生きとし生ける、すべての、どんな高校生にも、テスト期間はやって来る。そして今更ながらに気付いたのだけれど、リンジくんは高認を取るために勉強もしている。毎日とはいかないけれど、週に数回、高認専門の授業をしてくれている予備校にも通っているらしい。働きながらバンドもして、弾き語りもして、勉強もして、おまけに正義の味方までやっているのだから素直に頭が下がる。それでいてあの性格だ。素直に頭が下がるのは本当だけれど、出来過ぎて腹も立つ。我ながら素直じゃないことなど百も承知だけれども。
『ねぇfanaはテスト期間中なんじゃないの?』
息抜きでログインしたFantasy Planet Online2。れいに会うのは久しぶりだ。久しぶりなのに、息抜きで入ったのに、テストの話はいただけない。
『まぁそうだけど、ちょっと息抜きよ。なによゲームの中でまでテストの話なんか持ち込まないでよねー』
『あはは、ごめんごめん。勉強ははかどってるの?』
ごめんごめんと言いつつ勉強のことまで訊いてこないでよ、もう。
『まぁ、苦手で苦手で仕方がないって訳じゃないから、多少の息抜きはしたって大丈夫!』
『それは良かった。じゃあ悪いんだけど、海岸のアルティメットハード、付き合って』
本当に休憩しても大丈夫かの確認だったのかな。変なところに気が回るなぁ、れいも。ま、私としてもサボっている訳ではないし、息抜きなのは本当だ。一時間も遊んだらまた勉強に戻ろうと思っている。だから、れいの誘いには乗らせてもらう。
『もうアルティまで行けるようになったんだ』
『流石に一人じゃキツイから誘ってるんじゃない』
なるほど。アルティメットハードレベル(略してアルティ)のクエストを受けられるレベルにはなったものの、一人で行くには厳しいのだろう。私でも一人だとクリアできないクエストはある。だけれど、別に失敗したらまた挑戦すれば良いだけ。ゲームとはそういうものだ。失敗して時間の無駄だという人もいるけれど、私はゲームはあくまでもゲームであってただの遊びだ。だから、いわゆるガチ勢と呼ばれる、ゲームに、真剣に時間をかけている人とは遊ぶことは出来ない。
遊ばないのはそれを理解しない訳ではない。そういう人たちに混ざると迷惑がかかるからだ。私にとっての音楽のように、ゲームに真剣に情熱を燃やす人だってたくさんいる。だから、そうした人たちの邪魔は出来ない。ただそれだけで他意はない。
『そっか。よっしじゃあ久しぶりに大暴れするかな!』
きちんとクエストに入るのは本当に久しぶりだ。最近は少し入ってはれいや美雪とお喋りをしたり、ログインボーナスを貰うだけにとどまっていたから。
『頼もしい!……Myuはテスト勉強してるんだろうけどね』
『……付き合わなくて良い訳?』
『お世話になります』
私とMyu、つまり美雪が同級生なのは話してある。つまり世の高校生がテスト期間であることをどこかで見知ったのだろうれいは、当然今日はログインしていない美雪がテスト勉強をしていると判っているということだ。そしてれいは、テストとは今は無縁な年齢なのだろう。年下ではありえないと思うので年上かな。ま、別に年上でも年下でも構わないのだけれど。ともかく。
『素直でよろしい』
アルティメットハードのクエストを何とか終えてキャンプシップに戻ってくるとわたしはキーボードを叩く。
『れい死に過ぎ』
勿論冗談なので、語尾に『w』を付ける。死んだって私がいれば五回はその場で蘇生できる。五回を超えても一度キャンプシップに戻って来れば、また蘇生アイテムを持って来られるので、実質は何度でも蘇生は可能だ。そしてれいは都合七回は死んでいた。今行ったクエストは私ならば一人でもクリアできるレベルなので、サポートに回る余裕があった。
『面目ない……。でも素材取れたから防具強いの作れそう』
『お、それは良かったね。今度またレアリティ上がるらしいけど、今のれいの装備だとなかなか厳しいから作っといた方が良いかもね』
『えぇ、また上がるのかぁ……。中々追いつかないよ』
私も逐一チェックをしている訳ではないのだけれど、時々公式ホームページを見て情報収集はしている。今は防具の最高レアリティは十二レベルなのだけれど、近いうちに十三レベルにレアリティーが上がるらしいのだ。このゲームは持っている物のレアリティを上げることは殆ど出来ない。作成するか、拾うしかないのだけれど、拾うとなると高難度のクエスト報酬で時々拾えるものでも、様々な付帯効果のついたオプション枠にはばらつきがある。同じレアリティでもオプション枠が一つのものと八つのものではかなり性能の開きがある。
『まぁ制作側もバージョンアップはこまめにしないと飽きられちゃうからね。基本無料のゲームな訳だし』
『それもそっかぁ……。ま、暇見て頑張るとするかぁ』
れいも私と同じく、ゲームはゲームとして、楽しめる時に楽しむもの、と割り切っている。だから私もれいと一緒に遊べている。れいがゲームに目覚めていわゆるガチ勢になってしまったら、私はれいには追い付けなくなるし。
『んじゃ私はそろそろ勉強するわ』
ちょうど一時間くらいかな。一人なら三十分くらいで回れるけれど、ゲームの楽しみ方はそうじゃない。早く効率良く、も良いかもしれないけれど、誰かと遊ぶときは戦闘の一つ一つを楽しんだ方が良いに決まっている。だから、一時間くらいで回れたのは今の私にとっては丁度良い時間だ。
『あ、うん。じゃあ僕も寝るね!おやすみfana!』
『あい、おやすみー!』
手を振る意味の略字、ノシと半角で打って私はログアウトする。そしてゲーム本体の電源も落とす。す、とテレビ画面が暗くなって、テレビの電源も落とす。代わりにミニコンポの電源を入れて、スマホを繋げて音楽をかける。
そこで、ふと手が止まった。
「……は?」
今、れいは何と言った?
「え、今何て?」
つい、本当に、つい、思ったことを口に出してしまった。
「え?え?うそうそ!」
嘘だ、そんな馬鹿な。私はミニコンポにつないだコードを引き抜いて、wireを立ち上げてすぐに美雪にメッセージを送る。
『美雪!起きてる?』
……美雪は起きてさえいればすぐにでも返信をくれる。でも私のメッセージは一向に既読にならない。一向にと言っても私の気が急いているせいで、多分ものの数秒だ。だけれど、やっぱり私のメッセージに既読マークはつかない。勉強に集中しているのか、寝てしまっているのか……。
「くっ!こ、こんな時に!」
結局もやもやした気持ちのままでは勉強にもあまり手が付かず、寝るにも色々考えすぎてしまって、あまりきちんと眠れなかった。
『おはよー、羽奈ちゃん。昨日は勉強し過ぎで疲れちゃって早く寝ちゃった。何かあったの?』
朝、歯磨きと洗顔を終えて部屋に戻ると、美雪からwireが来ていた。
『おはよう美雪。あとで学校で話すわ』
『うん、判った、後でね!』
テスト期間中は学校は午前中だけだ。午後は早くに帰って勉強しなさいと言うことなのだろうけれど、真面目に帰って勉強する生徒が何人いるだろうか。かくいう私も美雪と楓とお昼ご飯を食べてから帰ることにしている。
十三橋駅の近くにある、学生向けとも言えそうなほど低価格なファミリーレストラン。各々がメインのパスタやオムライスを頼んで、フライドポテトとピザを三人でシェアして、ぺろりと平らげた。フライドポテトだけは少しの間のお喋りの御供として残してある状況で、私は飲み物のお代わりをグラスに次いできて席に戻った。
「美雪さ、れいって性別何だと思う?」
もう直球だ、回りくどく話したって意味なんかない。
「え、男の人でしょ」
「え、うそ!」
意外な答えが返ってきた。何、美雪は判ってたの?
「だって一人称僕、でしょれいは。ゲーム上でしか判らないけど」
「なん、だと……」
私は知らなかった。昨日、私の記憶の中をざっとおさらいした時も、れいは私に対して、私とも僕とも言っていなかったように思うのだ。
「何の話?」
話について来られなかった楓が口を開いた。あ、いけない。
「あ、オンラインゲーム。私が結構長く遊んでるやつで、少し前から美雪も一緒にやってるんだ」
「ゲームかぁ。私は興味ないなぁ」
「あ、そっか、ごめん」
興味なかったかぁ。興味があれば楓も巻き込んで遊べると思ったんだけれどなぁ。ま、続きは美雪と二人の時に話すとしよう。
「あぁ、そういう意味じゃないよ、続けて続けて!」
話の腰を折る気はない、ということかな。変に気を遣わせてしまったようでちょっと申し訳ないけれどこのままでは私もすっきりしない。なので少しの間だけ楓の厚意に甘えさせてもらうことにする。
「わたしとれいが一緒にいる時は普通に僕って言ってたよ」
「マジでか……。わたしずっと女の子だと思ってたわ……」
たまたま、なのかもしれない。思い返してみると、私もゲーム中の会話で、私ってあまり書かなかったかもしれない。それに美雪にはそう言ったということは特に私に隠していた訳でもなさそうだ。昨日の別れ際の言葉も自然すぎて私でも気づくのに遅れたほどだ。
「そうなんだ」
美雪が苦笑する。れいの口調は女性的でも男性的でもない。私も勿論男性的ではないし、女性的でもない。だから、れいが女性を装っていた訳ではないのは判る。多分、悪意はない。
「昨日ちょっと息抜きにログインしてさ、少しだけ遊んだんだけど、別れ際にじゃあ僕も寝るね、って言ったから焦っちゃって……」
あんまりにも自然だったものだから、ゲーム機の電源を落とすまで気付かなかった。ゲームからログアウトしてしまえば喋っていたログは残らない。それに多分れいも私と同時にログアウトしていたはずだから、直ぐにログインしてもれいを捕まえることは出来なかっただろう。
「それでわたしにwireしてきたんだ」
「うん。なんだ男だったのかぁ……。はっ!それか!」
はたと思い出したわ!なんか前に感じた違和感!
「え?」
「いや、なんか私前に、れいのことかどうかもちょっと判らなかったんだけど、すんごい違和感があったことがあってさ」
「違和感?」
あの時は本当に、何で違和感を感じたかも判らなかったけれど、今理解したわ。
「うん。連絡先の事とかちょっと考えてて、変にリアルの話しちゃうと、わたしにも連絡先教えて、とか言われたらどうしよう、って勝手に思ってたとがあって……」
「あぁ、今までれいがわたし、って言ったことがなかったから、なのかな?」
流石は我が相棒。良く判っていらっしゃる。我が意を得たり!いやちょっと使い方違う。
「多分そう!まだれいと知り合ったばっかりの頃だったからさ」
そうだそうだ。私は勝手にれいが女性だと思っていたけれど、話し方が中性的だったし、やっぱり私には、私も僕も昨日まで言っていなかったように思うから。
「それ、以外とリンジくんだったりしてね」
「は?」
「え?」
楓が突然、とんでもないことを言い出した。
「あれ?だって本名確か鈴司、って言うんでしょ?」
「は、ははは、ま、まさか」
れいじ、で、れい。あ、あはは、まさかまさか。働いて、バンドして、弾き語りまでして、予備校にまで行って勉強して、おまけに正義の味方までやっているリンジくんが、ゲームなんてしている暇なんてあるものか。
「そ、そうだよ。それならリンジくんだってわたしたちに言うはずだよ……」
「そうだよねぇ」
いや、そうとも言い切れない。何せ永谷リンジとはいろんなことを隠していた人間だ。い、いやでもそれを打ち明ける義務も義理もこれっぽっちもないのも本当のことだ。洗いざらい、私たちに隠している秘密を全て吐け、なんて言えっこない。
「や、だってオンラインゲームなんでしょ?羽奈も美雪もそのれいって人に、リアルの名前とか教えたの?」
「教えてないけど……」
「わたしも……」
そうなのよ。それがネットゲームだし、恐らくはSNSでも同じような側面はあるはずだ。それで嫌な思いだってしてきたんだから、そうあけっぴろげにリアルのことを話す人なんてそうそういるもんじゃない。だから、それは、仮にれいがリンジくんだったとしても……。
「一緒じゃん!」
ずびし、とエアツッコミをする楓を他所に、思い出したことを口走る。
「や!でも待って!私、リンジくんが一緒にいた時のリアルの話、れいにしたことある!もしれいがリンジくんだったら、知ってて知らないフリしてるってことにならない?」
そうだ。柚机さんが私の演奏を見に来てくれた日。それこそリンジくんと初めて出会った日のことだ。もしもれいがリンジくんだったなら、私のあの説明の仕方で全て判っていたはずだ。だけれど、れいの反応はそうではなかった。本当に知らなかったか、知っていても知らない振りかは、もう思い出せないけれど。
「あ……」
「美雪?」
おでこに人差し指を当てて俯いていた美雪がふ、と顔を上げた。
「あのさ、羽原君のお見舞い行く前の日……」
ファミリーレストランの天井のどこかを見ながら言った美雪の言葉に、またしても引っかかるものを感じた。
「あ、そう言えば急に落ちたね……。もしかして羽原君の情報がその時にリンジくん、つまりれいに伝わったのかな……」
だから慌ててログアウトをして、その対応に追われたのかもしれない。
「そうかも。それにれいって普段から絶対十二時にはゲームやめて寝るし、仕事してたらそれも当然かも……」
うん。確かに、ファイヤーマスクのことは別としても、普段から毎日きちんと仕事をして、勉強もして、楽器練習までしていれば疲れてしまう。私なら、正直ゲームなどはやっていられない。
「最初は美雪がれいなのかも、って疑ったこともあるけど……」
「苗字から?ないない」
ぱたぱたと手を振って美雪は笑う。そう、美雪では有り得ないことはすぐに判った。
「まぁ結果今となってはね。あと、美雪が好きだったアニメみたいにLayNaが実は、とかトンデモ妄想もしたけど……」
「あはは、そうだったら本当に腰抜かしちゃうね」
うん、まぁ確かにそうだったらかなり面白いことになりそうだけれど、現実的に考えて有り得ないし、仮にそうだとしても身バレするようなことはしないはずだ。それにLayNaは女性だ。勿論、美雪をも騙して自分を僕と称する『僕っ娘』という可能性もゼロではないし、そもそもそんな可能性の話をしてしまえば、妄想は際限なく広がって行ってしまう。
「羽奈は妄想力もたくましいわねぇ」
呆れたように楓が笑う。まぁ確かに私も同じ話を聞かされれば呆れてしまうかもしれない。
「ま、まぁ少ない材料で、乏しい想像力から出た妄想だから……」
それに、そうだったら面白いだとか、まさかまさかという半分お遊びのような予想でもあったことだ。だけれど、れいがリンジくんなのだとしたら、そう楽観してもいられない。
「でもちょっと、事実は確認しないとだね!」
「そうよ!今まで騙してたなんて酷い!」
鼻息も荒く美雪も私も顔を見合わせて頷いた。
「や、騙されてはいないよ……」
せやな……。
「……でも知ってて知らないフリしてたんだし!」
う、うん、ちょっと苦しいかな。突っ込めるところがあれば即突っ込みたい、みたいな感覚に陥っているかもしれない。
「や、単にタイミング逃しただけなんじゃないのぉ?」
「まぁ、その線もあるけどさ……」
もしもれいがリンジくんなのだとしたら、多分それしか理由はないような気もしている。いやぁ、言おうと思ってたんだけど、あははは。って妙に想像ついちゃうし。
「とにかく、JKCに連絡だね!」
「何その組織……」
なんだか美雪がずれたことを言い出す。
「事実確認センター!じゃあ羽奈ちゃん、任せたね!」
「おー、そうだそうだ。この件は羽奈に一任しよう」
美雪がやけに嬉しそうに言って、ぽんぽんとわたしの肩に手を置きながら楓が頷く。
「え、ちょ、なんで!」
「リンジくん担当」
「……や、で、でも」
それは、そうかもしれないけれど……。
「デートのチャンス!」
「ひゃあ、楓ちゃん!」
もう完全に悪乗りでしかないな、この二人。
「……あんたらねぇ」
私は嘆息交じりに言う。何でもかんでもすぐにリンジ君との恋バナにくっつけようとする傾向は、宜しくない。冗談でもリンジくんがいるところでは言わないようにしっかり躾けておかなければならない。ま、まぁ多分流石にそこまでデリカシーのないことはしないだろうけれども。
「美雪はともかく、私の出る幕じゃないしねー」
「わたしだって馬に蹴られたくないよ」
好き勝手に言ってくれる。でも私だって、その、リンジくんへの気持ちは何と言うか、その、確かめたい。もう少し、何と言うか、リンジくんと一緒にいる時間は、増やしたい、とは、思っている。だけれど、何も用事がないのに呼び出すのは気が退ける。ただでさえリンジくんは忙しい身だ。何の用事もなく呼び出して、リンジくんの貴重な時間を費やす訳にはいかない。
「……わぁかったわよぉ!」
私はとりあえず観念する。だけれど、いや、これはどっちだ。れいのことを確認したいがために呼び出すのは、私の勝手な都合だ。そして少しの間でも、リンジくんとお話をしたり、ゴハンをしたりというのもまた、私の勝手な都合だ。そう、だから、私のそんな勝手な都合でリンジくんを呼び出す訳には、行かない。だから、とりあえず、だ。
「最近の羽奈、少し素直になってきて好きよ」
「わたしも!羽奈ちゃんかわいい!」
「……」
エロイムエッサイム……。心の中で呪いの言葉をつぶやくと、スカートのポケットの中でスマホが震えた。
第二六話:ぼくがわたしでわたしがぼくで 終り
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