ハナちゃんとリンジくん

REFRAIN SERIES EPISODE VII
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第五九話:エドムラサキとフランカー

公開日時: 2021年8月6日(金) 19:00
更新日時: 2022年10月20日(木) 18:06
文字数:8,323

 七本槍ななほんやり市 七本槍中央公園


 ステージ袖からほのか達がそろそろと出てくる。まずはエフェクターボードと呼ばれる、エフェクターを何個か乗せたボードを。一旦またステージ袖に戻って、今度はギター本体を。ギターは機材が多くて大変だなぁ。私らのような弾き語りでは殆どシンセサイザー本体とペダルのみで済む。

「仄びびってんなよ~!」

「ほ~のかぁ~!」

 私たちの横並び、左手側にかえで晴美はるみ香苗かなえがいた。ステージ上に現れた仄に声をかけている。

「あ、晴美ちゃんと香苗ちゃんだ。楓ちゃんも!」

 美雪みゆきも三人の声に気付き、大きく手を振る。

「お、美雪、羽奈はな!……と、ダレ?」

 楓がこちらに近付きながら私と、美雪と、フィオを見止める。

あゆむさんとお互いを認め合った崇高なるライバル、オゼッラ・フィオレンティーナ・飛香あすかさん」

 多少の諧謔も込めて言ってはみたものの、フィオは気付かなそうだな……。

「羽奈、さんはいらないぞ。君らは仄の友達か、今羽奈の紹介に預かったオゼッラ・フィオレンティーナ・飛香だ。長いからフィオでも飛香でもいいぞ!よろしくな!」

 やっぱり気付かなかった。ていうか拾いもしてくれないのはちょっと寂しい。それにしても名前が名前なだけに、自己紹介がテンプレート化してるのは何というか効率的な気がしないでもない。

「あ、はい。えと、吉原よしはら楓です」

三村みむら香苗です」

金谷かなや晴美です」

 がっつり面食らった状態で三人が自己紹介する。まって私香苗と晴美の苗字ってもしかして初めて聞いたんじゃないの。スマートフォンにも名前でしか登録してないし。

「うむ!三人とも可愛いな!」

 あんたが一番可愛いっつーの、と言いたいところだけれど、武士が近付いてきた。歩さんに会釈すると歩さんは大仰に手を上げる。

「やぁやぁ皆の衆!遠からん者は音にも聞あ、フィオもいるの!」

 名乗り口上も中途半端に歩さんがフィオの肩をバシバシと叩く。やっぱりライバルというよりは仲の良い友達に見える。

「おぉ歩!たった今初対面を済ませたばかりだ!」

 腰に手を当てて、偉そうにふんぞり返ってるのに可愛く見える。こんな得なことってあるかしら。良しここは一丁、フィオと同じポーズをして試してみよう。

「なんで羽奈が偉そうなのよ」

 なんで私だけが突っ込まれるのよ。

「い、いえ……」

 やっぱり可愛いと人生得するんだ。いや、歩さんに突っ込まれたかどうかで人生の損得を考えるのは不毛の極みだけれど。

「フィオはまだ時間大丈夫?」

 仄たちStokesiaストケシアの次がフィオ達Zhuravlikジュラーヴリクだ。楽屋でライブの準備を済ませておいて、転換をスムーズに行うのは最低限のルールでもあるし、楽屋で集中力を高めるアーティストだっている。それが過ぎて、自分たちの出番の前では占有する勘違いした訳の判らないのも時々いるけど。

「あぁ。途中で抜けることにはなるがな。仄には最後まで見てやれないで済まないと伝えておいてくれ」

 フィオは言って苦笑した。やっぱり良い奴なんだな。

「出順なんだからそんなことで恨みやしないわよ」

 そう、それは仕方のないこと。私たちはフィオ達Zhuravlikの後なので、やはり同じくZhuravlikのライブは前半くらいしかここで聞けない。でも楽屋にいても曲は聞こえるし、場所によってはステージを撮影しているモニターを楽屋に置いてある場所もあるから、曲を聴くことはできるけれど、ライブというものは音だけ、歌だけが聞ければ良いというものではない。

「そういえばみん李依吏りえり亜依香あいかはどうした?」

「あっちにいるわよ。屋台で色々買ってたみたい」

「そうかそうか」

 何だろうか。歩さんが、何だか変だ。

「……何、羽奈」

 私の視線に気づいたのか、歩さんが神妙な表情を向ける。

「や、武士らないな、と思って……」

「最近羽奈って私に辛辣じゃない?」

 辛辣ではなく、信頼の証だと思ってほしい。つまりは軽口を言えるほど慣れてきた、と。

「シンラツとはなんだ?」

 真剣な面持ちでフィオが言う。帰国子女だとかいう前に、そもそもフィオの学力が心配になってきた。

「……辛く当たってない?」

 平べったく均して言い直す歩さんも慣れたものだ。つまりこんなことなど日常茶飯事なのだろう。

「難しい言葉を使うのは辞めてもらえないか」

「そっちこそスケバン達はどうしたのよ」

 フィオの反駁もそこそこ……いや、全く無視して歩さんが辺りを見回す。

「スケバン!」

 このご時世にスケバンとは!男でもそういう人種は激減しているというのに!いやまぁ、リンジくんと羽原君は元、だし栄吉も知り合いっちゃ知り合いだけど。

「あぁ、京子きょうこ遊子ゆうこ結花ゆかもそこいらに……。いない!もうすぐ本番だというのに!」

 さっきからずっとフィオ一人だけれども。つい先ほどまで一緒にいたのに感が凄い。私に話しかけてきてからもう五分以上は経ってるけど。

「もう楽屋入ってるんじゃない?」

「む、それもそうか。あいつらはワタシなどよりよっぽどしっかりしているからな!」

 歩さんの言葉にフィオはあっさり納得する。私などよりよっぽどしっかりしてる、という言葉はもはや疑いを確信に変える。ポンコツだ。オゼッラ・フィオレンティーナ・飛香はポンコツ女子高生だ。

「でもスケバンなんですか……」

 今日は勿論私服で、それもライブ用の、普段は着ないような服でステージに上がるのだろうけれど、まさかステージ衣装で踝まであるスカートでも履くのかしら……。

「往年のスケバンドラマとかに出てくるキャラと名前が一緒なだけ。ビー玉のお京、シャーペンの遊子、折鶴の結花と言えば、貴さんや諒さんは小躍りするかもね」

「まさか武器なの……」

 ていうかスケバンドラマって何?

「良く判るわねー、羽奈……」

 そんな話をしている内にStokesiaの準備が整ったようだ。仄は少し緊張した面持ちだけれど、口角は上がっている。無理をしている笑顔ではないことは何となく判る。

「と、ともかく、始めるみたいですよ」

「おぉー!仄ぁ!気合入れろー!」

 私の声に反応して歩さんが声をかける。こういうところはやっぱりお姉ちゃんなんだな。

「ほのかぁ!」

「仄ちゃーん!」

 私も美雪も口々に仄かに声援を送る。笑顔が少し、不敵なものに代わる。そして私たちにサムズアップを返すと、仄はす、と息を吸った。

「よぉーっしゃ!Stokesia!いくよー!」

 たかどん、とドラムのあやちゃんがきっかけを作り、仄のギター、めぐみちゃんのベース、うみちゃんのシンセサイザーが同時にAを弾き、掻き回す。サスティンが消えないうちにハイハットシンバルがカウントを叩き、曲がスタートする。これはStokesiaの看板曲だと言っていた曲だ。いつもなら最後に持ってくる曲なのだけれど、一曲目に持ってくるのは自分たちを鼓舞するためかもしれない。

「わぉ、呑まれてない!」

 その堂々とした弾きに歩さんが拳を振り上げる。

「流石は歩の妹だな!」

 確かに、と思う。わたしはここ最近まで歩さんとの交流は殆どなかったけれど、仄の性格は勿論今まで一緒に姉妹として生きてきた歩さんの性格だって影響しているに違いない。ただ仲良くなりたいと、私の都合なんか何一つ関係ないで踏み込んできた強気な女、それが伊月いづき仄だ。ぶるる、と震えがくる。これは歓喜の震え。それにはきっと、Rossweisseロスヴァイセに呑まれなかったのとは違う、もう一つの理由がある。

「上手くなってます?」

 歩さんの耳に顔を寄せ、少し大きめの声で言う。

「すんごい練習してたからね!私も付き合わされたし!」

「やるなぁ……。漲ってくる!」

 やっぱり。

 宿題をやる間も惜しんで、いや仄のことだからそれでもできるだけ宿題も頑張っていたに違いないけれど、それ以上に今日のライブに合わせてきたんだ。ほんと、私をめんどくさいとか良く言うけど、仄は曲者だわ。


 ちょろちょろと小さなミスはあったけれど、仄の可愛さ、持ち前の明るさと強気な性格でモッシュゾーンの男どもを味方につけたStokesiaのライブはかなりの盛り上がりを見せた。これはRossweisseの次、と考えれば相当な功績だと思う。

 そして続く、フィオのバンド、Zhuravlik。

「……上手い」

 曲としてそれほど難しい曲をやっている訳ではないのだけれど、バンドとしてのまとまり、バンド力がある。一体感が強いのでギターが特化した、とか唄が特化した、という印象が薄い。とにかくバンドとしての音が圧として襲い掛かってくる。フィオは歩さんと同じくギターボーカルだ。ギターはコード弾きだけれどそつがなくリズム感もばっちり。歌唱力も相当高い。元々の地声が綺麗なのと見た目のインパクトもあって、ボーカルとしてとても魅力的に見える。あんなにポンコツなのに!いや、それを言ったら歩さんも同じか。

「へっぶし!」

 くしゃみまで武士か。

「ね!すごい!可愛いし、いい人だし!」

「歩ちゃんのライバルを公言するだけあるねぇ」

 リンジくんもつま先でリズムを取りながら笑顔で言う。糸目がより一層細くなるときのリンジくんは本当に楽しい時が多い気がする。

「うん。バンドってなるとまだまだ知らない、凄いアーティスト、いるんだ」

 仄と歩さんのバンドは何度か見ているけれど、莉徒りずさん達Medbメイヴはまだ見たことがないし、リンジくんのバンド、Brownブラウン Bessベスもまだ見たことがない。わたしは演奏の殆どが公園の弾き語りで、ライブハウスにはそれほど多く出たことがないので、知らない、素敵なバンドがまだまだ沢山いるんだろうな。

「ハナちゃんたちみたいに弾き語りメインだと、ちょっとすぐお隣の畑、っていう感じだもんね」

「うん」

 公園でやっていてもフルバンドで演奏する人たちはいるけれど、そう多くはないし、公園では機材や設備が限られているので、本来の演奏とはまた違った感じなのだろうと思う。

「我らはZhuravlik!今日はこのようなステージにお招き頂き誠に感謝感激雨霰だ!皆盛り上がっているか?」

 お゛ぉ~!とモッシュゾーンの男どもが雄叫びを上げる。莉徒さん達Medbがここいらでは有名なバンドなのだとしたら、フィオ達もそうなのかもしれない。

「あの偉そうな口調、何なのかしらね」

 フィオの善人ぶりというか、可愛らしさを知るとつい笑ってしまうけれど。

「何でもお父様が結構立派な大学の先生なんだとか何とか。その影響なのかしらね」

「え!」

 そ、それであのポンコツ具合はちょっと、ヤバいのではないだろうか。いやいや人様の成り立ち生い立ちなど勝手に勘繰って良い物ではない。そんなもの私とフィオの間には関係ないことだ。それは仄かが教えてくれたことでもある。

「放任主義で自由気ままに育てられたみたいねー」

「な、なるほど……」

 いや、だからこそのフィオなのかもしれない。まだそのくらいのことしか判らないけれど。それはこれからでも知って行けば良いことだ。歩さんともそうして少しずつコミュニケーションを重ねてきたんだし。

「ま、でも悪い奴じゃないからさ、もしこっちでやる時に一緒になったらかまってあげて」

「それはもちろん!」

 うん、歩さんも眠さんも莉徒さんも勿論好きだけれど、フィオも好きだ。もっと絡みたいし、もっと仲良くなりたい。

「時間平気?」

 ステージ脇に設えられている時計を指さして歩さんが言う。

「そうですね。まだ聞いてたいけど、そろそろ準備しないと。美雪、楽屋行こ」

「うん!」




 リハーサルを終えて一度楽器を置いておくのに入ったのだけれど、美雪が興奮したように言う。

「楽屋!」

「楽屋でテンション上げないでよ」

 美雪のはしゃぎように苦笑する。

「でもわたし初めてだから!なんかすごいよね!」

 気持ちは判らなくもない。テレビ局の楽屋とは全然違うけれど、大きい鏡があって横長のドレッサーのようになっていて、メイク落としなどは運営側が用意したものだろうけれど、そんなものが置いてあると、本当に出演するために待機する部屋だということは判る。それがほんの少しだけ自分が特別だ、という錯覚を引き起こしたりもする。つまりは芸能人気分。今の美雪はきっとその気分ではしゃいでいる。

「ここはわたしも初めてだけど、かなり広いわねー。そこいらのライブハウスだと四人入ったらいっぱいいっぱい、ってとこばっかりだから」

 それでも浮足立っている訳ではないことも判る。美雪は美雪でなかなか肝っ玉の据わった女なのだろうことを改めて再確認する。純粋に珍しい体験を楽しんでいるだけなのだろう。

「そうなんだ!……えーと、楽器楽器……」

 美雪はシンセの他に鍵盤ハーモニカも持ってきている。小さなテーブルは用意してもらって、その上で吹く予定だ。

「他の人の、倒さないようにね」

「うん」

 よいしょ、と言いながらシンセサイザーのケースを取り出し、いつでも取り出せる場所に置き換える。美雪が楽器を置いたのを確認すると私もそれに倣う。

「姿見もあるんだ」

 ステージともなればやはり普段着ではない衣装を用意する人も多い。莉徒さんはあまり普段着と変わらない感じだったけれど、フィオは白いレースのひらひらしたロングカーディガンに白のブラウス、レザーのホットパンツにヒールブーツといういかにもな恰好をしていた。私と美雪も普段着ではあるものの、デザインが似ている白のワンピースで揃えた。そうした自分の姿を確認する人のために、姿見を置いているライブハウスは少なくない。

「うん。……なんとなくお揃いな感じも良いね」

 全く一緒のデザインではないところがポイントだ。ガールズバンドのアニメなどで見るようなド派手で普段着では絶対に着られないようなデザインで更にお揃い、というのは実際にプロでも見たことはないし、アニメの中だけのものだ。いやまぁ、確かアニメキャラクターの声を当てている声優さんが実際に組んでいるバンドではそうした衣装を着せられているけれど、そこはアニメに併せに行っている訳で、また別枠だ。

「だね!」

「……あー、こんな感じの曲もやるんだ」

 聞こえてきたのはフィオ達Zhuravlikのスローナンバーだ。アコースティックギターのしっとりした曲。ギターも、フィオの声も、とても美しい。次は是非とも真正面から、生で聞いてみたい。

「飛香ちゃん?」

「うん。さっきまではかなりロックなのばっかりだったけど」

 それはそれでやっぱりまとまりがあって、バンド全体でどん、と音が体にぶち当たる感じがして凄く高揚したのだけれど、こんな曲もやるとなると、対抗意識が湧いてくる。

「うん、いい曲っぽい」

「だね」

 私が音楽理論をあまり理解していないこともあるけれど、音楽は難しいものをやれば良いというものではないと思っている。簡単なコード進行、解り易いメロディの方が、当然聞きやすいし体にも馴染みやすい。絵画でも小説でもそれは同じで、写実派が良いという人もいれば印象派が良いという人もいる。日本では概ね印象派の、解り易い絵画が好まれるし、小説でも小難しい言い回しが好きな人もいれば判りやすストレートな文章を好む人もいる。正解はそれを受けた人の数だけある。多分Zhuravlikは難しいこともできるバンドなのだろうけれど、敢えてそれをしないバンドなのだと思う。誰が作曲しているかまでは判らないけれど、とにかくフィオの美しい歌声をまとまりのある演奏と共に聞かせたい。そういう曲創りを徹底している気がする。

「おー、負けないぞ!」

 うん。美雪も気合が入っている。歌を聴かせるという点では私たちだって同じだ。シンセサイザーで超高速で難解なソロを聴かせるために音楽をやっている訳ではない。私たちの声を、歌を、少しでも多くの人に聞いて欲しいし、歌を歌いたいからやっている音楽だ。

「いいわね!ま、私と美雪なら絶対負けないけどね!」

「だね!」

 お互いにサムズアップして気合を入れ直す。

 見てなさいよー!


「Zhuravlikでした!」

 そう言ってしばらくしたらフィオがギターと小さなエフェクターボードを抱えて楽屋に戻ってきた。

「フィオ、お疲れ様!」

 ひらりと手を上げたらそこにぱん、と手を打ち合わせてくれた。あぁ、なんか良い!こういうの!

「ありがとう羽奈!どうだった我らは」

「最高だった!ライブある時は絶対呼んでよね!」

 嘘偽りない賛美。こういった素晴らしいバンドがこういうステージに出演することができるのは、りょうさんやたかさん達の尽力もあるのだろうと思う。これだけ規模が大きなライブなのに出演者にプロは殆どいない。地元界隈の学生アーティストや社会人アーティストにこういう場を作ってくれるのは本当に有難いし、凄いことだと思う。

「勿論だ!」

 後で絶対連絡先交換しなきゃ、と考えていたら今度はギタリストが入ってきた。

「え、なにフィオ仲良くなってんの?後で私らにも紹介しなさいよね!」

 派手目に色を抜いたロングの髪が格好良い。勝気な目をした美人さんだ。

「当然だ!ちなみにこれがビー玉のお京こと、坂上さかがみ京子だ」

「ビー玉持ってないけどね」

 とブイサインしてウィンク。ほわぁ、カッコいい!

「え、じゃああたし!遊子!」

 次いでベーシストも入ってくる。私は邪魔にならないよう身体を少しよけつつも軽く会釈する。

「シャーペンの遊子、二瀬ふたせ遊子だ」

「シャーペン持って……。いつも持ち歩いてはないけどね!」

 てへぺろ、みたいな顔をしてく、とサムズアップ。か、可愛い!癖毛なのかゆるやかにウェーブがかった赤っ茶けたふんわりポニーテールの髪であちこちに星やらハートやらのヘアピンをしているのがまた堪らなく可愛い。

「私は遠山とおやま結花」

 今度はドラマーだ。

「折鶴の結花だ」

「なんなら折鶴、折れないけどね」

 つまりスケバンキャラとして扱われてそれを否定するのもいつものこと、という感じなのだろう。黒髪ロングで姫カットがおしとやかな感じのするやっぱり美人さんだ。

「こっちは歩の妹、仄の親友、香椎かしい羽奈と榑井くれい美雪だ。歩の情報だと相当に美しいメロディを得意とするらしい」

 何故か聞いたこともない癖にフィオが偉そうに胸を張る。……胸、小さいな、フィオ。意外だ。

「おぉ~、そうなんだね!早く客席行かなくちゃ!」

 そう遊子さんが言って、ベースを楽器ケースにしまう。エフェクターなどは使っていないようでいわゆる生音派なのだろう。ベーシストでは珍しい訳ではない。

「え、あ、あの、宜しくお願いします」

 美雪が圧され気味にぺこりとお辞儀する。私も慌ててそれに倣う。フィオはフランクに接してくれるし、それを望んでくれてもいるけれど、メンバーだってきっと年上だ。それを良しとしない人も……。いやフィオと組んでいるメンバーだ、それもないような気はするけれど、初対面だ。礼節は欠かないに越したことはない。

「羽奈たちの演奏、楽しみにしてるぞ!」

「ファイトー!」

「がんばって!」

「楽しみ!」

 遊子さん、京子さん、結花さんが口々に応援してくれる。フィオが組んでいるメンバーだけあって皆良い人そうだ。

「がんばります!よっし、美雪、いこっか!」

「うん!」

 そう言って楽器ケースを背負おうとしたらそれをフィオが止めた。私はロフストランドクラッチを持たないといけないので、ケースに入れたまま背負ってステージに行き、そこでケースから楽器を出すのだけれど。

「フィオ?」

「シンセはワタシが運ぶ!羽奈はステージへ行け!終わった後も手伝うからな!」

 にっこりと爽やかな笑顔で言われてしまった。以前の私なら、相手がフィオではなかったら、断っていたかもしれない。でも、フィオはきっと嘘がつけない性格で、きっと公正な人間だ。だから、私の心が揺り動かされる。

「このくらいさせてもらうぞ、人としてな!」

「ありがとう!フィオ!」

 きっと、フィオは私ではなくても、何だったら見ず知らずの人間にだってそうしてきたのだろう。だから、そうした人を突っぱねるだけの意地は私の中にはもうどこにも、欠片もない。

「礼には泳がないさ!」

「及ばない」

 台無しだよ。

「そ、そうとも言うな!足元、気を付けるんだぞ羽奈!」

「う、うん」

 だめだ、フィオ、面白い。笑っちゃう。

「何をニヤニヤしているんだ」

「いや、私らの演奏が終わったら、私らもフィオのライバルにしてもらえるかなーってさ」

 そうしたら歩さん達みたいに仲良くしてくれるかな。美雪がそうしてくれたように、楓がそうしてくれたように、歩さんや眠さんが、そうしてくれたように。また、一人、大切な友達が作れるかな。

「それは羽奈と美雪の頑張り次第だな!」

 にやりと不敵な笑顔でフィオがサムズアップする。

「だね!がんばろ、羽奈ちゃん!」

「うん!」

 今日、この日、このステージに立てることを感謝して、精一杯頑張ろう。


 第五九話:エドムラサキとフランカー 終り

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