ハナちゃんとリンジくん

REFRAIN SERIES EPISODE VII
yui-yui
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第五〇話:れいのれいは鈴司の鈴

公開日時: 2021年8月6日(金) 19:00
更新日時: 2022年10月20日(木) 02:21
文字数:7,348

 十三橋じゅうさんばし香椎かしい


 ともかくシャワーを浴びて、冷蔵庫から一本、サイダーをいただいて自室に戻る。

「さてさて……」

 エアコンの効いた部屋は快適だ。シャワーのお湯とドライヤーで熱された髪と頭が冷たい室温にさらされて少し温度を下げて行く。ぼふ、とベッドに腰かけてテレビのスイッチを入れ、ゲーム機の電源を入れつつ、スマートフォンを確認すると、画面の上部ポップアップにwireの通知が来ていた。

『え、今の何?』

 とだけ表示されている。この表示をタップしてしまうとwireが立ち上がり既読になってしまうので、まだwireは立ち上げないでおく。きっとこの後にも何個かメッセージも入っているだろうから、それはすごーく気にはなるけれど。

「やっぱり……」

 ペットボトルのキャップを捻り、プシ、と小気味の良い音が鳴る。キャップを外すとまずこくり、と一口サイダーを飲む。しゅわしゅわとした感覚が口に広がり、喉を刺激する。鼻から抜ける爽やかな甘い香りがまた良いのよ。うまい。うますぎる。そんなことを考えてる間にもゲーム機が立ち上がり、コントローラーを操作してFantasyファンタシー Planetプラネット Online2オンラインツーを起動する。いつものタイトル画面からロビーに切り替わり、まずはログインボーナスのアイテムをもらうと、フレンドリストを開いてみる。フレンド関係になっているプレイヤーが今ゲームをしているかどうかの確認もできるのだ。

「れいは……。オンラインね」

 当然と言えば当然だろう。いかな鈍感な永谷ながたにリンジでも、あそこまでやられればさすがに気付くはずだ。一人呟くと、少し待ってみる。

『いたぁ!fanaファナ!』

 ぴろり、と音が鳴って、チャットが開かれる。れいだ。あまりに想定内で返って笑ってしまう。一口含んだサイダーを危うく吹き出してしまうところだった。

『そんなに慌ててどうしたね、れい』

 キーボードを叩き、いつものfanaではない演出をする。

『ちょっと……』

 このチャットはそこかしこにいるキャラクターにも会話の内容が見えている。おいそれと名前を出す訳には行かない。

『何かね?チームチャットにでも切り替えるかね?』

 個人チャットやチームチャットに切り替えれば、個人にしか見えないチャット、チーム内の人間にしか見えないチャットに切り替えることができる。チームは一応組んではいるものの、メンバーはわたしと美雪みゆきとれいしかいない。個人チャットでも良かったけれど、もしも美雪が入ってきたときのためにチームチャットの方が良いだろうな。

『な、何そのキャラ……』

 fanaの様子がおかしいことにはすぐに気付いたようで、その上その変キャラに少し圧されているのが面白い。

『とりあえずチムル行こっか』

 いつもの調子に戻ってわたしは再びキーボードを叩いた。

『う、うん』

 チムルというのはチームルームの略称だ。チームを作ると、チーム用の部屋が与えられる。チームメンバーで集まって団欒したり、今後のチーム方針などを話し合ったりできる。とあるミッションをクリアすれば、チームポイントというものがもらえて、そのポイントを使えばチームルームの風景を変えることもできる。キャンプ風だったり温泉だったり宇宙基地だったり未来都市だったり、色々だ。キャラクターを操作して先にチームルームへと移動する。数秒の読み込みがあって、すぐに画面がチームルームに切り替わる。ほどなくしてれいもチームルームに現れた。

『ね、ねぇ、fanaってもしかして、ハナちゃんなの?』

 チャットをきちんとチームチャットに切り替えてれいは言う。もはや言うまでもなく、やっぱりれいはリンジくんだったという訳だ。

『我が名はfana!』

 一応ごまかす。もちろん遊び心よ、こんなもの。

香椎羽奈かしいはなさんですかぁ!』

『そうよ、永谷リンジ』

 あまりじらしても可哀想なので早々に白状する。この反応から鑑みるにやはりリンジくんは、れいであることを隠したい訳ではなかったようだし、わたしがfanaであることには気づきもしなかったのだろう。

『なんてこった!』

 どこかの宇宙船の艦長の口癖みたいなことを言う。

『てことはやっぱり隠してた訳じゃなさそうね』

『何を?』

 一応言葉にしてみる。もう疑いの余地はないけれど。

『れいがリンジくんだってこと』

『隠してないけど、普通ネトゲで本名とか明かさなくない?』

『明かさないわね』

『だよね!』

 言われてみればそれは確かにその通りだし、相手に本名を聞くなんてマナー違反だから、私だって流石にれいに本当の名前教えて、なんて言えなかった訳だし。

『でも私が莉徒さんと初めて会った時のこと、話したじゃん』

 そう、そもそもの問題提起はそこが起点なのだ。恐らく。

 あの、私と莉徒さんとリンジくんが初めて会った日のことを言って聞かせたのに、それにリンジくんが気付かないなんて、あるだろうかと。

『や、あれだけでfanaがハナちゃんだって断定できなくない?』

『似たようなこと経験してる人がいるんだなぁ』

 だったのか、やっぱり。

『そうそれ!』

 マジか。

『まぁ確かに私もちょっと濁した言い方はしてたし』

『でしょぉ!』

 それは私が身バレしたくないから濁したことだけれど、でもそれにしたって鈍感すぎやしないだろうか。確率的にあまり高くはない事だと私も思うけれど、それにしたって状況が同じすぎやしないだろうか。ましてやリンジくんは、あ、いや、れいは私が、というかfanaのプレイヤーがええい、まどろっこしい!ともかく私が女だと判っていたはずだ。

『でもわたし、れいは女の子だと思ってたし』

『なんで?』

 やはりリンジくんも別に性別を偽っていたつもりもなかったわけだ。

『一人称聞いたことなかったから』

『うそん!』

 多分だけど。私がれいと遊んでいるときには、れいは自分を僕とも私とも言っていなかった気がする。だから私が勝手にれいが私と言っていると想像した時に違和感を感じた訳だし、れいが初めて僕と言った時にも驚きを隠せなかった。

『ホントですー!僕とも私、とも言ってなかった。いつだったかじゃあ僕は落ちるね、って言われたとき度肝抜かれたんだから!』

『そんな……』

 確認はできない。チャットログはそれほど長く保存されている訳ではないし、一度ログアウトしてしまうとログはきれいさっぱり消えてしまう。

『わたしには僕、って言ってたけどね』

 ぴろり、と音が鳴り、私でもリンジくんでもないキャラクターの台詞がチャット上に現れた。もちろんこのチームチャットに参加できるのは美雪しかいない。

『あ、Myu』

『あ、美雪』

 私とリンジくんがほぼ同時にチャットして画面に吹出しが出る。

『ええええええ!』

 fanaが私だと気付かなかったほどだ。当然Myuが美雪だと気付ける訳もない。

『やっぱりリンジくんだったんだ』

 語尾にwを三つ付けて美雪が言う。

『うん』

 私が美雪に言う。

『そんなこと二人で話してたの?』

『うん、まぁもしかしたられいはリンジくんなんじゃないか、って話してた』

『僕は全然気付かなかった……』

 だろうねぇ。考えもしていなかった、ということだもんね、それは。

『ねぇリンジ君、私と羽奈ちゃんのユニット名、あの時は即席で付けたけど、覚えてる?』

『FanaMyuだっけ……。あ!』

『鈍感すぎるでしょ』

 私も美雪もこのネーミングについてはれいのことはまったく考えていなかったけれど、もしもれいが、いやリンジくんがfanaとMyuの正体を知っていたとしたら、何か少し違った展開もあったように思う。そもそもからしてリンジくんがfanaとMyuの正体に気付いていたとして、だからなんだ、ということに気付いた。

 私はミュージシャン、羽奈としてSNSを展開をしている訳でもないし、そのミュージシャン羽奈がネットゲームをしていたとしても何の不都合もない。本人が不完全燃焼にならずにちゃんと楽しめるのであれば、趣味なんていくつ持っていたって良いと思うし。

『……』

 れいから三点リーダーが二つ。何か思うところがあるのだろうか。

『……僕、何かした?』

『ん?』

 何か、とは。

『や、れいの正体を突き止めるって、僕がなんかこのゲームでやらかした、とか?』

 そういうことか。それなら何の心配もない。

『全然。プレイヤーとしても普通だと思うよ』

 確かにFPO2プレイヤーの中には悪質な人もいる。初心者や装備があまり整っていない人を強烈な言葉で罵ったり、SNSで晒したり、ということもたまに耳にすることがある。例えばれいが自分では気付かないマナー違反などをしてしまったかもしれなくて、それでfanaが正体を突き止めようと思った、と、そういう類のことを心配しているのだろう。

『え、気になっただけなの?もしかして』

『うん』

 悪いけれど、悪質プレイヤーなら関わろうとは思わないし、そんな人の素性を探る程こっちも暇じゃない。私がれいの正体を知りたくなったというか、リンジくんかもしれない、と思うようになったのはもっと単純な理由だ。

『うんて』

『だって、偶然知り合ったれいが、もしかしたら知ってる人かも?と思ったら気になるじゃない』

 これだけ。それにもしもれいがリンジくんだったとしたら(気付いていなかったのはちょっと計算外だったけれど)、何故fanaが羽奈だと知っていて気付かない振りをしたのか、だから。

『ま、まぁそれは、そうかもだけど……。何も粗相とかしてない?』

『してないから安心して』

 というよりも、真面目にレベル上げもして装備も整えようとしているんだから、優良プレイヤーだと思う。

『逆にリンジくんがれいであることを隠して、私たちの正体はとっくに知ってて、何か企んでるかも、って疑ったくらいだから』

 美雪がそう言って語尾に一つwを付ける。そこまでストレートに略されると確かにちょっと猜疑心があるような感じになってしまうけれど、まぁ嘘ではない。

『ひどい!』

 ま、まぁ当然よね。

『ごめんごめん。でもこれですっきりしたよ』

『そうだね』

 わたしと美雪が口々に言う。正直言うと、判ってしまえばだから何?という些末かもしれないけれど、ま、まぁ憂いはない方が良いわ。どんな小さなことだって!

『でもなんで僕だって判ったの?』

 それもそうか。説明はしておいてあげなくちゃ。

『きっかけは羽原はばら君が怪我した日』

『え?』

 思い当たらないのか、クエスチョンマークだ。

『あの時いつも落ちる時間より早く落ちたでしょ。急用ができた、って』

 仕事に影響が出ないようにだろうけれど、れいはいつも零時にはログアウトしてしまう。でもあの日はそれよりも早い時間にログアウトしてしまった。そして確か急用ができて、とも言っていたように思う。

『それだけで判るぅ?』

『や、そのあくる日に私にwire飛ばしてきたでしょ』

『えぇー、そうだけどさ……』

 確かに言われてみればそれだけの情報でれいがリンジくんであることに辿り着くのは難しいかもしれない。でも僅かな共通点だからこそ、無視できないこともある。

『急用があって落ちて、その翌日午前中に急用のwire飛ばして来たらねぇ』

『うぅ、そっか』

 疑うくらいの材料には充分なった。

『でも確信があった訳じゃないのよ。その時はまだ私、れいは女の子だと思ってたし』

 それで美雪にれいの性別を確認したんだった。

『そっか……。美雪ちゃんは?』

『わたしは、何かの会話の時に僕って言ってたの見たから、あぁ男の人だったんだ、って思ったけどリンジ君だとは思いもしなかったなぁ』

『それが普通だよねぇ』

 うんまぁ、それが普通だろうと私も思う。でも多分その時には多少なりとも私の中にリンジくんへの特別な思いがあったから気になってしまったんだと思う。

『でもその羽原君のことがあってから、疑い始めた感じよね』

『そうだね。れい、ってレイジくんのことなんじゃないの?とかね』

 羽原君には大変申し訳ない話だけれど、このれいの件についてはちょっとだけワクワクした感じもあった。最初は美雪の苗字、榑井くれいから、と思ったこともあったけれど。

『ま、まぁそこは結果的に当たってたけどさ……』

『でも思い返してみても私が勝手に女だと思ってはいたけど、逆に女っぽい言動とかもなかったと思う』

 私も多分そうだけれど、そもそもあまり女言葉というか、女性特有の言葉は普段から使わないし、私生活でもそうした言葉を使う女性は特に若年層では少ない気がする。

『そりゃそうだよ。偽ってた訳じゃないんだし』

 ま、まぁリンジくんからしてみればそうか。

『やー、羽奈ちゃんとリンジくんはきっとうねいで結ばれてたんだね』

『?』

 リンジくんが一文字入れたけれど、多分入力ミスね。

『間違えた、運命。良いこと言ったのに噛んだみたいになっちゃった』

 ちっくしょう美雪め。ホントに逞しくなったなぁ……。

『そういう美雪はどうなのよ』

『わたしはまだ日曜日に行く約束だから進展は何もありませーん』

 ち、憎たらしい。

『美雪ちゃん、逞しくなった……』

『ホントよね』

 リンジくんもそれは感じていたようだ。わたしとリンジくんが付き合うまではこうした一面を知らなかったのだろうけれど、きっとこれから嫌と言うほど知って行くことになるわ。ちょっとおどおどしていて大人しそうな女の子、なんて猫被ってるだけなんだから。

『でもwireでやり取りしてるんでしょ?』

『でも別に毎日話しかけてくるわけでもないよ』

 むう、羽原正孝まさたかめ。まだまだ攻めが甘いな。いや、美雪が相手だとあんまりガシガシ押さない方が良いのかしら。

『美雪からは何か話しかけたりするの?』

『最近はね。日曜日に行く約束もしてるから』

『ほほぅ』

 ゆるりと進展しているではないか。

『んー、まだそういう羽奈ちゃんたちみたいな感じかは判らないけど、少なくとも嫌いではないよ』

『ま、いい奴っぽいものね』

 アホっぽいところもあるけれど、それも含めてきっと羽原君は良い奴だ。

『正孝君は良い奴だよ。基本ちょっとアレだけど』

 リンジくんが言うならそこは間違いないのだろう。あの初めて会った時の誰だか判らなかったマスク面でも羽原君だと判っていたようだし、チームにいた頃も仲は良かったのかもしれない。

『チームにいた頃からあんな感じ?』

『うんまぁ、あんまり率先して暴走行為をしたがる感じではなかったんだよね。走るのが好きだったみたいでさ。あの日は多分栄吉君にそそのかされたりしたんじゃないかなぁ』

 暴走行為をしたがらないのに何故暴走族に入った。走るのが好きなのならば走り屋だろう。い、いやそれはリンジくんにしてもそうなのだけれど、きっと私には判らないアレコレもあるのだろう。羽原君のことはどうでも良いけれど、リンジくんのことは気になる。もしもリンジくんが話してくれるなら是非聞いてみたいけれど、あまり振り返りたくない過去だろうから、私からは訊けないかな。

『で、結局藤木ふじき君の件は栄吉えいきちは絡んでなかったの?』

 藤木君本人というよりは国井くにいに関する件になるか、この場合は。藤木君は自分の身の安全を確保したかっただけだ。多分だけど。それよりも国井と栄吉が繋がってるかどうかの方が心配だ。

『うん多分関係ないかな。裏でどことつながってるかは僕じゃ判らないけどね』

 流石にリンジくんも引退した身だ。詳しいところまでは探りは入れられないだろうし、できることならあまりあっちの世界には関わって欲しくないし。

『なるほどぉ。それとは関係ないかもだけど羽原君が退院したらすぐお礼参り、とかもないよね?』

 栄吉の馬鹿っぷりには呆れるくらいだから、もしかしたらそんなことだって考えているのかもしれない。そもそも初めて会った日だって、羽原君と栄吉は二人で行動していた。私たちと出会ったことで足を洗ってしまった羽原君を裏切り者として見ている可能性だってない訳じゃない気がする。

『それも大丈夫だと思うけど、もしも土日だったら一応個人的に見張りくらいはしようかな、って思ってる』

『それがいいかも』

 私たちにもあの後栄吉がどうなったのかは判らない。もしかしたらリンジくんは知っているのかもしれないけれど、私たちに話す必要性を感じていないのだろう。仮に暴走族のリーダーに制裁を受けているとしても、主に私が気分的に清々するだけだし。

『夏休み中なんだったら付き添ってもいいんだけど……』

 おぉ、美雪……。そ、それは勿論美雪一人で、ということで良いのかしら。

『多分ご両親どちらかと一緒のはずだから、あらぬ誤解は覚悟してね、美雪ちゃん』

『え!それは……』

 羽原君のご両親に、我が愚息にも彼女が!などと誤解されては確かに堪ったもんじゃない。美雪が羽原君を好きで好きでどうしようもないのなら話は別だけれど、それは逆だし、今の段階でそんな風に思われでもしたら退いてしまう可能性だってある。

『多分退院ってなっても松葉杖はまだついてるだろうしね』

 そう簡単には完治はしなさそうだもんね。他の傷はもう随分良くなっていたような気はするけれど、左足は骨折だ。骨折は完治するまでには相当な時間を要する。退院してもリハビリは続けなきゃだろうし、しばらくは大変だろうな。

『そっかぁ……。じゃあリンジくんと羽奈ちゃんにお任せします』

『なんで私まで!』

 くそう榑井美雪。

『リンジくんと一緒に痛いでしょ?』

『その誤字よ……』

 ある意味本当にイタいぞ榑井。何かしらで反撃したいところだけど、今のところ糸口も見当たらない。

『別に正孝君とじゃなくても、美雪ちゃんに彼氏ができたらめいっぱい反撃しようね、ハナちゃん』

『それは勿論!』

 今のところそれしかないか……。その時はリンジくんとだけじゃなくて、楓も仄も晴美も香苗も全員巻き込んでやる!そうね、折角知り合えたんだし、莉徒さんも歩さんも巻き込んでやろうかしら。

『じょ、冗談です……』

 今更何を言うか、という言葉をぐっと飲みこむ。近い将来は中々に楽しそうじゃないか!そんな美雪を恋バナでとっちめる未来を想像して気分が良くなったので、私は気持を切り替える。

『よっし、ともかく久しぶりに三人集まったんだし、何かミッション行こう!』

『そだね!』

『美雪ちゃん、なんかもう僕よりレベル高くない?』

『やるならゲームだって一生懸命!』

 そういうとこはやっぱり偉いよなぁ美雪って。


 第五〇話:れいのれいは鈴司の鈴 終り

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