『今週の土曜日に正孝君の所にお見舞いに行こうと思ってるんだけど、一緒にどうかな』
美雪たちと別れてからスマホをチェックすると、wireにリンジくんからメッセージが入っていた。さすがの間とでも言うべきなのか、永谷リンジ。
「むぅ……」
今週の土曜日は午後一から二時間、練習を入れてある。終わっても三時。時間には十分余裕がある。それにテストは金曜日で終わるから、きっとテストの出来に対する不安は多少あろうとも、テストが終わった解放感に浸っているはずだし、気分的にも上向きだろうことは容易に想像できる。
それにそうよ、これはリンジくんからのお誘いだ。私から無理にリンジくんの時間を開けて欲しいとお願いした訳ではない。どうせ羽原君のお見舞いに時間を使うのだから、私がいようがいまいが、時間の使い方は変わらない訳だ。……ごめん羽原君、どうせは一言多かった。
『三時まで練習があるから、その後なら大丈夫だよ』
ぐ、とにこちゃんマークがサムズアップしたハンコを付ける。へ、変に無愛想なのもなんだかおかしいではないか。
『その日、車使えるから家まで迎えに行くよ。美雪ちゃんには見られたくないでしょ』
とどのつまり、今回は美雪を好いとう羽原君の意志は無視ということだ。そしてつまり、リンジくんは美雪を誘うつもりもなく、わ、私と二人で、ドライブだとぅ……!
うん、判った、と返そうとした指が止まる。い、いや判ってるのよ、リンジくんに限って、貞操の危機だとか、そんなことは断じてない、と判ってはいるのよ。だけれど、何と言うか、二人きりでドライブ、い、いやメインは羽原君のお見舞いだとしても。
「ど、どうする香椎……」
どうするも何も、練習後にご一緒しますと答えてしまったのだ。車だから嫌だ、とは言えないではないか。
うんわかった、だとちょっと明るすぎるだろうか。了解、だけだと不愛想かな。う、ぬ……。
『御意』
『なにそれ』
語尾に一つ『w』がついて返信が来る。
「しくったな……」
結果はどうあれ、テストは終了。晴々した気持ちでスタジオに入ると、僅かに一週間で美雪は結構な数のコードを覚えていた。まさか楽器を購入したのかと思いきや、小学生の頃に使っていた鍵盤ハーモニカで練習したと言うのだから驚きを隠せない。
「むぅ、ここまで筋が良いとは……」
「で、でもまだメジャーコードも覚えきってないから……」
恥ずかしそうに美雪は言うが、それでもわずかに一週間でここまでとは恐れ入る。私がピアノを始めたのは小学生の時だから、今ほど自分の頭の中を整理しながら効率の良い練習ができなかったにしても、物凄い吸収力だ。
「でもリズム感が良いからあんまり歌に吊られてないのも良い感じよ」
メジャーコードと、私の曲では必要なコードを覚えている最中なのは良く判った。コードの入れ方もテンポが遅かったりはしたけれど、それはリズム感ではなく、単純にコードチェンジに慣れていないだけだろう。
「が、がんばる!」
「うむ!」
しかし、それにしてもこの美雪の気合は何なのだろう。知り合ったばかりの頃は、まさか一緒に音楽をやるだなんて考えもしていなかったけれど。
何となく、だけれど、友達になりたい、と思っていた香椎羽奈が趣味としている音楽を、一緒にやらないか、と言われ、やってみるとこれがなかなか、自分でもできる、という実感値を伴って、やる気に繋がっている。そんな気がしなくもない。
「コード覚えても変えるのがなかなか上手く行かないね」
「変える?」
そのまま美雪の言葉を返してしまった。
「例えば、Cのコード弾いて、次がAってなると、すぐにAに行けない」
「あぁ、コードチェンジね」
「そうそれ」
なるほど。それなら残酷だけれど明快な回答が一つだけある。いや、一つしかないと言うべきか。
「まぁ慣れだね、そればっかりは。やってるうちにスムーズになるよ」
「そっかぁ。まだまだいっぱい練習しないとだね」
私もコードチェンジは最初はうまく行かなかったけれど、あまり気にせずにずっと続けていたら自然と身についていたように思う。コードチェンジ、コードチェンジ、コードチェジィ!とコードチェンジだけを特訓した覚えはない。続けているうちに、自然にスムーズになっていったというのが私の実感値だ。
「んだね。どっかの誰かが言ってたけど、練習は裏切らないから!」
なんだっけな、スポーツか何かの漫画だったかな。
「それ、ほんとかな……」
「や、まぁ嘘だね」
あっけらかんと言ってやる。そんなもの、性格に左右されるに決まっている。充分な練習を積めば自信につながるなんていう言葉は、元々自信のある人間の言葉だ。自信がない人間はどれだけ練習したって、自信はないままだ。
「羽奈ちゃん……」
「だってさ、どんだけ一生懸命練習したって、ライブじゃ間違えたことないような間違え方したりするし、どんだけ練習したって緊張はするし」
実際はそんなものだ。去年解散するまではガールズバンドの代表格だった『リベル・パテル』のギターボーカル、滝本恵利香も本番まで緊張して、メンバーですらなかなか声を掛けられないほどだったというのは有名な話らしい。そんな某国営放送の有名番組、ベスト・ランナーに出演するほどのバンドであっても、緊張はするし失敗だってするのだから、同じ人間の私らが幾ら練習を積んだって、修行したって、緊張も失敗もして当たり前だ。
「羽奈ちゃんも緊張してるの?」
「最近じゃストリートでは極度の緊張、っていうのはだいぶ薄れてきたけど、でもちょっとピリっとはするよ」
知っている顔がいるのといないのでもだいぶ緊張度合いは変わる。知っている顔が沢山いると安心できる。だけれど、それが失敗するかしないかはまた別問題でもある。安心しすぎて気が抜けるとでも言うのか、集中力がふ、と途切れてしまうこともある。
「そっかぁ……。わたしは凄い緊張してる」
「まぁ美雪はまだ慣れてないしね」
美雪の言葉に苦笑を返す。まだ数回しか演奏していないのだからそれも当たり前だ。私だって物事に動じない人や、緊張を感じない人を心の底から羨ましいと思う。
「う、うん。八月も、がんばるって思ったけど、不安……。羽奈ちゃんに迷惑かけるんじゃないかって」
「ほほぅ」
美雪が漏らした初めての不安に、私は正直安堵した。
「え?」
「いや、美雪の今までのやる気って、凄い嬉しかったけどさ、ちょっと心配だったんだ」
「心配?」
「うん。美雪が緊張しーなのは何となく伝わってたし、それでも弱音一つ吐かないから、実はちょっと無理してるんじゃないかって、ね」
それも、私のせいで。
「あ、う、うん……?」
何を言っているのかはまだ判っていないかもしれない。きちんと話しておこう。でなければまた羽原君の時のようなことになりかねない。杞憂で終わってくれればそれはそれでまったく構わないのだから。
「もしさ、私が強く言い過ぎてて、とか勢いがあり過ぎてて断れなかった、って話だったら、どうしよっかな、って……」
「それはないよ!」
ばん、とテーブルを叩いて美雪が声を高くした。
「うわっ!びっくりした……」
「ご、ごめん……。でもわたしがやりたいって思ったのはホント!」
それが美雪の気遣いだったのだとしても。口にしたことに責任を持つのが美雪だ。それをきちんと信じるのが私だ。だからこれ以上のことは言わない。美雪と一緒にステージに立つ日まで、私ができることを精一杯する。ただそれだけだ。
「なら良かった。それに、弱音もさ、ちょっと言ってくれて、安心した」
弱音ばかり吐くのは、時には仕方がないにしても、こちらも弱気になってしまうという波及効果がある。いわゆるマイナスの感情と呼ばれるものは、どれも同じように、それが存在する。怒り、悲しみ、憎しみ、嫌悪。それが自己に向けたものであっても、他者に向けたものであっても。だから、延々と弱音を吐かれるのは困ってしまうけれど、たまの弱音なら吐いて欲しい。
「でも、ほんとに、羽奈ちゃんに、迷惑かけないように頑張らないと……」
そう思ってくれるのは嬉しいし、ある意味では当たり前なのかもしれない。だけれど、私と美雪は友達で、コンビだ。そんなこと、うまく出来なかったり、失敗したりを迷惑だなんて思わないで欲しいし、その程度が迷惑だというのならば、いくらでもかけてほしい。
「迷惑なんて幾らでもかけなさいよ。それを言うなら私の方が迷惑かけてるんだから。……開き直るのもちょっと、アレだけど」
そう。音楽の面でなら、趣味の面でなら、美雪のように一生懸命取り組んでの失敗なら、いくらだってして良いと思う。けれど、私の場合は私生活で、それこそ歩く速さのレベルだとか、その程度なのかもしれないけれど、それでも迷惑はかけている。そしてみんなはそれを受け入れてくれている。
「羽奈ちゃんのは、迷惑なんかじゃないよ」
「なら私だって一緒だよ、美雪」
だから、狡いかもしれない。卑怯かもしれないけれど、それを判った上で、あえて私は混同して言う。
「羽奈ちゃん……」
何とも言い難い表情、というのは今の榑井美雪の顔のことを指します、と言ったくらい何とも言い難い表情で美雪は私の名を呼ぶ。
「なん、て言ったらいいのかな……。持ちつ持たれつ、お互い様、当たり前?馴れ合いとか甘えじゃないなら、それでいいのかな、って。ま、まぁこんなこと仄に聞かれたらどの口が言ってんのよって笑われるけどね」
仄の前では口が裂けても言えない言葉だ。だけれど、最近は身を持って判ってきた。自分が変われば周囲も当たり前のように変わってくる。子供の頃には自分が達観していると感じていた。周囲が稚拙だと。だけれど、年を取って行けばそれが僅かに数年だって子供じみた行動だったと後悔する日が来る。そうして少しずつ、大人になって行く。意固地な私の心も、理解者が増えて解れて行く。
大人になんてなりたくない、なんて言う人もいるけれど、私は早く自立した、良識ある大人になりたい。
「羽奈ちゃんも、変われたってこと?」
「ま、そういうことね。仄は勿論だけど、美雪も香苗も晴美も、楓もさ、色んな人と出会えて」
出会いも人を変える。時間も人を変える。出会った人との関係も。良くも悪くもそのままではいられない。それを一番感じるのが、恐らく、個であり、自分だ。私は私自身の変化を感じているし、多分美雪も、自分の変化を一番感じ取っていると思う。
「……」
そしてその美雪からの不思議顔。い、いや、問い詰める顔。折角真面目なメンタルになっていたのに台無しだ!
「リ、リンジくんも!」
「うん!」
畜生、嬉しそうな笑顔しやがって。今に見ていろ美雪め!いや、音楽的にはまだまだ私にイニシアティブはある。
「さ、休憩終わり!今まで以上にビシバシ行くからね!」
「うぅ……」
ははは、ざまを見なさい。
さて、練習を終えて、これからが難題だ……。家についてからきっかり三十分後、リンジくんからwireのメッセージが入った。ざっとシャワーを浴びて、着替えて一息ついた途端にだ。うちの前に停まったのはいわゆるステーションワゴン型の綺麗な青い車だった。その車の助手席側のドアを開け、所在なさげに挨拶をする。
「ど、どうも……」
「どうぞ。テストお疲れ様。あと練習も」
「う、うん」
相変わらずの笑い顔なので、笑顔なのか通常の表情なのか今一つ判らない。助手席に座るとドアを閉めてシートベルトを装着。何と言うか、隣に座っているのに顔を見なくて良い、というか目を、視線を合わせなくて良いのは少し気が楽だ。
「美雪ちゃん、どんな感じ?」
「最近シンセはじめた」
う、うぅ、なんだろう、つい突っ慳貪な口調になってしまう。
「え、そうなの?」
「う、うん。八月に間に合うかは判らないけど、やりたいって言うから教え始めたところ」
スムーズに動き始めた車の中で、前だけを見て私は言う。
「そっかぁ。じゃあ慣れてきたらハナちゃんみたいに一人でやりたいとかあるのかな」
「……そうみたい」
む、むむぅ、他意はない。他意は、ないはず。
「……何かあった?」
「え?」
気付かれた。
「や、なんかちょっと……」
「別に何もないよ」
前を向いてはいるけれど、笑顔を作って私は言う。い、いや、何と言うか、判ってはいる。れいはリンジくんなのか、訊きたいけれど、今この話の流れでは無理だ。そしてその話題を封印された私は、リンジくんから提供された話題に頷くことしかできない。
「そっか」
な、何か、何か話題を……。
「あれ?この曲……?」
カーステレオから流れる曲に聞き覚えがあった。カーレディオから流れる切なすぎるバラードなどではない。なので友達のラインも壊れないという安心保証付きだ。
「Ishtar Featherって曲。元々はこないだ一緒に見た夕衣さんのオリジナルなんだけど、莉徒さんと一緒にやってるバンドでバンドアレンジして自主レコしたやつ」
樋村夕衣さんの曲か。それも自主レコーディングでCDまで作ってるのは凄いな。最近はレコーディング機材も性能が上がっていて社会人バンドの人でも少しお金をかければ機材も買えるし、ミックスダウンするパソコンのソフトもお手軽なものもあるという。なので、自主レコーディングをしてCDを作るバンドも増えている。
「弾き語り見た時も思ったけど、凄く素敵な曲……」
流石に長年やっているだけのことはある。弾き語りの時も凄く素敵な曲だったけれど、バンドアレンジも凄く素敵だ。元々のセンスや才能、音楽に対する理解力と反射神経。それらが地盤にあった上での努力があれば、私たちの年齢層でも飛び抜けて上手い人は割とたくさんいる。だけれど、技術的な円熟はない。いわゆるグルーヴ感であったりというものは、長年その楽器に携わり、年輪を刻むようにゆっくりと成熟された技術の上で出せるものだ。このバンドアレンジのIshtar Featherにはそうした、円熟した何かを感じる。
「曲を創ったのは中学生の時だったらしいよ」
「すご……。センスある人は違うなぁ」
つまり、この曲の元になった樋村さんのIshtar Featherは、中学生にして創られた、円熟もまだされていない時に創られた曲ということだ。それは樋村夕衣という人物の、楽器や音楽への理解力の高さと、センスの高さがあって生まれたものだということだ。
「ま、僕からしてみたらその辺は個人的心象と隣の芝生的なものもあるけどね」
「そうかもだけど!」
リンジくんの言いたいことは判る。確かにこの完成されたIshtar Featherほどではないにしても、リンジくんの弾き語りの曲は、私個人の心象で言えばやはりセンスはあると思う。そしてリンジくんは、暗に、リンジくんが私の曲から感じた感覚ももそうだ、と言ってくれているのだろう。だけれど、これだけのものを聴いて、素直にうんとは頷けない。
「ディーヴァって聞いたことある?」
「唄の女神か何かだっけ?」
良くは知らないけれど、一時期ボーカロイドか何かのゲームであったような気がするけれど、それもきっとその女神から取ったものだろう。
「僕も詳しくは知らないけどそんな感じみたいだね。それとは違うんだけど、少し前にこの辺界隈で、正体不明でライブハウスにもストリートにも出没しない『Goddesses Wing』っていう曲だけが存在したアーティストのことなんだって」
「正体不明?」
この辺界隈、とは言っても私は聞いたことがない噂話だ。そして正体不明というのもまたミステリアスな感じがする。
「うん」
「その曲はどうやって知られたの?」
ライブハウスにもストリートにも出ないということは、どんな人かも判らないということなのだろう。だとするならばその曲の出所はどこなのだろう。
「ネットだけで広まったみたい。ディーヴァっていう名前が出る前の時は音楽をネットの通信だけでやり取りするには中々に大変だった時みたいだし、動画サイトもパソコンでしか見られないような環境だったから、アップローダーにあったその曲を、ダウンロードした人だけが持ってた、っていう始まりっぽいね」
「ふむ……」
或る程度の事情は知っている語り口だ。私はリンジくんの話の続きを待つ。
「で、そのGoddesses Wingには、オリジナルがあるっていう噂も広まったんだ」
「出回ったものとは違うってこと?」
オリジナル。つまり、出回ったGoddesses Wingの元になった曲がある、ということなのだろうか。
「そ。Goddesses Wingはそのオリジナルを聴いた人が、今で言う動画とかの『歌ってみた』でコピーしたものっていうのが定説になってるみたい」
「そうなんだ」
つまり今もってディーヴァの正体は判らないまま、ということか。何年くらい前の話なのだろう。
「そ。Goddessesって判る?」
「女神でしょ」
男性神がGodで、女神がGoddesses。そのくらいのことなら私にも判る。
「うん。じゃWing……は、流石に判るか。じゃIshtarって知ってる?」
「イシュター?」
聞きなれない言葉だ。Ishtar Featherも、Featherは判るけれど、Ishtarは判らない。
「うん、まぁイシターとかイシュタルって言う方が普通の音らしいけど」
「あぁ、なんかゲームで聞いたことあるかも」
それも確かどこかの神話の女神か。世界各国にある神話や神様は、日本のゲームやファンタジー小説などで随分とポップにアレンジされ続けている。実際の神話の女神は嫉妬心で人を殺したり、呪いをかけたり、と割と凄惨なものが多いけれど、その辺は都合良く度外視されているものが殆どだ。
「僕も良くは知らないんだけど、メソポタミア神話の女神様らしいんだよね。で、Featherも判るでしょ?」
「どっちも女神の羽根、とか翼、とか、そんな意味なのね。えーとつまり、Goddesses WingとIshtar Featherは元は同じ曲だったってこと?」
「そ」
ぞわり、と鳥肌が立つ。
「出回っている方がGoddesses Wingってことはまさか……」
言ってカーステレオから流れるIshtar Featherに耳を傾ける。
「うん。オリジナルのディーヴァは、樋村夕衣さんだったって話」
「凄いなんてもんじゃないじゃない!」
謎のアーティストのオリジナル。Goddesses Wingのディーヴァは今もって正体不明で、Goddesses Wingにはオリジナルがあるということは一部の人しか知らない。そしてそのディーヴァのオリジナルが、本当のディーヴァが樋村夕衣さん。一体何者何だ……。
「ね、ホント、凄い人たちと知り合えたんだよ僕らは」
私に最初にアクセスしてきた柚机莉徒さんは七本槍市の学生バンド、社会人バンドを巻き込んだイベントまで画策して、実現させてしまう人。その相棒ともいえる樋村夕衣さんは謎のアーティスト、ディーヴァのオリジナル。涼子先生はただのピアノの先生ではなく、ロックバンド-P.S.Y-のベーシストを旦那さんに持ち、-P.S.Y-のドラマーで、オリジナルレーベル株式会社GRAMの社長でもある谷崎諒の友人。
「凄い縁もあったものねぇ……」
考えただけでも眩暈がしそうな人たちがわんさか出て来る。そんな人たちが企画したライブに何故私が呼ばれたのかは判らない。だけれど、今は少し、誇らしくも思える。まだまだその人達と肩を並べることなんてできないけれど、その人達に認めてもらえる音楽を私がやっている、ということだけは、間違いないということだ。
「まったくだね」
「リンジくんは呑気だなぁ」
音楽の話だと自然に話せていたことに気付く。それも一応顔見知りである樋村さんという共通の人物の話題でもあったからかもしれないけれど。
「い、いや僕らだって何で呼ばれたか判らないくらい戸惑ったよ、最初は」
「それもそっか……」
リンジくんのバンドの演奏はまだ私も聞いたことがない。ライブのペースはそう頻繁ではなさそうだし、メンバー全員が社会人だという話だし。それでもたまたまライブハウスに居合わせたのか、対バンでもしたのか、柚机さんと時間を一緒にして、柚机さんに気に入られたのかもしれない。
「なんとなぁく、だけど、かなり、莉徒さんの好みに偏っている気は、する……」
他にどんな人が出るかは聞いていないけれど、そうだとするならばそれはそれで楽しみかもしれない。
「そうなんだ。凄い人だな……」
商店街や音楽レーベル会社のバックアップがあるにしたって、野外音楽堂を貸切って、いわゆるアマチュアバンドのフェス的なことをしてしまう行動力も凄いし、そのイベントに出演させるバンドやアーティストの選定にも発言力があるということになる訳だし。何かとんでもない政治力でも持っているのかしら、と勘繰ってしまう。
「本人は至って自然体だけどね。自然と人が集まるんだよ、ああいう人には」
「まぁ確かに私も、樋村さんと柚机さんとはもっと話してみたいって思う」
あの二人のストリートを聴きに行った時の空気感は私も好きだった。美雪や仄がいたこともあったのだろうけれど、柚机さんや樋村さんがいわゆる新顔を迎え入れてくれるように気遣ってくれていたのは凄く良く判ったし、私としても嬉しかったし、楽しかった。ああいう音楽仲間がたくさんできると嬉しいな、と素直に思えるほどに。
「でしょ」
前を見つつ、にこりと笑ったリンジくんの横顔を見て、私も自然と笑顔になった。
第二七話:謎のアーティスト、ディーヴァの逸話 終り
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