七本槍市 七本槍南商店街 喫茶店 vulture
vultureに着くと、店員さんは本当に眠さんだけだった。先ほど歩さんに聞いた話では夕方以降はいないという話だったのだけれど、涼子先生がいない今日だけは、ということなのだろうか。
それにしても、眠さんは私たちの一歳年上。アルバイトを始めたとして、最速で一昨年の四月からで二年と少し。それなのに一日とはいえお店の留守を任されるとはどれだけ仕事を覚えるのが早いのか。美人だし、スタイルも良いし、優しいし、仕事もできる、まさしくハイスペックガール。
綾崎眠、おそるべし……!
「いらっしゃい、羽奈、美雪。楽器はそこに置いて大丈夫よ」
ふわりと優しい笑顔で出迎えてくれる。幸か不幸か私たち意外にお客さんはいない。
「こんばんは、眠さん」
「こんばんは」
私と美雪が次いで眠さんに挨拶をする。背負っていた楽器ケースを楽器置き場用に設えてあるスペースに置かせてもらうと、カウンターテーブルに着いた。そこでふと、疑問が浮かぶ。
「あの、注文って普通にして大丈夫なんですか?」
もしかして留守番だから、サンドウィッチやケーキなど、作り置いてあるものは出せるけれど、料理をしなければならないものはNGだとか、そんなこともあるのかもしれない、と思ったのだ。
「ん?どういうこと?」
「あ、ゴハン的な食べ物とかお願いしてもいいのかなぁ、って」
晩御飯を食べるつもりでいたから、もしも料理するものがNGだった場合、ケーキとコーヒーだけにして、晩御飯は別の所で食べた方が良い。
「それは勿論大丈夫よ。できなきゃお店閉めてるわ。ま、涼子さんのものよりももしかしたら味は落ちるかもしれないけど、私は負けてないつもり」
「おぉー!凄い!じゃあ私は晩御飯食べて行きます!」
それはつまり涼子先生お墨付きという訳か。涼子先生クラスの料理の腕って高校三年生で身に付くものなのかしら。いや、二年間涼子先生の下で修業すればきっと巧くなるはずだ。実際わたしのピアノの腕だってそうだった。それに眠さんが持っている元々の料理スキルだって高かった可能性もある。
「ありがと」
にこりと優しい笑顔で眠さんは言う。ふあぁ、何という素敵な笑顔だろうか。
「あ、わたしもそうする。そういえば羽奈ちゃん、リンジくんと約束はないの?」
「先にリンジくんと約束してたらここにいないでしょ」
それにどちらを優先とかあまり考えたくない話だし。順当に予定を組んでいって順当にこなせば、予定がぶつかることはほぼない。順当にいかないのが現実だけれど、もしもトラブルがあったとしても、美雪もリンジくんも、優先されなかったことに腹を立てるような性格はしていないし。
「そりゃそっか」
「ま、でも、今後のことも考えて約束は被らないようにちゃんとタスク管理したい」
スマートフォンの予定表をきちんと活用すれば、そう大きな問題も起こらないはずだし。
「それもそうだね」
「美雪は来週、羽原君のとこ、行くんだよね」
「う、うん」
美雪の気持ちは正直判らない。羽原君に会いたいのか、来てほしいと頼まれたから行くのか。どちらにしても羽原君の気持ちが開けっ広げに伝わってしまっている以上、美雪は選択をしなければならない。美雪の返事はどこか曖昧な気がした。
「え、やなら無理しなくていいんじゃない?」
行きたくないなら行かない、という意思表示も重要だ。羽原君には酷な話だけれど。
「あ、ううん、嫌なんじゃなくて、恥ずかしいというかなんというか……」
ぽん、と頬を赤くして美雪は俯く。
「あぁ」
判る。
「え?」
「や、羽原君の期待値がでっかすぎる」
つまりwireでやり取りをしていて、美雪がお見舞いに行くと決めた時点であまりにも羽原君のしっぽの振り方が激しかったのだろう。美雪が照れてしまうくらいに。それはなんだか幸せなことじゃあないですか、榑井さん。一人の人間にそこまで思われたら悪い気はしない。粘着気質なストーカーとか、そう、あの藤木何某のような奴なら気持ち悪いけれど。
「そ、それな……」
更に耳まで赤くする。いやぁ良いですね、青春ですね。
「はいはい、先に注文宜しくね。貴女たちだけとはいえ私は二人分、作るんだから」
おっといけない。私はメニューも見ずにぱぱぱっと頭に思い浮かんだものを注文する。
「あ、すみません!オムライス、ケーキセット、ミルクレープとアイスコーヒーで!」
「わたしはナポリタン、ケーキセットのシフォンケーキとアイスココアにします!」
美雪はメニューを見て、それでも即決する。ここに来ることを決めた時点で、美雪もある程度食べたいものは決まっているということだろう。
「はぁいかしこまり。なに美雪、シンセ買ったの?ケース新品ね」
ぴょこ、と美雪が置いた楽器ケースを指差して眠さんが言う。眠さんも同じシンセサイザー弾きだ。興味があるのは頷ける。
「買いました!羽奈ちゃんと同じDS……え、と……」
覚えてないのかよ。
「61Wです」
私が代わりに言う。末尾のアルファベットは、WhiteのWだ。
「てことは白ね!白綺麗でいいわよね」
く、とサムズアップして眠さんが嬉しそうに言う。
「はい!」
く、とサムズアップを返して美雪も笑顔。
「汚れ目立つから外で弾くときは注意よ……」
「は、はい……!」
確かに屋外の方が汚れやすいし、白の方が汚れは目立つだろうからね……。特に私たちは公園で演奏することも多い訳だし。クリーニングセットも後で薦めておこう。
「眠さんはシンセはいつから始めたんですか?」
折角だから眠さんと色々と話したい。私はカウンターテーブルの向こうで作業を始めた眠さんに話しかけてみた。
「シンセは一昨年の春からだから、まだ二年と少し。でもピアノは子供の頃、小学一年生から六年生までやってたわ」
「なるほど、ピアノからなんですね」
私も涼子先生からピアノは教わった。基本的なエチュードとクラシックの曲を少し、あとは好きなアーティストの曲を練習した。一年半ほどだけれど、それで基礎は身についたし、今ではオリジナル曲を書けるまでになった。
「最初はキータッチが軽すぎて戸惑ったけどね」
「ピアノの鍵盤、重いですもんね」
そう、ピアノの鍵盤は多くがアクリル製だ。昔は象牙の鍵盤が多かったらしいのだけれど、ワシントン条約が施行されて以来、象牙自体が入手困難になり、ピアノの鍵盤に使用することも困難になった。ものすごく古くて高い、私たちなんかでは手も届かないようなものの中には象牙の鍵盤のピアノもある。中にはセラミック製や、人工象牙なんかもあるらしいけれど、プラスティック製の鍵盤を使用しているシンセサイザーやキーボードとはキータッチの感覚がまるで違う。鍵盤一つ押すにもちょっとした重さがある。だけれど、シンセサイザーやキーボードには重みがない。パソコンのキーボードと同じように軽くてスカスカだ。
そもそもピアノは鍵盤楽器とはいえギターなどと同じく、ピアノ内に張られたピアノ線を叩き、振動させて音を出す、原理はギターなどの弦楽器と同じだ。アップライトピアノもグランドピアノも構造は同じだけれど、ピンと張りつめたピアノ線を叩いて音を響かせるには、それなりの重さ、つまり力がかからなければならないし、鍵盤を操作する手の力でも音の強弱を表現できなければならない。そのために鍵盤の重さが必要なのだ。
しかしシンセサイザーやキーボードは電子楽器。当然ピアノ線は内蔵されていないし、鍵盤はプラスティック。音は総て電子音なので鍵盤を重くする意味はない。エレキピアノはまたシンセサイザーやキーボードとは違うので、ピアノの鍵盤の重さを模したものもあれば、キータッチを軽くしているものもある。
だから眠さんのようにクラシックピアノからバンドのシンセサイザーになった人はみんなそのキータッチの軽さに戸惑う。私もピアノ歴は短いけれど、ピアノからシンセサイザーに切り替えた当初は戸惑った。
「鍵ハと同じくらいスカスカだから、最初は本当に慣れるまで苦労したけど、今じゃピアノがすごく重く感じるわねー」
私も眠さんと同じく最初の鍵盤楽器はピアノだ。最近はピアノをきちんと弾く機会はないし、楽器店で少し触るくらいだけれど、重いなぁ、と思う。
「わたしは最初から鍵ハだったからなぁ……」
美雪がぼそり、と言う。先ほどもそれで夕香さんに驚かれたばかりだけれど、本当に私も驚いたというか、そこのケアを考えていなかったのは悔やまれる。
「……ん?」
眠さんが美雪を二度見する。えぇ、そうなのです。私がそこを失念していたばかりに、美雪は今までずっと鍵盤ハーモニカで練習していたのです。
「え?」
「え、興味持ってからずっと鍵ハで練習してきたの?今日まで?」
落ち着いた印象のある眠さんだけれど、さすがに目が丸い。
「あ、や、ス、スタジオではレンタル、してました、よ」
別に美雪は悪くないのだけれど、先ほどの夕香さんの驚愕も手伝ってか、少々尻込みする美雪。うぅ、ごめんよ、もっと早くに気付いてあげられれば良かった。
「それはそうでしょうけど、家では鍵ハ?」
「です」
それしかなかったもんね。いやぁ、本当に音の出方も全然違うのに、そこをイメージで補っていたと思うとやはり美雪の音楽に対する反射神経的なものは相当に高い気がする。
「だとしたら鍵ハも取り入れたら良いんじゃない?ジャンルに依っては鍵ハってめっちゃお洒落よ」
「おぉ、確かにその手もありですね……」
それは確かに盲点だった。最近はあまり見なくなってしまったけれど、十三橋公園には鍵盤ハーモニカと、唄とタンバリンの二人組が演奏していたこともあった。個人的には結構好きなアーティストだったけれど、今もどこかで元気に演奏してくれていると良いなぁ。
「え、そ、そうなの?」
「うん」
鍵盤ハーモニカやオルガンなど、小学校で使う楽器や、学校に常設されている楽器は、そもそもがれっきとした楽器であり、練習用、訓練用の楽器ではない。鍵盤ハーモニカを楽曲の伴奏に使用するアーティストも多い。
「えぇ。私が好きなのは、リベパテのまたね青春のアコースティックアレンジ」
「え、調べます!」
リベパテというのはリベル・パテルという名の女性だけで構成された、ギターボーカル、ベース、ドラムのスリーピースバンドだ。去年完結という名の解散をしてしまったけれど、女性バンド者のみならず、幅広い年齢層に人気を博したバンドで、わたしも大好きだったバンドだ。動画サイトにもたくさんのライブ動画が上がっていたし、ライブDVDも持っている。またね青春のライブバージョンは聞いたことはあるけれど、アコースティック版は聞いたことがなかった。
「ライブ版ね」
リベパテ、またね、ライブとキーワードを入れるとすぐに動画サイトがヒットした。
「お、あった!」
再生ボタンをタップして、少しだけ音量を上げる。ピアノのコード弾きと、鍵盤ハーモニカの単音弾きで曲がスタートする。本来のこの楽曲はベースでウェストミンスターの鐘を弾くところからスタートするのだけれど、全く違うアレンジだ。ベーシストがピアノを弾き、ドラマーが鍵盤ハーモニカを弾いて、ボーカルはタンバリンを持っている。
「……あ、確かにこれは素敵かも」
「でしょ」
ゆっくりスタートするコード進行と、なんだろうな。どことなく夕刻の放課後を彷彿とさせる鍵盤ハーモニカの暖かな音色。これは確かに素敵なアレンジだ。こういうアレンジができる曲があるか、脳内データベースをぱららら……。うん何曲かはありそう。もしかしたらライブに間に合うかもしれない。あとで美雪ときちんとミーティングしよう。ともかく今はせっかくのチャンスだ。眠さんとお話お話。
「眠さんってなんでピアノからシンセになったんですか?」
クラシックピアノを辞めてしまったのはなぜか、ということにもなるかな。
「歩がね、すごぉく楽しそうだったから、私も同じものを同じ目線で、一緒に楽しみたいって思ったの」
「歩さん?」
まぁ確かに、ステージ上の歩さんは異様なほどにキラッキラだ。可愛いし元気だし、歌は巧いしギターも巧い。でも歩さんはバンドを始めてまだ二年と少しだ。そりゃあ私では判らない、細かなテクニックなどに粗さがあったりもするのだろうけれど、それを補って余りあるステージングがとても魅力的だと思う。それも今現在の話で、眠さんがシンセを始めたのも歩さんと同時期。つまり歩さんと眠さんは一緒にバンドをスタートさせたはずだ。どういうことなんだろう。
「そ、あの子が少林寺拳法やってたの、知ってる?」
「はい」
まだアルバイトを始めたばかりの頃に聞いた。全国大会二位にまでなった、って。
「あの子は別に好きでやってた訳じゃないのよ。親戚が道場をやっていて、子供の頃に無理やりやらされたんだけど、本人の意向はどうあれ才能は有ったのね」
「国大二位、ですもんね」
ただ長年努力すれば残せる成績ではない。才能があって、その上で努力を重ねた者にしか全国大会二位なんて成績は残せない。
「そ。で、高校生になったら絶対軽音楽部に入って、素敵なバンドガールを目指すってずっと言ってたの」
「なるほどー」
無理やりやらされたけれど、自由を得るだけの結果をきっちりと残して、自分のために好きなことをする歩さんを、眠さんは間近で見てきた、ということか。
「で、私も似たような感じだったわけ」
「眠さんは亀仙流とかですか……?」
すごい冗談ぶっこんだな美雪。一瞬口ごもったわ。
「残念ながらビームは出せないわよ。私の場合は陸上。これでも都大会二位でインハイにも出たことはあるのよ」
「すごすぎやしませんか」
開いた口が塞がらぬ、という顔をして美雪が言う。
「すごすぐる」
私も思わずそんな顔をしてしまった。いやだってあのでっかいおっぱい邪魔にならないのだろうか……。
「ありがと。でも私も歩と同じで、たまたま小学生の陸上大会で良い成績を残してしまったものだから、そのまま中学も陸上部に入っちゃったのよ」
「なるほど……」
小中学生の頃は小さかったんだきっとそうなんだそう思うことにしようそうしよう。
「それで新たに始まった高校生活で心機一転、歩さんと一緒に、ってことですか」
む、いけないいけない。要らんことを考えてしまった。
「ま、掻い摘むとそういうこと。元々ピアノは好きだったし、新しく目標を定めている歩を見て、じゃあ私はどうしよう、って」
「また陸上、とはちょっと考えたくないですもんね」
長年、盲目的とはいえ続けてきたことが、実は好きなことではなかったと気付いてしまったら。いや、この際、歩さんの習い事は置いておくとしよう。習い事なんて大抵の子供が無理やりやらされるものだ。でも眠さんは自ら望んで部活に入ってしまったのだ。インターハイにまで出ているということは、もしかしたらそれに気付けないままであることも幸せだったのかもしれないような気がする。
「そうね。それなら、親友と一緒に新しいこと始めようって。その直前にMedbのライブ見て、すごいなぁって思ってたのも手伝って」
Medb。莉徒さんと夕衣さんのバンドだ。まだ私はライブを見たことはないけれど、歩さんも眠さんも憧れるバンドだ。それにあの時見た莉徒さんと夕衣さんのユニットを見る限り、バンドとしても凄いことは想像は出来る。
「Medbかぁ……。バンドとしてはまだ見たことないんですよね。莉徒さんと夕衣さんの弾き語りは見ましたけど」
「度肝抜かれるわよ」
「え、そんなですか」
莉徒さんと夕衣さんのユニットを見た時も度肝を抜かれる思いはしたけれど、バンド、Medbともなれば更に輪をかけてということか……。確かリンジくんもそう言っていた。
「プロでもあそこまで強い人たち、いないんじゃないかしら」
「強い……」
上手いとか格好良いとか素敵、という言葉ではなく、敢えてその言葉を選ぶ理由。
「私の勝手な心象だけどね。あの人たちは、なんかこう、巧いとかカッコいいとか、そういうの超えちゃって、強いのよ」
「これは、ぜひとも最前列で見ないと……」
ぐぐ、と拳を握り美雪が言う。私も同じ思いだ。
「社会人バンドにしちゃかなりファンがいるから行けるかしら」
ふふ、と笑って眠さんが言う。ファンまでいるとなると相当だ。でもあの莉徒さんと夕衣さんのユニットを見ればそれも頷ける。
「そ、そうなんですね」
「でも頑張ります!」
鼻息も荒く私は言う。良いアーティストに刺激を受けるのは、学生バンドでも社会人バンドでもプロでも変わらない。そんな素敵なアーティストがいるのなら少しでも近くで見たいし、肌でその音楽を感じたい。
「でも、わたしはまだ見たことないですけど、眠さんたちのバンドだってすごい巧いって羽奈ちゃん、言ってたよね」
「うん。まぁ眠さんの目の前で言うと嘘っぽく聞こえちゃうけどさ、すっごいカッコいい」
美雪は眠さんと歩さんのバンド、Rouge Assailをまだ見たことがない。眠さんにシンセサイザーを借りた時に、眠さんと歩さんのユニットを聞いたことがあるだけだ。でも、眠さんと歩さんのユニットもかなり巧いことは美雪も判っている。おのずとバンドも凄いのだろうということは想像できるはずだ。
「ふふ、ありがと。厭味に聞こえるかもしれないけれど、それだけ練習はしたもの。特に歩はね」
「そうなんですね。全然厭味なんかなじゃないですよ」
力量不足であればその不足を埋めるのは練習しかない。しかもただ合わせて練習するだけでは立ち行かないこともざらだ。結成して僅か二年と少しのバンドが、あそこまで高いバンド力を持つようになるのには相当な練習をしたはずだし、相当に様々なことを考えて試してきたはずだ。
「歩は元々歌は巧かったけど、ギターはゼロからのスタートだったからね。悔しい思いも沢山してきたし」
「なるほどなぁ……」
悔しい思い。きっと大したことないとか下手とか、色々言われたのだろう。私も公園で弾き語りを始めたばかりの頃は似たようなことを言われたこともあるし、見に来てくれた人の態度でも力量不足を感じたことはある。でも、それでも努力を重ねてこられたのは、音楽が好き、というただ一点。負けたくないとか、称賛を浴びたいとか、そういうことではなく、自分が好きな音楽をやりたい。歌いたい歌を歌いたい。奏でたいメロディを奏でたい。そう思っているからだ。そしてそれは、歩さんも、眠さんもきっと莉徒さんや夕衣さんだって同じ気持ちなんだって思う。
……もちろんリンジくんだって。
「楽しみがいっぱいだなぁ。眠さんのバンド、仄ちゃんのバンド、リンジくんのバンド、莉徒さんのバンド、全部見たい!」
「なんか莉徒さんたちと諒さんたちでバンドやるっぽいわよ」
「あ、なんか言ってた気がします。あれホントなんですかね」
いつだったか、確か言っていたのは貴さんだった気がするけれど、その場には諒さんもいた。そして軽口を叩くようにそんなことを言い合っていたのは私も覚えている。
「みたいね」
「おぉ、だとしたら凄い楽しみ!」
あまりにも軽い感じだったので、もし実現したらラッキーくらいに思っていたけれど、本当ならやっぱりそれだって最前列で見てみたい。
「ね。はい、じゃあ先に飲み物。もう少し待っててね」
銀色のトレイに載せられたアイスコーヒーとアイスココアが私と美雪の前に置かれる。んー、おいしそう。良い香りだ。
「はい。いただきまーす」
銀のトレイから各々飲み物を取って、ストローを差した。
第五四話:機転 終り
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