竜と魔法使いと名探偵

~勇者になりたかった占い師と人を生き返らせたい死霊術師な名探偵の魔術事件簿~
安藤啓太
安藤啓太

30. 灰色

公開日時: 2022年5月2日(月) 06:00
文字数:3,947

◆◆ローラン


 霧に覆われたこの砦には日の光がほとんど届かない。それでも昼は明かったのだが、日が傾き、少しずつ暗くなってきていた。


 俺は臨天館の屋上で、竜の様子を眺めていた。すぐ隣、といっても人一人分を空けたところには、ダニーが同じように座っていた。

 

 ダニーは『精霊憑き』なのだろうか。


 その疑いが晴れることはない。


 初日、クラークとダニーは共に砦の見回りをしていた。その夜、すでにクラークは『精霊憑き』だったのだ。あの日、クラークが『精霊』にまつわる魔術を行ったのなら、何か不審な行動をとっていた可能性がある。ダニーはそれに気が付かなかったのだろうか。


 もしダニーが『狂信者』ならば<御守>を破壊している可能性が高く、今は『精霊憑き』になっているかもしれない。


 疑えばキリがない。


 現状、『精霊憑き』を特定するための情報が揃っていないのだ。少しでも手がかりが欲しい。


 眼下には、何十という竜種の群れが、餌を探しに移動するでもなく、ただぼんやりと座っていた。

 ひとたび餌が落ちてきたなら、一斉に飛び掛かるのだろう。

 オリヴァーのときのように。


 一人でも『人間』を生き残らせるために、『精霊憑き』や『狂信者』を追放すること。

 彼を追放するとき、<御守>を所有していないことは確認した。オリヴァーは敵だ。それは間違いない。

 だから俺たちは話し合いでオリヴァーを殺した。


 それは正しい判断だったのだろうか。


 あの絶望の表情が目から離れない。彼は叫んでいた。誰かを呼んでいた。


「ターニャ、って誰だよ」


 最後に呼んでいた名前は、妻だろうか。娘だろうか。それともただの友人だろうか。

 誰かにとって大切だったかもしれない人を、自分たちの命のために奪ったのだ。


 それでも.......アンドウの仇を討たなければ。


 ダニーもまた、ぼんやりと竜種の群れを眺めていた。


「ダニーさん。<御守>は持ってますか?」

「なんだよ。持ってるに決まってるだろ」


 『精霊』は、一晩に一人、誰かを殺さなければ、存在を維持できない。これは<世界の小記録簿>から得た、確かな情報だ。オリヴァーのような疑わしい人間を殺さなくても、<御守>を持った人を二度攻撃させることが出来れば、殺人は失敗し、『精霊憑き』はいなくなるのだ。

 そこで、生存者のうちで誰が<御守>を持っているか分からないようにする策が有効だ、というのが生存者の共通認識になっている。それぞれが<御守>を奪われないように注意しながら、適度に会話しつつ、『精霊憑き』に分からないように<御守>を交換したり、交換するフリをするのだ。


「お前は?」

「持ってるかもしれませんね」

「ああ。そうだろうな」


 どれくらいダニーが俺の知識を信頼しているかは分からないが、やらないよりはマシ、とでも思っているのだろう。

 

「......ダニーさん」

「なんだよ」

「初日。見回りをしていたんですよね。何か変わったことはありませんでしたか?」

「あー。夜、ジョンとトレイシーがうろついてるのを見た」

「なんでそれを早く言わないんですか?」

 ふざけるなよ。

「1日目に問い詰めたぜ。クラークと一緒にな。アイツらは『精霊憑き』の事を何も知らなかった。それに、ここに来るときアイツら手ぶらだったろ」

「......」


 急激にダニーが疑わしくなった。


 この状況で、トレイシーとジョンを疑わないのはおかしいだろう。


 ……だが、今の情報は、考えなければいけない情報だ。今ダニーが『精霊憑き』なのか、あるいは『狂信者』なのかは、ジョンとトレイシーが初日から『狂信者』なのかとは別な問題だ。


 もしトレイシーが『狂信者』で、初日に『精霊』にまつわる何かをしていたとしたら? あるいはメッセージを書いたのか? ダニーは早々に『臨天館』に到着したから、トレイシーなら不可能ではない。


 しかし、トレイシーの首が称えていたあの怯えた表情は、とても演技とは思えなかった……


 考えても考えても堂々巡りだ。


 俺が黙っていると、ダニーが話しかけてきた。

「オリヴァーは、『狂信者』だったんだろうか」

「オリヴァーさんは......あの時点では、一番怪しかったですよ」

「まぁ、そうだわな」


 トレイシーも怪しかった。そう言ったところで、何か変わるだろうか。


 オリヴァーはもういない。

 死者は生き返らない。


「なぁ。ローラン・ヒルベルト」

「なんですか? 改まって」

「お前にとって、騎士ってなんだ?」

「それは......」


 答えにくい質問だが、何とか言葉を捻り出した。


「一人一人が強くて、命がけで竜種から人を守る人たちです」

 

 俺の精一杯の回答にもダニーは無反応で、それどころか違う質問をしてきた。


「なんで騎士になりたいんだ」

「騎士団に入って、外を探索して、人類の活動域を増やしたいんです」

「なんで、人類の活動域を増やしたいんだ」

「......それは」

「......いや、やっぱ答えなくていいや」


 それっきり、ダニーは黙ってしまった。

 何なんだよ。何か言えよ。

 俺がしかめっ面で見ていると、ダニーはカラカラと笑った。

 

「いやー。騎士になったってのに、『勇者』サマにはほど遠いなと思ってな」


「ダニーさん、それってどういう......」


「俺は、『勇者』に憧れて、騎士団に入った」

「俺も同じですよ」

「はっ。そうか。......クラークもそうだぜ」


 クラーク・フィッツ。


 一夜目の『精霊憑き』。

 

 騎士だったはずの彼が、なぜ『精霊憑き』になってしまったのか。それに興味があった。


「いつ、知り合ったんですか?」

「騎士団の訓練所だ。俺の家は商人なんだが、上手くいってなくて貧しかった。アイツは俺と正反対のやつで、貴族の出身だ。

 あー、初めから話すか。悪ぃな。俺は話が上手く無ぇんだ。

 ある日、有翼の竜種が俺の村を襲って、かなりの被害が出た。地獄だった。んで、騎士団が助け出してくれた。あの人が俺にとっての『勇者』だった」

「それは......」

「気ぃ使うなよ。最近じゃあ減ったが、当時じゃありふれた話だ。十歳くらいだったかね」

「そうですか......」


「お前、今十三歳なんだろ。俺は訓練を始めるのが遅かった。まぁ、稽古を始めてからは≪戦士≫の加護が強かったから、どうにか入団出来た」

 

 加護とは、天が人に役割を果たさせるために与える、能力の補助だ。≪戦士≫の場合は、身体能力や頑丈さの向上。加護の程度は人それぞれだが、ダニーはきっと人一倍強かったんだろう。


「俺は、力と頑丈さだけが取柄で、他は同期のなかでも下の方だった。『騎士』なんて偉ぶったって、結局その辺のチンピラと変わらねぇよ。だいたいの奴はクソ野郎だった。俺をバカにしてくる奴もいたが、結局、強いのが正義だろ。だからこそ、長所だけ鍛えて、ムカつくやつはぶっ飛ばした」


 力でねじ伏せたわけか。嫌いなタイプだ。


「それで、クラークに出会った。スカした野郎だったから、ムカついてな。練習試合を申し込んだ。俺は、剣術には自信があったからな。

 試合をしてみると、それなりにいい勝負になってな。俺はアイツを見直して、酒に誘った。

 アイツは、小さい貴族家の生まれで、伝説の『勇者』サマに憧れて強くなったって言ってたぜ。≪調教師≫は、戦闘力に関する加護なんて何も無いのにな。それでも騎士団では重宝される。馬とか、鳥とか、地竜とかを使うからだ。クラークは、騎士団に所属しているって言っても、馬の番に一生を捧げるのは嫌なんだそうだ。

 『加護がないなら得意なことは無いかもしれないが、何を鍛えても良いはずだ。もともと≪調教師≫ってだけで貴重なんだから』ってな。根性あるやつだと思ったよ。そんで今では騎馬兵だ。立派なもんだろ」


 加護に頼らないで強くなったのか。

 そうか。クラークは俺の先輩だったんだな。


「訓練所を出てからも、よく会ってな。酒を飲んだり飯を食ったり、同じ戦場に出たり。アイツは……たぶん友人だった。......あいつは喜んで人を殺すような奴でも、自殺志願者なんかでもねぇよ」

「......俺とアンドウも、お二人と似たようなものですよ」

「そうなのか」


 俺たちのことを少しだけ話した。


 俺は、≪占い師≫。珍しいため加護は不明だが、直感の類だと思う。身体能力や頑丈さの補助は望めない。

 でも騎士を目指している。最高の『勇者』に近づこうとしている。

 アンドウと出会って、なんとなく仲良くなった。同年代で、魔術のことを何も知らない変わった奴だ。強力な魔術と≪戦士≫の加護を手に入れたあいつに嫉妬して。でも、アンドウに出来ないことが俺には出来るから、二人で『勇者』パーティになろうって約束して。

 外を探索するために、まずは騎士団に入ろうと決めて、実力をつけるために探索者になって、一緒に冒険して、仲間が増えて、これから四人で騎士になろうって。

 それなのに、アンドウは死んでしまった。


 無力感が体にこびりついてはがれない。


 何か出来たはずだ、と。


 俺は知っていたのに。


 ≪占い師≫なんだから。


 俺が語るのを静かに聞いていたダニーだったが、話し終わると、ぽつりぽつりと、感想らしきものを言い始めた。


「俺は、天才野郎は嫌いなんだ。......でもまぁ、根性のあるやつは嫌いじゃねぇしな。騎士学校でなんかあったら言えよ」


 ……?

 今のは、ツンデレってやつか?  

「......ありがとうございます」

 

 フンと鼻を鳴らし、ダニーは空を見た。


「生き残るぞ」

「はい」

 

 俺も、空を見た。

 俺と同じ、灰色の空だ。 


 人を殺すことで人を生かそうとした選択を、仇を討つために人を殺そうとしている俺達を、アンドウはどう思うのだろうか。

「『勇者』にはほど遠いね」なんて言われてしまうかもしれない。けれど、軽口を叩いて、許してくれるような気がする。


 茜色になるはずだった空は遥か遠い。


 厚い霧が全てを覆い隠して、暗くなっていく空を眺めた。

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