十三橋市 香椎家
アルバイトも無事に二週間を終えて八月に入った週末。今日は美雪と楓で宿題をする予定で私の部屋に集まったのは良いのだけれど、一〇時を過ぎたあたりで美雪がかっくんかっくんと舟を漕ぎだした。やっぱり相当堪えてるんだろうなぁ。
「……」
すー、と静かな、深い寝息。美雪のお尻の下にあるクッションをそっと引き抜くと、頭と背を支えつつ、そのまま仰向けに美雪の体をゆっくり倒して、頭の下にクッションを置いた。
「寝ちゃった?」
「だね。寝かしといてあげよ。美雪、すごい頑張ってるから」
「みたいねー。元々そういう子なのよ、美雪って」
「そうなんだろうね」
中学時代のいじめというか、陰鬱な経験が美雪本来の明るさを陰らせてしまったというのは、私だけの勝手な思い込みではないのはもはや明白だ。だからこそ、そういう明るさを取り戻しつつある美雪に、良い意味で驚かされることは多いし、もっともっと、そういう驚きは感じたいと思う。
「あんま思い出したくないんだけどさ……。忘れちゃいけないからね」
間接的にでもそれに加担してしまった楓は常にそういう気持ちを抱いているのだろう。三人で一緒にいるときに、時々そんな風にも感じる。美雪に対して、やってしまったことを後悔して、殊更に美雪に気遣わせないように、楓も頑張っているように思う。いつか、楓も頑張らなくていいような関係を、私も作り上げたいって思う。
「ま、楓がそういう性格だから安心できる」
「ま、羽奈に巻き添え喰らわすのもアレだけど、美雪の分も頑張ろ」
く、と小さな拳を作って楓は笑顔になった。ま、そんなに気に病むことでもないかもしれない。楓が美雪を友達として大切に思ってくれる気持ちがあるのなら。
「別に巻き添えだなんて思ってないわよ」
「そいつはありがたいわね!よしやろっか」
「おっけ!」
ま、まぁ美雪がいないと、少々学力的な不安は、ある訳だけれども。
お昼少し前、かなり集中して宿題をやり続けていたら美雪が目を覚ましたようだった。
「うあ……。寝ちゃってた?」
寝ぼけ眼をこすりこすりして美雪が言う。寝起きでも可愛いやつめ。
「いびきかいてたわよー美雪」
何分かに一度、ンゴッ!とか言う音が聞こえてただけだ。美雪の可愛らしい外見は想像もつかないだろうし、仮に藤木某や羽原君がこれを見たとしたって、百年の恋も冷める、という訳でもあるまい。ていうかその程度でこの女ヤダ、なんていう男の方が信じられないし。大変にはしたない話だけれど、わたしだって自分のいびきで起きてしまったことがある。
「え、う、うそ!あ、ご、ごめんね!宿題……!」
か、と顔が赤くなり口元を抑える。今更遅いけれどもまぁ気にしなさんな。いびきのことも宿題のことも。
「一応私と楓で頑張ったけど、ちょっと見てくれる?」
「え、う、うん、ありがと!」
ばば、と私と楓のプリントを自分のと元に集めて早速目を通す。ううむ、律儀で義理堅いけれども損な性格だなぁ。何ならお昼食べて午後からでも良いのに。
「そんな焦らなくていいって」
「だね」
楓と私が口々に言う。罪悪感があるのは判るけれど、体力なんて人それぞれだ。それを押して、泣き言ひとつ言わず、休むこともなく頑張っている姿を見たら労いたくもなる。
「う、うん……。えと、ここ、楓ちゃん間違ってる。あと、小文字書くとき、aかdか見分けつかなそうだからはっきり書いとかないと減点されちゃうかも」
「おおう、な、直す!」
流石は美雪大先生……。どこかのミステリ小説で読んだことがあるケアレスミスだ。それにしても寝起きでこの指摘とは恐れ入る。
「あとここの、これは羽奈ちゃん?」
「え、う、うん……」
ど、どこか間違えていたか……。
「羽奈ちゃん公式すっとばして答え書いちゃだめだよ」
なに、じゃあ間違いではないじゃないか。答えが合っていれば多少公式を端折ったところで減点くらいだ。仮に六五点が六〇点になったところで大した痛手でもない。
「だって答え合ってればいいじゃん」
「わたしにはそれでもいいけど数学はそれじゃダメなの」
「わ、判ってるけどさ……」
くぅ、その公式を使って解けているのだから、わざわざ書く必要がどこにあろうか……。い、いやでもこれはありがたい忠告だ。提出したときにいろいろめちゃくちゃでハイやり直し、などと言われたら目も当てられない。
「時にさー美雪」
間違えた問題をやり直しながら楓が口を開く。
「え、な、何?」
「藤木」
ぬ。その話題か。確か藤木何某は美雪と楓と同じ中学だったという話だ。もしかしたら楓も何か情報を持っているのかもしれない。
「え、あ、う、うん」
「どうなの?」
「どう、って?」
それはいくら何でも訊き方が大雑把すぎるというものよ楓さん。
「一昨日公園でやった時、来てたじゃん」
「そう、だね」
そう、一昨日公園で演奏した時に、藤木君が演奏を見に来てくれた。演奏はまぁ、それなりに得たものも反省点もあったけれど、それほど大問題でもなく、むしろ美雪はさらに上手くなっていて、自分の判断でコード弾きをアルペジオにしてみたりと工夫までしてくれていたほどだった。なので、とりあえず演奏のことでとやかく言うつもりはない。むしろ気になる相手がいるのに大したミスもなく良く演奏しきったと思ったほどだった。
「美雪的に好きとかあんの?」
そう、あえての問題点というのならばその藤木君とやらだ。私たちが演奏を終えた後、私は藤木君と美雪が二人きりになって話すものだとばかり思っていた。でもそうはならなかった。藤木君のことは美雪が演奏前にみんなに話した。やいのやいの騒ぎにはなったものの、みんなが私と同じように美雪の気持ちを一番に思ってくれた。藤木君は演奏が終わり、みんなで話しているところを遠巻きに見ているだけだった。私の勝手な所感では、あまり中に入りたがっているようにも思えなかった。
「え、い、いまはまだ、ないけど……」
この間もそんなことを言っていたけれど、あれでは確かに何も変わらないだろうな。
「なら辞めた方が良んじゃないかなー」
「え、な、楓」
そんなストレートすぎる言葉をいきなり言うか。私も知っている分羽原正孝を応援したい気持があるから、楓の言葉を完全に否定することは出来なかった。
「いやさ、あんま思い出したくないけどさ……」
「え、なにかあるの?」
ということは中学時代のできごとなのだろうか。楓が無意味に反対しないであろうことは想像だけれど、できる。だとするならば、ここは聞きに回るしかない、かな。
「中学ん時、さ、あんたが孤立してた時……」
「え、う、うん」
「なんかあいつ、平田たちと一緒にへらへらしてたんだよね……」
「え、う、うそ」
なるほど。平田というのは最終的に反目し合った相手のことだろう。それはともかく何の保証もないけれど多分、藤木君は美雪を騙して何かを企んでいるという悪意まではない気がする。でも、もしも当時から藤木君が美雪を思っていたのだとしたら、どんな力関係があったとしたってそんな表情を、誰にも見せちゃいけなかった。楓の言いたいことは理解できる。
「まぁ二年以上も前のことだからさ、気持ち変わったのかも知れないし、もしかしたら平田たちにただ表面上だけ合わせてただけなのかもしれないけどさ、なんか……」
「なるほど……」
そう。本意は判らない。だけれど、美雪を自分の彼女にしたいと思う人間が、周囲の関係の方を大事にしたという取られ方をしても文句は言えない行為を、自らしてしまったのだ。見られていなかったから良し、ということではない。こうして当人以外でも見てしまった人がいて、当人に伝わるリスクも考えられないようでは、仮に付き合ったとしたって美雪を幸せにできるとは思えない。
「ん……」
「好意を向けられたの、初めてなんでしょ」
「うん」
まぁそうよね。嬉しい気持ちもあるし、そんな気持ちを向けてくれた人を悪くは思いたくない気持ちだって当然、あって当たり前だ。
「気持は、判らなくもないしハナッから藤木を疑ってかかるのもやなんだけどさ」
「うん……」
美雪も少しは判っているようだ。
「ホントは外野の私がやいの言うのもいけないんだけど……」
「まぁ楓の気持ちも判る、かな」
美雪を心配しての言葉だということは判る。楓の言葉に悪意はないから、一応フォローは入れておく。
「でも、やっぱ美雪の気持ちを一番にしたいのは、ある」
「確かに。美雪がその藤木君のこと好きなら、勿論応援する」
「まだ判らないからね」
一昨日の藤木君の態度も気にかかる。私や仄や楓がいたから恥ずかしくて声がかけられなかったという程度ならば、いつまでも恥ずかしがっていれば良い。でも、その考えが合っているとも私は思えない。彼は私と美雪が練習終わりに出てくるところを待っていた。そもそもそんな美雪の女友達が数人いたところで話しかけられないほどの恥ずかしがりなのだとしたら、手紙だって美雪の机には入れられなかったのではないだろうか。
「うん……。もう少し、様子見てみるね」
「ま、それが良いかもね。よっぽどのことがなければ私はもう変な口出しはしないからさ」
「う、うん」
つまるところ、美雪を困らせるようなことなら話は別だけれど、それ以外のお節介はしない、ということだろう。
「……ま、藤木君とやらだけじゃなさそうだし」
「え?」
「は?」
「や、な、なんでもない!」
い、いけない。口が滑った。ぼそりと言った感じではあったけれど、この場には美雪と楓しかいない。ばっちり聞こえてしまったようだ。
「羽ぁ奈ぁ~」
「羽奈ちゃん……」
ずい、と二人がテーブルに乗り出してくる。もはや誤魔化せるレベルではない。けれど全部を喋ってしまう訳にはいかない。
「い、いや違うの!これは余計なことで、私が口出ししちゃいけまいし!」
ぐ、噛んだ。
「めっちゃ噛んでんじゃん……」
「羽奈ちゃん」
更にテーブルに身を乗り出して私に詰め寄って来る美雪と楓。ちょ、怖いから。
「や、ちょっと待って、落ち着いて!」
これは私が悪い。悪いけれど洗いざらい吐く訳にはいかない。どうにか二人を納得させなければ。
「これが落ち着いていられるかーい!」
ごわぁ、と更に顔を近づけてくるので。
「おちつけ!」
ばし、と楓のおでこにチョップした。
「いだぁっ!」
「もしもよ、仮に!あんたのこと好きな人がいて、その人が自分の力で頑張って何とかしようって思ってたら、そういう人がいるって楓に教えるのは、フェアじゃないでしょ!」
余計なお世話というやつだ。いやなんかもっと酷い気がする。もはやこれはお邪魔虫レベルではないのか。
「はぁ?何ヨユーぶっこいてんの?あんたはリンジくんがいるから良いまも知れないけどね!」
「噛んでるし!」
つまり楓も平常心ではないのかもしれない。いやただ単に口が回らなかっただけか。
「やかましい!もしそんな奴がいるなら私は超教えて欲しいけどね!」
な、なんだって!でもそれは、確かに女の立場からしたらそうなのかも知れないけれど、男としてはどうなのだろうか。
「でもそいつに失礼って言うか、余計なことしてることになるじゃない!」
「そんなの知ったこっちゃないわよ!知らんぷりすればいいだけのことでしょ!」
い、いや、それは、確かに、楓の言うことにも一理あるけれど、やっぱりフェアじゃない気がする!
「あ、あの……」
「その知らんぷりが狡いって言ってんの!知ってて知らない振りなんて」
実はこっそりあんたの知らないところで教えてしまったのだ。あっはっは。なんてできる訳がないでしょうが!
「それあんた美雪にそうしてるじゃないのよ!」
「……はぁっ!そうかぁ!」
羽原君が美雪のことを想っているという事実を美雪には隠していた訳だから、逆の見方をすれば確かに美雪に対して知らんぷりをしているということになる。それは、隠し事をしているという一点に限って言ってしまえば、確かにフェアではないのかもしれない。
「ちょ、喧嘩は……」
「や、全然喧嘩じゃないし」
もはやテーブルに体を投げ出して美雪が私と楓の間に割って入った。
「これのどこをどう取ったら喧嘩になんのよ」
「あ、そ、それならいんだけど……」
のそのそと引っ込む美雪。可愛い奴だ。
「まぁともかく、フェアだフェアじゃないだ今更言ったところでどうしようもないじゃないの!ほら吐け!」
口を滑らせてしまったことは確かにもう消せない失態だ。だけれど、あけっぴろげに全てを話してしまうのは、羽原君にも悪い気がする。
「やー、か、楓ちゃん」
「何よ。まさか美雪までヨユーぶっこいてる訳じゃないでしょうね!」
美雪に限ってそれはない気がするけれど、何だろう。私も気になる。
「ち、ちがくて、そこまで言われるといくら鈍いわたしでも判るっていうか……」
「ま、まぁそう、よね……」
それくらい近しい男の人と言えばもうリンジくんと羽原君しかいない。そして想像し得る限り、美雪的にリンジくんはないはずだ。それこそ私とリンジくんのことを突っついてくるくらいなのだから。
「え、美雪も知ってる人なの?」
「う、うん……」
ぽん、と赤くなる。思い当たる節は、美雪にもあるのだろう。それこそ今思えば、のレベルかもしれないけれど。
「誰よ!まさか同じ学校?」
「や、ベ、別の学校……」
「楓は会ったことない人だけど、リンジくんの後輩……」
ここまできたらもう隠しても仕方ない。隠しても楓が納得しないだろうし。
「え、もしかして前にお見舞い行ったとかいう族の?」
「元!ね!脚洗ったから入院してるんだから」
今はもう違う。決死の覚悟で足を洗った人を、同じ括りにしてはいけない。
「だめじゃん!」
「駄目じゃないってば」
退院したらきっと変わると思う。今でも充分に変わったって思えるし。何しろ尊敬するリンジくんがすぐ近くにいる訳だし、リンジくんが良い導線になってくれるんじゃないかって思う。
「え、羽奈はそいつ応援してんの?」
楓からしてみれば見ず知らずな上に元暴走族。良い印象を抱くのは難しいだろうけれど。
「え、や、やぁ、まぁ、割と……」
「マジで言ってんの?」
うん、まぁ今は結構。だって心を入れ替えた今の羽原君なら、好きな女の子のためなら一生懸命になってくれそうな気がする。
「元暴走族と美雪なんて合う訳ないじゃん!」
「や、でもさ、楓は会ったことないじゃん……」
楓が思うほど駄目でも悪いやつでもない。実際にまだ暴れていた頃だって、リンジくんを立てていたし、リンジくんの言うことは聞いていた気がする。少なくとも栄吉のような馬鹿とは違う。楓は栄吉が襲ってきた時の印象がまだ強烈に残ってるんだ。
「そうだった!それにそれを言うならリンジくんもそうなんだっけ?」
「う、うん、まぁ……」
「それ考えると、アレかぁ」
リンジくんは出会った頃にはもう気持ちを入れ替えていたし、とてもあんな過去を持っていたなんて気付きもしなかったほどだ。羽原君はまだ少し話し方がアレだけれど、自分が馬鹿をやっていたことには気付いているし、あんな制裁を受けたんだ。その気持ちは信じてあげたい。
「まぁリンジくんのことちょっと尊敬してるっぽいし、馬鹿っぽいけど良い奴は良い奴」
じゃなかったら、脚を洗おうが制裁を受けて怪我しようが、私は関りを持とうとしなかったと思う。それは私がまともだからという訳ではなく、単に私自身の勝手な好き嫌いとして。
「あとは美雪次第ってところ?」
「まぁそこ大事。藤木君とやらと付き合おうが、羽原君と付き合おうが、私は美雪が幸せになれれば何でもいい」
「まぁそれはそうだけどさぁ……」
楓としては藤木君にも羽原君にも良い印象は持っていないということか。
「もちろん変なのと付き合って欲しくないとは思ってるよ、私だって」
それこそ栄吉のような馬鹿を美雪が選ぶとは到底思えないけれど、人なんて見た目では判らないような人間が沢山いる。
「あの、羽奈ちゃん」
「何かね榑井君」
ぴん、と人差し指を美雪に向け、私は少しおちゃらけて言った。あんまり真剣な話をして雰囲気が重くなってもいけないし。
「じゃ、じゃあわたし、今度一人でお見舞い、行ってみる……」
「お?」
それは良い!そういう気持ちで行くなら私だって付き合わないでもない。実際にお見舞いに行ってもまた抜け出してしまえば良い訳だし。それにそうだ、楓も連れて行けば少しは羽原君のことだって判るだろうし。
「美雪正気?」
「う、うん……。結構wireでやり取りしてるし、割とお見舞い来て欲しいオーラ出てるって言うか……」
「私には一通も来ないぞ」
なるほど、羽原君は羽原君でやっぱり頑張っていたということか。益々応援してあげたくなるではないか。
「その人もそれなりに本気ってことかぁ」
「私もそれは感じてる」
連絡先を聞き出すのだって相当羽原君なりに考えて考えて、苦肉の策でああいう聞き出し方をしたんだと思うと、彼なりの努力とか想いが少し、見えるような気がする。
「じゃあまぁあとは美雪次第だね」
「だわね。あー、なんか失態感がぁ……」
結果的に少し、良い方向に向いたのかもしれないけれど、羽原君があれだけ頑張っていたのなら、あまり結果は変わらなかった気もする。
「や、功績じゃないのむしろ」
ま、まぁ時間的に少し短縮できた、というのはあるかもしれないけれど。
「う、うん……。羽奈ちゃん、そのこと黙ってたら、わたし、気付かなかったかもだし……」
「それは羽原君の努力不足なだけじゃん!」
と言ってしまうのも酷かな。私の口が滑って転ぶほどの滑らかさではなくても、きっと同じ結果になっていたように思えてしまう。
「そ、そうかも、だけど……」
「ま、まぁ羽奈が言う、お互いの自主性っていう点での意見なら、羽奈の気持ちも判らなくはない」
お、楓がフォロー入れてくれるなんて。でももうそれも過ぎたことだ。美雪が最初から羽原君を想っていたとしたら私がしてしまったことは完全に失態だったけれど、まだ美雪にはそういう気持ちは生まれていない。平たく言ってしまえば羽原君は美雪のこと好きみたいだけれど、美雪はどうなの?という状態だし。
「まぁ今更だけど、美雪が気付けなかったとして、別に美雪が羽原君のことそういう対象で見ていなかったら、それは完全に羽原君の努力不足な訳だし」
でもその考え方が既に徒労な訳で……。羽原君は頑張ってたよ。ごめんよ羽原正孝……。
「確かにね。で、美雪はどうなのよ」
「う、うん……。ま、まだ判らない、かな」
「元族でも仲良くなりたいって思う?」
やっぱり楓的には引っかかってるんだなぁ。無理もないけれど。
「うん、それは別に……。リンジ君も羽原君も良い人だし」
「じゃあもう行くしかないわね!」
うむ、まず美雪の中でその認識なら美雪の気持ちだって変えることが、羽原君の頑張り次第で出来るかもしれない。ただもう、何か『お見舞い来てオーラ』を美雪が感じているのならば少々注意しておかなければ、今度は鬱陶しいと思われてしまうかもしれない。仕方がないのであとで羽原君には一報入れておこう。
「尾行しよう、羽奈!」
「それ今言っちゃ駄目じゃん」
いやもう一緒に行った方が良いんじゃないかしら。
「尾行する気満々?」
「まぁ、やっぱ心配ではあるし……」
「病院のベッドにくくり付けられてる人間に何ができる訳じゃないけどね……」
それにそもそも好きな女の子に無理やり何かをするような人間でもないだろうし。
「まぁそれもそっか」
「じゃあ美雪さ、こないだ仄がスマホで動画撮ってくれたやつとか、見せてあげなよ」
私はともかく、羽原君は美雪が歌って演奏していることろを見たいのだろうし。タイミング良く一昨日の公園での演奏で、一曲分仄が動画で撮影しておいてくれたのだ。有難い。
「あ、そうする。あと、漫画とか、だっけ」
「だね」
「漫画?」
まぁ私が少し美雪にけしかけようとしていたのだけれども。
「や、まぁ美雪の好きなものだったら何か共通点、無理矢理にでも作るかなぁ、とか思って……」
「もうお節介までしてたんじゃん!」
「してた……」
やっぱりそういうツッコミよね。まぁもう仕方ない。
「結局羽奈は藤木よりその羽原ってやつ推しなのね!」
推しと言うとまた随分ニュアンスが変わるけれども、楓の言いたいことは判る。いわゆる推しメンという俗称での推しという意味ではなく、推薦出来る人物としてだ。あぁ、日本語ってややこしい。
「まぁだって藤木君喋ったことないし、羽原君は覚悟して脚洗ってあの怪我した訳だし、楓のさっきの話も鑑みると、藤木君は私は推せない」
楓がまだ羽原君に良い印象を抱くのが難しい様に、私もまた藤木君には良い印象は抱けない。
「はぁっ!私も余計なこと言ったか!」
余計なことではなく貴重な情報だと私は思うけれどね。美雪がどうにかしようともがいて、でもどうにもできなくて一人ぼっちになってしまった状況を笑えるなんて、どんな思いがあったてもしてはいけないことだ。仮に美幸のことが大嫌いだとしたってそれを笑うやつなんて私は嫌いだ。だから正直、私は藤木君は嫌だ。美雪を幸せになんて出来っこないと思い込んでしまっている。何としても羽原君に頑張ってもらいたい。
「い、いや、そんなことないよ。まだ判らないじゃない……」
「そうだね。一応様子見で。ともかく、羽原君のお見舞いはまた行こう。私ら邪魔なら美雪一人でさ」
「う、うん……」
下を向いて耳まで赤くして美雪は頷いた。やっぱり満更でもないのかな、もしかして。
「美雪は可愛いやつじゃのう……」
「誰のものにもなって欲しくないのう……」
「言い方……」
第四三話:美雪ちゃんのコイバナ 終り
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