ハナちゃんとリンジくん

REFRAIN SERIES EPISODE VII
yui-yui
yui-yui

第五六話:与える影響

公開日時: 2021年8月6日(金) 19:00
更新日時: 2022年10月20日(木) 17:18
文字数:8,823

 東京都 品川区

 

「やー、いよいよ来週だねー、ライブ」

「だね。すごく楽しみ!」

 ライブが近いこともあり、ドライブをしたいという私の案はいとも簡単に却下され、今日は電車で水族館へと向かっている。まかり間違って事故でも起こそうものなら大変だ、という理由で。

「弾き語り枠ってやっぱり出演料は安いの?」

 そう。野外音楽堂のライブとはいえ出演料は払わなければならない。基本的にライブとはそういうものだ。一人で出ようがバンドで出ようが、出演料は発生する。持ち時間や転換時間、人数なども考慮してくれて、少人数の弾き語りアーティストなどは、フルバンドで出演するアーティストよりも安くしてもらえることはある。

「バンドの方がいくらかは判らないけど一万円だったよ」

 私と美雪みゆきで五千円ずつ。チケット自体は紙媒体ではないけれど、入ってくれるお客さんが一人千五百円なので、一人四人ずつ、FanaMyuファナミュとして七人お客さんを呼べればペイできるけれど、七人は中々難しいかもしれない。それでも五千円なら通常のブッキングの金額と比べればかなり安い。そして何より今年はアルバイトもしているし、その収入も期待できるので、それほど痛手ではないのがありがたい。

「そりゃ安いね。バンドの方は三万円だったから」

「高ーい!」

 倍額だ。でも色々考えられている金額なのだろうしスリーピースバンドだったとしても一人一万円と考えれば、普通のブッキングよりも少し安いくらいかもしれない。

「でも普通にブッキングとかしたら四万くらいかかるよ。ライブハウスは」

「だよね」

 でもリンジくんと知り合ってから今まで、リンジくんのバンドはライブをしていない。あまり頻繁にライブをするバンドではないのだろう。社会人バンドも様々だ。ライブのペースだって、半月に一度、一か月に一度やるバンドはかなり活動的なバンドだし、三か月に一回、四か月に一回でも立派に活動しているバンドだと思える。半年に一度や、年に一度となると、何某かの事情があってお気軽にはライブもできないバンドなのだろうし、ライブに対するスタンスは様々だ。

「ノルマ人数行けばペイできるけど、まぁ僕らは大体赤字。一人五、六千円くらいかな」

「そのくらいなら時々だし、払えるか」

 毎月とか二週間に一度、とかだと割ときつい金額かもしれない。アルバイトをしている私としては、割と大きい金額だ。

「だね。ハナちゃん達は練習はばっちり?」

「正直予想以上」

 美雪の鍵盤ハーモニカアレンジも一曲だけ入れることにした。美雪の日々の鍛錬と、眠さんのおかげで私たちFanaMyuの音楽の幅が広がった。

「美雪ちゃん凄いよね」

「心底楽しんでるっていうのはもはや才能ね」

 何事もやる上で大事なのはモチベーションだ。一人でも多くの人に聞いてもらいたい、とか少しでも巧くなりたい、の手前にある、好きだからやる。それはとても大切なことだ。

「それはハナちゃんだって同じでしょ」

「ま、それはそうだけど、それにしたって伸びしろと熱意がもう凄いわけ」

 私も楽しんでいるし、音楽全般だとか技術的なモチベーションよりも、私が好きだから歌もシンセも続けている。そこは美雪にだって負けていないつもりだ。

「楽しみだよねー」

「うん!」

 色んなアーティストの音楽を実際に肌で感じることができるのは勿論だけれど、そんな色んな人たちの前で、美雪と一緒に演奏できることが楽しみでならない。

「宿題も終わったみたいだし、あとは夏休み、楽しむだけだね」

 そう!それ重要。夏休みの宿題は全部終わった。あとはリンジくんと遊びに行くこと、美雪やかえでほのかたちと遊びに行くこと、アルバイトに励むこと、そしてライブ。楽しむだけ楽しめることが盛り沢山だ。

「最初に莉徒りずさんが私の演奏を見に来てからこんなになるなんて思っても見なかったな……」

 僅かに数か月前のことだ。その数か月で私の環境はがらりと変わった。

「それは僕もだね。まさかこうしてハナちゃんと付き合えるなんて夢にも思ってなかった」

 糸目を更に細くしてリンジくんが照れたように言う。ちょっと可愛い。言わないけど。

「それはこっちのセリフですー」

 言わない代わりに出た台詞がこれだ。私は本当に変わってない。思わず自嘲してしまうほどに。

「何か、仕方なくこうなった、みたいに感じるけど……」

「そんなこと言ってないでしょ!」

「ちょ、声大きい」

 し、しまった。ここは電車の中。周囲には人もいる。何人かが何事かとこちらを見る。

「あっ」

 ぐらりと電車が揺れて、リンジ君が私の肩を抱いて支えてくれる。

(!)

 い、いや、彼女なんだし、こ、このくらいは、フツウ……アタリマエ……。い、いやでも待って、何だよあのカップル人前でイチャイチャしやがって的な……?周囲を見るのがちょっと怖い。

「そ、そういえば今日は美雪、羽原はばら君のところ行ってるみたい、だけど……」

 余りと言えば余りの方向転換だけれど、と、とりあえず会話を……。

「そうみたいだね。昨日正孝まさたか君から歓喜のwireワイヤーが飛んできたよ」

 歓喜。美雪も似たようなことを言っていた。私と知り合ったばかりの頃の美雪なら、一人で羽原君のお見舞いに行くなんて考えられなかったように思う。そもそもの美雪の性格が、明るくてはきはきしたものだったとしても、私と知り合ったばかりの頃の美雪は、中学時代の陰鬱な経験で殻に閉じこもってしまっていた。それでもなけなしの勇気を振り絞って、同姓で、しかも他人に関わろうとしなかった私に声をかけてきてくれた。

「……そもそも羽原君ってどうなの?」

「うん、最近の正孝くんはもう大丈夫なんじゃないかなー。チームにいた頃は血気盛んだったのはあるけど、進んで誰彼構わず、ってことはなかったし」

「私らには全力で絡んできたくせに?」

 何を喋っているのか判らないほどの勢いだったことを思い出す。変なマスクをつけて、ヘルメットも被らず、栄吉と全力で絡んできた。

「前も言ったけど、あれは栄吉えいきち君に乗せられたんじゃないのかなーってちょっと思う。何でもかんでも栄吉君のせいにするのは良くないけど、僕が知ってる正孝君なら自ら進んで一般の人に絡んだりはしない、って思うし」

「なるほどねー」

 乗せられやすい、というと意地が悪いかもしれないけれど、良くも悪くも影響されやすい性格なのだろうことは何となく判る気がする。

「それに好きになった子が美雪ちゃんなのも、すごく安心する」

「矯正?」

「ある意味ね」

 その良くも悪くも影響されやすい性格で、美雪の優しくておっとりした性格が羽原君にも多少なりとも作用してくれれば、と言ったところかもしれない。でも、だとすると、以前から疑問に思っていることが浮き彫りになる。

「わかんないなー」

「何が?」

「羽原君がリンジくんの言う通りだとしてもさ、リンジくんも。別に悪ぶって、ワルがカッコイイぜ!って地で行く人じゃない訳でしょ?二人とも。それなのになんでああいうチームに入ったのかなぁ、って」

 リンジくんは良い人だし優しい。暗い経験がそうさせたこともあるのかもしれないけれど、早々根っからの性格までがらりとは変わらないものだと思うし。

「うーん、ま、まぁ若気の至りというか……。あ、僕の場合はだけど、平々凡々とした毎日に退屈してたのはあって、自分で売って回ったことはないけど、売られた喧嘩はそれなりに勝ってきちゃったもんだから、調子に乗っちゃったんだよね」

 小学生、中学生、何だったら高校生になっても、男同士の中では強い、というのは重要なステータスなんだろうな。女の私には全く理解できないけれど。

「刺激がない毎日ってこと?」

「そ。それも自分のせいなんだけどね、今思うと」

 自嘲しつつリンジくんは言う。

「自分の?」

「うん」

 リンジ君の中ではもう確信なのだろう。リンジくんははっきりと頷いた。

「でも毎日が退屈、だなんて誰のせいでもなくない?」

 それこそ誰もが感じることだと思うし。

「今はさ、音楽があるし、それこそ判り易く言うなら、音楽で誰にも負けたくないってその時に思えていたら、喧嘩とか暴走行為じゃなくて音楽に打ち込めば良かった訳だし」

「そういうものに出会えなかった、っていうのは別にリンジくんのせいじゃなくない?」

「探そうともしなかったのは僕のせいじゃない?」

「なるほど……」

 意識の問題というのはあるかもしれない。でも意識して、何もかも面白くないからいろんなことにチャレンジして自分のやりたいことを見つけようだなんて容易なことではないし、大人でも難しいことなんじゃないのかな。今、リンジくんが精神的に成長したからそう思えることなんじゃないのかな。それを中学生や高校生に課するのは中々酷なような気がする。好きなこと、趣味を見つけられないのはお前自身のせいだ、なんて言われたら余計に拗れてしまう気がする。

「それが何であっても当時の僕なら、誰かに勧められたら、そんなくだらないものって言っちゃってた気がするけどね」

「実際には違くても?」

 苦笑してリンジくんは頭を掻く。

「うん。でもま、当時は結局一番くだらないものに手を出して、やっぱり違うと感じたときには手遅れでさ……」

「あ、ごめん、もういい」

 いけない。そんなことを思い出させるために話していた訳じゃないのに。迂闊だった。私は、私との時間を楽しいものばっかりにしたい、ってリンジくんに言ったんだ。だから、こんなこと思い出させちゃいけなかったのに……。

「いいのいいの、時々思い出して自戒しないとね。それについ最近だってちゃんと判断できなかったせいで嫌な思いさせちゃったし」

 栄吉は腕の骨折意外は大した怪我ではなかったようで、入院も必要がなかったようだ。多分私にはムカついたままだろうけれど、それでももう悪さをしようとは思わないだろう。栄吉は暴走族のチームの中でもかなり逸脱していて、リーダーも相当危険視していたらしい。そこにリンジくんからあの公園での事件の連絡が、暴走族のリーダーへと伝わり、谷崎諒たにざきりょう水沢貴之みずさわたかゆきの関係者に傷を負わせた、という知らせが独り歩きしてしまって、上位互換の組織までもが動いてしまったのだという。流石に本職に目を付けられてしまっては、栄吉も大人しくせざるを得ないだろう。

 ていうか、やっぱりソチラの世界に繋がりがあったあの代取二人が、結構なVIP待遇なのが恐ろしい。だって私がちょっと男の子と喧嘩して擦りむいただけで、やくざの見張りが付くなんて誰が想像しようものか。

「その前だってさ、正孝君はハナちゃんの言葉で思うところあって気持ちを入れ替えたのに、栄吉君は違った訳じゃない。そういうこと、ちゃんと調べもしなかったせいで、僕の一番大切な人に怪我を負わせちゃったんだから、やっぱりその責任はちょと重いかなぁ、って思うんだ」

「ちょ、それは、は、恥ずかしい……!」

 それに怪我と言ったってかすり傷だったし、それも栄吉に直接負わされた傷ではない。三、四日できれいさっぱり治ってしまうくらいの怪我ともいえない怪我だ。あとこんな公共の面前で、僕の一番大切な人とか言わないでほしい。恥ずかしすぎる。

「あはは。でもね、思うんだ。その前にちゃんと僕が判断できていれば、って。ハナちゃんは嫌がるかもしれないけれど、あのファイヤーマスクの時だって、ああいうときに、応戦できない人に対してあんなことをする非道を見逃した僕の罪も重いぞ、って」

「……また悪い癖」

 栄吉の惨状を目の当たりにしても思ったことだけれど、栄吉があんな目に遭っていても、私はあの時のリンジくんの判断が間違ったものだとは思えなかった。後から話を聞いても、栄吉がそれほど逸脱した問題児だったのなら、尚のことリンジくんに責任はないだろうと思ったくらいだ。

「だね。何でも一人で抱え込んじゃいけないけど、でもだから、ここから先はきちんとした判断をして、ああいう時は、きちんとハナちゃんを守れたら良いな、って」

「う、うん、まぁ、あ、ありがと。……ああいうとき?」

 ああいうとき、を妙に強調したのでつい訊き返してしまった。

「え、あ、何かね、オレが守ってやる!とか言う男って男の自己陶酔なだけで女からしてみたら何のこっちゃ?ってなるから言わない方がいいよ、って会社の先輩に……」

 そ、それはつまりその会社の先輩に、彼女ができたとかなんとか言ったということだろうか。しかもその話から鑑みるにその先輩、女性なのではないのだろうか。何故なら、私もその話にはかなり合点がいくと思っているから。

「あ、あぁそういう……。まぁそれは確かに思うかも。ああいう、本当に傷害みたいなことが全くなくって、リンジくんに僕が羽奈ちゃんを守るから、なんて言われたら、何から?ってなっちゃうのはあると思う」

「や、やっぱりそうなんだ」

 機会があれば言うつもりだったか、永谷ながたに

「どこかでカッコイイと思ってる、とか?」

「う、うん、まぁ、漫画とかでそういうシーン見ると、僕も好きな人を守れる男に!とか思っちゃうよね」

 いやまぁ、漫画やアニメなら、大体戦いが通常の生活に当たり前に存在している場合が殆どだ。ともに戦地に赴くとき、とかならば判らなくもないけれど、ここは日本で、表立って戦争などない、中途半端に平和ボケした国だ。そんな平和ボケした国の中で、唐突にお前を守る、なんて言われても確かに何のこっちゃ?だし、男特有のカッコつけなのだろう。

「なるほどね。でも多分だけど、女はそれを見てカッコイイ!ってなる人は少ない気がする」

「そうなんだねー」

 仮にそれができるのが、ゲームの中かもしれない。でもそれはロールプレイ以外の何物でもない。仮に高難度ミッションへ一緒に行くとして、仮にリンジくんのキャラクター、れいの方がわたしのキャラクター、fanaより強かったとしよう。そこで死地へと赴く際『僕がfanaを守るよ……!』と言われても『はぁ……』としか答えられないし、ゲームの中でのそんな台詞でガチにときめく女がいたらそれはそれでかなりヤバイ。

「でも今の話の場合は本当に傷害沙汰のレベルだし、何かあったときに守ってくれる存在がいるっていうのは、わたしとしては安心するし、それがリンジくんなら嬉しいかな」

 ぐぉあー、なんと恥ずかしいのだ!だ、だが、照れ隠しで反対のことを言ったり、真逆の態度を取ったりしなかったぞ、偉いぞ香椎かしい!誰も褒めてくれないだろうから私が褒める!

「あ、そ、そう?」

 ぽんと頬を赤くしてリンジ君がちょっと嬉しそうに言う。かわいいか。

「まぁ自己責任の範囲広すぎる感じはするけどね……」

 何でもかんでも抱え込まなければ良いなぁ、と思う。性根が良い人だし、周囲を守ろうとするその気持ちは、きっと心に負担をかけてしまう。

「でもま、そこはハナちゃんもあんまり人のこと言えない気もするけど」

「え?」

 いや、判らなくもないけれど、いくら何でもリンジくんほどではない。

「正孝君の怪我のことさ。ハナちゃん凄い責任感じてたじゃない」

「まぁ、それは正直今も払拭しきれてないけど……」

「だよね」

 それは、今回の栄吉とリンジくんのこととは少し性質が違う。羽原君は私が言ったことに対して、何かを感じた。私の発した言葉で、自分を変えようと思った。思ってしまった。それが良い方向であれ、悪い方向であれ、あんな大怪我をさせるなんて、知らなかったでは済まされないことだと思ったし、最悪の場合、亡くなっていてもおかしくはなかった。そして、もしも亡くなってしまったとしたら、私は生涯そのことを悔いることになる。そして二度と持論など口にはできなくなるかもしれない。そう、様々な可能性を考えると、恐ろしくなる。発する言葉にはその人間の責任が生じる。あの時ほどそれを感じたことはなかった。

「私の実感値としてね」

「うん」

 気付けばリンジくんの右腕は私の肩を抱いたままだったけれど、何となく安心感が生まれてきたように思う。物理的に支えられているのとはまた別の意味で。

「出会いって、自分を変える凄いきっかけなんだって、思ったの。それが顕在的に意識していないものだったとしても」

「というと?」

 その安心感からか、すんなりと言葉が出てくる。リンジくんに聞いてもらっても罪悪感が消える訳ではないし、消してもいけないと思う。だけれど、リンジくんにはちゃんと話を聞いてもらいたい、と思った。

「最初はやっぱりリンジくんよね。最初はなんだこいつ、胡散臭い、ってちょっとだけ、思ってた」

「まぁそれは、伝わってきました」

 苦笑。あの頃の私はあれがリンジくんではなくても、知らない人だったら同じ態度を取っていただろうし、同じような反応を示していたと思う。特別にリンジくんだったから、ということはないはずだ。

 ……いや、あるかもしれない。

「だよね。でも、何度か顔を合わせるうちに、そういう第一印象も間違いだったって気付いて、リンジくんが良い人だって解り始めた」

「う、うん」

 それは買いかぶりすぎだの、当たり前のことしかしてないだの、と言いたいのだろうけれども。

「今はスルーする」

「へい……」

「でさ、そういう出会いを経ての心境の変化が多分、美雪をすんなり受け入れた。晴美はるみ香苗かなえもそう。仄の友達から私の友達に変わった」

「ふむ」

 リンジくんに出会う前の私だったら、美雪とここまで仲良くなれたかどうか、正直自信がない。邪険に扱って「あ、そ」と美雪の話を聞かなかった自分を容易に想像できるのだ。

「それから美雪が私の好きなものに興味を示して、異様なほどに好きになってくれた。これにはそういう素養を持った人と友達になれたっていう、かなり特異だけど大きな要素があった。そもそも美雪を拒否ってたら、私はリンジくんにだって懐疑的な意識は消せていなかったかもしれない訳だし、今でも一人だったかもしれない、って普通に考えられるんだよね」

「そういう出会いと変化を実感してきたハナちゃんの言葉だからこそ、そのハナちゃんの言葉に影響を受けた正孝君が大怪我をする羽目になった」

「……うん」

 怪我をさせてしまった、という一点において、やはりそこは私にも責任はあると思う。

「今のハナちゃんの話の流れで言うと、そうかも、っていうのは確かにあるね」

「でも?」

 反駁の意図を感じて私はリンジくんを促した。

「うん。でもその流れで大事なのは、ハナちゃんがそうしようと決めたハナちゃん自身の意思。大怪我をするだろうと判っていてもチームを抜けたい、と思った正孝君の意思が、抜けちゃってるよね」

「結局決めたのは自分、っていうところに着地していいのかな、って思ってる」

 周囲に、状況に流されただけで今の自分があるとはもちろん思ってない。けれど、それでも、それは自分が良い方に変わって行けた場合であって、何でもかんでも、総てを自己責任にしてしまうのは、なんだかとても厳しい気がしてしまう。

「勿論。全部が全部自己責任って言っちゃうのはキビシイけど、それでもそこは自己責任だよ。僕が人に怪我を負わせてしまったのは退屈な毎日のせいじゃない。僕が大怪我するのを覚悟でチームを抜けたのは、怪我をさせてしまった人のせいじゃない」

「……」

 それでも、やっぱり厳しいな。自分に対して厳しくなることは良いことだけれど、だからと言って、他人にまでそれを押し付けることはできない。もちろんリンジくんはそういったことを他人に押し付けるタイプではないと思うけれど、それでも、自分と同じ過ちを歩みそうだった羽原君に対しては、そういう厳しい気持ちはあるのだろう。

「正孝君がチームを抜けてまっとうな生活に戻ろうと決めたのは、ハナちゃんのせいじゃない」

「そう、かも、だけど……」

 でも私が言ったことに影響は少なからず受けた訳で、それがきっかけの一つとなって大怪我をした羽原君に対し、私が知ったことじゃないとは言えない。それは羽原君に対するある種の情が生まれてしまっているからなのは自分でも理解している。けれど、だからこそ友達として、できることはしたいと思っている。でも、それも結局自己満足なのかもしれないけれど。

「それにね、ハナちゃんも考えたとは思うけど、あのまま正孝君がチームに残っていたら、誰かを、それこそ知らず美雪ちゃんを傷つけたかもしれない。正孝君自身が命を落とすような大事故を起こしてしまったかもしれない。もちろん引退するまであと一年もないくらいだったけど、そうだとしたら、まっとうな生活をしようなんて思わないまま、誰かに迷惑をかけ続けていたかもしれない」

「うん……」

 それも都合の良い想像でしかない。訪れなかった未来なんていくらだって想像できるし、こじつけられる。現実に起きなかったことと、未然に防げたことってイコールになるのかな。私には良く判らない。

「僕はハナちゃんがその時に、正孝君に何を言ったかは知らないけれど、でも、それが間違ったことだったなんて疑わない。僕はそういう子を、心から好きになったんだから」

 茶化す訳ではないけれど、漫画だったら歯が光るような笑顔でリンジくんは堂々と言った。何だかもう、真剣に悩みすぎていてもいけない気になってくる。いや、本当はいけないし、結果に伴っていない思考なんて意味はないんだけれど。ともかく、この場でそういうことを連発されるのは、いただけない……。

「う……。その、すぐにそこに着地するのは、ズルい、と、思う……」

「ズルくて結構、だよ」

 ぽんと私の肩の上で手が跳ねた。いつもより距離が近いこともあるのだろうけれど、顔が熱くなってくる。

「リンジくんもそこそこ声、でっかいけどね……」

 ちらり、と周囲を見渡そうとして、やっぱり恥ずかしくてできなかった。

「……!」

 口の形が「いっ」ってなってリンジ君がそろそろと周囲を見回す。

「ハナちゃん、僕、車両移動したい……」

 ぼん、と音が出そうなほどに顔を赤くしてリンジくんが呟いた。

「同感……」


 第五六話: 終り

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート