竜と魔法使いと名探偵

~勇者になりたかった占い師と人を生き返らせたい死霊術師な名探偵の魔術事件簿~
安藤啓太
安藤啓太

3. 大切な戦い

公開日時: 2021年8月30日(月) 06:00
文字数:3,229

 やはり、夢を見た。同じようで、違う悪夢。


 アンドウが食われ。クレアが食われ。レオナが食われ。俺はそれを見ていた。


 ただ、じっと見ていただけ。


 何も出来ないまま、何もしないまま。


 まるでそれが≪占い師≫の役割だと言わんばかりに。


「はぁー」


 深く息はき、ベッドから立ち上がった。震える手をガラス瓶に伸ばし、水を飲み、深呼吸。しばらくそうやっていたら、落ち着いてきた。

 大丈夫。もう大丈夫だ。


「よしっ」


 俺は立ち上がり、着替えを始めた。

 今日は気合いを入れねばならぬ。クレアとのデートがあるのだ。


◆◆ローラン


 王都からフルトゥームに帰ってきて数日。次の任務までの間に、なんとか演劇にクレアを誘うことに成功した。初めは四人で見る予定だったが、今日はレオナはいない。アンドウが引き付けてくれているからだ。


 たしかにありがたい。でもアンドウのサムズアップはうざかった。

 

 商業区画の一角、小洒落た|隼《ファルコン》のモニュメントの前で待ち合わせの約束だ。

 隼はフルトゥームの現首の家のモチーフだ。竜種は空の支配者だが、翼のある生物は空の戦士として竜種に挑む権利を有する、ということで歴史ある貴族家のモチーフに選ばれることが多い。大空教会の差し金でもある。

 

 なぜこんなどうでもいいことを考えているのかといえば、俺は二十分前に到着しまったからだ。


 服装は探索者にありがちな、しかしちょっとフォーマル目なジャケットに、ハスタ―ゴートという魔獣の毛皮を使ったお高めのアウターを羽織っている。

 このアウター、見た目重視で選んだんだが、寒い。着てくる服を間違えた。

 寒さで体を縮ませているところを見られたらカッコ悪すぎる......。そう思い、胸を張って像を眺めていた。大分長いこと眺めているが、向かいの店番のチビっ子に相当な像マニアだと思われてないだろうな。というか、風で髪がボサボサになってないか? 大丈夫か? 教えてくれ! チビッ子!

 

「ローラン、待った?」


 振り向いてみれば、天使がそこにいた。いつもの実用性重視の戦装束ではなく、ふかふかした暖かそうな黒のコート。薄っすらと施した化粧か、それとも寒さからか、それとも他の何かか、ほんのりと頬の赤いクレアが微笑んでいた。


「全然。......髪、下ろしたんだ」

「うん。変、かな?」

「いや、全然、全く」

 それどころか、超可愛かった。

「そっか。良かった」

 おっふ。

「じゃあ行こっか」

「おう、そうだな」


 目的地は劇場だ。今日は『槍の勇者と巨大竜』の伝説をテーマにした劇を見に行く、ということになっていた。お互いが好きな物語であることは以前聞いていたので、同志と見たい、という名目で誘ったのだ。


 この国は騎士と魔術の国だ。武術や魔術は戦闘の道具でもあり、エンターテイメントでもある。商業施設には、お祭りが行われる広間や闘技場、劇場などが比較的近く設置されている。そこではほぼ毎日何かしらの催し物が行われ、その客目当てにいつも沢山の露店が並んでいる。

 劇場は扇形で、観客席は二階席もある大きい会場だ。中に入ってみると暖かく、俺はほっと息を息を吐いた。席に着き、上着を脱ぐと、クレアは落ち着いた雰囲気のドレスで、周りをきょろきょろしていた。


「あれっ。正式過ぎた?」


 ドレスなど着ている観客は他にいなかった。貴族の観劇はたいてい正装なのだが、そういう劇は一介の探索者がチケットを買うには高価すぎる。今回は大衆向け。俺たちは少し浮いていたかもしれない。


「まぁ良いんじゃないか。気にしないでも」

「うん」


 上等な劇を見慣れているのであれば、クレアは楽しめないかもしれない。大丈夫だろうか...... 

  胸中の不安を悟られないように表情に気を付けつつ、フォローを試みる。


「劇場ってドレスで行くものだと思ってたから……恥ずかしいなぁ」

「こういうのは雰囲気が大事だよ。見るぞ! っていう」

「ふふ。見るぞ、か。たしかに」

「それに、その、似合ってるし」

「......ありがと」

 おっふ。


 程なくして、劇が始まった。


◆◆


 劇『槍の勇者と風の剣士』は三部構成だ。


 第一幕。田舎町で育った少年アフルレッドには夢があった。騎士団に入り、探索隊として外の世界を見て回ること。少年は胸躍る冒険の日々を夢見ていた。村長の息子でガキ大将、フローキもまた同じ夢を持っていた。


 子役達の華麗なダンス、空中宙返りなどアクロバットな動きが、そして魔術と大道具で演出される荒れ狂う竜が、魔術光によってキラキラと希望に満ちた外界を演出した。

 

 アルフレッドとフローキは村で最も強い二人で、ことあるごとに喧嘩をした。戦ごっこでは必ずそれぞれが大将となり、知恵を競った。二人はいがみ合いながらも、ともに剣術を学び、たくましく成長した。


 あるとき旅の≪占い師≫が村を訪れ、神託を授けた。アルフレッドこそが次世代の≪勇者≫であると。


 森の精は謳い、風の精は踊り、光の精が彼を讃えた。≪占い師≫の祝詞を引き金にして、世界が次の『勇者』を選んだのだ。すると、空から光の大精霊が舞い降りた。


 大精霊は、試練を課し、それを突破すれば力を与えると言った。


 三日三晩の試練の後、アルフレッドは光の大精霊と契約し『光の神槍』を授かった。


 誰もフローキのことなど見ていなかった。


 アルフレッドは成人を機に王都に旅出ることとなった。


「我が友、フローキよ。共に行こう」

「私は選ばれなかった!」

「知ったことか!」

「何を言うのか!」

「私は今でこそ強くなった。それはお前がいたからだ。お前が日に千回剣を振れば、お前に負けるまいと、私は二千回剣を振ったのだ」

「だからこそ、お前が二千回剣を降れば、私は四千回剣を振った! だが、選ばれたのはお前だ」

「知ったことかと言ったはずだ。私にはお前が必要なのだ。共に行こう、友よ」


 アルフレッドが手を差し出した。


 その手をフローキは、しっかりと握り返した。


◆◆


 第二幕、経験を積み、騎士団に入団した二人は、厳しい戦いの日々を過ごしていた。


 竜種の大群に挑み返り血で真っ赤に染まった戦場で、大岩のような強固な竜種に何とか傷を着けるために大量の犠牲を払った戦場で、二人は共に生き残った。


 幾度となく折れそうになる心を、二人は共に奮い立たせた。


 あるとき、フローキは言った。


「アルフレッド。私は騎士団を抜けようと思う」

「どういうことだ、フローキ。お前の闘志の火は、度重なる戦闘で消えてしまったというのか?」

「そうではない。そうではないのだ、アルフレッド」

「では何だというのだ」

「私が真に打ち勝ちたいのは、お前だ、アルフレッド。お前と戦いたいのだ」


 ともに訓練し、戦っていては、お前とともに進むことはできても、お前を倒すことは出来ない、と彼は言った。


 止める言葉が無かった。その意志は固いと悟ったからだ。


 そしてなにより、アルフレッド自身も彼と戦いたかったのだ。


「友よ。我が生涯の好敵手よ。手合わせをしてくれないか」


 彼らは、十年ぶりに一騎打ちを行った。


 風の精霊に愛されたフローキの剣術と、光の大精霊に選ばれたアルフレッドの『光の神槍』は一切の手加減がなかった。


 対竜ではなく、対人の本気の技比べ。雷のような光速の槍は一瞬の隙があれば何もかも貫く必勝の槍。しかしフローキは巧みな間合いや呼吸、フェイント、そして縦横無尽の動きで一瞬の隙すら作らない。


 実力は拮抗していた。


 戦いは長く続き、日が落ち、次に日が昇るその瞬間まで続いたという。日が出る瞬間に合わせて、アルフレッドが目くらましを仕掛けたのだ。一方からの目くらましには対応していたフローキは不意を突かれ、ついには膝を落とした。


「私の負けだ」

「良い戦いだった」

「ああ。良い戦いだった」


 夜が明け、フローキは旅立った。


「私は風だ。風そのものなのだ。アルフレッド、初めから軍規で縛られるのは性分に合わなかったのだ」

「そうであろうな。知っている」

「今は私の負けだ。だが、またいつか戦おう。そしてもう一度、勝ち負けを競おうではないか」

「ああ。勝負だ、またいつの日か」

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