次はジェームズ・トムソンのチームのメンバー。
発表はすでに終わっているため発表資料は無く、トーナメント戦へ向けた調整作業を進めていた。やはり他と同様に床は汚いが、机の上は綺麗な状態だった。
ジェームズは作業に集中していたため、アンドレアがサンティーノと私の姿を見て対応した。
「こんにちは」
「こんにちは。私はローラン君の知り合いで、探偵をしております、アンナ・ハルクマンといいます」
「探偵さん、ですか?はじめまして。私は......」
「いえ、ローラン君から聞いています。現在、今朝のクレアさんの<令嬢>脱出に関して、人為的な不正行為の疑いがあるため、今朝現場にいた方にお話を聞いているんです」
「はぁ。そうですか」
アンドレアは『探偵』が自分から話を聞きたがっている状況を怪訝に思っている様子だったが、抵抗はしなかった。
「昨晩は何時に帰って、今朝は何時に付きましたか?」
「メンバー全員、十八時に帰って九時に入場しましたわ」
「事前に連絡していたんですか?」
「そうです」
「今朝は何か変わった事がありましたか?」
「今朝は、クレアさんのチームの<光の精霊>が飛び出してしまって大騒ぎだったので。それ以外ですと特に思い付く事はありませんね」
「あなた方の魔道具には損傷はありましたか?」
「いえ、ありませんでした」
「野次馬をしに行きましたか?」
「いえ。遠目に見ていただけですよ」
「昨日は何をしていました?」
「そうですわね。位置制御の精度を上げようということになって、微調整とメンテナンス、後は沢山テストをしましたわ」
「そうですか。ほかに、何か変わったことは?」
「変わったことと言いましても、制作作業は毎日違うので......」
「わかりました。じゃあ、制作以外とは関係の無い事で、何かありましたか?」
「あ、それなら、打ち上げ、というか決起会のような事をやりましたわ。私がアイスケーキを作って持ってきていたので、それをみんなで食べました」
「何時ごろですか?」
「昼食と一緒にです。ですから、十三時ごろですね」
「アイスケーキは、どちらに保管されていたんですか?」
「鞄の中です」
「なるほど。他には?」
「えー、アイスケーキをお兄様が二つ食べてしまったのに驚きました。うーん、他にはとくにはありませんでした」
ほう、腹ペコですね。
「二つですか?人数作って持ってきたのではないのですか?」
「その、友人に、ローラン君にあげようと思っていたんですが」
「そうですかそうですか」
意外に隅に置けない男ですねぇ。
「何か?」
おっといけない。テンションを戻そう。
「いえいえなんでもありません。えー、次の質問ですが。今日の荷物は昨日と同じですか?」
「今日はケーキがありませんし、発表の台本が入っていますが、ほとんど同じですよ」
「分かりました」
その時、ジェームズが歩み寄って来た。作業がひと段落付いたらしい。
「ジェームズ・トムソンさんですね」
先ほどと同様に私が自己紹介をして、ジェームズに質問を開始した。
「昨晩は何時に帰って、今朝は何時に付きましたか?」
「アンナさん......」
とアンドレアが口を挟もうとしたが、
「皆さんに同じように聞いているので」
と遮った。本人の言葉でなければ意味は無いのだ。
「アンドレア達と一緒ですよ。昨日は十八時ごろに帰って今日は解錠の前に着いたから、来たのは九時十分前くらいかな」
「今朝、何か変わった事はありましたか?」
「今朝は<光の精霊>が<精霊瓶>の外に出ていて、ひと騒動ありました」
「貴方は様子を見に行きましたか?」
「いえ、それよりも緊張していたので、自分の作品の点検をしていました」
「そうですか。それでは、昨日は何をしていましたか?」
「昨日は調整とテストですね」
「あなた方のチームの魔道具は、<風の穴>ですね」
「そうです」
「詳細を教えて頂いても?」
『銃』と一口に言っても様々な構造の銃が存在する。
歴史を遡れば、初期は実態の弾丸を使用した銃が使用された。魔力によって弾丸を生成するための装置が小型化できず、事前に作成する必要があったからだ。実態を持つ弾丸の命中精度を高めるために銃身は長く作られておたが、その名残として今でも銃身が長くなっている。また初期には、発火装置は銃とは別に用意されていた。
現在では実弾を込めるタイプ (実弾銃) と、弾丸を発生させるタイプ (魔弾銃) がある。
実弾を込めるタイプの利点は、魔力の温存が可能である点で、弾丸を発生させるタイプは威力の調整が可能であることである。
これらは併用出来ない。実弾銃は魔弾を使用出来ないし、魔弾銃は実弾を込めた状態で魔弾を発生させると誤作動を起こす。
また、<火蜥蜴の杖>が量産できる技術があるのにもかかわらず今でも初期の銃と同じ外観をしているのは、『銃』という<意味魔術>的な効果によって威力増強を図っているからだ。加えて、銃身には弾速増強、精度向上魔術が施されている。一方、威力を重要視しない銃として銃身が短くした拳銃と呼ばれるタイプもある。
ジェームズ達の魔道具<風の穴>は、魔力で魔弾を作り出すタイプの銃だった。機能はローランから聞いた内容とほぼ一緒だった。
確認をとりながら、問題ない範囲で分解して貰って、中を確認した。
弾丸は無く、銃身はがらんどうで位置制御や威力増強のための魔術がびっしりと施されていた。大きさは1.5メートル程で、肩につけて撃つライフルのような形状だった。持ち手付近にはハンマーが付いており、実弾銃であればハンマーの先には小型の点火装置がついているところには、距離や精度の補正のための補助装置が取り付けられていた。
もっと小型化したかったが、技術的に難しかったとのこと。
私の<眼>には、ジェームズのチームの魔道具にも不自然な傷や魔力の後は見つけられなかった。
「ふむ。それでは、昨日、何か変わったことはありませんでしたか?」
「変わったこと?といっても、特に無いが」
「ケーキを食べたそうですが」
「ああ、その件か。そうだね。美味だったよ。アンドレアが作ってくれたんだ」
「二つ食べるほどですか?」
「ああ。最近疲れていたのかな、とても美味しかったんだ」
「昨日の荷物はどんなものをお持ちでしたか?」
「普段通りかな。工具とか参考書は大体置きっぱなしだし」
「期間中、いつも何か受付で預けていたそうですが、この数日は預けていないようですね」
「ああ。そうだね。護身用の魔道具を持っていたんだけど、最近は慣れてきて、必要ないかなって」
「その荷物の大きさは?」
「このくらいだよ」
ジェームズは手で大きさを示した。ハードカバーの本が二冊、ギリギリ三冊入る程度の大きさの鞄のようだった。
今日持ってきている鞄を確認するため、私はしゃがんで机の下を覗き込んだ。机の下は魔力の痕が染みのように広がっており、汚かった。
その際、椅子の下に転がっている鞄があったのが見えたので拾い上げた。おしゃれでも何でもない、ありきたりな背負い鞄だ。
「このくらいですか?」
と尋ねると、
「いや、これより小さいやつだよ」
と答えた。
「毎回これを持ってきているんですか?」
「いや、日によるかな」
「昨日は?」
「それだけだよ」
「なるほど。わかりました」
◆◆
「ああ、アンナ」
「お疲れ様です。ローラン君、ちょっと失礼します」
「ちょ、おい」
私が立ち寄った時、ローラン君のチームが調整作業を進めていた。お邪魔しないように用件だけ終わらせてすぐ立ち去ろう。
「何やってるんだ?」
「捜査です。もちろん、目的の物がありました。というより、ありませんでした」
「はぁ?」
「それでは」
「ちょ、おい」
「十八時ごろまた来ます」
あとは、建物の端と、一応外も見ておかなければ。
◆◆
武道館の閉館間際。明日のトーナメントに向けて最終調整をしているチームは多く、まだ多くの参加者が残っていた。再びアンナがやってきた。
調整作業は一応終わり、最低限の片付けも完了したタイミングだった。
昼間のは何だったんだろうか。結局聞きそびれた。
今回はどんな奇行に走るのかと身構えていたが、アンナは
「じゃあ帰りましょうか」
と言っただけだった。帰るだけだったらしい。え、帰るの?
「おい、用は済んだのか?」
「ええ」
「サンティーノさんは?」
「帰って頂きました」
「じゃあ、これから犯人のところへ殴り込みに行くんだな?」
「いえ、まだその時ではありません」
「?.......そうなのか?」
「ところでローラン君。アイスを買ってください。箱で!」
箱買いかよ、どんだけアイス食うんだコイツ。
◆◆
えー、皆さん、欲という物は恐ろしいですよね。
先日、私、市で果物を見て食べたくなったんですが、なんだか割高に見えてしまって、いつも言っている商店で買おうと足を運んでみたんです。
そしたら、実際はその店の方が果物が高くて、結局何も買いませんでした。
大欲は無欲に似たりとはよく言ったものです。
さて、今回の事件。
魔術大会期間中に起きた器物損壊事件。昼間は他人の目、夜間は施錠、そして昼夜を問わず<結界>に守られ、<監視水晶>に監視されている密室での犯行。
犯人はどうやって密室を破り侵入あるいは脱出を成し遂げたのか?
一見不可能に見えるこの事件、真相は分かりましたか?
魔術があれば壁抜けなど容易い?
そんなことはありません。魔術なんてものは人間が作ったただの機能ですから、制限があります。
凄腕の泥棒がいたずら心で作品を破壊したかも?
確かに、完全に否定することは出来ません。でも、そんなことは承知の上です。ただ実行するだけなら方法は無数にありますよ。それがたとえ密室の中の物体を破壊する事だとしても。
考えるべきは可能性では無く、現場に残った状況。ものを言わぬ証拠たちが、何よりも雄弁に犯人を物語っていました。
それに、犯人は臆病すぎました。欲をかいたと言ってもいいです。
犯人を特定するための<|弾丸《ヒント》>はすでに込められており、後は引き金を引くだけ。
それでは、次回、『魔弾の......
「お前、何やってるんだ?」
ちょ、出てきちゃダメです!暗転してるでしょうが!
「はぁ?......ああ、よくあるやつか」
気づくのが遅いんですよ灰髪め。
コホンッ。それでは、次回『魔弾の射手』解決編、乞うご期待。です。
古畑任三郎風です。
2021/08/15、加筆修正しました。
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