◆◆アンナ
今日は一日中、クレア、レオナとともに<檻>を準備していた。
もうそろそろ日が暮れる頃だろうか。
「あのバカ助手にも手伝って欲しかったのですが」
「ローランなら、<檻>に役立つ知識を持ってそうだもんね」
「全く、いつもいつも。自分の長所が分かっていないのでしょうね」
どこをうろつきまわっているのやら。
湯水のように文句を垂れ流していると、レオナが質問してきた。
「アンナ。ローランとはいつ知り合ったんだ?」
「二年前です。ローラン君が十一歳の頃ですね。怖い夢を見るんだーって、私の事務所に駆け込んできたのですよ」
「その頃からアンナさんって『アンナの心霊相談事務所』をやってたんですか?」
反応したのはクレアの方だった。
「そうですよ」
「......」
クレアは、私の顔をじろじろ見てきた。
同年代に見えるけど、この人って何歳なんだろう.....。そう言っているような表情だ。
私の年齢は秘密です! 秘密が女を美しくするのですよ。
変に探りを入れられる前に、話を逸らすことにした。
「その頃、王都で別な事件が起きましてね。商人、職人達ととある貴族家の間で、魔道具の開発に関して利益が対立したのが原因でした。私たちはそれに巻き込まれてしまったのです」
「へぇ。そんなことが」
「当時からローラン君は素性を隠して探索者コピーキャットとして活動していましたから、対人格闘はなかなかのものでした。しかし、ローラン君の能力の最たるものは、武術でも知識量でもありません。固有魔術で得た情報は正しいということが何よりも重要です」
ですから、『精霊』に関する情報をもっと<思い出し>ていただかなくては困るのですが。
クレアは急に悲しそうな顔をして、
「うん。ローランは凄いもんね」
とつぶやいた。
私たちはその後も、精霊術、文字魔術、霊術と黒魔術全般の知恵を集めて、何とか効果のある魔道具を作り出そうとした。
今手持ちにあるもの。魔道具、魔術書、筆、ペンキ、剣。これらから、効果があるかもしれない魔術構成を見つけることには成功した。しかし......
「......間に合うだろうか」
「......しかし、なんとしても夜までに<檻>を完成させなければなりません」
「やはり、『精霊憑き』を止めることは出来ないのか」
「レオナさん。迂闊な行動は危険です」
「だが」
「......あのバカ助手を探してきます」
「ローランはジェフリーを見張っているはずだ」
「なるほど、そういう事ですか。全く......となれば、最後まで見張らせなければ意味が無いですね」
「ねぇ、アンナさん。私の家の固有魔術なんだけど......」
それからも、<檻>を作るために試行錯誤を繰り返していた。
しかし、完成を待たずに夜の帳が降りてしまった。
まだ<扉>は開いていない。少しでも早く<檻>を完成させるために、私たちは作業を続けた。
......ん?
魔力を感じて顔を上げると、クレアも同じようにしていた。
「レオナ、今魔力を感じなかった?」
「いや、感じなかったが。<扉>か?」
「違うと思う」
恐らく、誰かが魔術を使ったのだ。
その直ぐ後、息を荒げたローランが入ってきた。
「ジェフリーさんを見たか!?」
「どういうことですか?」
「見失ったんだよ!!」
ローランの話では、日が傾くころ、砦の中央付近でジェフリーに<流転の幾何>の糸で目隠しされ、見失ってしまったのだという。目隠しだけだったため、魔力が小さく分かりにくかったが、言われてみれば、さっき私が感じた魔力はジェフリーの魔力に似ていた。
<結界>の番をしなければならない私を残して、三人はジェフリ―を探しに出た。
ジェフリーが<魔術>を使ってまで隠れる、というのはどういうことだろう。ローランが言うには、彼は<御守>を持っていないらしい。それならば、<御守>を守るために姿を隠す必要がないということになる。彼は『狂信者』なのか? いや、それでは行動が怪しすぎないだろうか。<御守>を持っていないと見せかけて『精霊憑き』に襲わせ、『精霊』を破壊するつもりだろうか。
A級魔術師のジェフリ―のことだ。何か意味のあることなのだろうが......
彼は味方なのか、敵なのか。現状では分からない。
明日の朝を待たなければ。
また後手に回ってしまっている。これでは犯人の思いのままだ。
そもそも、この状況は『人間』にかなり不利だ。昨晩の犠牲者のトレイシーは『精霊憑き』の気配は無かった。すなわち、考えられるのは二通りだ。
一つ目は、二日目の晩に『人間』であり、昼のうちに<御守>を破壊され、『精霊憑き』がそれを知っている場合。たとえば『精霊憑き』本人が<御守>をトレイシーと交換した場合だ。
もう一つは、二日目の晩に『狂信者』であり、自分で<御守>を破壊し、そのことを『精霊憑き』が知っていた場合だ。
すでに私はオリヴァーを『狂信者』だと疑っている。
......もし、オリヴァーもトレイシーも、さらにジェフリーも『狂信者』だとしたら。
『狂信者』は何人いる? 彼らはお互いに誰が『狂信者』かを知っているのだろうか。
......あと<御守>は何枚残っているのだろう?
◆◆アンナ
暫くして、あの感覚が駆け抜けた。
禍々しい気配が瞬く間に砦を覆い、すぐさま霧散した。それは、私の背後だった。
全身が総毛立つとはこのことか。
しかし、それは一瞬のことだった。
パキリという小さな音が鳴ったのを切っ掛けに、気配は瞬く間に無くなっていった。
どっと、冷や汗が出てきた。
彼らは大丈夫だろうか? と心配しているうちに、三人とも戻ってきた。
次に<扉>が開かれたとき、今夜の『挑戦者』が決まる。そう思うと、私が襲われることは無いと分かっていても身体が強張った。
三人は、ふたたびジェフリ―を探しに行く素振りは無かった。恐ろしいのだろう。恐怖に支配されてしまった人の表情とは誰でも大体同じだ。
何分経った頃だろう。再びあの禍々しい気配が全身を覆い、二度目の<扉>が現れた。
いつの間にか、呼吸が荒くなっていた事に気が付いた。
部屋の中にいる、ローラン、レオナ、クレアも無事だったらしい。よかった......
レオナ、ローランはすぐに、ふたたびジェフリ―を探しに行った。
私は半ば放心状態のまま、アンナの<檻>の制作の手伝いに参加した。
空が白んできたころ、二人は疲れ果てて帰ってきた。やはり、見つからなかったらしい。
それから私たちは交代で、少し仮眠を取る事にした。
もともとはある程度自動操縦できる魔術だ。今は竜種に囲まれているから少しの揺らぎで崩壊してしまいかねない状況だが、何かあったら<式紙>に起こしてもらえば大丈夫だ。それに、今は多少だが<結界術>が使えるローランもいる。
仮眠の後、全員が会議室に集まった。昨晩の犠牲者は誰かを確認するためだ。
その中にはジェフリーの姿も、ジョンの姿も無かった。
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