◆◆ローラン
俺達は大急ぎで修理を続けた。
結局高度な制御はやめて、全魔術共通の機能である位置制御、規模制御のみを実用できるレベルにして修復は終了した。故障の原因が分からないのでフル稼働するわけにはいかず、火属性、水属性、風属性に絞って使用することにして他の属性のセルは取り外した。
万全の状態とは言い難いが、メンバーは全員、まだ優勝を諦めてはいなかった。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
「うん。こっちは任せて」
俺達の魔術の最大の利点は魔術のバリエーションだ。何でも出来る魔術である利点を活かすには情報収集と戦略が重要だ。
作業の他に有力なチームの発表を聞いて、使用魔術の特徴を探って回った。
クレアの発表が終わった後、声を掛けてみた。
「おつかれ様。忙しい?」
「大丈夫だよ」
クレアはメンバーに軽く言葉を掛け、俺たちは作業机から少し離れて話をした。
「見に来てくれたんだ、ありがと。私も発表見てたよ。魔術、動いてたみたいだけど、大丈夫だった? 本当にごめんね」
「クレアたちのチームのせいじゃないと思う。そのことを伝えに来たんだ。実は、俺の魔道具をよく調べたら、魔力紋が無かった。クレアたちの<精霊>が触れたんなら、クレアたちのチームメンバーの魔力紋が混じって残っているはずなんだ。だから、違うよ」
「そっか......」
「落ち込んでるかと思って」
「ありがとね。気を使わせちゃって。本当はローランの方が焦ってるはずなのに」
「いや、ついでだよ」
話しかけた目的は敵情視察だ。休憩も兼ねる。
「あの人工精霊、結構な量の魔力を保有してるのに安定しているし、かなり精緻だよな?」
「わかる? そう! そうなの! すごい頑張ったんだから!」
<精霊>は、魔力の塊であり、物質よりも魔力に近い身体を持った生命と言って良い。だが<精霊>は人間のように魔術を使う存在というより、魔術そのものだ。魔術的な機能を持った、自律的に行動する生命。自然発生した精霊は<自然精霊>、人間が作った精霊は<人工精霊>と呼ばれる。
また、強力な精霊は自我を持つこともあり、そのような<自然精霊>が稀に発見される。そういう高位の精霊は大精霊、あるいは時に『神』と呼ばれる。人間の扱える<魔術>とは一線を画す、強大な存在だ。
今に生きる大精霊達は、太古の昔に生きた、天に住み人間の祖先であると言われる『偉大なる大精霊達』に比べると力は劣るとされている。
そういった<精霊>と契約し、力を借りる魔術が<精霊術>だ。<精霊>によっては非常に強力だが、<精霊術>は精霊と親和性が高い魔術師しか使えない。<精霊術>は歴史的にも意味深く、今でも研究が盛んに行われている奥が深い魔術なのである。
クレアは光の精霊<令嬢>は高純度で高密度な光魔術で構成していた。コピーキャットとして把握していた以上にクレアは優秀であったのだろう。
「昨日から顕現させたままだよな」
「そう。一度帰すと、何か不具合を起こすんじゃ無いかって。
沢山の魔術機構を組み込んだ複雑な<精霊>だが、俺の見立てでは安定して動作しそうだ。チームメンバーも優秀なのだろう。それでも彼女の表情は険しかった。
「私ももっと頑張らないと」
クレアはどこか、この大会とは関係の無いところで焦っているような様子だった。
「ローランのチームの魔術、面白いね! 理論はローランが考えたの?あ、名前は?」
「名前は一応<万能魔術板>だよ。名前っぽくないんだけど」
「へー、変わってるね。何かを実現するための魔術じゃなくて、他の魔術を実現するための魔術なんだよね。感心しちゃった。一人で考えたの?」
「そうだよ。優勝するためにね」
理論以上に期間が短かったのがキツかったんだよなぁ。
実家の書庫には他の家に見せられないような歴代のヒルベルトが残した実験のレポートなどが残っており、部屋に籠って研究しまくった。会場には持ち込めないから丸暗記だ。
言葉によって魔力の構造を示し、『世界の構成要素』たる魔素に働きかけることで『世界の一部を書き換える』魔術の系統、それが<意味魔術>だ。俺の家系の魔術は魔術文字関係の魔術で、主にルーンや<真なる文字>をベースに<意味魔術>を実行することを得意としている。
<意味魔術>の特徴は、どの属性を持った魔術師でも一応使用可能だということだ。<万能魔術盤>のように魔術の属性をあらかじめ準備しておけば、誰もがあらゆる魔術を行使できるはずだ。従来の魔術師のスタイルではない新しい魔術で、だからこそ魔術らしくない名前を付けた。
でも、ようやく出来た<万能魔術盤>は本来の万能性を発揮できない。
今の<万能魔術盤>は、<一般魔術>が使えるだけの無駄にデカい箱だ。
そんなもので、父を見返す事が出来るのだろうか。
トーナメントで結果を出さないと......早く作業に戻ろう。
お互い頑張ろう、と言い合って、クレアの下を後にした。
◆◆ローラン
めぼしい参加者の情報が集まった。
まず、クレアの魔術は<令嬢>。形態は精霊で、光の属性を持つ。
それ単体でかなりの魔力量を保有しているが、<精霊>の特性として体外の光属性の魔素を活用することができる。
機能は、<目くらまし>、<光の弾丸>、<光の剣>などの<光魔術>の一般的な戦闘用魔術の行使と、そして何より術者と一体になることで光のドレスを纏い、攻撃を受け付けない強力な<鎧>になること。
令嬢という名前から、おそらく『汚すことのできない淑女』としての魔術的価値が付与され基本能力が全体的に強化されているだろう。無尽蔵かつ攻防一体の魔術だ。
つぎに、藍色の髪の御曹司ニコラ。
彼の魔術は氷の花を咲かせる<枯れ木の華>。魔道具は右手の手袋と腰に着けた媒介の灰だ。
<風魔術>の補助を受けて遠くまで跳ぶ灰が掛かった範囲ならば、右手をかざすことで空間中の任意の位置に<氷の花>を咲かせる事が出来る。指定した一点から爆発的に氷のオブジェが生え、一抱えくらいの<花>が鋭い花びらとともに咲く。
優れた魔術理論を使用しており、一般的な防御魔術は粉砕出来そうだった。体表を起点に開花されでもすれば、体はずたずたになってしまうだろう。
そして、アンドウ。
彼は泥魔術を使うと『泥人形ルイス』であることがばれてしまうため、今回は土魔術一本で勝負するようだ。
魔道具の形態は杖の<指揮棒>。アンドウの保有する魔力から、土の生成、形成を補助し、体を覆う壁、大量の大砲と弾を生成する小さな要塞を形成する。
補助付きで形成される”形”はあらかじめ決めるかわりに強度や威力を強化できるようにしている。加えて、所要魔力に対する出力量、つまり魔力効率が非常に良く、その点にこだわっているようだ。
最後に、ジェームズ。
彼の魔術は指定した空間に風穴を開ける<空の穴>。属性は風で、魔道具の形態は手袋とライフル型の銃だ。媒介を必要とせず、空間中で指定した位置に高密度の渦が発生し、<貫通>の意味魔術で強化された渦が指定した空間に風穴を開ける。
威力も十分で、<枯れ木の華>には劣るだろうが、並大抵の<盾>では防げないと思われる。
対象へ銃口を向ける必要がある点が制約として挙げられる。だが、魔術使用の即効性は非常に高く、実践向けの魔術であった。
他のチームは一般的に使用されている<火蜥蜴の杖>の強化版のようなものが多く、特筆すべき点は無かった。おそらく勝ち進むのは上に挙げたチームだ。
それぞれ、対戦するとしたらどう攻略するか。
それと同時に、<結界>に守られたこの武道館の内部で、どうやって魔道具を破壊するのか。これらの魔術では、密室を突破する方法は思いつかなかった。
2021/08/15、加筆修正しました。
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