ハナちゃんとリンジくん

REFRAIN SERIES EPISODE VII
yui-yui
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第六二話:最後のお楽しみ

公開日時: 2021年8月6日(金) 19:00
更新日時: 2022年10月20日(木) 18:48
文字数:8,304

 七本槍市 七本槍中央公園


 リンジくんたちのバンドBrownブラウン Bessベスはかなり攻撃力の高いロックバンドだった。大別すればガレージロックというジャンルになるらしい。ジャンルの名称だけは知っていたけれど、それを聞いただけではどんな感じかは全然判らなかったからBrown Bessの曲と、ガレージロックを調べて出てきた有名な日本のロックバンドの名前を見て、あらかたのイメージは付いた。

 本当にリンジくんのスタイルが、弾き語りのスタイルからは想像できないほど激しく、攻撃的だった。機材を足蹴にしたり、メンバーにキックしたりするようなことはまったくなかったけれど、激しい曲では激しく頭もギターも振って、飛び跳ねて、とにかくせわしなく動いていた。コーラスもいつもの綺麗な声ではなく、わざとしゃがれた声を出して、叫ぶようなコーラスだったのだけれど、きちんとハーモニーを合わせるあたりはリンジくんらしいなぁ、と思えた。

 本当に暴走族時代の攻撃性をギターで発散しているかのようにも見える。曲が終わり、ドラムのみが激しいビートを刻む。前小節の一音を食ったベースドラムのシンコペーションに、心が高揚して行く。

「じゃあ最後!今日は珍しくこのギタリスト、リンジが創ってきた曲やるよー」

 ギターボーカルの男性が言うと、リンジくんが軽快なリフレクションを弾き始める。

「おぉー!」

 リンジくんが創った曲が最後だなんて中々バンドの中での評価も良いのではないのだろうか。こんなに大きなイベントでの最後の曲に抜擢されるなんて。それにきちんとロックだし、Brown Bessのイメ―ジにも合う激しいけれど、凄く爽快さと楽しさを同時に感じるリフレクションだ。

「夜曲の花」

 ギターボーカルの人が言うと、ギターボーカルのスクラッチとベースのグリッサンドからリフレクションを弾き始める。

(おぉー!めっちゃカッコイイ!)


――


 初夏の風が 歌うような 君を見つけた

 どうか届いておくれ 僕のしがないセレナーデ


 コーヒーを掻き回すその白い手が

 灰に塗れた様な 僕の手を取る

 凝り固まった僕の 健を解すように

 灰に塗れた様な 僕の手が墜ちる


 汚くて汚くて近寄らないでおくれよ 穢してしまうから

 切なくて切なくて 優しくしないでくれよ

 いつかの


 初夏の風が 歌うような 君を見つけた

 なんで泣いているんだい? 何で怒ってるんだい?

 初夏の風に 咲いているような 花を見つけた

 どうか届いておくれ 僕のしがないセレナーデ


 この先君とずっと 一緒に居させて

 この先君の横で 笑顔を見させて


 愛しくて愛しくて 近寄りたいのに 涙が出るから

 悲しくて悲しくて 追いかけたいと思った

 今すぐ


 初夏の風が 歌うような 君を見つけた

 なんで泣いているんだい? 何で怒ってるんだい?

 初夏の風に 咲いているような 花を見つけた

 どうか届いておくれ 僕のしがないセレナーデ


――


 アウトロのリフを弾き切って、だかどん、とドラムのショートフィルが入り、全員がCで音を掻き回す。

「Brown Bessでしたー!この後もカッコ良いバンドいっぱい出るから!最後まで楽しんでってくださーい!」

「じゃあね、バイバイ!」

(も、もしかして、私……?)

 歌い出しですぐにそう思った。ま、ま、まさかこれは、私のために創ってくれた曲?

「……」

 ステージ上のリンジくんと目が合う。照れくさそうに笑うその仕草で、判ってしまった。でも、凄く嬉しい。良くバンドマンが彼女に歌を作ってプレゼントするという行為は馬鹿にされることが多いけれど、そんなことない。それに大体馬鹿にされるシチュエーションは、バンドマンの彼がメジャーデビューを目指していて定職につかずお金がないので誕生日や特別な記念日にそうする場合だ。それにそういう彼女には音楽に理解がない場合が殆どで、どっちらけになる。私は同じく音楽を趣味としているし、作曲の苦しみだってもちろん知っている。それに今日は別に付き合い始めてキリの良い日数でもないし、私もリンジくんも誕生日ではない。贔屓目でもないし言い訳するつもりもないけれど、何でもない日に、私のために創った曲を贈ってもらえたのが、とても嬉しい。

 じゃかじゃーん、と全員が〆てBrown Bessのライブが終了した。

「えー、なにぃ、アイコンタクトしちゃってぇ」

「ひぇあ!」

 耳元であゆむさんが囁く。

「ほうほう、流石は羽奈はなが総てを捧げると誓った御人……。中々の弾きだったな!」

「フィオやめて。どちゃくそハズい!」

 うぉー、顔から火が出そうだ。

「でぇもぉ、今の曲ってもしかして羽奈への曲なんじゃないのぉ~」

「だ、黙れ武士」

 わ、私でなくともばれるものなのか。恐らく、十中八九、その通りだろうけれどもそんなことで茶かされてなるものか。

「今武士ってなかろうが!一秒たりとも!」

「リンジくんのバンドもすごい良かったね、羽奈ちゃん!」

「う、うん」

 喚く歩さんを他所に美雪みゆきを見る。助け船!

「うわ、顔真っ赤!歩さんも飛香あすかちゃんもからかい過ぎです!」

 めっちゃくちゃ顔が熱い。熱出ちゃいそう。

「だぁってさぁ……」

「うらやましいぞ羽奈!」

 ごめん美雪まじありがとう。

「て、て、ていうか、歩さんだってさっき省吾しょうごさんとラブラブしてました!」

 そうだ、さっき見かけたんだ!手をつないで歩いていた!

「そりゃするでしょ、彼氏だもん」

 ケロリとした顔で言ってのける武士。

「う、堂々としている……」

 う、うん、そうね、堂々としていれば別に良いのよね、ちょっと学んだわ。すぐにはできそうもないし性格的には難しいかもしれないけれど、ともかく堂々としていれば別に恥ずかしがることもないんだわ。そもそも悪いことしている訳ではないんだし、何なら自慢してやっても良いくらいだ。

「羨ましいな!」

 フィオはそればっかりだな。

 



 リンジくんがそうしてくれたように私も楽屋の出口でリンジくんを出迎えた。

「リンジくんお疲れ様」

「うん、ありがとハナちゃん」

 そう言って楽屋から出てきたリンジくんの後に、Brown Bessの面々がいた。そうだ、リンジくんは一人でステージに立っていた訳ではない。ひ、人見知りはまだ完全に克服した訳でもないし、一気に男に人に囲まれるとどうして良いか判らなくなってしまう。でもリンジの彼女、何だ?とも思われたくない!

「おぉー!噂のリンジの彼女?すげぇ可愛いー!」

 ぐわぁ、と前に出てきて両肩を掴まれる。い、いやこんなものはお世辞以外の何でもない、だから真に受けない。この人は確かベースだった人だ。凄いイケメンだ。リンジくんよりも年上に見えるけれど、三十歳は行っていないように見える。ステージ後だっていうのになんだかほんわかと良い香りがする。

「ちょ、冴城さえきさん」

 冴城さん。ベースの冴城さんはイケメンだけれど、ちょっとチャラい。

「確かにすんげぇ可愛い!リンジにはちょっと釣り合わない!」

「い、糸井いといさんまで」

 うん、社交辞令だ。狼狽えない。状況は違うけれど、先ほど武士から学んだばかりだ。ドラムを叩いていた糸井さん。イケメンではないけれど、決してブサメンでもない。年は冴城さんと同じくらいかな。

「俺は黒井くろい。宜しくね、羽奈ちゃん」

 あ、感じが良い。当たりも柔らかい。ギターボーカルの人だ。黒井さん。黒井さんも中々格好良い。冴城さんのようにチャラい感じが一切しない。

「あ、え、と、香椎かしい羽奈です、よ、宜しくお願いします」

 ぺこりとお辞儀をしてBrown Bessの面々に挨拶をする。もしかしたら今後顔を合わせることが増えるかもしれない訳だし。

「えーと、黒井さん。うちのバンドの良心。ちなみにMedbメイヴ美朝みあささんの旦那さん」

 なんと、ご夫婦でバンドをしているとは羨ましい!あ、いやバンド自体は違うのだろうけれど、同じ趣味を持っているのは憧れる。

「で、こっちのチャラそうなのが冴城さん。リーダーでベース。で、こっちのエロそうなのが糸井さんでドラム」

「おめー随分な紹介だな」

 糸井さん、別にエロそうには見えないけれど、きっと普段の言動がリンジくんをしてそう言わしめているんだろうな。

「的確だと思います。あ、ちなみに冴城さん本職ホストだから、あんまり色んなこと言われても間に受けないでね」

「人聞き悪ぃだろおめー」

「源氏名は天龍山源次郎てんりゅうざんげんじろう

 源氏名。つまりホストとして働いている時の名前のことね。天龍山源次郎だなんて寄りにも寄って凄い名前だ。

「よ、よろしく、です……」

「ま、とにかくよろしくなー」

「は、はい!」

 ばんばんと私の肩を叩いて天龍山源次郎は笑った。

「そんなに畏まらなくても大丈夫だよ。僕みたいな札付きを仲間として認めてくれてる人たちだからさ」

「そうそう、基本良い人」

 糸井さんも笑顔になる。確かにみんな気さくな感じがする。私の人見知りもいくらかはマイルドになってきたのも、もしかしたらあるかもしれないけれど、少し安心感を感じている。

「自分で言っちゃうと台無しですね」

「喧しいわ。んじゃ俺らもあちこち挨拶してくっからよ」

「了解です」

 そう言えばBrown Bessのライブの時にはかなりお客さんが増えていたような気もした。リンジくんを残して黒井さんも糸井さんも冴城さんも客席の方へと向かって行く。

「あ、明るい人たちだね」

「うん、まぁ、アホなだけとも言うけどね。いつもあんな感じだし、バンドの方も冴城さんのお陰で結構お客さんもいるし、うまくやれてるかな」

「なんかちょっと安心した」

 特に不安もなかったのは事実だけれど、あんなに明るい人たちがリンジくんの周りにいてくれるのは、安心できる。例えば以前のように自分を戒めすぎてしまった時には、リンジくんの心をほぐしてくれる存在なのだろうし。事実、リンジくんが迷いながらも音楽を続けていたのは、彼らがいてくれたからなのだと何となく判った。

「そぉ?」

「うん。ステージ上の演奏だけ見てると結構おっかない人たちに見えるもん、演奏も激しいし」

 わざと見当違いのことを言う。過去に思ったことの良し悪しなんて今の状況で簡単に覆ることがある。目の前が暗くなれば、乗り越えてきたことにだって影が差す。それが人間だし、別段珍しいことでも何でもない。だから、今は言う必要のないことは言わない。

「それ、ほんっとに良く言われる」

「そうなんだね」

 黒井さんも冴城さんもリンジくんも、眉間にしわを寄せて、物凄い真剣な表情だった。MCにもなれば笑顔が見えて安心するし、本気で怖い人だとは思わないけれど、それでも普段のリンジくんを見ているこちらとしては、あまりの豹変ぶりに驚きを隠せなかった。

「とりあえず客席の方、戻ろっか」

「うん。あ、あぁ、あの、リンジ、くん……」

 曲のこと、恥ずかしいけれどきちんと訊いておこう。

「ん?」

「最後の曲って……」

 夜曲の花、というタイトルだった。多分タイトルは後付けかもしれないけれど、やっぱり「はな」という音が入っていれば自分に重ねてしまう。

「あぁ、うん。僕が羽奈ちゃんに一目惚れしてからずっとあっためてた曲」

 な、なんという恥ずかしいことを!二の句も告げられず絶句しているとリンジくんは更に続けた。

「羽奈ちゃんが彼女になってくれてからバンドでやろうと思って、歌詞も少し直して、急いで詰めたんだ」

「そ、そうなんだね……。すごい、カッコよかった……」

 くぅ、は、恥ずかしいけれど、きちんと言えて良かった。素直になるというのはかくも大変なことなのか。つまり私は偏屈な態度や真逆の態度を取ったりして、楽な方に逃げていただけなのだ、と自覚した。

「ほんと!」

 リンジくんのぱっと弾けるような笑顔を見て、やっぱり、と思う。素直な言葉はこんなにも人を喜ばせることができるんだって。

「うん」

 だから私は顔を上げて頷く。大好きな人の笑顔に。

「やった!じゃあもっかい、確定だね!」

 い、いや、それは、ちょっと、どうなの……。

「あ、あとでよ!二人きりになれたらね!」

「やったぁ!」

 しないとも嫌とも言ってない!




 Medbの前にStoner63ストーナーシックスティスリーというスリーピースバンドがライブをしたのだけれど、そのバンドも素晴らしかった。なんでもMedbやRougeルージュ Assailアセイルとは何度も対バンをしているのだそうだ。そして莉徒さんと夕衣さんのバンド、Medb。思った以上に凄かった。以前公園で莉徒りずさんと夕衣ゆいさんの弾き語りを聞いた時も度肝を抜かれたけれど、バンドの方が何倍も凄かった。ZhuravlikジュラーヴリクやRouge Assailで感じたバンド力が、完成形まで行くとこうなるのか、と思わせるほどに。ほんとうに、知らず心酔するということがあるのだ、と思い知った。

 流石に莉徒さんが言ったことも納得ができた。

(あんたらみたいなプロ崩れよりここにいる学生バンド、社会人バンドの方がよっぽどきちんと音楽に向き合ってるし、正直あんたらなんかよりよっぽどうちのバンドの方がバンド力あるわよ)

 あの言葉を裏付けるだけのステージ力が確かにMedbにはあった。それは個人としてもバンドとしても、どれだけ真剣に向き合ってきたかが垣間見えるライブでもあった。ステージ袖の楽屋に向かうMedbの面々を、敬服の気持ちで見送る。

(今の私じゃまだまだだけど、負けてられないわね)

 凄い人たちをただただ凄い、と言い続けているだけの私じゃない。いつかは、絶対に同じステージに立って、彼女たちと張り合えるだけの演奏をしたい。

 Medbの面々が楽屋にはけて程なくすると、りょうさんがステージに現れた。

「はい、どーも。今日はこのライブに集まってくださって本当にありがとうございます」

 そう諒さんが言うと、一度楽屋に戻ったはずの莉徒さんも慌ててぱたぱたと出てきた。

「ありがとうございまーす。今日はですね、もう一組出るはずだったんですが、かくかくしかじかありまして、出られなくなってしまったんですねー」

 莉徒さんが諒さんを引き継ぎ喋る。その間にステージではドラムセットがもう一セット、そしてシンセサイザーやらキーボードが三台。ギターアンプも今ある二台に続いてもう二台とベースアンプももう一台追加される。野外音楽堂のステージはかなり広いけれど、それでもこれだけの楽器を設置するとかなり手狭になる。

(やっぱりそうかぁ)

 たかさんが私に最後は客席にいてくれと言った理由が判ってしまう。

「そんな訳でですねぇ、ちょいと出演メンバーなんかをとっつ構えて、コピー曲でもセッションしちゃいましょうか、ということなんですね!」

 客性からおぉ~とどよめきが起こった。

 ライブイベントでは時々ある。恐らくこの後、出演者の何名かを抜粋して、みんなが知っているような曲をコピーして締めくくるのだろう。

「そこで、楽曲提供してもらうんでスペシャルゲストをお呼びしましたぁ」

 マイクが諒さんに戻ってそんなことを言う。楽曲提供?スペシャルゲスト?

「あっ!」

「え、マジ!」

 近くにいたフィオと歩さんがほぼ同時に声を上げる。

早宮響はやみやひびき~!」

 どどどぉ!と客席が騒めく。私も大好きなアーティスト、早宮響本人がステージ袖から現れたのだ。

「ども、ご紹介に預かりました、早宮響です」

 諒さんのマイクを受け取って、早宮響さんが、ぴょこ、と手を上げる。

「こぉんな楽しいイベント、自分達だけ楽しんでずるいですよね、という訳で、わたしも最後に混ぜてもらっちゃいました」

「えぇ……」

 すると何か、早宮響が歌う曲の伴奏を、私がやるのか!

 出来ない訳ではない。私は自分で作曲する前はこの早宮響さんの曲をコピーしまくった。公園でも時々コピー曲をやるし、大好きな曲はたくさんある。逆に言うと、ビビっている場合ではない。RossweisseロスヴァイセにZhuravlikにRouge Assail、Brown BessにMedb、Stoner 63とこれだけ立て続けに凄いアーティストを見てきたんだ。こんな凄い人たちが出演したイベントに、私と美雪だって交ざっているんだ。臆している暇なんかない。

「えーと、じゃあ最後に一緒に私と遊んでくれる人、今から名前呼ぶからねー」

 ここで呼ばれなかったらお笑い草だけれど、多分あらかたのメンバーは決まっているのだろう。そうでなければこの場にいない人が呼ばれ、参加できないということになってしまう。前もって貴さんが私に伝えていたことがその証左だ。

「まぁドラムとベースは諒さんと貴さんで決まりだから、あと一人ずつ、ドラムは亜依香あいかちゃん。ベースは信司朗しんじろう君」

 Rouge Assailのヤンキーこと三ツ矢みつや亜依香。凄い、ベテランの男性みたいな堂々としたドラムを叩く人だ。ライブハウスでも色んな女性ドラマーを見てきたけれど、あんなに堂々としたドラムを叩く女性ドラマーは今まで見たことがなかった。そしてベースは先ほどのStoner 63のベーシスト。マスクドライダーにでも出てきそうなほどの爽やか好青年だ。ストレートではあるけれど、遊び心を持っているような演奏が印象的だった。つまり、巧かった。

「シンセはFanaMyuファナミュ羽奈はなちゃんと美雪ちゃん、それと Rouge Assailのみんちゃん、みふゆちゃんにも弾いてもらおうかしら」

 やはり来た。恐らくは貴さんか莉徒さんの推薦だ。そもそもこのライブに出られるようになったのも莉徒さんの推薦だし、何となく頷ける。でもここまで贔屓にしてもらえるのは何だか少し誇らしい。それに眠さんと一緒に演奏できるのも楽しみだ。それにみふゆさん。みゆふさんのバンドは滅多にライブをしないせいで数えるほどしか聴いたことがない。今回のイベントにも出演者としては参加していないけれど、良いのかしら。

「出演者じゃないですよぉー!」

 後ろの方から声がかかった。みふゆさんもずっと涼子りょうこ先生と一緒にこのイベントを楽しんでいたんだろうな。

「気にしない気にしない!」

 それにしても早宮響と顔見知りとはもう流石としか言いようがない。ずいぶん昔の曲だけれど、貴さんと諒さんが響さんの曲を演奏しているものがあった。最近になって改めて調べたのだけれど、まさかこんな日が来るだなんて想像もしていなかった。

「ギターは武士ちゃんと夕衣ゆいちゃん、莉徒りずちゃんにリンジくん!」

 おぉー、何という贅沢なギタリスト陣だろう。それにリンジくんと一緒に演奏できるというのもちょっと、いや、かなり嬉しい。

「ボーカルはみんな上がってこぉい!」

 へいへーいと素晴らしく可愛い笑顔で響さんは言う。そういえば響さんは元々はアイドル出身なんだった。アイドルの頃は曲に恵まれなくて折角の歌唱力を持て余していた感じだったけれど、シンガーソングライターに転向してからはずっとヒットを飛ばしている。

「は、は、羽奈ちゃん、えらいこっちゃあ!」

 すぐ隣から情けない声が上がる。我が相棒よ、臆している暇など無い!

「美雪!ビビってる場合じゃないわ!プロと一緒にやれるなんてこの先一生ないかも!」

 そう、これは好機!好い機会と書いてチャンス!FanaMyuの今日のライブは終わったけれど、刺激を受けまくってうずうずしたこの気持ちを発散するチャンスでもある。しかもこの中には谷崎たにざき諒、水沢みずさわ貴之、早宮響、という日本でも有数なプロのアーティストがいる。そんな人たちとステージを一緒にするなんて絶対に良い経験になるはずだ。

「あ、そ、そ、そか!それに私たち二人だと連弾かも」

「たぶんそうね」

 一度諒さん達の前で、眠さんのシンセサイザーを借りて演奏した実績もある。用意されたシンセサイザーやらキーボードは三台だ。人数は当然合わない。だけれど諒さんと貴さんは、私たちが連弾できることを知っている。もしかしたらあの時からこの余興の構想をしていたのだろうか。

「よ、よし、羽奈ちゃんがすぐ隣なら頑張れる!」

 ふん、と鼻息が聞こえてきそうな勢いで美雪が意気込む。良いわね、やっぱり私の相棒だわ。

「美雪ちゃんって意外と度胸座ってるよね」

 そう言ってリンジくんが笑う。今頃気付いたのかね。私が一緒にやってみる?って初めて美雪に持ち掛けた時から、美雪はずっとこんな感じなのよ。本当に度胸の据わった女ね。生まれて初めてのライブでプロと一緒に演奏することになるって言うのにこのやる気。本当に逸材だわ。

「女は度胸っすね!」

 なんだか羽原はばら君が的外れなことを言う。惚れた女の素敵なところをこうも見せつけられれば浮足立つのも判るけれど、なんだかちょっと残念よ、羽原君。

「え、あ、う、うん!度胸!」

 く、と小さな拳を羽原君に見せてうん、そう、そんなに悪い気はしてないか……。案外お似合いなのかもしれない……。

「よぉーし、やったるかー!」

 ま、その辺は後で色々と突っ込ませていただくとして、最後のお楽しみ、頑張ってきますか!


 第六二話:最後のお楽しみ 終り

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