◆◆ローラン
五日目の話し合いが始まった。
ジェフリー、ジョンの二名が不在のまま。
「報告します。昨晩破壊されたのは私の<御守>です」
アンナがそう言って、焼け焦げた<御守>を見せた。
クレアがその証言に
「一回目の<扉>の気配のすぐ後に、私とレオナとローランに見せてくれました」
と付け加えて証明すると、その後は全員が口を噤んでしまった。
<御守>の情報は必要だが、どうにもどうでもいい事のようだった。
二名が姿を現さないのは何故なのか。
砦の<結界>は開かれていないから、砦のどこかにいるはずだ。しかし昨晩は互いに何をしていたのか分からないから、どこにいるのか検討もつかない。この狭い砦の中に隠れられる場所などいくつもないはずなのに。
どちらか一人だけというのなら納得ができる。きっと隠れたまま亡くなってしまい、私たちに見つからないままになっているということだから。でも、いったいなぜ二人なのだろう。一晩につき一人だけのはずではないのか?
俺の知識は間違っていたのだろうか。それとも、何らかの要素によってルールが変化したのだろうか。
わからない。
わからないことばかりだ。
いつにもまして嫌な空気が漂っていた。空気に耐えかねたのか、レオナの口から言葉が零れた。
「......二人とも死んだのか?」
俺には返す言葉が無かったが、サルマンが応えた。
「いや、どっちかが、ただ<御守>を奪われたくなくて出てきていない可能性がある」
いつにもまして静かな会議だった。カサカサと鳴るダニーの貧乏ゆすりの音が耳障りだった。
「ジェフリ―さんは怪しかったですよ」
俺がそういうと、全員の目がこちらに向いた。
「昨日の昼、ジェフリ―さんが自ら<御守>の交換を申し出たのがおかしいと思ったので、俺は、ジェフリーさんの動向を監視していました。ジェフリーさんは、誰が『人間』かを判断するために、皆に話を聞いて回っていました」
「誰に、どんな順番ですか?」
「順番か」
たしか、初めにダニー、つぎにオリヴァー、クレア、レオナ、アンナ、サルマン、そしてジョンが最後だったはずだ。いや、最後は俺か。
「皆さんは隠れていなかったんですか?」
「隠れていたというより、距離をとっていただけだ」
ダニーは宿舎で剣を振っていたし、オリヴァーは宿舎でお祈りをしていた。クレア、レオナはアンナとともに<檻>を作っていた。サルマンは屋上にいたし、ジョンは物見台の上にいた。
「それで、<扉>が開く少し前に見失いました」
「はぁ?」
ダニーが眉をしかめた。
「ジェフリ―さんの炎の糸で目隠しされて、数秒間視界を奪われて、その間にジェフリーさんは消えていたんです」
「おい、てめぇが昨日監視してりゃ、今日には『精霊憑き』が誰か分かって全部終わりだったんじゃねぇのかよ!!」
テーブルを強く叩く音が響いた。
その通りだ。ジェフリーが積極的な行動に出たということは、何か重大な情報があったはずなのに、俺は失敗した。
黙っているのを見かねたのか、サルマンが
「あんたが自分でジェフリーさんを追いかけていれば良かったじゃないですか」
と言うと、ダニーが舌打ちをして追及をやめた。
そこで、オリヴァーが発言した。
「三日目の夜に亡くなったトレイシーの遺体からは『精霊』の気配が無かった。昨晩の『精霊憑き』と三日目の夜の『精霊憑き』は同一人物だ。ということは、昨日の時点で<御守>を持っていたジェフリ―は『精霊憑き』では無い、ということにならないだろうか。トレイシーさんを襲った『精霊憑き』がジョンさんで、ジョンさんがジェフリーを『選んだ』のかもしれない」
それにダニーが反論した。
「ジェフリ―は昨日まで<御守>を持っていた、ってのは本当なのか? 嘘っぱちだったんじゃねぇのか? ローランの<御守>が壊されてりゃあ本物だったことが確実になるが、昨日壊された<御守>は探偵のものだったろうが。あいつに騙されたんだよ」
サルマンが肩をすくめた。
「ジョンさんかもしれないよ。<御守>の無いジェフリ―さんを『選んで』殺害し、自分は隠れて、ローラン君の<御守>を壊さないことでジェフリーさんに濡れ衣を着せたんだ。どうかな、探偵さん」
「......はっきりしたことは言えません。私の職業柄、迂闊な事は言いたくありません」
アンナはあいまいに答えた。その間、僅かほども表情を変えなかった。サルマンは口を尖らせ、ダニーは舌打ちをした。
どっちにしろ、ジョンさんとジェフリーさんのどっちが生きててどっちが死んでしまったのかは分からない。
クレアが小さく手を上げた。
「あの、ローランは『人間』だってアンナさんが言ってたと思うんですが、なんでジェフリ―さんはローランから逃げたんでしょうか?」
サルマンが答えた。
「いや、ローラン君は二日目の夜に『精霊憑き』じゃなかったってだけじゃないの? その後はわからないよ」
続いて、ダニーが答えた。
「結局、誰だって何考えてんだか分かんねぇからな。ずっと『人間』のふりしてる『狂信者』かもしれねぇ。ジェフリ―に見られたくねぇもんを見られたから、ローランが口封じのために消したのかもな」
「消した、なんて......」
それがもし冗談のつもりなら、笑えない冗談だ。
アンナがサルマンに向かって質問した。
「サルマンさんは、屋上にいたんですよね。何か見ましたか?」
「うん。君たちが『臨天館』の近くで話していたのは分かったけど、位置が近すぎて見えなかった。屋上には転落防止の柵とか対竜装備とかあるだろ? あれの陰に入ってしまって」
俺の方からもサルマンは見えなかったから、この証言は嘘ではない。
その後は俺が引き継いだ。
「あの後、気配を追って建物の中に入ったんだが、見つけられなかった」
「中ですか」
「ああ。結構小部屋が沢山あるだろ。上手くつかって撒かれたんだろうと思う」
どうやったのだろう。
サルマンに見つからないように足音を消して屋上に上がって、こっそり飛び降りたんだろうか。
ジェフリーなら出来なくはない、か。
分からないことばかりだ。
ジェフリ―は敵なのか?
ジェフリーほどの魔術師が、為す術も無く殺されてしまったのか?
クレアが口を開いた。
「可能性としては、ジェフリーさんとジョンさんのどっちかは『選ばれて』亡くなったけど、どっちかは『精霊憑き』じゃなくて、<御守>を守るために隠れているだけかもしれません」
「その場合、この会議室の中に『精霊憑き』がいるってことになるぜ」
ダニーの指摘にクレアは口を噤んだ。
それからしばらくは、会議は進まなかった。どれもこれも推測の域を出ない。
状況を変えるため、俺から皆に提案した。
「もう一度探しましょう。もしかしたら、見つかるかもしれません」
しかし、皆の中には諦めムードがあった。
誰よりも諦めていたのは、俺だったと思う。
二人の捜索など、この後の覚悟を決めるための時間稼ぎに過ぎなかった。
『精霊』を捕らえる<檻>は、未だ完成していないという。
いや、<檻>は、あの日あの場を治めるためのハッタリだったんだろう。
竜種に囲まれ、内部に怪物がいるこの砦の中で、恐怖で今にも爆発してしまいそうな空気の中で、少しでも生存率を高めるための美しい嘘だ。
魔術を作るのはそう簡単じゃない。薄々分かっていたはずだ。
<檻>を待っている余裕はない。
やるしかない。
捜索に向かう時、
「ローラン」
クレアが後方から声をかけてきた。
「私はアンナさんについてるよ」
アンナの身は最優先で守らなければならない。クレアなら問題無いだろう。
「よろしく頼む」
一言だけ告げて、二人の捜索に向かった。
クレアの顔を見ることはできなかった。
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