ハナちゃんとリンジくん

REFRAIN SERIES EPISODE VII
yui-yui
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第二三話:デートじゃないですから!

公開日時: 2021年8月6日(金) 19:00
更新日時: 2023年1月5日(木) 22:47
文字数:5,802

 十三橋じゅうさんばし香椎かしい


 公園での騒ぎの後、美雪みゆきかえでが家まで送ってくれて部屋に着いた。両親はまだ夜遊びから帰って来ていなかったので自分でちゃっちゃと傷の手当てをしてベッドに身体を投げ出す。幸いこめかみの傷は小さかったし、髪で隠れるのでそう簡単には見咎められたりはしないはず。早速美雪と楓にはお礼のwireワイヤーを入れて、リンジくんにもメッセージを飛ばす。

『今家、ちょっと擦りむいたけど、無事』

 メッセージの後に苦笑ともとれる顔文字を入れる。ぴん、とメッセージがディスプレイに表示されるとすぐに既読のマークがついた。やっぱり気にしてくれてたんだ。

『無事で良かった……。無茶しちゃだめだよ、女の子なんだから』

 困った顔のハンコがメッセージの後につく。確かに無鉄砲だったな、とは思うけれどあんな卑怯なやり方に怒りを覚えない方がどうかしている。

『だって頭に来たんだもん』

 と書きつつも、確かにあの場に於いて私は何の力もなかったし、怒りにまかせての行動だったかもしれない。だけれど、あの場に集まっていたアーティストさん達とそのお客さんを、あんな理不尽な暴力に巻き込む訳にはいかなかった。何ができないにしても、この身一つが代償になるのなら。それくらいやけくそな気持ちになっていたのは否めない。

『それでも!』

 苦笑の顔文字がついてはいるけれど、多分怒ってるのかもしれないな。茶化すのはやめておこう。あと言うべきことも言っておかないと。

『うん、ごめん。助けてくれてありがと』

 顔文字も絵文字もイラストハンコも使わずにメッセージを送る。

『あ、い、いや、そのことはいいんだ!』

 私にしては素直に出すぎだったかな。でも本当の気持ちだ。結果としてこの身を代償にせずにすんだのはあの時、ファイヤーマスクが助けに来てくれたからだ。もしも仕事帰りのリンジくんが通りがかってくれなかったらどうなっていたか判らない。本当にこんな擦り傷の一つや二つじゃ済まなかったはずだ。

『いいんだ、けど……』

『……けど?』

 何だろう。文字だけだとちょっと伝わりにくい。何か言いたいことがあるのは判るけれど。

『え、えと。明日、時間ある?』

 か、と顔に血液が集中するのが判る。い、いやいや何を考えてるの。話は最後まで聞かないと駄目よ。急いては事を仕損じる。良く言うじゃない。

『あるけど?』

 少し、意味深なくらいには間を開けて、そう返してみる。明日は日曜日だ。美雪は家族で出かけるらしいので練習も入れてはいない。なので、明日は久しぶりにFPO2エフピーオーツーに没頭しようかと思っていたのだけれど、何かあるのだろうか。

『や、えーと、どうせって言ったら乱暴だけど、訊きたいのかな、と……』

 それな。

『炎の勇者、ファイヤーマスク、誕生秘話』

『そうそれ……』

 確かにそれは聴きたいけれど、wireではだめなことなのかな。長くなったり色々面倒だから、とかそういうことなのかな。まさかの噂の怪人がリンジくんだったなんて、思いも寄らなかった。そもそもあんなものはあの場の喧嘩騒ぎを自粛させる噂話だと思い込んでいたし、それが実在していて、更にその怪人の正体がリンジくんだというのならば、それはぜひとも聞きたいけれども。

『勿論聞きたいわよ』

 それもリンジくんが自分で話そうと思ってくれているならば、だ。

『ですよねー。美雪ちゃんたちには?』

『一応知らない人、って言ってあるけど……』

 あの場であの怪人がリンジくんだった、なんて言ったら美雪はともかく楓がどんな反応を示すか判ったものではない。一匹狼の香椎羽奈はなの友達はファイヤーマスクだった、なんてまったく洒落にならない。

『それはありがとう』

『お礼言われるほどの事かしら』

 何となく大っぴらに出来ないのも判るし、何もかもを私に打ち明ける義務だってリンジくんにはない。

『や、また怪しまれちゃうかなぁ、って』

『自分が怪しい人間だって自覚、あったんだ』

 親切ではあったものの、素性は判らない笑い顔の青年。ま、まぁ最初に出逢った時の情報の少なさを考えれば、怪しいというのも行き過ぎで、良く知らない人、という方が適切なのだろうけれど、リンジくんにはなんだか、アヤシイヒト、というイメージがぴったりだった。

『それは酷いなぁ』

『ごめん、言い過ぎた。じゃあTRANQUILトランクイルにする?』

 ま、またリンジくんと二人でご飯か……。い、いや、嫌な訳ではないのよ。ちょっと何と言うか照れくさいだけで。別に好きな人とデートだとかそういったことじゃあない訳だし。

『一応人目を憚りたいので、vultureヴォルチャーが良いかなぁ……』

 涼子りょうこ先生のお店か。隣の駅だしそう遠い訳でもない。それに涼子先生のお店も何を食べても美味しいし。

『うん判った。じゃ、明日。お昼くらいでいいの?』

『うんそうだね。明日のお昼、七本槍駅でいい?』

 人目をはばかりたいのは私も同じだ。リンジくんと二人で歩いているところを美雪やほのか達に見られでもしたらまた言い訳が大変だ。そういう点ではほのかの地元である七本槍ななほんやり駅はちょっと危険ではあるのだけれど。

『了解』

『おっけ。んじゃおやすみ、ハナちゃん』

『うん、おやすみー』

 言い訳、か。

 



 七本槍市 七本槍駅


 く、何ということか。

 こ、この私が服装に気を遣って出かけるなんて……。い、いや、相手がリンジくんとはいえ一人の男性だし、い、いやいや、男性であろうとなかろうと、美雪と二人で出かけるにしたって、服装に気を遣うのなんて当たり前だ。練習の時は別に対して気合なんて入れないけれども。

「あれ?羽奈?」

 名前を呼ばれるが、リンジくんではない。女性の声だ。しかもこれ。

「あ、あゆむさん!こ、こんにちは!」

 背後に私よりも背丈の小さい歩さんと、スラリと長身のゆるふわウェーブを肩まで伸ばしたスーパー美女。

 見たことがある。歩さんのバンドでシンセを弾いていた人だ。こんな滅茶苦茶な、ただただ美人としか形容できないような綺麗な人が、私のたった一歳年上だとは到底信じられない。

「どしたの?こんなとこで。仄と待ち合わせ……な訳ないか。今日は仄バンド練だったもんね」

「え、あ、ど、どうも……」

 そ、そうだったのか。だとするならば仄はここの商店街にある楽器店兼音楽スタジオで練習しているはずだ。時間が時間ならかち合う可能性もある。き、気を付けなければ……。

 そんなことを考えていたら歩さんの隣にいた美女が軽く会釈をしてきてくれたので私も会釈で返した。

「私はこの武士の親友で綾崎眠あやさきみん、っていうの。一緒にバンドしてるから宜しくね」

「あ、香椎羽奈です!宜しくお願いいたします!」

 弱冠十八年でこんな優雅さが身に付くものなのか。軽くウェーブした髪が三つ編みおさげになっていて、それがぽよんと揺れる。と、とんでもねぇ美女だ!三つ編みおさげなんて可愛らしい髪型を美人がすると大人っぽく見えるのは何故なんだ!

「武士て!」

「武士じゃないの」

 反駁した歩さんににこりと笑い、綾崎さんは軽く流した。か、カッコイイ。

「時々ですぅ!」

 い、いや二人のやり取りに呆気に取られている場合ではない。もしかしたらもうすぐリンジくんだって来てしまうかもしれないのだ。

「あ、あの……」

「あ、ごめんなさないね。誰かと待ち合わせ?」

 にこり、と笑顔で訊かれる。こ、これは男でなくとも何と言うか、委縮してしまう。だって雰囲気はまるっきり大人の女だ。晶子しょうこさんや涼子先生とはまたちょっと違う、気品的なものを感じる。勿論晶子さんや涼子先生に気品がないと言っている訳ではない。あの双子は普段は可愛らしい上に、そういう場に出ればもちろん大人の余裕があるけれど、それとは少し違う。

「や、ハナちゃ……」

「ははぁん、香椎羽奈も中々隅に置けないわね」

 ここで登場するのが流石の永谷リンジ。私の正面から、つまり、歩さん、綾崎さんの背後から声をかけてきたものだから、二人がリンジくんを振り返り、歩さんが顎に手を当てて、我が意を得たりという顔をする。い、いやまじで。

「や、ち、ちが……」

「仄にはナイショね?」

 苦笑しつつ、綾崎さんが形の良い唇に細くてきれいな人差し指を当てて言う。

「え、えぇ、まぁ」

 まぁ仄には別の意味でばれたくないんですけれども。

「あ、あぁ、ども」

 リンジくんもまずいと思ったのだろう。私はリンジくんと二人でゴハンを食べることが、仄たちを煽り立ててしまうからばれたくないのだけれど、リンジくんはファイヤーマスクの身バレをされたくないのだ。私が言わなければ何と言うことはないのだけれど、仄にぐいぐいと詰め寄られれば、きっと私は嘘を吐けないか、ついた嘘を見破られて結局本当のことを言ってしまいかねない。

「ガールズバンドRougeルージュ Assailアセイル伊月いづき歩と綾崎眠よ!」

 ルージュアセイル。どういう意味だろう。ルージュは口紅とかでしょ、アセイルって……。後で調べてみよう。

「えぇと、永谷リンジです」

 まって、前に柚机さんと樋村さんの演奏をを見た時に会ってるでしょ二人とも。でもリンジくんの方は自己紹介はしてなかったかな……。

「あぁ、リンジさんね!仄からも莉徒《りず》さんからも聞いたことあります!」

 名乗りつつぺこりとお辞儀をしたリンジくんに会釈を返しながら言う歩さん。会釈した後で言えば、と思わなくもなかったが、これが歩さんなのだ。

「念のために訊いておくけれど、これはお忍びなの?」

「や、ち、ちがいます!」

 人目をはばかり逢瀬をしている訳では!

「い、いや、人目を忍ぶという点に於いてはそうなんですが、その、お二人が思っているようなことじゃあないです」

「あ、そ、そっか」

 ばれたくないという時点でお忍びはお忍びなのか。それに見る人が見れば普通は同世代の男女二人きりでゴハンなんてただのデートでしかない。い、いや判ってはいたけれど、今日のは別にそういうのじゃないもの!

「何か事情があって今日は二人で会ってるけれど、変な噂を立てられると困る、ということなのね、それは」

「そう!そういうことです!」

 凄いぞ綾崎さん。流石、美人は機微にも敏感だ。

「じゃあ歩、今日羽奈ちゃんに会ったことは仄には言っちゃ駄目よ」

 そう言って、歩さんに言って聞かせてくれる綾崎さん。だけれど、私の耳には届いていた。小さく、本当に小さく、綾崎眠は最後に呟くように。

(面白そうね)

 おい、大丈夫か、どちゃくそ美人!

「了解げば!」

 この武士も大丈夫かな……。




 歩さん、綾崎さんと分かれ、私たちは涼子先生のお店、vultureへと向かう。vultureというのはハゲワシの英語だ。でもそれだと発音はヴァーチャーとかヴァルチャーになるはずなのだけれど、涼子先生のお店の名前の発音はヴォルチャーだ。涼子先生には全然似つかわしくないお店の名前だけれど、きっと何か意味が有るのだろう。

「すんごい綺麗な人だったね……」

 歩きながら綾崎眠の優雅な立ち振る舞いを思い出す。あれで本当に高校三年生なのか。高校三年生だって見る人が見ればまだまだ子供だろうに。い、いやそうか、例えばああいう人が、わたし成人してるんで、と言えば疑うものは少ない。そしてお酒の席を一緒にした芸能人が未成年に飲酒を勧める、などと、ネットニュースになってしまうのか。そりゃあやられた方は可哀想に、だ。別に興味はないけれど。

「確かRouge Assailのシンセ担当の人だね」

「何!あ、いや、そうだった!」

 おっと、奇妙な妄想をしている場合ではない。私と同じ楽器だ。前にライブを見に行った時にも、とんでもない美人がシンセ弾いてる、と思ったものだった。

「でもコーラス専門でメインで歌ったりはしないみたい」

「なるほど……」

 つまり歌に限って言えば私に一日の長がある、と。一つくらいは、超えないまでも並べるくらいのものがあっても良いはずだ。幾らなんでもすべてに於いて一回りも二回りも劣っている、なんていうことは、きっとないと信じたい。

「元々クラシックピアノやってた人みたいだから、腕は折り紙付き」

 クラシックピアノ経験者かぁ。ピアノの腕はかなわないかも知れないなぁ。ま、まぁ勝ち負けではないにしても。

「やー、でも確かに前にライブ見た時上手かったような覚えはあるなぁ。バンドだからシンセが目立って、っていう訳ではなかったのも腕があるから、か」

「だね」

 バンドに限らず、大勢で演奏や合奏、合唱をするグループに措いて、ソロパート以外で一人の音のみが突出する集団は統率がとれていない証拠だ。バンドで言えば、バンド力が足りていない証しになる。それは音量の問題ではなく、技術的なことや存在感もそうだ。バンドで言うならば、存在感はギターやボーカル、いわゆるフロントマンには必要なものだけれど、それも、突出しすぎても、全てが均れ過ぎていてもいけない。

 そんなことを色々と話していたら、vultureにまでついてしまった。vultureは南側商店街のはずれにあるので、駅からは少し歩く。私の歩くペースだと結構遅いはずなのだけれど、あっという間についてしまった。

 リンジくんが先に立ち、ドアを開けると小気味良いカウベルの音が鳴る。

「……あらあらいらっしゃい。羽奈ちゃん、リンジくん」

 くるり、と振り返り涼子先生が笑顔になる。いつもの如く信じられない可愛さだ。そんな可愛い涼子先生が笑顔で出迎えてくれるとこちらも嬉しくなる。

「涼子先生こんにちは」

「ども」

 涼子先生の笑顔にリンジくんの糸目がさらに細くなったように見える。

「あらあら」

 涼子先生の目も細くなったように見える……。

「ち、ちがいますから!」

「ん?何が?」

 にっこりにこにこ。

 こ、これは私の言いたいことなんて百も承知、の目だ。判っているのにわざと煽ってきてる。涼子先生にそんな意地悪なところがあったなんて、なんか、何と言うか、い、いやこれはこれでいいんだけれども、誤解されるのは非常に宜しくない!

「あ、い、いえ……」

 とは言え、そうとしか返せないのももどかしい……。

「さ、空いてるとこにどうぞぉ」

 いつもと同じ応対のはずなのに、何かが違う。い、いやこれは今私がきっと自意識過剰になっているせいだ。そうに違いない。

「……」

 ニコリ。

 完全に私の笑顔は引きつっている。

 ち、違うんですよ、涼子先生。決して先生が思っているようなことではないのです。

「どうしたのぉ、羽奈ちゃん。さ、座って座って」

 語尾にハートマークでもついてそうだなぁ……。


 第二三話:デートじゃないですから! 終り

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