ハナちゃんとリンジくん

REFRAIN SERIES EPISODE VII
yui-yui
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第三七話:好きから生まれるオリジナリティー

公開日時: 2021年8月6日(金) 19:00
更新日時: 2022年10月19日(水) 12:37
文字数:6,804

 七本槍ななほんやり市 七本槍中央公園

 

「えと……。FanaMyuファナミュ、でいっか」

 そう言えば二人で活動する時の名称を全く考えていなかった。私も美雪みゆきFantasyファンタシー Planetプラネット Onine2オンラインツーを楽しんでるし、二人のキャラクターネームをつなげただけだけど、ファナミュって何となく音的に可愛いしま、仮称で。

「……だね」

 と思ったら美雪からサムズアップ。じゃあもうFanaMyuで決まりだ。

「初めまして。ここでやらせていただくのは初めてです。普段は隣の十三橋じゅうさんばし公園でやることが多いので、もし立ち寄る機会があれば、公園、覗いてみてください。こちらにも負けず劣らず、素敵なアーティストがたくさんいます」

 と言うほどあまり他のアーティストとは懇意にはしていないけれど。というかリンジくんくらいしか知らないけれど。こっちのアーティストたちほど、みんなが顔見知りで和気藹々としている感覚は、十三橋にはない。

「八月のイベントも出るぞー」

 人だかりの中からりょうさんの声が聞こえた。ここにきているお客さんたちは皆八月にイベントがあることを知っているのだろう。

「我も出るぞー!」

 おー!と拳を握った右手だけが見えた。あゆむさんだ。歩さんは背が小さいので本当に手しか見えない。可愛い。

「わたしもぉ」

 歩さんの隣で夕衣ゆいさんもぴょこ、と手を上げた。夕衣さんもまた背が小さいので手しか見えない。そもそも私たちが立っている場所がステージでも何でもない。聴いてくれる人と私たちの目線はほぼ同じなので、こればかりは仕方がない。

「あ、え、えぇと、今紹介してくださった、来月ここの野音でやるイベントにも出させていただきます。もしも気に入ってくれた方がいたら、遊びに来てください。では、最後の曲です」

 そう言って私はMCを結ぶ。ちなみにMCというのはマスターオブセレモニーの略で、私たち音楽をライブでする者の間では、曲の合間にお喋りやライブ告知等をすることをMCとで呼んでいる。

 勿論私たちの本懐は演奏を聞いてもらうことなので、喋らないアーティストもいるし、逆に喋りが長すぎて、予定していた曲をカットすることになるアーティストもいる。

「えぇー!」

「もっとやれー!」

「やってぇ!」

 これもお約束と言えばお約束だ。聞いてくれる人に顔見知りが多いほどこうした声を飛ばしてくれる人が多い。とは言え私はこんなことが初めてだったのでかなり嬉しかったりもする。

「ありがとうございます。では……。Heartハート Beatビート

 そう言ってから鍵盤に手を置く。美雪と二人でやるようになってから始めて作った曲だ。まだ未完成ではあるものの大体の骨子は固まっている。ここでやってみて手応えを確かめるのも良いかもしれない。


――


始まりを恐れてなかったことにしていた


始まりから目を逸らし逃げ惑っていた


それを許しはしなかった 私の鼓動が激しく高鳴り


私が許しはしなかった 胸の鼓動が輝きを導く


声を併せ 歌いだそう


思いの丈を 思い切り


自分に恥じることなく 自分に嘘をつかず


一緒に駆けだそう 一緒に駆け上ろう


手を取って 手を取り合って


――


 最後に美雪がアルペジオを鳴らす。そして余韻、サスティーンが消える。

「ありがとうございました!」

 私と美雪は同時に言って同時に頭を下げた。この場で、夕衣さんや歩さん、みんさん、そして何より、諒さんとたかさんの二人に聴いてもらえたのは大きい。あとで一人一人に感想を聞きたいくらいだ。

「おぉー!いいねいいね!こりゃ八月も楽しみだ!」

「……!」

 諒さんが言ってぱちぱちと拍手をしてくれた。それを起点にわ、と拍手の波が広がる。美雪が私の顔を見て戸惑っていたので、私は笑顔を返し、方々に会釈をすると、美雪もそれに倣った。そして一度みんなが集まっているところに戻った。

「まさかの新曲」

 リンジくんが笑顔でそう言った。ちょっとなんていう顔なのよ。そんな、なんか、えと、どう言い表したら良いか判らないけれど、ドキリ、と胸が高鳴る。

「う、うん。まだもうちょっと詰められると思うけど」

 出てくる言葉と言えばそんなものだ。でもこれは本当のことだし、たぶん、みんながいる前だからかパニックは起こしていないはず。

「美雪ちゃんのこと、歌にしたんだね」

 やっぱりそう取るのね。でもそれも仕方がないことだ。それに初見の曲で歌詞まである程度でも記憶に残す聴き方をしてくれるのは有難い。

「ううん」

 私はゆっくりとかぶりを振る。

「美雪だけじゃない。みんな」

「……そか」

 伝わったかな。

 勿論この新曲は、リンジくんに想いを伝えるための曲なんかじゃない。だけれど、リンジくんに出会えて、美雪に出会えて、みんなにで会えて、少しだけ変われた、私からの感謝の曲だ。皆が誰かに出会えて、少しだけ良い方へと変わって行ける。そんな思いを、今の私にしてくれてありがとうという気持ちを込めた曲だ。

「うん」

 だから私は力強く頷く。リンジくんの目を見て。

羽奈はなちゃん、美雪ちゃん、お疲れ様!すっごい素敵だった!」

 はぁっ!しまった、公衆の面前よ。そんな雰囲気でもなかったけどなんだか急激に恥ずかしくなってしまった!ここは夕衣さんに乗っかるとしよう!

「ほぁー!有難うございます!」

 少しわざとらしいくらいに明るく振舞って夕衣さんに応える。

「美雪ちゃんやるわねぇ、ソロでも聞いてみたいわ!」

「うんうん!」

 夕衣さんにそう言ってもらえるのは嬉しい。それが私のことではなくても、美雪は私の相棒だ。

「何で羽奈がドヤってんだよ」

「私の大切な相棒ですから!褒められてうれしくない訳がないです!」

「羽奈はイイヤツだなぁ……」

 良い奴とは恐れ多い。でも当たり前のことなんじゃないか、って思う。きっと貴さんだって、メンバーの誰かが高評価を受ければ同じメンバーとして嬉しくなるはずだ。それに美雪はまだ音楽の道を歩み始めたばかり。そんな美雪に月衣さんほど実力のある人が高い評価を与えてくれたのならば、私は嬉しいし、美雪だって力になるはずだ。

「い、いえいえ、そういう訳じゃ……。眠さん、シンセ貸してくれてありがとうございました!」

 言いかけてすぐ隣に眠さんが来てくれたので、私は会釈する。眠さんがシンセサイザーを貸してくれたからこそ、みんなに聞いてもらえた。聞いてもらえて、美雪をみんなに知ってもらうことができた。

「ありがとうございました!」

 美雪も続けて眠さんに会釈する。

「ふふん。どういたしましてよ」

 さ、と肩にかかる髪を払い、眠さんは笑顔になった。なるほど、貴さんがやんなるほどの美人だと言うのも判る。一々の仕草が様になる。やんなるわまじで。

「何で眠も鼻高々よ」

 歩さんがひょっこり顔を出して眠さんの肩を叩く。

「あの素敵な演奏は私の楽器があったからこそ……!」

「や、そ、そらそうだけどね」

 よし。眠さんにも歩さんにも認めてもらえた。これは私の自信にもなる。私は自分が決して巧い演奏者だとは思ってはいない。だけれど、人前で演奏できるくらいのものは持っているという自負はある。人様の前に立って演奏する者が自信を持たず演奏しても誰の心も惹けはしない。今、私に出来ないことはまだまだたくさんある。だけれど、それでも私自身が好きで続けてきたことが、積み重ねてきたことが、誰かに認めてもらえる。こんなに嬉しいことはない。

「私の功績がどうとかじゃないわ。今日この場であの二人に楽器を貸してあげられたから、って言ってるの」

「私何も言ってない……」

 まぁ確かに眠さんにシンセを借りることができなければ、今日のこの演奏はなかった。

「やーでもいいな、オリジナリティあってさ」

「だなー。やっぱ莉徒りずのチョイスは流石だわ」

 諒さんと貴さんが口々に言う。そ、そこまでお二人に言われるとさすがに少し気が引けるのですが。

「お、オリジナリティですか」

 そう言われるほどに、オリジナリティを追及している意識は、私にはない。作曲に関しても、歌い方に関しても。プロのアーティストに影響を受けることはもちろんあるし、オマージュやアンサーソングになるような曲を意識的に創ったことももちろんある。

「おぉ、なんつーかよ、好きなアーティストはいんのかもしれねぇけど、誰にも似てねぇっつーか」

「そうそれ。似てる似てないって話とはちょっと軸がずれるけど、莉徒はみずかリスペクトなの判るし、夕衣はひびきリスペクトなの判るし、歩は、まぁちと異常だけど」

「酷い!」

 歩さんのツッコミ(?)はとりあえず放っておかせていただくとして、好きということがオリジナリティの妨げにならないということは、確かに判る。既出のプロのアーティストの曲だけをやるコピーバンドでも、機材はもちろんのこと、ライブでの歌い間違いまで再現する完全コピーを目指しているバンドがいれば、楽曲は使っているものの、自分たちのオリジナルアレンジを入れるバンドもいる。

 ただ好き、というだけでは一概にオリジナリティは語れないような気はしている。貴さんの言う通り、夕衣さんは確かに早宮はやみや響が好きなのだろうことは判るけれど、早宮響のコピーでもオマージュでもないオリジナルだと思える。

「歩とは逆ベクトルで、羽奈は羽奈!って感じする」

「誰にも、似てない……」

 歩さんはおそらくオリジナリティが突出しすぎていて、オンリーワンというイメージな気がする。音楽のテストで百点をもらえる歌い方も、強烈に癖のある曲も、全部歩さんの色で歌いきることができそうなイメージだ。私はどちらかといえば、音楽のテストで百点とは言わないまでも高成績は収めることができるであろう歌い方だと、自分では思っていた。だけれどそれは、おそらく歌い方だけの問題であって、そこに香椎かしい羽奈のが入ることによって、貴さんが言う、伊月歩とは逆ベクトルのオリジナリティになる、ということなのだろうか。正直難しくて私では分析ができない。

「オリジナルやってる人には最上級の褒め言葉じゃない?」

 そう眠さんが笑顔で言う。

 それは、確かにそうかもしれない。ただ、自分で理解できていないせいか、釈然としない。

「ヤ、ヤメロー!」

「べ、別に褒めてなんかないんだからね!」

「お父さん……」

 だけれど評価や感じ方は人それぞれで、株式会社GRAMの代表取締であり、プロのロックバンド-P.S.Y-の二人が私たちの曲を聴いてそう思ってくれたという事実がここにある。

「や、ほんとに!巧い下手の評価もしてねぇ。おれが、そう思っただけ。こんなもん評価でも褒め言葉でもないただの好き嫌いだろ」

 照れ隠しなのだろうけれど、貴さんがそう声を高くする。うん、でもなんとなく判る気がする。

「ロックバンド-P.S.Y-のベーシスト、株式会社GRAMの代表取締役副社長の、音楽の場でのお言葉、ということも忘れないでね」

 涼子先生が嬉しそうに言うけれど、つまりはそういうことなのかもしれない。急に自分の中にストン、と落ちた感じがした。

「涼子さん、それ言っちゃうを立つ瀬なくなっちゃうからさ……」

「立つ瀬がなくなったら座ればいい、っていう名言があるわよ」

「まぁそれもそうなんだけどさー」

 そうだ。立つ瀬なんかない、ただの一人。株式会社GRAMの代表取締役ではなくても、-P.S.Y-のメンバーではなくても、水沢みずさわ貴之、谷崎たにざき諒個人に気に入ったと言われる嬉しさ。自分以外の誰と争ったって、誰と比べたってきっと意味はない。ただ、私の、私たちの音楽を好きだと言ってくれる人がいるという事実。その事実をしっかりと認識してこれからも頑張る力に変えて行く。きっとそれが一番、私たちにも聞いてくれる人にも良いことなんだろう。

「それに評価とかじゃなくても貴さんと諒さんが好きって言ってくれたんなら、やってる側としてはそれだけでも力を貰えますよ!」

 きっと歩さんも同じような洗礼を受けたのかもしれないな。こんなに明るくて素敵で輝いて見える歩さんでも、実はナイーブで、ライブ前にはナーバスになることもあるということはほのかに聞いたことがある。色々悩んで、自分の中で幾度となく自分自身と戦ってきたから、歩さんはあんなに輝いて見えるのかもしれない。そんな歩さんに憧れを持ったとしても、うらやんでばかりでは意味がない。学ぶべきところは学び、吸収し、自分のものに昇華させることができなければ、遠巻きに眺めてアイツはいいよなぁ、とぼやいているだけのくだらない人間と同じになってしまう。それは、私たちをほんの少しでも認めてくれた人たちを冒涜することと同義だ。

「まぁそれが今後の羽奈と美雪に良い方に作用すんならいんだけどよ」

「どう受け取るかはわたしたち次第、っていうことですね」

 貴さんや諒さんの気持ちも判らないでもない。私も美雪に対しては少し似た感情を持つことがある。僅かに先に音楽をやっていた経験者として。先達の言葉は大切にしたいし、自分の糧としたい。そういう気持ちは私にもあるから判る。だけれど、私の言うことだけを真に受けてはいけないし、私に染まってしまってもいけない。

「それを判ってくれるとありがてぇな」

 そう言って諒さんは笑顔になる。うん、そこは判る。諒さんや貴さんが本当に私に対して高いオリジナリティを感じてくれているのならば、尚更だ。

「そそ。仮におれらが何言ったって、左右されずに自分のやりたいことやって欲しいって思う訳ですよ」

「それは勿論です!」

 なので、私はびし、とサムズアップする。今日の二人の評価は今まで二人に触れた経験のない私と美雪の演奏の成果だ。それを気に入ってくれたのだとしたら、やはり自分で大切だと思う部分だけを吸い上げて、自分の糧にするのが一番だ。言う程簡単なことではないけれど。

「いいお返事」

「はいっ」

 私は私のままで。これは趣味をやる上では本当に難しいことだけれど、常に意識はしていたい。考えすぎてしまうのも勿論良くないけれど、自然体で香椎羽奈でいること。そのうえで、私自身が好きなことを楽しくやれるかどうか。そこは常に追求して行きたい。

「さって、やるやつぁもういねえか?んならバラすぞー」

 気付けばもう人はまばらだった。私たちの後に演奏しようというアーティストもいないようで、諒さんが声を高くする。それならば。

「はぁい。手伝います!」

 先ほども私に仕事をさせてくれた。今日は色々と得ることが本当に多い一日だった。最後までやり切りたい気持ちでいっぱいだ。まだ二二時にもなっていない。電車の心配はいらないし、軽トラックに機材を片付けるのであればさほどの時間もかからないだろうし。

「はいはい!私もやる!」

 ぐぉ、と歩さんが何故か私に近付いてくる。本当に面白い人だなぁ。仄のお姉さんということもあるけれど、一人のアーティストとして歩さんとはもっと仲良くなりたい。

「お、悪ぃな。報酬は何れ精神的に」

「島流しに遭った正義の味方の隊長みたいですね!」

「良くご存じで」

 歩さんと諒さんが何やら訳の判らないことを言い出したので、私はつい先ほどまで使わせてもらっていたマイクへと向かう。 

「今度私のお店に来てね!ご馳走しちゃうから!」

 と思ったらまた涼子先生がとんでもないことを言い出した。涼子先生は初見の客にはサービスをするとかで、お金を取らないこともあるそうだ。そりゃあお店は繁盛してるのだろうけれど、きちんと商売してください。

「いやいや涼子先生はきちんと商いしてください……」

「あら羽奈ちゃん、私の旦那様を手伝ってくれてありがとうっていう感謝の気持ちを受け取ってくれないの?」

「そういう訳じゃないですけど……」

 というかそういう問題ではない気がしているのはきっと私だけではないはずだ。

「羽奈、涼子ちゃんにゃ誰も勝てんぞ」

「で、ですよね……」

 かの谷崎諒でも勝てないのならば私など足元にも及ばないどころの話ではない。何をして勝ち負けなのかは全く判らないけれども。

「あら諒君、随分な言い様ね」

「んなこたねぇさ。涼子ちゃん相手じゃ夕香ゆうかだってお手上げだぜ」

 うーん、まぁ涼子先生は結構天然不思議ちゃんな所もあるし、けれど先生としてはしっかりし過ぎるくらいしっかりしている人だし、本当にこのバケモノじみた若さといい、不思議な人だということは私にも判る。

「その私を叱り飛ばせるのは夕香くらいしかないけどね」

 夕香さんか。諒さんの奥さん。このパワフルでオレ様な感じの諒さんを旦那さんに持つくらいなのだからきっと凄いお人なのだろうなぁ。美雪が楽器を買いに行く時は是非とも一度会ってみたい。

「諒、馬鹿な戦いを挑むもんじゃない」

「正直スマンかった」

 つまり、諒さんと貴さんは涼子先生にも夕香さんにも頭が上がらないということなのね。そんな気はしていたけれども。

「はいぃー!おのろけは結構!さっさか片付けますよ!」

 ひぇ、そ、そんなことを言って大丈夫なのか歩さん!

「やっぱ歩って異常だよな」

「酷い!」

 全然平気だった……。


 第三七話:好きから生まれるオリジナリティー 終り

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