め……!」

 モテるかどうかは別として、確かにもっと大人になれていれば、人間関係はもっと円滑だったかもしれない。今まではそれがなかなかできなかった。だけれど、あの日、リンジくんと出会ってからは、少しずつ、私の気持ちも変わって行った。以前のままの私なら、きっと美雪も邪険に扱って、受け入れていなかったように思う。

「仄にも言われてるのよ、実は。羽奈のこと宜しくって」

「まぁ、確かに歯に布着せぬ物言いとか、仄そっくりだしね……」

「でっしょ。私勝手に仄にはシンパシー感じてるから!」

 それは何よりで。仄としても楓のような人間が私の近くにいた方が安心だと思っているのかもしれない。過保護にされているなぁ。でも今までの私を見ている仄ならば仕方のないことかもしれない。いくら仄が好きでやっていることだとしても、仄には頭の下がる思いでいっぱいだ。それこそ素直にありがとうと言えないのは難点なのだけれども。

 午後の授業開始の予鈴が鳴る。と、とりあえずこの話題からは解放されそうで、正直なところ安堵のため息を漏らしてしまった。だって美雪も楓も、そりゃあ心配してくれているのは判るけれども、興味本位の方が大きいに決まっているもの。

「さて、午後の授業も頑張りますか!」

「だね」

 楓が言って、美雪も頷く。腑に落ちん。

「う、うむ……」

「どしたの羽奈ちゃん」

 怪訝そうな表情を向けて美雪が訪ねて来る。どうしたもこうしたもあるか。

「なんで私だけこんな説教された……?」

「素直じゃないから、じゃないかな……」

 まったく、美雪は逞しくなった……。見ていろ、いつか絶対に仕返ししてやるんだから。そのためにはまず羽原はばら君の回復を待たなければならないけれど、羽原君にはゆっくり、無理せずに回復して欲しいって思う。まずはそれからだ。待っていろ榑井くれい美雪。

「ぐぅ……」

 とはいえ、今の私から出る言葉と言えばこれしかない。

「あはは、羽奈って面白いね!」

 ちっきしょう、楓まで……。

 エロイムエッサイム……。




 授業が終わり、放課後。私と美雪は練習だけれど、楓はアルバイトがあるらしくアルバイト先へと向かってしまった。

「ね、羽奈ちゃん」

「んん?」

 スタジオへ向かう途中、美雪が何となく改まった感じでそう言ってきた。

「そんな怪訝な顔しなくても恋バナじゃないから安心して」

「美雪も逞しくなったわね……」

 昼休みのことと言い、最近は本当に逞しくなった。良い傾向なのだと思う。この先音楽を続けるにしても、ある程度の、言ってしまえば神経の図太さは必要だ。そうでなければ謂れもない罵詈雑言まで真に受けて心が疲れてしまう。私がSNSで自分の音楽活動を公開するのを踏み止まっているのはそのためでもある。

「羽奈ちゃんのお陰だけどね」

「で、どしたの?改まって」

 恋バナでないのならばそちらに乗っからせてもらうとしよう。そもそも恋バナじゃあもう話せることもないし。

「うん、ライブに間に合うとか間に合わないとかじゃなくて、わたしも楽器、やってみたいな、って思って……」

「お!それはもしかして、一人でやってみたい、とかもあるの?」

 美雪が音楽に目覚めた!これは私としては大変喜ばしいことだ。美雪の歌唱力は私と一緒にやるだけでは勿体ないほど高い。行く行くはソロで活動できれば良いなぁ、とは思っていたけれど。

「え、い、いや今はまだ……。でも行く行くは、羽奈ちゃんに頼らないで、一人で頑張ってみたいな、って思ってる」

「ほうほう!それは良いわね!じゃあ今日のスタジオ、ちょっとやってみよっか。基本は教えるからさ」

 それは本当に良かった。まさか美雪から進んで一人でやってみたいと言い出すとは思っていなかったけれど、そこは多分私が美雪を侮りすぎていたせいだ。きっと美雪は初めて私に声を賭けたあの時から、今もってどんどんと変わって行っているのだろう。それに美雪ならばライバルとしても大歓迎だ。

「いいの?」

「なんで私が美雪のやりたいことを止めなきゃなんないのよ……」

 私にある程度でも何かを教えてもらいたい、と思ったから打ち明けて来たんでしょうに。それを私が止める理由なんて何一つない。

「そ、それもそっか。でも楽器持ってないけど……」

「あ、でも待って、美雪はそもそも何がやりたいの?」

 私に言ってくるくらいだからてっきりキーボードかシンセサイザーかと思っていたけれど、ギターだということも有り得る。弾き語りをするために選ぶ楽器は、一般的には私のようにシンセシザーかキーボード、そしてリンジくんのようにギターが多い。

「羽奈ちゃんと同じやつ。シンセ?キーボード?」

「私のはシンセ。まぁでもギターじゃなくて良かったわ」

 なるほど。それなら良かったし、話が早い。私はピアニストのようにクラシックピアノを独走で弾くことはあまり好きではないし、正直巧くもない。それに、私は楽器を弾くだけではなくて、歌いたい。

「ギターは、ちょっと無理そう、かな」

「まぁ難しそうよね」

 片手であんなに複雑なコードを押さえるのは本当に難しそうだ。大体人間の指は五本しかない。それにギターを持つ手は親指がネックの後ろに回る。実質、指板を押さえているのは人差し指から小指の四本だ。俗に言われている『握り』というコードの押さえ方だと親指を使うこどあるけれど、それでも五本の指だ。なのにギターは弦が六本もある。指の数が足りていないではないか、と思うのは素人の考えだけれども。それにそれを言うなら、私のシンセサイザーの鍵盤は六一鍵だけれど、手の指は十本だ。つまりはきっと、そういうことなのだろう。それも無理はない。そもそも私はギターを殆ど触ったことがないし、やってみなければその楽器の難しさや楽しさは判らないものだけれど、弦楽器は本当に難しそうに見える。

「うん」

「でもま、ギターにしてもシンセにしてもキーボードにしても、スタジオで借りられるから大丈夫よ」

「あ、そうなんだ」

 え、もう何度もスタジオには入っているのに知らなかったのか。

「ロビーとか壁にかかってるでしょうに」

「あ、あれ飾りじゃないんだね」

 あぁ、なるほど。呆れるほどのお金持ちならば、楽器をインテリアの一つとして飾ることもあるのかもしれないけれど、スタジオは楽器を弾く場だ。壁にかかっているギターもベースも、棚に置いてあったり通路の端に立てかけてあるキーボードやシンセもすべてレンタルできるものだ。

「そ、実際に社会人バンドの人なんかはさ、夜、仕事終わりに練習とかだと家に帰る暇がなかったりするから、楽器のレンタルもあるのよ」

「なるほどー」

「キーボードもシンセも機種によって使い方が違うから、私じゃまぁざっくり、弾き方とか基礎練習しか教えられないけどね」

 まぁ多分、シンセでも私が使っているRolandローランドと並んで有名なKOLGコルグも置いてあるだろうから、ある程度の使い方は教えてあげられるはずだ。

「それで充分だよ!ありがとう羽奈ちゃん!」

 く、とガッツポーズを取る美雪は本当に可愛いなぁ。私なんかよりもよっぽど可愛い。羽原君はお馬鹿だけど、女を見る目はある。それはさておいても。

「こうなってくるとちょっと欲が出て来るわね……」

「ん?欲?」

 くい、と小首をかしげながら美雪が尋ねる。

「八月さ、コードの伴奏だけでも美雪ができるようになれば、ちょっと演奏に厚みが出るから」

 そうなると私の演奏も見直さないといけないから、とてもすごく忙しくなりそうだけれど、私と美雪のユニットがかなり完成形に近付くんじゃないのかな。

「や、流石に一ヶ月ちょっとしかないし……」

 まぁそれはそうだ。でも逆に言えば一ヶ月以上もある。コード伴奏だけなら一ヶ月もあればできるようになるかもしれない。鍵盤楽器のコードはギターのそれよりも種類は多いけれど、単純だ。それに総てを覚えなくても、ライブ用のセットリストを早めに決めれば、使うコードだって限られる。更にバンド者と違って、私たちのような鍵盤奏者は暗譜が絶対ではないから、歌本のように歌詞の上にコードを振っておいて、それを譜面台にセットしておけばかなりやりやすいはずだ。

「ま、そこはそうだね。でもやるだけやってみよ。目標があった方が上達も早いと思うわよ」

「……うん、そうだね!」

 一頻り考えて、美雪は力強く頷いた。うんうん、我が相棒はやる気満々だ。


 第二五話:覚醒の時 終り

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