◆◆クレア
響く剣戟の音と、二人の呻き声。その間を切り裂くようにアンナが合図の声を上げ、ローランが大きく動いた。
視界を覆うほどの巨大な炎の竜巻が巻き起こり、『レオナ』を飲み込んだ。
『精霊』は凄惨な悲鳴を上げたが、爆発的な魔力を放出し、炎をかき消した。脱皮をするようにして身体を回復していく。そこへローランが追い打ちをかけた。
爆風を伴った斬撃。
『レオナ』が体勢を整える寸前、荒れ狂う爆風が『レオナ』を襲うが、すぐに反応し防御したため直撃は防がれた。
しかし、爆風によってその身体が吹き飛んだ。
もんどりうちながら落下したのは <魔術陣> の中。
その側には、魔力を最大まで練り上げた私が立っていた。
左手に持った魔導書にありったけの魔力を込めて叫ぶ。
『私の声を聞け!』
封印術式 <狂王のための天蓋> 。
魔術書『千夜一夜蒐集録』には数多くの <精霊術> が記載されている。しかし、記載された全ての <精霊術> を理解したものにだけ解読できる、隠された上級魔術が存在する。それが <狂王のための天蓋> だ。
暴君の激情を抑えて術者に心を許させることで、力技では契約出来ないような強力な精霊との契約を可能にする補助魔術。
<狂王のための天蓋> の発動と同時に、地面に描いた<陣>が輝き出す。刻まれているのは、我が家に伝わる <封印術式>と、アンナが施したいくつもの補助魔術。それらがリンクした特製の <封印術>が、私の魂に宿る『大いなる器』に対象を招き入れようと、『レオナ』の身体を覆っていた魔力を吸収していく。
アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!
『精霊』はのたうち回り、再び叫び声を上げた。
『私は貴方の傍に寄り添うもの。貴方は私の傍に寄り添うもの』
術式にはアンナさんが『精霊』の力を抑える魔術をいくつも盛り込んでいるため効果覿面のはずだ。
『レオナ』の身体から魔力がなくなっていく。やがて、その叫び声は小さくなり、動きも小さくなっていった。
この魔術にはこれ以上祝詞は要らない。
敵を拘束するだとか、苦しめるだとか、そういう魔術じゃない。
ただ心穏やかに眠ってもらうためのものだから。
願いを込めて、この魔術に特殊封印術式 <幽陰のゆりかご> と名付けた。
「貴方がいたからここまで来れた。貴方がいるからこれからも進んでいける」
ぐったりと倒れ込んだ『レオナ』に近づき、彼女の額に私の額を付けた。
血と魂が循環し、結びつくような感覚。
「私の中で眠っていて」
『レオナ』が頷き、光に包まれた。
森の中の木漏れ日のような優しい光だった。
その身体を抱きしめて体温を確かめたが、その肉体は少しずつ消えていった。
どうしてこんなことになったんだろう、なんて言わない。
ただただ悲しいだけ。
疑い合うのも、傷つけ合うのも、もうたくさんだ。
「術者クレアが、ここに誓約する。
あなたの分も前に進むから、応援していてね。」
おやすみ。大好きだよ。
二度と会うことの出来ない親友に別れを告げると、最後に光が瞬き、私の意識は途切れて――
――気が付いた時には、霧に包まれた森の中だった。
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