ハナちゃんとリンジくん

REFRAIN SERIES EPISODE VII
yui-yui
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第五八話:オゼッラ・フィオレンティーナ・飛香、参上!

公開日時: 2021年8月6日(金) 19:00
更新日時: 2022年10月20日(木) 17:52
文字数:8,460

 七本槍ななほんやり市 七本槍中央公園


 全リハーサル行程をつつがなく終え、ちょうど正午から始まった昼の部は小学生や中学生で、声楽のみのユニットなども多く参加する、家族向けのようなイベントだった。

 一台の電子ピアノを伴奏に合唱などもあったり、オリジナルで打ち込んだ音源を元に二人で歌うとか、ダンスユニットと一緒に歌うとか、文化祭みたいでとても楽しかった。


 そして夕方の部は三時から。

 夕方の部からが私たちにも馴染みのあるライブイベントの本番だ。私たちの出番もここ、夕方の部だ。リンジ君たちは夜の部のトップバッターに繰り上げになったそうだ。先ほどの何とかいうプロのバンドを本当に帰らせてしまったのだろう。

 夕方の部のトップバッターはRossweisseロスヴァイセだ。何でももう十年ほど前に莉徒りずさんと夕衣ゆいさん、りょうさんとたかさんで組んだバンドだそうで、結成当時はそれきりのバンドだったらしいのだけれど、本人たちがまたやりたい、と時々再結成する期間限定イベント用バンドのようなもの、と莉徒さんが教えてくれた。

 ただでさえ信じられないくらいのユニゾンを見せる莉徒さんと夕衣さんなのに、その上ドラム、ベースがプロともなれば素晴らしいバンドにならない訳がない。

「Rossweisseです!さぁて夕方の部、トップバッター行きますよ!」

 ステージ上で莉徒さんが叫ぶ。もはやこの時点でお客さんの数は結構凄いことになっている。野外音楽堂は座席というか、ステージから扇状に広がり、段が上がって行くベンチになっているので座って見るお客さんが多いのだけれど指定席でも何でもないので、最前列、ライブハウスでいうモッシュゾーンは既に立ち見客でいっぱいになっている。

 もう一度ステージに目を戻して気付いた。夕衣さんのギターが違う。以前公園莉徒さんと夕衣さんの弾き語りを見た時は、莉徒さんは今と同じソリッドギターだったけれど、夕衣さんはセミアコースティックだった。けれど、このバンドでは夕衣さんもソリッドギターだ。

(つまりはけっこうごりごり?)

 しーしーしーしー、とドラムスティックがハイハットシンバルを四回叩く。途端にハードロックみたいなリフレクションが流れ始める。リフレクションのバッキングは夕衣さんで、と思ったら莉徒さんがリードギターを弾く。聞いたことがあるリフレクションだ。それよりもなんだこのドラムとベース。普段呑気なことばっかり言って笑ってる諒さんと貴さんから出ている音とはとても思えない。びしびしと体全体にぶつかってくるようなキックドラムの音。どどどぅーんと下腹部に響くベース。それに夕衣さんと莉徒さんの奏でるリフレクションが相まって音の波に呑まれてしまいそうな感覚に陥る。隣にいた美雪みゆきが私の上腕を掴む。多分無意識だろう。

 唄は莉徒さんだった。歌い出しを聞いて思い出した。これは今や女帝とも呼ばれている女性ロックバンドsty-xステュクスの代表曲の一つでもあるStormストーム Bringerブリンガーという曲だ。

 激しいリフレクションから攻撃的なメロディラインが聞いていて心を高揚させて行く。モッシュゾーンからは既に雄叫びに近い声援も上がっている。

(す、すごい……!)

 とと、と脚が前に出てしまっていた。ベンチもあるし、ステージに近付くほど客席は段が下がっているので、気を付けないと転びかねない。私は立ち見が当たり前のロックバンドのライブには行ったことがなかったし、これだけ激しい音楽をやるバンド自体、こんなに間近で見るのは初めてだ。

 ステージから出るすべての音が私の体をばちん!ばちん!と叩いてくる。胸が高鳴っているのか、キックドラムの音でどこどこいっているのか正直判らない。判らないけれど、凄い、とうことだけは判る。

「……!」

 ぐびり、と私の喉が鳴る。曲はサビに入り、莉徒さんの声のボルテージが上がる。夕衣さんと二人で弾き語りをした時のあの美しい歌声はどこにもない。思いの丈を精一杯吐き出すかのように、荒々しい声をマイクに叩きつけて歌っている。諒さんと貴さんも真剣な表情だ。あんな真剣な表情見たことないかもしれない。

 そしてギターソロが始まった。てっきりド頭のリフレクションでリードを弾いた莉徒さんが弾くのかと思ったら、夕衣さんが弾き出したので一瞬だけそっちかい!と思ったけれど、まさかのライトハンドから入り、高速オルタネイトピッキングだ。あのほんわかしたイメージの夕衣さんが、あのとてもすごく美しい歌声とギターを奏でる夕衣さんが、こんなに激しいギターを弾くなんて!

「トテモスゴイ!」

 隣で美雪が片言のように言う。確か始めて莉徒さんと夕衣さんの演奏を見た時もこんな感じだったわよね。もう目がキラッキラしてる。ていうか泣いてる。手ぇ、放してくれまいか、そろそろ痛くなってきた。

 ギターソロ明けにDメロディが来て大サビ、アウトロ。最後は掻き回さずにびし、と一音で決めて締まった。

「マジデスゴイ!」

 わたしも叫んだ。私も涙が出ていた。凄い。可哀相とか悲しいとか嬉しいのとは違うのに、涙が出る。嬉しくても悲しくても、つまりは心を揺り動かされ時に、涙って出るんだ。だからきっと、楽しくても出るものなのかもしれない。自然と呼吸が荒くなって、というより鼻息が荒くなる感覚。ぐぐぐ、と胸の奥を何かで掴まれたような。けれどそれは嫌な感覚などでは決してなく。むしろほらもっと気持ちを、心を解放しろ、と言われているような衝動。

 よろり、と足を踏み外しそうになった。知らずまた足が前に出てしまっていたようで、ぐらりと身体が揺れる。ロフストランドクラッチがベンチの端に引っかかる。転ぶ!と思った瞬間にお腹のあたりに誰かの手が当たった。

「あぶな……。気を付けなきゃ」

 耳元で、いつもよりも少し大きめの声でリンジくんが言った。いつの間に近くに来ていたのかさっぱり気付かなかった。でも本当に助かった。

「え、あ、あれ?」

 私の涙を見て完全に狼狽したリンジくんがちょっとおかしくて吹き出してしまった。

「ちがうちがう!なんか感動しちゃって……」

 頬に伝う涙を手で拭うと、私は慌てて言った。隣で美雪もうんうんと大袈裟に頭を振っている。

「判る。僕も初めて-P.S.Yサイ-とかMedbメイヴの演奏見た時涙出てきた。なんかこう、興奮すると涙が出るっていう感覚、初めて知ったよ」

 リンジくんも私と同じように感じていたんだ。美雪も。音楽ってやっぱり凄い。今の私があるのはやっぱり音楽のおかげなんだ。私自身が音楽を好きでいられたからなんだ。だから莉徒さんに出会えて、リンジくんに出会えて、美雪に出会えた。だから今、ここにいる。

「こりゃあ流石に、まだまだ敵いっこないかな……」

 曲の合間にほんの少しだけギターのチューニングを確認している莉徒さんと夕衣さんを見て思う。

「だからって負ける気なんかない癖に」

「……ご名答」

 私と美雪のコンビだって、ちょっとしたものよ。そもそも音楽は勝ち負けではない、などという言葉も耳にするけれど、実際音楽をやっている人たちの中にはバリバリにある感覚だと私は思っている。何をもって勝敗とするかは人それぞれだろう。けれどやっぱり諒さんと貴さんのリズム隊に加えあの歌とギター、そしてあそこまでの気迫を見せられると、やられた、という感覚には陥る。それが勝ち負けなのかは正確には判らないけれど、それでも私の唄と演奏で、ここまで誰かの心を揺り動かすことができるだろうか、と思ってしまう。だからと言って、そこで自信喪失なんてしている暇なんかない。私は香椎羽奈かしいはなだ。柚机ゆずき莉徒でも樋村ひむら夕衣でもない。榑井くれい美雪という最高の相棒と一緒に、立ち向かってやる。

「ま、僕も、同じだからね!」

 おぉ、リンジくんも気合は充分入っているようね。純粋なギタリストとしての永谷ながたにリンジ、見せてもらおうじゃないの。


 そんな初めての胸を打たれる感動も、あっという間に終焉を迎える。

「そんじゃあ最後の曲!この後も面白いバンドいっぱい出るから、最後まで宜しく!」

 主にモッシュゾーンからええ~と野太い声が上がる。でもその気持ちは本当に良く判る。もう三〇分も過ぎてしまうなんて信じられないくらい濃密な時間だった。莉徒さんのMCの直後に諒さんがシャッフルリズムでフィル・インを織り交ぜながら軽快に叩く。物凄く楽しそう。

「このバンドはね、不定期で本当に時々しかやらないから、今日見られた皆さんはとてもラッキーだと思います。それでは、また逢う日まで、バイバイロックンロール!」

 夕衣さんのMCが合図になって、カウント替わりのフィル・インと、貴さんのグリッサンドが走る。

 あまり細かい弾きを入れず、五度コードとオクターブのフレーズが始まる。ただスライドしてメロディを作っているだけなのに、気持ちがまた高揚してくる。

 知らずに足でリズムを刻み、手拍子をしている自分に気付く。こんなもの無意識に、気付かずにしているなんて、本当に凄いとしか言いようがない。

「凄い楽しい!」

「最っ高だね!」

 美雪とリンジくんがご機嫌に叫ぶ。

「めっちゃ気合入る!」

 本当に四人とも、なんて楽しそうにライブをするんだろう。これでまたしばらく見納めなんて残念でならないけれど、夜の部の大トリではまた莉徒さんと夕衣さんのバンド、Medbが見られる。きっとこのRossweisseとは違った魅力を持っているバンドなのだろう。今流れている楽曲、バイバイロックンロールと、Medbへの期待感で胸が高鳴って仕方がない。

 

「Rossweisseでした!サンキューありがとっ!」

 どんどんばんばんどかすかどろろろーんとかき回される音の中、莉徒さんが言うと、全員が揃ってぺこりとお辞儀。かわいい。最後にジャカジャン!と結んでもう一度四人がお辞儀する。さっき帰らされたプロの人達だったら絶対にお客さんにお辞儀なんてしなさそう。勝手な心象だけれど。

 それにしても手拍子と拍手のし過ぎで手が痛い。

 本当に格好良いバンドだった。-P.S.Y-のライブも是非とも見て見たくなった。次がほのか達、Stokesiaストケシアだなんてかなり酷だな……。もう少し前に出て見た方が友達甲斐があるというものだ。だけれど、モッシュゾーンにいるお客さんたちが減らない。多少、何人かは離れたようだけれど、あれだけの熱量の中に飛び込むと危ないし、本番前に怪我なんてする訳にはいかない。許せ仄。

「すっごかったねぇ、羽奈ちゃん!」

「すっごいなんてもんじゃなかったわね美雪!」

「リズム……ドラムとベースがプロだってことを差し置いても、やっぱり莉徒さんと夕衣さんは凄いよね」

 リンジ君から聞いたMedbの評判も頷けるほどだ。もちろん上手い下手やまとまりの差は各々のバンドで違いはある。あるけれど、それだけが良し悪しじゃあないし、正解も誤りもない。

「ホント、気合入れてもらったわ」

「だね!」

 あれだけのものを見せてもらって、怖気づく訳にはいかない。勿論そういう気持ちがない訳ではない。だけれど私たちの演奏を聞きに来てくれた人に、そんな姿を見せられはしない。そしてそれは、今まで頑張ってきた自分をも裏切ってしまうことになる。そんなもの、誰が見たがるって言うんだ。

「仄、大丈夫かしら……」

 とはいえ、やっぱり仄が心配になってきた。仄のバンドは確かにライブをするには及第点だし、下手ではない。だけれど、仄の周りにはいつだってあゆむさんがいて、莉徒さんも身近な存在として意識もしているだろう。それだけハイレベルな演奏者がいるからなのか、仄自身にあまり自信の顕われのようなものを感じたことがない。

「さすがにこのレベルの後はちょっとメンタル的に厳しいね」

 リンジくんも苦笑しつつ言う。

「豪華景品が鯛ですよ!って言って、いざ食べてみたらザリガニだった、みたいよね……」

 Rossweisseの演奏で道行く人々の足を止めさせて、あれだけの演奏を聞かせて、次に出てくるのは高校生バンドとしてはライブするのに及第点の仄たち。これは中々のプレッシャーかもしれない。でも仄には持ち前の可愛さと、私に相対してきたような図太さと、なんだか訳の判らない度胸がある。きっと大丈夫だと信じたい。

「それは、ちょっと」

「酷いよ羽奈ちゃん」

 リンジくんと美雪の視線が少しばかり痛い。私の言い方が良くなかったみたいでミスリードさせてしまったようだとすぐに気付き、フォローに入る。

「え?あ、違う違う!仄達のバンドが、じゃなくてRossweisseが鯛だとしたら私らみんなザリガニみたいなものじゃない」

 幾らなんだって親友のバンドをそこまで貶めたりなんてしない。ましてや上手いか下手かでそのバンドの価値は決められない。それに実は思うところもある。仄が宿題を終わらせていない理由。私はこのライブに向けて、かなりの特訓をしたんじゃないかと思っている。それこそ宿題をやる間も惜しんで。それこそ私たちだって同じで、ザリガニだとするならば、ザリガニの意地がある。

「なるほど。ま、それは確かにそうかもね」

「まぁでもザリガニだって食べたことないけど美味しいらしいし!ちょいと鯛のしっぽくらい挟んでびっくりさせてやろうじゃない!」

 対バンの人達がどれだけ上手かろうと、それで私たちがビビる筋合いはない。外野は外野、私たちは私たちだ。私はいつだって、味方がいない頃からそうして演奏してきた。それこそそれでビビッていつもの演奏ができなくなったら私たちの負けどころか、同じ土俵にすら立てていないことになる。

「ふふ、君たちはワタシたちの後なんだ。ザリガニ以下のダキニくらいじゃないのか!」

 なん、だと……。

 いやに綺麗な声で不遜な、い、いや訳の分からない声がかかる。声がした背後を振り返るとそこには金髪の、小柄な女性が立っていた。物凄く美人で可愛らしい。まるでお人形さんみたいだ。もしかして……。

「……もしやフィオレンティーナ?」

 先ほどの点呼で諒さんが呼んでいた。あまりにも日本人離れしたその名前には当然インパクトがありすぎた。それに後ろ姿しか見ていないけれど、さっき見た金髪で間違いない。今もちょっと偉そうに腕を組んでいるもの。

「キミとは初対面のはずだが。ど、どこかで会っていただろうか……。だとしたら済まない、ワタシはキミのことを覚えていない!」

「や、さっき点呼の時名前呼ばれてたじゃない。歩さんにちょっと絡んでたし……」

 え、な、何よ調子狂うわね。ていうかもうこの時点で変人確定だ。だって歩さんと顔見知りっぽいし。

「あ、あぁ、そうだ。そうだったな。ワタシは」

「あと多分だけどダキニじゃなくてタニシね。ダキニは荼枳尼天っていう神様だから。ちなみに私は香椎羽奈。FanaMyuっていうコンビで今日演奏するわ、あと歩さんの妹の仄の親友」

 わざとフィオレンティーナの言葉を遮ると、まず間違いの訂正、そして早口に自己紹介までもを済ませる。

「榑井美雪です」

「永谷リンジです」

 実にナイスなタイミングで美雪とリンジくんが私に続く。

「う、あ……オゼッラ・フィオレンティーナ・飛香あすかだ!オゼッラがラストネーム、フィオレンティーナがファーストネームで飛香はミドルネームだな!名前が長いからフィオでも飛香でも良い。宜しく頼む!」

 フィオレンティーナ、フィオも私に負けず劣らずの早口で自己紹介をする。名前からしてハーフかクォーターか。

「か、海外の方?」

 あだ名か何かだと思ったのだろうか。リンジくんが目を丸くする。

「でも飛香って」

 流石は美雪。冷静だ。

「父がイタリア人で、母が日本人なのだ」

 びし、とサムズアップしてフィオは笑う。な、何なのマジで挑発してきやがったくせにやたらと好感度高いわね。

「なるほど。小さいツに続くら行って日本人は発音しにくいのよね」

 なんだか頓珍漢なことを言ってしまう私。ちょっとフィオにペースを乱されたわ。不覚。

「安心しろ。ワタシは帰国子女ではあるが、イタリアにいた期間は極僅かでな。向こうでも日本人学校に通っていたし、当然日本語しか話せない。オゼッラはワタシも非常に言いにくい!」

 あははは、と声高らかに笑う。何を安心したら良いのかは全く判らないけれど、これ以上ペースを乱されると話の本流に戻れなくなるわ。

「そ、そうなのね。まぁそれは良いとして、挑発してきた訳は?」

 これだけあっけらかんとされてしまうと、怨恨の線は無さそうだし、先ほどのプロのバンドのように誰も彼も見下しているという感じも一切しない。だとするならば彼女なりの理由があるに違いない。

「なに、ほんの挨拶代わりさ」

 ぴん、と人差し指を立ててウィンクまでしてフィオは随分と嬉しそうに言う。でもやっぱり意味は判らない。

「ここにいるみんなは言わば仲間でありライバルだろう?そしてライバルというのは常に競い合うものだ!だから、挑発した!」

 立てた人差し指を今度はびし、と私に向けて高らかに言う。

「あ、悪意があった訳ではないのね」

「うむ!当然だ!いくらワタシでも初対面の人間にそんなことはしないぞ!」

「いくらワタシでもってのに何か引っかかりを感じるわね……」

 それはつまりあの武士と同類なのではないのだろうか。 

「良いこと言ってるような気もしないでもないけど、ものすごい誤解されそう」

 リンジくんが苦笑する。確かに。最初にかかった言葉自体は不穏なものだったけれど、それ以外は概ね好感度が高い。何しろ愛想は良いし、ハキハキと喋るし、あとちょっとアタマ悪そうだし、何より可愛い。かなりイタリア人寄りの日本人離れした顔の作りと目が大きいせいか、幼さも感じる。そしてその可愛らしい顔はずっと笑顔のままだ。

「ちなみに歩はワタシの生涯のライバルでもある!」

 びし、ともう一度サムズアップ。あぁ、そう。つまりは同類なのね。

「歩さんからは一回も聞いたことないけど」

 そもそも歩さんともそれほどゆっくりと話し込んだことがないのでそれも当たり前かもしれないし、あまり今回のライブについてとか音楽的な話はしてこなかったかもしれない。

「えーと、Zhuravlikジュラーヴリクだっけ?」

「そうだ!宜しくな!」

 どういう意味なんだろう。変わった音だな。ジュラーヴリクだなんて。

「あの、えと、歩さんとライバルってことは、年は?」

「一八歳だ!」

 恐る恐る聞いた美雪に、今度はブイサインを返してフィオは言った。

「先輩だった!済みません!」

 いや、歩さんとのあのやり取りを見ていれば判りそうなものだ。これは完全に落ち度だけれど、悪意はなかったとは言うものの挑発してきたのはフィオの方だ。こちらの姿勢が低姿勢にならないのも無理はなかろう。

「ん?年なんて気にするな!……と言いたいところだが、時と場所を選んでくれ」

「というのは?」

 リンジくんが興味深そうに尋ねる。

「例えばそうだな、ワタシと羽奈が普通に今のように話していたとしよう」

「うん、は、はい」

 何かフィオさんだと調子が狂いそうだから飛香さんと呼んだ方が良いかしら。

「その時に、敬語警察がいたらどうする?」

「け、敬語警察ぅ?」

 何その訳の判らない警察は。もしかして美雪が知っている色々な確認センターと同じ組織かしら。

「何だあいつは!どうやら年下のクセに、どうやら年上にタメ口をきくらしいなんてけしからん!という人間のことだ」

「あ、あぁ……」

 それは言い得て妙だ。つまり、例えば私とフィオが同じ学校で、学校の先生たちの目の前で、堂々とフィオにタメ口をきいていたら、学校の先生は私に注意をするだろう。学校の先生ならば是非もなく従うけれど、それが例えば、お互いの信頼関係を創る上で必要なタメ口だったのなら、ということか。

「だがまぁそんな奴は基本無視して構わんがな!そういう口うるさい奴がいそうなところでは、羽奈が変な目で見られてしまう事もあるかもしれないだろう?だからそういうことを気にしないで良い場では、今のように普通に話してくれるととても嬉しい」

 ニッコリにこにこ。うん、フィオは変な奴だけど、でもイイヤツ確定だ。

「も、ものすごく良い人だ!」

 歩さんのライバル、というよりも歩さんが大好きなのかもしれない。フィオの中ではライバルの前に仲間がまずある。そんな気もする。だってなんだか私もフィオの事、好きになれそうだ。

「まぁ、今日出会うも何かの縁……袖だ!とにかく宜しく頼む!」

「袖振り合うも多生の縁、かな……」

 口元を押さえて美雪が可笑しそうに言う。

「一期一会、かな」

 ふ、と表情を和らげてリンジくんが言う。いつもの糸目がより一層細くなる。

「難しい言葉は判らん!」

 またしても笑顔でフィオは言う。

「何か難しいこと言った?」

 それは、つまるところ、帰国子女だからなのか……。

「ともかく、次は歩の妹、仄の出番だな!一緒に見ようじゃないか!」

 イイヤツだけど……もしかしなくてもポンコツ確定ね。ふぅ、と嘆息したと同時に、仄達がステージに出てきた。その表情は、当たり前だけれど真剣そのものだ。

(がんばれ、仄!)


 第五八話:オゼッラ・フィオレンティーナ・飛香、参上! 終り

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