竜と魔法使いと名探偵

~勇者になりたかった占い師と人を生き返らせたい死霊術師な名探偵の魔術事件簿~
安藤啓太
安藤啓太

49. ないものねだり

公開日時: 2022年9月26日(月) 06:00
文字数:3,167

 ダニーの声で我に返った。


 ふらつく身体で臨天館から飛び降り、魔術で霧を切り裂きながら走った。

 

 霧に阻まれて見えなくなってゆくヌービス砦。遠くで響く断末魔。


 俺たち三人はただひたすら走った。




 クレアも、レオナも、アンドウも、みんな死んでしまった。

 

 分かっていたはずなのに。

 止められなかった。助けられなかった。

 何が『勇者になりたい』だ。口先だけじゃないか。


 自分が勇者の器ではない事は分かっていた。


 それでも諦められなくて、勇者じゃなくても、参謀でもいいって。でももしかしたら勇者になれるかもって、夢に向かってひたすら進んできた。

 探索者になって、経験を積んで、魔術を集めて、選択肢を増やして。

 危険な任務もやった。死にかけたこともあった。

 正解じゃなくても、少しでもマシな方を選んできた、はずだった。

 

 それなのに、誰も救えなかった。


 どうして自分はこんなにも弱いのだろう。


 どうして自分はこんなにも無能なのだろう。


 自分が嫌になる。


 もしもこのまま闇に溶けて、いなくなってしまえたら。


 ……そうしたら、仲間たちは悲しむだろうか。




 戦闘音も次第に小さくなり、やがて聞こえなくなった。

 

 暗い暗い森の中を走った。



 

 ざぁざぁという木の葉の音、踏みしめる草の音、荒い息遣い。


 体の中が、また少し変化して、『精霊』の残滓が流れ込んできた。

 『精霊憑き』が入れ替わった。

  

 クレアが死んだ。


 瞼の裏には、『臨天館』から落下するクレアの姿が残っていた。


 あの時、彼女の手を掴んで繋ぎ止めることが出来なかった。空を駆ける魔術を使えば、クレアに届いたのに。

 

 使えなかった。

 

 使わなかったんだ。


 クレアを止めたら全員が竜種の群に殺されてしまうと分かっていたから、俺はクレアを見捨てたんだ。


 それなのに。


 体に流れ込んできた『精霊の残滓』の魔力は膨大で、暖かかった。


 最後に触れていたのが俺だったから、『精霊憑き』を殺したのは俺ということになる。次の『精霊憑き』は俺に決まった。

 けれど、あの邪悪な意思は魔力のどこからも感じられなかった。


 クレアは、俺が止めないと分かっていて飛び降りたんだろう。


 『託したよ』と言い残して。


 邪悪な意思はクレアの中に封印されたままで、柔らかな魔力が力をくれた。


 受け取っていいのだろうか。


 俺なんかに背負えるだろうか。俺にできるだろうか。 


 お願いだ。託したなんて言わないでくれ。


 俺だって、もっと一緒に冒険したかった。


 守りたかった。

 

 それなのに、何も出来ないままで、頭と心はいつも反対の方を向く。



 悔しくて悔しくて涙が止まらなかった。

 


「あと少しで森を抜けるぜ」

 ダニーが言った。言われてみれば、森の木が少なくなっているような気がした。ゼェゼェと息を荒げたアンナの表情がほんの少し明るくなった、その時だった。

 アンナの「あっ」という声がした。

 気が緩んでいたのか、大木の陰に竜種がいたことに気が付かなかった。そこには、成体のコンレクトゥス・ドラゴン二体の姿があった。何かを捕食していたらしく、傍に残骸が見えた。

 一体が大あごを開けて飛び掛かり、ダニーがアンナを庇った。

「逃げろっ!!!!!」

「ダニーさん!!!!」

 

 ダニーは体をひねって致命傷を逃れたが、右腕を噛みつかれてしまった。逃げられもせず、千切れもしない状態で、ダニーは竜種に振り回された。


 俺は短刀に魔力を流しながら、アンナの無事を確認するために近寄った。その時、アンナの背後に忍び寄るもう一体の竜種と目が合った。


「アンナ逃げろっ!!!」


 ゆっくりと大きな口が開いた。


 同時に竜種の魔力が俺たちを包む。


 強靭な鱗を持つ竜種には、傷をつけることすら難しい。そんな竜種が目の前に三体も。


 既に竜種の間合いの中。奇襲は不可能。

 一体と戦うのに手間取れば他の竜種に殺される。


 正面から一撃で仕留めるだけの威力が必要だった。


 そんな力は俺には無い。その思考を振り払う。

 やらなきゃアンナが死んでしまう。


 何の <魔術> ならあの竜種を止められる?

 

 探しても見つからない。

 そんな <魔術> は知らない。 

 

 思考が止まる。

 途端に、練った魔力が空に溶けて消えてゆく。

 

 いつもの俺が囁いた。 


『自分だけなら逃げ切れる。せめて一人を生き残らせよう』

 

 竜種が俺を笑っていた。



 世界は残酷で、

 いつか描いた未来どころか、

 今日を生きる事すらままならない。



 また一つ、命が失われようとしていた。


 目の前で奪われながら、俺は何も出来ないまま。


 いつも見ているだけだった。それなのに。


『ローランなら出来るよ』


 あの声が聞こえるんだ。


 竜種に向かって走り出した。


 一度は手を伸ばすことすら諦めた。

 

 だけど、また手を伸ばさずにはいられない。


 何度でも。


 戦わなければならない。


 自分と。竜種と。


 魔力が疼いて、暗く沈んだ胸の奥で何かが瞬いた。


 闇の奥底で一筋の輝きが燃えていた。




 残酷な世界が、夢を見る事すら許さないなら、


 戦わなければならない。

 

 書き換えなければならない。

 

 自分も、世界も、何もかも。




 刹那、<文字>の白い魔力が胸の奥から膨れ上がった。

 『精霊』の魔力が<世界の小記録簿>と混ざり合い、奥底に沈んでいた知識と繋がったのが分かった。すべては繋がり、回り始めた。


 口から詠唱が零れ出る。


『唱えるは、普遍にして不変の理』


 周囲に幾何学模様が浮かび上がる。

 

 それは炎の魔術師の願いだ。そこにアレンジを加える。取り出すのは<炎>ではなく、世界を書き換えるための <文字> たち。さらに真理を映す水鏡の要素を重ね合わせる。


 水滴が舞い上がり、無数の <文字> となって流転する。


ことかちことわりを知り、ことしてまことと成す』


 手には媒介たる短刀。


 <文字>の雫は踊り、連なり、一つに収束し、

 魔力の雫は集まり水となり、右手の短刀を覆い隠す。



銘打つ水鏡オーバーライト。その名は 不滅の剣デュランダル



 魔力に覆われた刀身はさらに長く伸び、水は次第に金属光沢を帯びて、やがて槍とも見紛うほど柄の長い剣が姿を現した。

 それは伝説の英雄が用いたと言われる『決して折れる事の無い魔剣』だった。


 命を削るような莫大な魔力消費に視界が霞んだが、構わず渾身の力で振りかぶり、魔力が暴走するのに任せて強引に振り下ろした。

 

 刹那、轟音とともに爆風を巻き起こし、水竜を真っ二つにした。それでもなお衰える事の無い莫大なエ魔力の余波は空を駆け抜け、背後の霧をも切り裂いた。

 

 魔力を消費し、全身の力が抜けていくのが分かった。

 

 あと二体残っている。

 倒れそうになる身体を動かして、ダニーを襲う竜種へ向かった。

 

 ダニーは腕を食いちぎろうとする竜種に必死に抵抗していた。竜種はダニーに夢中で、近づく俺には見向きもしない。

 残った僅かな魔力を振り絞り、<魔剣> を振るった。

 

 抵抗感はほとんどなく、竜種は真っ二つになった。


 あと一体。

 その竜種は <波動> を爆発させた。周囲の木々をなぎ倒して<波動> が押し寄せたが、魔剣の一振りで全て掻き消えた。

 とどめを指すために足を上げようとしたが、震えて一歩を出すことができなかった。


 竜種はその隙に口に魔力を集めていた。初見の大技だ。竜種は俺を仕留めようとしているらしい。

 だが、俺は知っていた。

 その魔術じゃ遅すぎる。

 全身に残る最後の力を振り絞り、魔剣を投擲した。

 

 『不滅の剣デュランダル』は閃光となり、竜種を貫いた。



 直後、俺は倒れ込んだ。



 仰向けに転がると、空には満天の星が輝いていた。


 もう力が残っていない。

 薄れゆく意識の中、アンナが駆け寄ってくるのが見えたけど、耳にはクレアの最後の声が聞こえていた。

 わかってる。全部受け取ったよ。

 ありがとう、クレア。

 二人を守る力をくれてありがとう。

 勇者と言ってくれてありがとう。


 満天の星の下、目を瞑った。


 暗い夜を照らす光は小さくとも消えることは無かった。


 ……なぁ、みんな。

 約束するよ。


 もうこんな悲劇は起こらない。

 これから起こる全ての悲劇は、俺が書き換えてみせる。


 本物の『勇者』にはなれなくても、また『勇者』と呼んでもらえるように。

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