ハナちゃんとリンジくん

REFRAIN SERIES EPISODE VII
yui-yui
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第六〇話:FanaMyu、出陣!

公開日時: 2021年8月6日(金) 19:00
更新日時: 2022年10月20日(木) 18:16
文字数:8,066

 七本槍ななほんやり市 七本槍中央公園


 スタンバイを終えると、一つ、深呼吸して息を整える。

涼子りょうこ先生、みふゆさん、晶子しょうこさん、美夏みなつさん、たかさん、りょうさん、夕香ゆうかさん、莉徒りずさんに夕衣ゆいさんに歩美あゆみさん)

 顔馴染みのみんながモッシュゾーンのすぐ後ろに来てくれているのが判った。中には何人か知らない顔もいたけれど、きっと家族や友達を呼んでくれたのだろう。それに車椅子の歩美さんの後ろに立っている男性、きっと旦那さんだ。二人で来てくれたなんて嬉しい。

ほのか晴美はるみ香苗かなえかえでめぐみちゃん、うみちゃん、あやちゃん)

 みんなが小さく手を振って、私と美雪みゆきの名を呼んでくれている。

(リンジくんに、きっとバンドのメンバー、それと羽原はばら君に……栄吉えいきち?)

 あの馬鹿、私たちの演奏聞きに来てくれたんだ。羽原君が松葉杖で立っている横に立って、自分だって腕をギプスで巻かれて吊っているのに、支えているように見える。それなりに反省もしたのかな。見た感じ怪我は増えているようには見えないから、折檻はされずに済んだのかもしれない。まぁ腕を折られるくらいの怪我をしたんだから、それ以上のことは流石にされないのかな。良く判らないけれど、栄吉の中で何かが変わったんだとしたら、それはちょっと嬉しいかもしれない。

山本やまもとまで……)

 国井くにいの姿は見えないし、藤木ふじき君もいない。山本は山本でもしかしたら罪滅ぼしのつもりなのかもしれないけれど、そんな気持なんかもう私たちには要らない。ただ、聞いて、山本なりに何かを感じてくれればそれで充分だ。

あゆむさん、みんさん、李依吏りえりさんと亜依香あいかさん、フィオに京子きょうこさん、遊子ゆうこさん、結花ゆかさん)

 歩さんと眠さん以外はしっかり話したことはないし、フィオにいたってはつい先ほど知り合ったばかりだ。それでも私の準備を手伝ってくれて、すぐに客席側に回って私と美雪の演奏を聞きに来てくれた。出演者が他の出演者を見なければならないという強制力は何一つない。私だって興味があるアーティストの演奏は見たいけれど、午前中に帰らされたメジャーバンドの人達のような演奏なら聞きたいとは思わない。

 だから、こうして見に来てくれたみんなに、感謝の気持ちを込めて、お辞儀をする。

FanaMyuファナミュと言います。普段は隣の十三橋じゅうさんばし公園で弾き語りをしています。今日はこんなにも素敵なステージに呼んで頂いてありがとうございます。心を込めて……」

「……カランコエ」

 美雪が私の言葉に続いて一曲目の曲名を口にする。この曲では私はピアノで美雪はストリングスの音源を使ったコード弾きをメインにしていて、メインボーカルは美雪だ。明るい曲調なので一曲目には丁度良い曲だ。


――


 初夏の風 似合うスカートを揺らして咲く

 貴方の笑顔 出会えた奇跡にありがとう

 

 すれ違うことなく 背を向けることなく

 向き合えた日々を 歩み寄った時間を

 

 時がくれた宝物 私たちの宝物

 一つ一つの小さな思い出 一枚一枚の写真

 いつでも歌って笑って 響き合う

 私に寄り添う小さな花


 初秋の雨 遮る傘に落ち葉が咲く

 貴方の涙 頬を伝う軌跡にごめんね

 

 少しの行き違いで 少しの言い間違いで

 笑いあった日々を 輝いていた時間を

 

 私たちの宝物 失いたくないもの

 一つ一つの明るい笑顔 一通一通のメール

 いつでも泣いて笑って 響き合う

 貴方に寄り添う小さな私


 雨はやがて上がるはず

 晴れ間がきっとのぞくはず

 だから、一緒に手を取り合って

 

 時がくれた宝物 私たちの宝物

 一つ一つの小さな思い出 一枚一枚の写真

 いつでも歌って笑って 響き合う

 私に寄り添う小さな花

 

――


 最後のメロディ。美雪の声に三度上の声を乗せて、ピアノのサスティンに併せて声を止める。

「うぉー!びゆぎぢゃぁぁぁん!」

「ヴぁだぁ~!」

 なんでヴァターシだけ呼び捨てっちゃぶ、呼び捨てなのよ!

 そうは思ったものの、皆の笑顔が私に伝染する。私たちはバンドのように大きな声で鼓舞はしないけれど、それでもそれをやりたくなる気持ちは充分に判る。力を貰えるって、こういうことだ。公園で弾き語りをしていても時々感じることはあった。でも、こんなにも大きなステージで、私たちに関りどころか、まったく関係もない見ず知らずの人達も大勢、私と美雪の曲に耳を傾けてくれている。

 こんなにも幸せなことがあるだろうか。

(ある、か……)

 夜の公園で、始めてリンジくんが私の手を取ってくれた時。あの時はまだ付き合ってはいなかったけれど、リンジくんを想っていた。そのリンジくんと手をつないで歩いた夜の公園をふと思い出す。

 まったくタイプの違う幸せだけれど、でも、あの時だってとても幸せだった。足に障害を持つ私ではそんな幸せなんて掴むことはないと信じて疑わなかった。いつだったか、リンジくんに話したことがある、先を行く者としての役割だなんて、後付けだ。私の歌っている姿を見て、何かを諦めている人がもしも希望を見出せたなら、それは素敵なことだという思いに、もちろん嘘はない。

 でも私はきっと、いつだって自分が幸せになりたかったのだと思う。

 仄みたいな子が友達になってくれたらどんなに幸せだろう。

 リンジくんと思いが通じ合ったらどんなに幸せだろう。

 美雪が私と一緒に音楽をやってくれたらどんなに幸せだろう。

 莉徒さんや歩さん、フィオたちともっともっと仲良くなって、ずっとずっとおばあちゃんになるまで音楽を続けられたら、どんなに幸せだろう。

 いつだって自分の幸せを、追いかけていたのだ、と今、思い知らされた。

 でも、だけれど、気付くことができた。

 私が追い求めた私個人の幸せでまた、誰かを幸せにできるのかもしれない、ということを。今、客席にいる人たちの笑顔を見て、そんな答えもまた、あるのではないだろうか、と。たとえ利己的な思いであっても、それが、意図したことではなくても、誰かを幸せにできる。それは、私自身が幸せを求めて、その幸せを手に入れることができたから。

 以前の私のままだったとしたら、聴いてくれた皆が、こんなにも素敵な笑顔を私に向けてくれただろうか。結果論でしかないけれど、きっと違うと思える。皆の笑顔が、そう言ってくれている気がする。見当違いかも知れない。思い上がりかもしれない。でも、すぐ隣にいる美雪が、客席にいるリンジくんが、信じていいよ、って言ってくれている気がする。

「アルストロメリア」


 二曲目、アルストロメリアも歌い終えて一息つく、足元に置いたペットボトルの水を一口。

 私の楽曲のタイトルは、花の名前が多い。私の名前がはなという音だから、ということもある。歌詞の内容に則して、花言葉と合っているものをチョイスする。

 アルストロメリアの花言葉は友情。また白いアルストロメリアには凛々しさ、という花言葉もある。これはつまり、美雪への唄だ。

 そう直接美雪に告げたことはないけれど、美雪はこの歌をとても気に入ってくれている。ちなみに一曲目のカランコエは幸福を告げる、たくさんの小さな思い出、おおらかな心、という花言葉を持つ花だ。

 最後まで気を抜くことなく、丁寧に歌い上げ、演奏にもミスはなかった。

「改めましてこんにちは。もうこんばんは、かな。FanaMyuと言います。最近までは私、Fana一人でやっていたんですが、こうして相棒ができました。はい自己紹介」

「えぇ、とMyuです。初めまして。ピンだと一応ミューという音になりますが、二人でやる時はファナミュという音になります。まだまだ初心者ですが、精一杯頑張りますので最後まで聞いて行ってください」

 おぉ、人生初MCだというのに大したもんだ。本当に妙なところで度胸の据わってる女よね、美雪って。直後、ずどどどぉ、と野太い声が上がる。美雪くらい可愛かったらそうもなろう。うん、ちょっとだけ羨ましい。

「みゆきさーん!」

「ハーナちゃーん!」

 羽原君とリンジくんだ。ありがとうよ二人とも。情けが身に染みるぜ。

「あ、あねごぉ」

「姐御やめろ!」

 ど、と笑いが起こる。狙った訳ではないにしても良い効果が得られた。それにしてもばか栄吉め。まぁ今日は怪我を押して来てくれたんだし、許すとしよう。

「先ほど出演していました、Rossweisseロスヴァイセ、そしてこの後出演するMedbメイヴの莉徒さんに呼んで頂いて、今日ここに立つことができました。莉徒さんありがとうございます。スタッフの皆さん、私たちの歌声に少しでも足を止めてくれた皆さん、この客席で楽しんでくれている皆さんにも、本当にありがとうございます」

「よ、よせやぁい!」

 突然莉徒さんの声がかかる。どこにいるのかと思ったらステージ袖にいた。ぼりぼりと頭を掻きつつ、やぁねちょっと、みたいな手ぶりで照れ笑いを浮かべている。本当にあのド迫力のステージをこなした人か、と思うほど今はまるっきりオーラがない。

「まんざらでもなさそうですね。それじゃ続いて行きますね。……ホワイトレースフラワー」


――


 私からあなたに あなたから君に

 伝えるよ 嘘偽りのない気持ちを


 降り積もる白い花が 溶けて涙となる前に

 悲しみは消そう 笑顔だけを残そう


 あの日の笑顔に嘘はないから

 そのままの気持ちで 伝えたい

 あの日の笑顔に意味がないなら

 今この瞬間からでも 気持ちを込めて


 あなたから私に 君からあなたに

 伝えるよ ただ一つの気持ちだけを


 降りしきる冷たい雨 乾いて消えゆくように

 ありがとうの気持ちを 笑顔と一緒に送る


 あの日の涙に傷付いたのなら

 涙を乾かして 伝えよう

 あの日の涙が乾かないのなら

 今この瞬間だけを 感じて欲しい


 あの日の笑顔に嘘はないから

 そのままの気持ちで 伝えたい

 あの日の笑顔に意味がないなら

 今この瞬間からでも 気持ちを込めて


――


 ホワイトレースフラワーの花言葉は、感謝。歌詞の字面だけ見てしまうと悲しい唄のようにも見えてしまうかもしれないけれど、ただ、どんなことがあっても、ありがとうという気持ちを伝える努力は忘れたくない、という私なりの前向きさを表現した唄だ。初めて歌詞を読んだ時に苦笑して「羽奈ちゃんらしいね」と言った美雪の笑顔がとても印象深かったのを思い出す。

 四曲目、五曲目も終え、最後のMCも終える。そして最後の曲だ。

「最後の曲です。次のRougeルージュ Assailアセイルもとっても素敵なバンドなので、明るい曲でバトンタッチしたいと思います!夜の部も凄いバンドさん沢山出ますので、最後まで楽しんでいってくださいね!……それじゃあ最後!プルメリア!」

 プルメリアの花言葉は陽だまり。

 そんな暖かいイメージを漠然と持って、ただただ、楽しく歌いたいと思って創った曲だ。ロックンロールのようにリフレクションを創り、ピアノのコード弾きの上に、美雪の鍵盤ハーモニカがメロディーを乗せる。美雪が鍵盤ハーモニカを入れるまで四小節は私のコードのみになるのだけれど、その間に美雪が大きな手ぶりで、会場のみんなにハンドクラップを誘って自らがわたしのリフレクションに合わせて手拍子を入れる。

 リズムとしては先ほどRossweisseが最後にやった『バイバイロックンロール』と同じくシャッフルリズムの曲だ。ポンポンと鍵盤の上で指が跳ねる。ヤバい、ヤバい!無茶苦茶楽しい!私も会場のみんながやってくれているハンドクラップに合わせて軽く頭を振る。


――


 あの子のピアノと私の唄があればムテキ

 週末放課後音楽室で一緒に歌えばムテキ

 

 久遠の果てまで響き渡る 私たちの絆

 きらめく瞬間を 出会えた奇跡を メロディに載せて

 

 ぽかぽかと暖かくなるような 陽だまりの音楽室で

 ぽかぽかと暖かい笑顔で歌う 私とあの子の始まりの唄

 

 寝ても覚めても私とあの子の唄はムテキ

 大きなステージなんかなくたって歌えばムテキ

 

 無限の先まで貫き響く 私たちの絆

 ときめく瞬間を 共に響き渡る 奇跡に変えて

 

 キラキラとまばゆい 光輝くステージは

 キラキラと始める笑顔で歌う 私とあの子の約束の唄

 

 ぽかぽかと暖かくなるような 陽だまりの音楽室で

 ぽかぽかと暖かい笑顔で歌う 私とあの子の始まりの唄

 

――


 歌い切って再びコード弾き。アウトロで美雪の鍵盤ハーモニカが弾けるように音を奏でる。

 お客さんからの声援と手拍子。

 音の本流に飲み込まれてふわふわと地に足が着いていないような感覚に陥る。

 最後のコードをぽぽん、と鳴らした後に、連続スクラッチ。美雪が左手で鍵盤ハーモニカ、右手でシンセサイザーのコードを弾く。そんなことまでできるようになっていたとは本当に驚いたけれど、驚くのは後だ。美雪とアイコンタクトを交わし、いちにのさん、で締めのコードを叩く。

「FanaMyuでした、ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

 私が言ってお辞儀をすると美雪もそれに続く。

(あぁー、終わっちゃったな……)

 これだけ大きなステージで、これだけのお客さんの前で演奏することがこんなにも気持ち良いことだとは知らなかった。多少私も美雪もあれこれと小さなミスはあったのは悔しいけれど、だからこそ、次はもっと頑張りたいって思える。

 視線を上げると早くもフィオが楽屋へと向かってくるのが判ったのだけれどそれよりも早く、歩さんがステージに入ってきた。

羽奈はなぁ!お疲れ!」

 がっしぃ、と中々の勢いで抱き着かれて倒れそうになるかと思ったけれど、歩さんの体幹が凄いのか、すい、と歩さんに引き寄せられてすぐにバランス感覚を取り戻した。

「すっごい良かったぁ!シンセ、我が持ってって上げるからね!」

「は、い、いやフィオが……」

 抱き着きながらがっくんがっくん揺らすものだから言葉がうまく続かない。

「狡いぞ歩ぅ!」

 ほら来たわよ、生涯の……。永遠の、だっけ?とにかくライバルが。

「フィオ、ありがとうね」

 フィオから漂う、羽奈は私が手伝う!という意気込みを感じて、素直にお礼の言葉が出た。うん、良い感じだ。ちょっと気恥ずかしいのもあるけれど、それが何だか気持ちいい。

「なに、礼にはオヨバヌ!」

「なんでカタコト」

 ま、泳がれても困るんだけど。ともかく歩さんの抱擁から抜け出て、シンセサイザーの電源を切る。それからペダルのコードを外し、コードを乱雑に巻く。楽屋に戻ったらきれいに巻き直すけど、今は掃ける方が先だ。

「良いじゃないか!我が永遠のライバル、香椎かしい羽奈に榑井くれい美幸!」

 シールドコードを引き抜く手が一瞬止まる。あんなにも美しい歌声を披露したフィオを認めさせるだけの演奏ができた、ということかもしれない。

「お!やりましたよ歩さん!」

 つい嬉しくなってスタンドからシンセサイザーを持ち上げている歩さんに声をかける。

「や、言っとくけどそんなにハードル高くないからね。フィオの生涯のライバルなんて私だけじゃないんだから」

 苦笑して歩さんが意外過ぎることを言う。

「え、そ、そうなんですか」

 いや、フィオのことはまだまだ全然知らないけれど、でも何となくフィオのことだから、崇高なる魂がどうのとか、フィオなりの良く判らない選定基準がそれなりに高い所にあるのかと勝手に思い込んでいた。

「あぁそうだ!石火琢磨する崇高なる我がライバルは多いに越えたことはない!」

 まぁ、言いたいことは伝わるけどね……。

「切磋琢磨するライバルは多いに越したことはない?」

「そうだ美雪!そうとも言う!」

 かーっと赤面する当たり間違っていると判ってはいるんだなぁ。無理に難しい言葉使うから。いや全然難しくなかった。

「あはは、そうだね!」

「そうさ!」

 く、とサムズアップした美雪にフィオも照れ笑いでサムズアップを返す。可愛いか。



 

 歩さんがわたしの楽器を持って楽屋に戻る。

「お疲れ様!やー、歩から聞いてはいたけど凄い綺麗だったぁ」

 黒髪ロングで少しふっくらとした丸顔の可愛らしい人が声をかけてくれる。朝見あさみ李依吏さんだ。ものすっごい可愛い。目がくりくりとしていて大きくて、愛らしいという言葉がぴったりだ。美雪と似たタイプの愛されキャラ、みたいな雰囲気がある。

「ありがとうございます!」

「こんな武士だけじゃなくてあたしらとも仲良くしてよねー」

 明るい色の髪を背まで伸ばした、勝気な目元の美女。三ツ矢みつや亜依香さん。Rouge Assailのドラマーだ。黙っているとちょっとだけ怖いような感じもするけれど、今は笑顔で、もしかすると眠さんよりも大人びた感じがする。瞳が青いのはカラコンではないように思えるけれど……。

「こんなとはなんだ!」

 私の思考を遮って歩さんが声を高くする。全然緊張なんてしてないように見える。流石だなぁ。

「さっきまでガッチガチにビビってたくせに」

「う、あ……で、でも大丈夫!羽奈が勇気くれた!」

 な、なんだとう!良く判らないけれど私が歩さんの緊張をほぐしたのだとしたらそれは嬉し……いや、ワケが判らない!と、ともかく亜依香さんにお返事を!

「亜依香さん、勿論です!仲良くしてください」

「後で連絡先交換しよ」

 うん、あれだ、男勝りというか、強気系。美人なのに勿体ない、とか、女の子からバレンタインにチョコレート貰いそうなタイプ。何と言っても歩さんと一緒にバンドをしているんだ。絶対に良い人に違いない。

「是非是非!」

 しゃがんで楽器ケースを開き、歩さんがそこにシンセサイザーを入れてくれる。

「待て待てヤンキー。連絡先の交換ならワタシが先だ!」

 や、ヤンキー。確かに亜依香さんを例えるならそれが一番しっくりくるかもしれない。

「るっさいわねー。あんたらはもう終わったんだからパスタでも食ってろイタリアン。大体あたしはえげれす人とのクォーターだっつってんだろ!」

 これは、こんなことが日常的に繰り返されているのだろうとすぐに判る。それにしても亜依香さん口悪いなぁ。は、それよりもイギリス人とのクォーターということは亜依香さんの髪色と瞳の色は生まれ持ってのものということか!凄く綺麗だなぁ。羨ましいなぁ。

「アメリカ崩れでヤンキーと言った訳ではないぞ。ワタシもこれは何回も言ってるはずだがな!それにパスタより先にたこ焼きだ!」

「いや、そこは好きにしなさいよ」

 ぷく、っと笑いを堪えられなくて亜依香さんが言う。フィオと歩さんは本当に素敵だ。自然とみんなに笑顔を振りまいている。私ではまだまだそんなことなんてできないけれど、でも二人から学べるものはきっとまだまだたくさんあるのだろう。いや、二人だけではない。私がこのステージに立つまでに深く関わってくれたみんなから、学べることがたくさんある。

「私はもう仲良しだから。ねー、羽奈」

 私に抱き着きながら眠さんが言う。あぁ、なんか良い匂いするぅ。ていうかそんな仲良しなんて恐れ多い。

「えぇー、じゃあ私美雪ちゃんにする!」

「ひゃあ」

 李依吏さんが美雪に抱き着いて頭をなでなでする。う、何だ、ちょっと羨ましいぞ。いやもう眠さんに抱き着かれているだけでも嬉しいのだけれど。

「ほらもう時間だよ!割とちゃんとオンタイム!」

 びし、と時計を指さして歩さんが言う。指さした先を見ると、時計も何もないただの壁を指さしているだけだった。もう意味が解らない。ほど良い疲労感もあって、こんなに面白い人たちに囲まれて、とっくのとうに正常な思考回路は失われている。ともかく、オンタイムだったのは私たちが出演する時もそうだったので、これ以上歩さん達を引き留めておく訳にはいかない。

「あ、そうだね、気合入れなきゃ!」

 美雪にぴったりと抱き着いたまま李依吏さんが言う。時計のことは誰も突っ込まないのね……。

「あ、ありがとうございました!じゃあ皆さん、頑張ってくださいね!」

 眠さんに抱き着かれたまま会釈すると、眠さんが名残惜しそうな表情で私から離れる。

「うむ!今日も楽しみにしてるぞ、みんな!」

「仕った!」

「……」

 うん、まぁ、承知仕ったとか、そういうことなのだろう。

「略したの!」

「や、判ってますけど……」

 やっぱり歩さんも面白い人だなぁ。もっともっと仲良くなりたい。ともかく、私たちも急いで客席に回って是非とも正面からRouge Assailの音楽を聴かなくちゃ。

「よっしゃ、じゃあやったりますか!」

「そうね」

「うん!」

「あいよ」

 Rouge Assailの面々が気合を入れる。私と美雪とフィオは彼女たちの円陣を見届けてから楽屋を出た。


 第六〇話:FanaMyu、出陣! 終り

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