ハナちゃんとリンジくん

REFRAIN SERIES EPISODE VII
yui-yui
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第三一話:ラブレターの行方

公開日時: 2021年8月6日(金) 19:00
更新日時: 2022年10月19日(水) 02:23
文字数:6,510

 十三橋じゅうさんばし市 十三橋高等学校


「なにぃ!なんてもったいない!乳でも揉ましときゃイチコロだったんじゃないの!」

 いつもの屋上。いつものスペースで私と美雪みゆきかえでの三人でお昼を食べていた時に、昨日の状況を話したのだけれど、急に楓がいきり立った。しかもとんでもなく下品なことを言い出しよった。

「い、いやそういうんじゃないし……!」

 そりゃあ二人でドライブしてご飯もしてきたけど、でも乳揉ますとかまったくもって意味が判らない。

「い、いやそれより!れいはリンジくんだったの?」

「い、いや、そういうの訊ける感じじゃなかったし……」

 それは私だって訊こうと思ってたけど、そんな雰囲気でもなかったし、FPO2エフピーオーツーの話も全く出なかったし、話の流れがそうじゃなかったんだから仕方ないじゃない。

「じゃあ何も状況変わってないってこと?」

「う、うん、まぁ……」

 確かにれいのことは訊けなかったし、その私とリンジくんの間のことだって、特に何もなかったけれど。

「ええ!役立たず!」

 何ぃ!何という言い草だ!私だって頑張ったの!

「二人でドライブして、公園デートまでして、手も繋がなかったって言うの!」

「や、手は繋いだけど……」

 でもそれだって、手を繋いで歩きたいとか、そういう感じで繋いできてくれた訳じゃないし。

「な、な、なんだってぇ!」

「ひゃあっ!」

「あーもう!うるさい!」

 確かに手は繋いだわよ。夜の海浜公園をリンジくんと手を繋いで歩けたのは嬉しかったけど、でもそういうあんたたち二人が喜ぶようなシチュエーションじゃなかったのよ。と言おうと思ったら先に楓が口を開いた。

「まぁ過度な期待はしてなかったけどさ、それはリンジくん的にもあんまりなんじゃない?」

「リンジくん的に?」

 美雪の返す言葉に私も頷く。私は楓の言っていることが判らなかったけれど、美雪もそうだと思うと少し安心できる。

「だってさ、折角羽奈はなのこと誘って二人で出かけられて、ほぼ何もなしじゃあさ……」

 何もなしって……。さっき胸のことがどうの言っていたけどあれ、本気なのかしら。だとすると楓ってかなり攻め気強い子なんだな……。

「え、でもまって楓ちゃん、わたしなら、一緒に出掛けるのOKしてもらっただけでもすごい嬉しいけど……」

 そ、そうよね!多分、判らないけど、私だって実はちょっと嬉しかったし。

 あ、思い出した。

「ていうか美雪!」

「え、な、何?」

 ぐり、と顔を美雪の方に向けて私は言う。

「手紙の件はどうなった訳?美雪から何も言ってこないから訊かなかったけどあれから何にもないの?」

 すまん、本当はすっかり忘れてたんだけど。

「手紙ぃ?」

 訝しげな楓の声。そう言えば楓が私に声をかけてくれた日のことだったわ。

「聞いて驚け楓、こやつ、何やらラブレターらしきものを頂いておるのよ!」

「なぁ、なぁ、なんだってぇ!」

 それブームなのか。ま、まぁそれより。私は楓に事の始終をかいつまんで話して聞かせた。

「なるほど……」

「あ、う、うん……」

 急に美雪の顔がかぁ、っと赤くなる。相変わらず可愛い奴め。

「で、どうだったのよ」

「や、う、うん、す、好きでした、的なことは、書いてあったんだけど……」

「なんと!」

 やはりラブレターであったか!何という素晴らしき経験!一生に一度できるかできないかだぞ!……多分だけど。でもちょいと待ちなされや楓殿。恋バナとなるとかなりいきり立つ楓を私は手で制した。

「や、まって楓、だけど?」

 美雪を促す。急いては事をし損じるのよ、楓。やはり私が胸を揉ませなかったのは正解だと確信する。

「な、名前が、どこにも書いて無くて……」

「え?」

 な、何ですと?

「誰だか判らなかったの」

「……」

 そ、そんなことがあるだろうか。美雪に手紙を出したのは誰だか判らない。だけれど、自分の思いの丈をしたためた、きっと必死になって書いた手紙に、自分の名前を書き忘れるなんてことが、あるのだろうか。

「世の中には、とんでもない間抜け野郎がいるものね」

「やめてさしあげろ……」

 きっとうっかりミスだ。一番やっちゃいけないミスだけど、きっとうっかりだ。わざと名前を書かなかったということも、もしかしたらあるのかも判らないけれど、でもそうする意味は見つけられない。

「でもそれは困ったわねぇ」

「うん……」

 美雪としても、相手が誰だか判らないことには判断のしようがない。そして。

「怖いのはさ、書いた人が、名前書き忘れてたなんて想像もしてなくて、ただ美雪が無視したみたいに思われることだよね」

「うん。それが怖いし、返事返せないのも申し訳ない……」

 やっぱりそうよね、それで謂れもない悪評を流されるのは本意ではない。

「まぁ同じやり方してみるしかないわね」

「……同じ?」

 何か楓には案があるってことね。

「うん。どうせお昼はここで食べるんだし、その美雪の机に置いてあったところに、その人の便箋とは遠目にも違うって見て判る物を置いとくしかないんじゃない?」

「あぁ、なるほど……」

 同じやり方で返事を渡しますよ、ということか。それならば同じ便箋でもあるいは判ってもらえるかもしれない。

「少なくとも、お昼に席を外すってことを知ってる人ってことだもんね」

「でも、そこから取るかなぁ」

「まぁ普通は取れないけど、まぁ置く時は置いた訳だし」

 女子の机に近付く、ということ自体が割と抵抗ある行為だと思うけれど、確かに美雪の机に手紙を置いた事実があるのだから、美雪の机には近付ける。しかも、それを不自然だと思われないとなると、同じクラスの人、しかも美雪と席が近い人なのかもしれない。

「近くまで来てみて、お返事ですって見えるところに書いとくしかないんじゃない?」

「それ何日か続けてやってみるしかないね」

 確かに相手が誰か判らないのであればそれしかできないか。まったく、楓じゃないけれどおっちょこちょいにも程があるわね。

「うん……」

「でもま、美雪に目を付けるなんてお目が高いわ!」

 ぐ、と楓が握りこぶしを握って言う。それには同意せざるを得ない。

「それな」

「そそそ、そんなこと……」

 美雪の自信の無さも中々厄介だ。これで音楽のこととなると急にやる気に満ちて、結構強気になるというのはもう本当に訳が解らない。美雪は美雪でかなり変わった女だ、というのはもはや否めない。

「美雪は美雪で苦労しそうよね」

「そういう楓はどうなの?」

 私や美雪のことばかり攻めてきて、楓自身は何もないのだろうか。

「んー、私は今は好きな人いないから、まずはそっからねー」

「ち」

 心底悔しい。私ばかりが突っつかれて楓には突っつく場所が何一つないなんて。

「なんでよ」

 楓が苦笑する。

「や、だってなんか私ばっかり突っつかれるからやり返せないのが悔しい」

「え、何言ってんの!突っつかれようがなんだろうが私は好きな人いた方がぜんっぜん良いと思うけど!」

「……ま、まぁそれもそうかも」

 確かにそれは本質だけれども。でもまぁ楓も可愛いしそのうちホイホイと彼氏なんてできるんじゃないのかしらと思ってしまう。でもそれもまた別問題か。彼氏がいるのと好きな人がいるのでは感覚は当然違うのだろうし、付き合うまでのプロセスが楽しい、という人もいるらしいし。

「わたしの場合はちょっと違う気が……」

「まぁ手紙の件はそうかもだけど、美雪は好きな人、いないの?」

「う、うん……」

 う、うむ。羽原はばら君はまだまだ望み薄か……。でもゼロではないという事実。頑張れる余地はまだまだあると思おう!羽原正孝まさたか

「そうかぁ。でもま、まだまだこれからよ!」

「そ、そうだよね!」

 美雪も彼氏は欲しい訳か。ま、まぁそれはそうよね。私たちの年代で本当に好きな人もいらなければ彼氏なんてもってのほか、なんていうのは、いるのかもしれないけれど極少数だろうし。実際わたしだって恋愛はもうしないと思っていたし、好きな人も作らない、って思ってはいたけれど、それは私自身に自信が持てなかったらだ。二人に、ましてやほのかには公言できないけれど、もしも私の足が悪くなかったら、私だって普通に恋愛をしたいという考えは常に持っていた。

「美雪の場合ワンチャン手紙の人、とかもある訳だしさ」

「うっかりさん」

「物陰からひょこっと顔出してきそうね」

「あはは……」

 二人の会話を他所に、リンジくんの顔を思い浮かべる。そう、リンジくんに出会わなかったら、こんな気持ちを持つことはなかった。あの時、私の次に演奏する人がリンジくんだったから、そんな風に思えるようになった、というのは本当に不思議な巡り合わせだけれど、それでも、という不安は拭い去ることは出来ない。

「何か不安そうねー」

 楓が美雪に言った言葉なのにドキリとする。

「う、うん。何かまだまだ本番に向けて一生懸命練習しなきゃいけないのに、それどころじゃないっていうか……」

 好きな人自体存在しなければ、美雪もまだ恋愛よりは音楽、と言ったところなのかな。私も現を抜かしている場合じゃない。リンジくんだって参加するんだし、顔見知りもたくさん来るはずだ。恥ずかしい演奏は出来ない。

「それも贅沢な話よ、私からしてみれば」

「そうかな」

 いや、そうだろうな。きっと脚のことなんて抜きにして、やりたい趣味があって、頑張ってきたことを披露する場があって、恋愛までしたら、いわゆるリア充というやつだ。何故か蔑称みたいな扱いにされているけれど、リア充なんて素晴らしいことだ。

「そりゃそうよ。やるべきこともやりたいこともあって、それで悩めるって、実はけっこう贅沢よ」

「確かにそれはあるかもだけど、楓だって何かしらはあるんじゃないの?」

 折角仲良くなった楓が、私には何もない、なんて思っていたらそれは寂しいし、大きなお世話かもしれないけれど、何か一生懸命になれるものがあると良い、と思ってしまう。あんまり言ってしまうと小言になってしまいそうだから、突っ込んだ話はしないでおくけれど。

 そうか。だからリア充はよー、というような言われ方をされるのはこれが原因の一つでもある、のか。

「んー、なんか気概に欠けてる自分が嫌、っていうのはあるんだけど……」

「趣味的なこと?」

「それもあるし、それがなくても、振り向かせたい相手がいる、ってなったら燃え上がるものはあるでしょ」

「何か一つでも、ってことか」

 恋も趣味も不完全燃焼どころか火種もない、といった感じなのかな。恋も趣味もすぐにぱっと見つけて一生懸命になれるものではないし、それはそれで大変だろうな。何だか他人事みたいな感じになっちゃうけど。

「まぁね。何て言うんだろ、だから、美雪にも謝りたかったし、羽奈と美雪の演奏も聞いてみたくなったっていうのもあるんだ」

「ほう」

 そこに繋がって来るのか。理由を聞かないと何とも判断しにくいな。

「自分の嫌なとこにフタしたまんまで、この先ずっとそれで、私自身がなんかこう、これが私やで!って言う感じになれるのかなぁ、とか色々考えちゃうよね」

 後ろめたさとか罪悪感とか。

 そんなものを引きずったままで、胸を張って自分でいられるか。そんなところかな。確かにそれは楓らしい考え方かもしれない。そんなものにカンタンにフタをしちゃう人なんか大勢いる。

「でもまだ色々選択肢はあるんじゃない?焦らなくてもさ」

「まぁ世の中に嘆くほど長く生きてないからね。勿論そこはそれ、なんだけど」

 それに高校生活だってまだ先は長い。どんな出会いがあるかも判らないし、その出会いに好機を見出せるかどうかは自己責任だけれど、それでもこの先、何もない訳ではないはずだ。それは勿論、私だって楓だって、美雪だって。

「でも目の前に二人もいたら焦っちゃう、みたいなこと?」

 美雪も音楽に目覚めたのは最近のことだ。何か好きなことに打ち込める幸せな気持ちはもう充分に味わっている。それは多分、充実感、と言い換えても良い。

「それな。だから折角そんな色んなものに恵まれてる羽奈がうだうだしてると、背中押したくなるっていうか……」

「うだうだ……」

 ぷふ、っと美雪が吹き出す。

「何よ美雪」

「や、た、確かに見る人が見たらそうなのかもって思うと、ちょっとおかしくて」

「ぐぬぅ」

 私的にはそんなにうだうだやっているつもりはないんですがねぇ。

「多分来年の夏は受験とかでそれどころじゃないかもだしさー」

「それは確かにねー。もうせっかく期末終わったんだから勉強の話、やめてよねー」

 もうほんとに。私は今のところ漠然と受験かとも思っているけれど、特にやりたいことがない。今のようなペースでなら音楽を続けることは可能だろうし、プロになりたい訳ではないから、音大なんて行く気にもならない。だとするならば、今後、社会人になってもきちっと音楽ができるように、仕事のためのスキルを伸ばすか、とか色々考えたりもしなければならない。と、とりあえず夏休み終わるまでは保留したいところ。

「それもそうだ!夏休みに彼氏作るぞ!くらいの意気込みでいかないとなー!」

 そのくらい張り切ってた方がなんだか楓っぽい気はする。私たちのライブとかにも足を運んでくれれば、もしかしたら新しい出会いだってあるかもしれないし。

「私らはライブだね」

「うん!」

 みんなが来てくれる。みんなの前でみっともない演奏は出来ない、ということも勿論あるのだけれど、きちんとやり切りたい、という思いは強い。美雪と二人で、協力し合って、何かをやり切るって、なんだか凄くドキドキする。こんな高揚感は久しぶりだ。

「や、羽奈はリンジくんもでしょ」

「や、そ、そうかもだけどさ……」

 折角ビシッと格好つけた感じでいたのに、足首ぐき、ってやった感じになるからやめて。

「前も言ったけど誰かに取られちゃっても知らないからねー。言っとくけど私らみたいにモテヒエラルキー下位にいるような女はアイドルじゃないんだから待ってたって何も起きないわよ」

「判ってるけど!」

 ていうか、楓と美雪は可愛いし!や、でもその楓が言ってるんだから、それはそうなのだろうことは私にだって判る。私だって黙って待ってればリンジくんが告白してきてくれるなんて思っていない。

「ていうかさ、そもそもリンジくん彼女いないの?」

「いないでしょ?」

 ぐり、と首を曲げて美雪に言う。や、だっていたとしたら今までリンジくんの演奏一回も見に来ないなんて不自然でしょ。

「え、わ、わたし、知らない……よ」

 それもそうか。

「ええ!」

 言われてみれば確かにそこは知らなかったけれども、リンジくん、彼女がいたとして、別の女をドライブに誘うなんてこと、するかな……。しないと思うけどな……。希望的観測かな……。

「そ、そこはまず、KKCに連絡だと思う!」

「今度は何を確認するのよ……」

 美雪の妄想の中には色んな確認組織がいるのか。

彼氏確認センターだよ!それにもうすぐ夏休みなんだし、色々準備しとかないと!」

「じゅ、準備って何を……」

 告白の準備とかそういうことなの?そんなの何をどう準備したら良いのか判らない!

「まぁまずは練習、じゃないの?二人は」

「あぁ、そ、そうね」

 そっちかい。

「なによ」

「いや、恋だのなんだの言うのかと思ったから……」

 私たちの中では楓が一番恋愛脳だし。

「や、どうにかするつもりなら言うけど……」

「しないつもりは、ないんだけど……」

 私だって流石に、このまま何もしないでリンジくんに彼女ができました、なんてなったらもう確実に後悔するし。

「じゃあそっちも頑張るということで!」

「ちょ、美雪!」

 おー!と腕を上げて嬉しそうに言いますけどね、美雪さん。

「まだ二週間ちょっとあるんだから、美雪も手紙作戦、実施だからね」

「あ、う、うん」

 ぼん、と顔を赤らめて美雪も頷く。いやあんたどうせ手紙だって、誰からか判らない人への返信なんだから、告白する訳じゃないでしょうに。それとも何か?そんなに甘い甘い愛の言葉に溢れた内容だったのか?やっぱり一緒に読んでおくべきだったかもしれない。

「よぉし!じゃあ恋に歌に頑張りなさいな!」

 急にすくっと立ち上がって、腰に手を当てて楓が声高らかに言う。

「何か、楓は……?」

 何もないの嫌なんでしょ、あんたも……。

「帰りにカレーマン食べて帰ろ」

「もう夏やで……」


 第三一話:ラブレターの行方 終り

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