ハナちゃんとリンジくん

REFRAIN SERIES EPISODE VII
yui-yui
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第三三話:恥ずかしい、のフタ

公開日時: 2021年8月6日(金) 19:00
更新日時: 2022年10月19日(水) 02:45
文字数:5,400

 七本槍ななほんやり市 七本槍中央病院


「あ、レイジさん、羽奈はなさん、美雪みゆきさん!」

 羽原はばら君の病室に着くと、確実に、明らかに、私とリンジくんが二人で訪れた時よりも高いテンションで羽原君が迎えてくれた。更に小さい傷が治ったのか、頭の包帯以外、見た目はもう随分と治ってきているようだった。

「来週あたり、補助器付けてなら歩けるようになるっぽいっす」

「大がかりな手術はもうないってこと?」

「そっすね」

 ほうほう、それは良かった。それならライブには完治とまでは当然いかないだろうけれど、見に来ることくらいはできそうね。私はともかく、いや、そもそも音楽が好きかどうかも別として、美雪がステージに立つところは何としても見たいだろうし。

「じゃあこれからリハビリ、頑張らないとだね」

 く、と小さな拳を握って美雪が笑顔になる。こういう表情ができるということは、美雪の中では、少なくとも、早く怪我を治して、ライブに来て欲しい、と思っているということなのかもしれないな。良かったじゃないか羽原君。元暴走族の男なんて最低、という線はなさそうだ。

「う、うす!絶対ライブ見に行きますんで!」

 にこー!と笑顔になって羽原君は頷く。私とリンジくんの二人でお見舞いに来た時には見たことがない表情だ。別に良いですけれどもね。

「でも過ぎたるは及ばざるが如しっていうから、頑張りすぎないようにね」

「は、は、はいぃっ!」

 可愛い笑顔を可愛い苦笑に変えて美雪が言う。そしてほんのり顔を赤らめた羽原君が声を高くする。

「逆効果……」

「えっ」

「や、こっちの話」

 これでは頑張りすぎて逆に回復が遅くなりかねない。ま、まぁでもそこはそれ、病院にいる訳だから医者も無理はさせないでしょう。……多分。

「僕より全然軽くて済んだみたいだねー」

「そ、そうなんすか」

「うん。僕ここに一時期鉄骨入ってたし」

 言ってリンジくんは大腿部をポンとさする。そんなに大怪我だったのか、リンジくん……。となるとリンジくんが制裁を受けた時よりも、少しはソフトになったということなのかもしれない。

「鉄骨……」

「入れる手術と摘出の手術で時間かかったね」

「取らないとだめなの?」

 美雪がリンジくんの大腿部を見つつ言う。怪我の程度や年齢にも依るだろうけれど、必ずしも抜かなければならない訳ではない。私が入退院を繰り返していた頃にも、そういう人がいた。

「取らなくても良いらしいけど、また同じように強い衝撃があると、変な影響出たりするみたいだから、抜いといた方が良いって」

「そこまでならなくて良かったね……」

「う、うす……」

 先ほどまでの可愛らしい笑顔を凍りつかせて美雪が言うと、神妙に羽原君も同じく青ざめた顔で頷いた。本当にね、リンジくんよりも軽傷だったとは言え、大怪我には変わりないんだから、しっかり治すことを考えて欲しいものだ。

「まぁもうケジメとか制裁とか自体がもう時代錯誤だしイミフなんだけど……」

「ま、まぁ色んな世界があるからね」

「それは、そうだけどさ……」

 それにしたって、そういう反社会勢力予備軍とはいえ、仲間なのだから、仲間の新しい目標や門出を祝ってやりこそすれ、裏切りだのなんだので制裁を加えるなんて、旧日本軍じゃあるまいし、と思ってしまう。

 しかもいわゆる、本物の反社会勢力であればそんな世界もあるのだなぁ、と思わざるを得ない部分はあるけれど、それだってどうなんだ、と首をかしげてしまう。

「誤った世界に、自分で決めて飛び込んだ報い、と僕は思ってる」

「……リンジくんらしいね」

 リンジくんや羽原君ならば、きっとそうなのだろうけれど、例えば栄吉えいきちのようなナチュラルボーン馬鹿は、仮に抜け出したいと思っても、いわゆる引退時期が来るまで泣き寝入りか逃亡するのだろうなぁ、などと余計なことを考えてしまった。あぁ、まだあの顔を思い浮かべると腹が立つわ。

「あ、あの、美雪さん、羽奈さん!」

「ん?」

 意を決したか、羽原正孝まさたか。ついに訊くか!訊いちゃうのか!

「え、な、何?」

 びく、と肩を震わせて美雪が半歩身を引く。

「その、れ、連絡先、お、教えて頂いてもいっすか!」

 おぉ、良く言った。良いぞ良いぞ、私は全然OKだ!栄吉と比べてなんて可愛げのあるやつなんだ!年上だけど……。なのでちょこっと助け舟。

「……まぁライブの日程とか時間とか、伝えないといけないしね!」

「あ、そ、そうだね」

 お、美雪はちょっと抵抗あるのかな。それほど心配するようなことは起きない気もするけれど。それにしても、美雪一人に訊く訳ではなく、私も巻き添えを喰らわすとは、考えたわね羽原君。

「……うまいなぁ」

 リンジくんも同じことを思ったのか、口元を覆い隠すように手を当ててそう言った。多分にやにやしてるせいだ。

「え!」

「や、何でも」

 くくく、と忍び笑いを漏らして顔を背けつつ、リンジくんは言う。

「あ、や、レイジさん、お、おれはその、わ、わきまえてるっすから!」

「え、何を!」

 リンジくんも言ってるけど、何を。まさかあれか、女二人から連絡先を交換してもらって、前からリンジくんが知っているだろう私らの連絡先を聞いても、はしゃいで無暗矢鱈にメッセージを飛ばさない、的な戒めなのだろうか。

「い、いや、連絡を入れる時は節度を持って、必要最低限の情報だけを……」

 やっぱりそうかぁ。

「そこまで最低限にしなくても別にいいよ……」

「そ、そうだよね」

 そんなに頻繁に、用もなく些細な話でメッセージを送られても困るけれど、羽原君はあまりそんなことをしそうな気がしない。ミスリードかな。でも、だとしたらどんなミスかな。何と間違えたんだろう。

「そ、そうっすね、はは……」

 うーん、まぁ今考えても判らないことは考えても仕方がない。後回しだ。




「やっぱり、美雪ちゃんのこと、好きなんだねぇ正孝君」

 またしても美雪を病室へ置いて、リンジくんと二人で飲み物を買いに来た。自動販売機が並ぶロビーに着くと、リンジくんが不意にそんなことを言い出したので、少し驚いてしまった。

「まぁ、丸判りよね」

 この間お見舞いに来た時に、美雪の連絡先を聞きたがっていたんだからそこで羽原君の気持ちだって判ってたはずでしょうに。

「だね」

 美雪の方はと言えば、そんな素振りなど微塵も見せないし、ましてや隠している感じだって一切しない。

「まぁあとは、このまま美雪が気付かないままだったら美雪本人がどう思うかねー」

 つまり、羽原君の気持に美雪が気付けないままなら、連絡先を交換したとして、どう思うか。気付いても気付かなくても同じかな。いや流石に気付いたら違うだろうな。気付いた時にどう思うか、の方が重要だけれども。

「う、うん。そうかもね」

 だけれども。私もまだ判らない不確定要素がある。

「昨日の結果次第……」

「昨日?」

 昨日の夜に電話をしてどうなったのかを訊いてみたのだけれども、直接話すと言われたのでまだどうなったのか、答えは聴いていない。

「や、練習終わった後に待ち伏せ喰らってね」

「え、な、なんの話?」

 リンジくんが目を丸くして言う。確かに説明が足りなかった。別にファイヤーマスク出動案件ではないので安心して欲しい。

「あ、前にラブレター貰ったかも、っていう話」

「あぁ!え、じゃあやっぱりラブレターだったの?」

 すぐに思い出したのだろう。リンジくんが訊ねて来る。

「うん。で、色々あって、その手紙を書いた人が、昨日練習終りに待ち伏せてた」

「ほう……」

 名前を書き忘れて誰だか判らなかった、とかは説明しなくても良いだろう。そのくらいは端折らせて。

「でも美雪が結果は直接話すって言うから、wireでは結果は聞いてないんだ」

「なるほど……」

「まぁ、そっちの手紙の人とすぐに付き合うっていうのはなさそうな気もするけど」

 もしも付き合い始めたのだとしたら、今日の美雪の様子からしていつもと変わらない感じがするのもおかしい気がする。断ったとしても、いつも通りではいられないような気もするし。どういう経緯か、どういう内容かも判らないけれど、とにかく私的には、美雪の都合が良い感じでのペンディングとなったのではないだろうか。

「美雪ちゃんもあまり知らない人だったの?」

 そんな感じはした。少なくとも今は同じクラスではないことは判っているけれど、一年生の時に美雪と同じクラスだった可能性はあるし、何だったら同じ中学校だったのかもしれない。

「うん、たぶん。それにとりあえず付き合ってみてから考えよう、っていうのは美雪にはできないと思うしね」

「それは、そんな気がするね」

 まぁそれは私も同じだけれども。でもそれが間違っているとは言わない。私にはできないだけだ。付き合うということは、少なからず、好意はあるということだし、そこから交際を重ねて恋人としてお互いの理解を深めること自体が間違っているとは思わない。ただ私は、付き合うと判断を下す際に、ある程度お互いの理解がなければ判断ができないだけだ。だから、今だったらリンジくんと付き合うことは出来るけれど、出会ったばかりの頃だったら無理だった。

 あ、い、いや、私のことはどうでも良かったわ。ともかく。

「音楽に集中したい、みたいなことも言ってるし」

「それはそれで難儀だね。勿体ないというか」

 確かにそれは私も同じ意見だ。確かにライブに向けて集中はしたいし、美雪にもしてほしいと思うけれど、誰かを想うことで生まれる何かだってある。私はいつも聞きに来てくれる皆に、自分の中で精一杯創った歌を精一杯歌って、それを聴いてもらいたいって思うし、今はリンジくんに聴いてもらいたいって思えるから頑張れることだってある。もちろん、羽原君が美雪目当てでライブに来るとしたって、その羽原君にだって私の精一杯を聴いて欲しいって思う。

 でもこれは美雪本人の気持ちなので勿論外野がどうこうできる訳ではないけれど、折角二人も美雪に想いを寄せてくれる人がいるんだから、その二つの気持ちを、音楽を理由にシャットアウトしてしまうのは本当にもったいないと思う。

「どっちにしろ正孝君はかなり不利な勝負に挑んでるって訳かぁ」

「でも負け確じゃないから」

 美雪が昨日の彼にどんな答えを出したかにも依るけれど、まだ羽原君の完全敗北が決まった訳ではない。何度か交流しているせいもあるけれど、どちらかと言えば羽原君を応援してあげたい気持ちではある。

「それもそうだね。あとは正孝君の頑張り次第かなぁ」

「うん、ホントにそれ」

 とは言え私だって他人の応援ばかりをしていられない。今日は美雪がいるからなのか、昨日のようなパニックには陥っていないけれど、さっきから結構胸がドキドキしっぱなしだし、いつまたパニックに陥るか判ったものじゃない。

 この状況から先に、進めるのかどうかはまだ判らないけれど、いつまでも昨日のような醜態を晒していてはいけないし。ともかく、このまま行動を起こさなくても、行動しても、美雪や楓、仄からのやっかみはあるに決まってる。だったら当然行動した結果のやっかみの方が良い。それはそれはとてもとても恥ずかしいけれども。恥ずかしいという感情のせいで色んなことにフタをしちゃうほど勿体ないことはない。

 美雪を見ていてもそれは強く感じる。今まで通りというか、私と出会う前の、以前の内気な美雪だったら、あんなに歌の才能も、努力する才能もあるのに、恥ずかしい、という気持ちだけで何も行動を起こせなかったように思うのだ。

 やっぱりそれはもったいないと思う。才能があろうがなかろうが、興味を持ったらやってみる、という気持ちを、恥ずかしい、に負けさせてはいけないんだって美雪が体現してくれている。

「さて、そろそろ戻ろう。時間も時間だし、お暇して涼子りょうこさんのとこ行こっか」

「はぁい」

 だから、私も恥ずかしくてもそれには負けたくない。仮にそれでリンジくんに想いが伝わらなかったとしても、何もしないよりよほどマシだ。今までの私のように、小さな、つまらないプライドで塞ぎこんでいても、きっと私自身が何一つ成長できないままだ。

夕衣ゆいさんの演奏楽しみだね」

「うん。こないだ聞いた時は衝撃だったから、今日は落ち着いて色んな聴き方しなくちゃ」

 涼子先生のお店で少し早めの夕食を摂ってから、樋村ひむら夕衣さんの弾き語りだ。まだ身動きが取れない羽原君には気の毒だけれど、本当に楽しみだなぁ。

「あ、飲み物買ってないよ」

「おっと」

 羽原君に美雪との二人の時間を作ってあげる口実だったとはいえ、流石に手ぶらはまずい。

「じゃ僕が出すよ」

 言うと思った。でも私は全部が全部一緒にいる時にお金を出そうとするリンジくんの考え方には反対だ。中には全部男に金を出させて、あまつさえそれを自慢するような馬鹿女がいるけれど、本当に馬鹿なんだなぁ、と思ってしまうし。だから、少ない額ではあるけれど、きちんと自分の分は自分で払いたい。

「え、いいよ。いつも奢ってもらってるのに。それに涼子先生のお店でも割り勘だからね!」

「う、うん、判った……」

 しまった。奢られるのが嫌な訳ではない。でもリンジくんは怪我をさせてしまった人への治療代も、高専の受験代も自分で働いて貯金しているのだ。お金は大切にしなくちゃいけないし、使い方だって考えて欲しいだけだ。

「別に迷惑なんじゃなくて……」

「うん、判ってる。ありがとハナちゃん」

 な、何そのだらしない笑顔は!

「べ、べつに……」

 パニック。


 第三三話:恥ずかしい、のフタ 終り

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