疾走する玉座

十三不塔
十三不塔

世界観・設定

公開日時: 2021年1月31日(日) 15:15
文字数:5,825

【単位】


長さ


1ロー==2センチ

1スロー=100ロー

1エスロー=100スロー

1ヒスロー=100エスロー


重さ


1ゾル=420グラム

1エゾル=100ゾル

1ネゾル=100エゾル



※作中の平滑道路は空港の遺跡であり、その滑走路の長大さから空港の名そのものが「とても長い」をあらわす単位となった。詳述するのは野暮だが、このあたりが本作を異世界ファンタジーとするのが詐称ではないかと悩んだ理由である。



【言語】


■バート語


 この物語のキャラクター、ウェスたちが話しているのはシェストラの公用語であるバート語である。その起源はさほど古くはなく、庶子王リアムの時代にようやく成立したものに過ぎない。リアムの育った船場町トライクの放埓で不品行な方言がもとになっているとされている。悪罵や性表現に長ける。


■オピノ・ランガ


 ハゼムが使用していた情報伝達手段。厳密には言語――いわゆるオーラル・コミュニケーションではない。言語野を劣位に置いた伝達方法。オピノ・ランガはテレパシーやジェスチャーを使用し、言語野より体性感覚野に訴えかける。夢の中でサルキアがハゼムたちのやり取りを把握できたのは、これが耳で聞けるものでないことを証明している。竜紋で繋がった者同士には、オピノ・ランガに近い伝達が行われることがある。



■クラック・ワーズ


 バート語をもとに奴隷たちが発達させたスラングだったが、独自の文法改変を経て、いまや新しい言語となった。支配階級への情報漏洩を恐れた奴隷たちが、バート語をパッチワーク化・暗号化し、『奴隷たちの理解できないたわ言』にしか聞こえないようにしたものである。普段ガラッドとジヴはこれで話している。農奴たちの歌もクラック・ワーズで歌われる。



■マイトル語


 湖水地帯で古代より話された言語であったが、すでに使う者はいない。いくつかの語彙がバート語のマイトル方言として残っているだけである。ただし、非常に美しい表意文字体系を持っていたため、その文字は湖水地方のあらゆる芸術・文化に意匠として使われている。



■古代ローデファイ語


 ロドニーで使われていた言語。26のアルファベットの組み合わせで表記される。



■ローデファイ語


 古代ローデファイ語が近隣諸国の言語と混淆し、変質したもの。ナドアの聖句は古代ローデファイ語で書かれているものの、読みはこちらに近い。



【通貨】


■ダクト


 シェストラ王国が発行する通貨。コインのみで紙幣はない。


1ダクト

50ダクト

100ダクト

1000ダクト

2500ダクト

10000ダクト


 の各コインが使用される。


 ちなみに大喰いの後継機をガラッドは680000ダクトで販売した。


 娼館〈宵の蜃気楼〉で一晩遊ぶには8000ダクト~23000ダクトほどかかる。



■ギリング


 自治領ドミニオンで発行された通貨。


 コインと紙幣が存在する。


 三枚のコインと四枚の紙幣で構成される。


コイン

1ギリング

2ギリング

5ギリング


紙幣

10ギリング

100ギリング

1000ギリング

5000ギリング



■シガーレン


 結社〈寄合〉で流通する貨幣。

 特殊な方法で焼いた陶板で鉄より硬い。短冊状の片端に穴があり、紐や針金で束ねて携行できるようになっている。


 〈寄合〉は、彼らの住む地域の通貨とシガーレンを併用している

 1枚で1シガーレン。



【宗教】


■サナンタ教


 シェストラの国教。砂漠地帯ではややマイナーだが、ウェスタン鉄道の開設により教線は拡大し、多くの信者を獲得している。〈カイゲー〉という聖典において、絶対なる神を賛美する。数々の分派があり、他宗教を弾圧する危険なセクトもある。



■ナイターキズム


 ナイターク人に伝わる民族宗教。多神教。その神話は長大で濃密。36万柱の神々を崇めるとされている。ナイターク系であるウェスとスタンの故郷には、黒い地母神ゴーヌの信仰が根付いている。祭儀によって生前にも死後にも幸福が得られるとナイタークの信者は考えている。また信仰から派生した占星術も盛んである。輪廻転生を信じている。



■〈不可分の一者〉を知る者たち


 偶像を持たぬシンプルな教え。礼拝の他は儀礼もない。わずかな聖句の他は聖典もない。素朴がゆえに部外者には理解しにくいが、砂漠の民の精神性を規定する重要なものである。古代文明ロドニーの革新的精神主義を記した〈サイラス助祭と生命の書〉という名著が切り詰められて13の聖句となった。回文によって構成された聖句はかつて〈シンメトリー〉とも呼ばれていた。宇宙と自己の根源に一体性を見る。


■バウンス


〈寄合〉に伝わる教え。宗教というより行動規範とそれにもとずく処世術といった趣きが強い。秋分の日に聖人の行状記である〈6つの結ぼれ〉を転読する習慣がある。


遊行者ファキールたち


 インドのサドゥや日本の修験者のような彷徨する修行者。家や財産を持たず、所有を否定する。宗教的バックボーンは様々だが、この流動人口が各地の文化を運んだという歴史的事実がある。庶子王リアムの時代が彼らの最盛期であった。



【生き物】


■ドーズィー


 森林地帯に棲息する巨大な亀。轟音のいびきで他の生物を威嚇する。肝は薬用として珍重される。リンパ液は不凍液としてウェスが利用した。


■道化猿


 ドーズィーと同じく森林地帯に棲息する。顔の色がおどけたピエロのようなので道化猿と呼ばれる。『道化猿と黒鉄の鍵』はラトナーカルの絵本が登場する前までは国民的大ベストセラーだった。


■コギト犬


 極めて狼に近い狩猟犬。ネフスキー家の者だけが飼い慣らすことができる。彼らには秘伝の飼育法がある。ネフスキー家特有のフェロモンがあるなど多くの可能性が信じられているが、実際は子犬の頃から食性を近づけ、飼い主も生肉を喰らう生活を一定期間続けることで信頼を勝ち取ることができる。ネフスキー家以外の人間には懐かないが、その命によっては定められた労働に従事させることもできる。犬橇は他の犬種の犬も曳くが、コギト犬に敵う犬はいない。大きな体躯で矢のように疾駆する様は、狩猟の神ラウードの矢に喩えられることもある。


■竜


 伝説の生き物。厳密には生き物ではないと言う者もある。空と火の支配者。フランケル山脈に住む竜はラトナーカルと名乗ったが、同じ名前は二千年前の文献にも見られる。ラトナーカルは雌の竜でかつてヴァールミキという雄竜とつがいであった。竜の生態は謎に包まれ、はっきりしたことはわからない。


■ハイドラ


 ロドニーが遺伝子操作により造り出した人工生命体。非典型生物のひとつ。九つの頭を持つ蛇とされているが、どちらかといえばイソギンチャクのような刺胞動物に近い。ただし爬虫類に類した心臓を持つ。〈神の赤い信条〉から無際限の再生能力を供給されている。玉座の変成光を浴び結晶化した。のちにシェストラ海軍のエンブレムとして蘇る。


■クラーケン


 船を沈める海の怪物。これも非典型生物であると予想される。伝説にはタコやイカのような頭足類として描かれている。オピノ・ランガ(言語のパートを参照)によって使役することができるが、さしものウェスもそれに気付くまでに時間がかかった。むしろそれを喝破したのはウェスというよりスタンであった。



【ウェス・ターナーの十大発明】


1 ウェスタン鉄道

2 ターナー数(おもに相場の予想に使われる)

3 階差機関ディファレンス・エンジン(トライロキヤ・ヴルーマンとの共同開発)

4 ウェスリート(おがくずを混ぜた溶けない氷。建築用材となる)

5 妊娠検査薬

6 殺虫剤(蛍光塗料開発の副産物・改良することで農薬に)

7 光熱式タービン

8 投声器(一方的に声を送れる。電話の原型)

9 テレフォース(荷電子粒子砲・あまりの威力にウェス本人が孤島に封印)

10 ターナー式蒸留法


選者によってこのリストの内容には異動がある。


9のテレフォースは噂が独り歩きしたものだとしばしば否定され、代わりに魚群探知機が選出される場合もある。またターナー数は祖父ヴィンス・ターナーの発見とする説もある。



【ハゼムの五剣】


 鍛冶王ハゼムが手ずから鍛えたという五振の剣のこと。

 子供の数え歌に登場する。シェストラの国民なら誰でも名前だけは知っている。


 ただし、ほとんどがその実在を確認されていない。



いやがらせヴェクサシオン


 ハゼムの愛剣。隕鉄を鍛えて拵えたとされる。ハゼムの死後、彼の娘のひとりが父恋しさに棺を開けた。しかし、そこに骸はなく、一緒に納棺されたこの剣だけが残されていた、という伝説がある。王都に収蔵されている〈いやがらせ〉はイミテーションであるとの見方が強い。



はた迷惑な微罪モレ・ステルペカ


 作中においてスタンが手に入れた剣。対象を斬った瞬間に攻撃範囲外に転移する〈人見知りの逃避行〉という機能がある。切れ味は抜群だが、ただひとつ死病に罹った者には刃が通らない。



不愉快な概要テサ・グ・ラジェル


 夜にしか刀身を見ることができない。新月の深更にその刃をのぞき込めば、己の死に様がそこに映るという伝説がある。それを不吉なものとした最後の所有者が井戸に投げ込んで以来、行方知れずに。恐れを知らぬ庶子王リアムは刃に映った自らの死を直視してなお哄笑したとされる。



干からびた胎児セカンブリオン


 その名に似合わず非常に美しい名剣。また持主は非常な幸運に恵まれると言われており、誰もがこれを求めたが、ある時、旅の大道芸人がこの剣を飲み込むとそのまま姿をくらましてしまったという。その芸人こそが〈寄合〉の始祖となったのだという伝承がある。



神の赤い信条クレ・デジョーリョス


 罪を滅ぼす剣とされ、これに斬られて絶命すれば天国へ行けると伝えられる。罪人たちはこの剣に殺されることを願った。シェストラの死刑執行人の長が代々この剣を帯びたのはそれ故である。自在に熱を発する刃はどんなものでも溶かし切ることができる。一二〇〇年前の大監獄の暴動により、行方不明となった。後に非典型生物ハイドラの心臓部より発見される。レイゼルの手に渡って以来、長きにおいて北部の気骨と誇りの象徴となる。


■〈青白い貴婦人〉


 ベイリー暗殺を企てたゼロッドが使った毒。

 クラリックがかつてサルキアに使ったのと同じ毒であり、疑いの眼がクラリックに向くことを狙った。ベルボアというカエルから採取される神経毒だが、竜紋の力によって増強されたベイリーを殺すには至らなかった。分量の調整によっては仮死状態を作り出すことができる。


■ミレット合金


 鉄、フォーヴ、ガロニアという三種の金属を合成し、急冷することで得られるアモルファス金属。高い耐腐食性と硬度を持っている。


■長陽石


 太陽光を吸収し、蓄積することができる。王弟ルパートはこの物質の生成法を握っており、王都に精錬所を建てた。その生成法は〈寄合〉の秘術として隠されていたものだという説もある。長陽石の組成はウェスが解明するまで不明だった。


■玉座/変成の器


 ロドニーの文明でさえ、解析不能な謎の物体。

 巨大な一枚岩として千年海岸に出現した。使用者を惑星を取り巻く巨大な意識体の一部へと進化させる。ハゼムによって破壊されたが、その欠片がシェストラ王国の玉座として加工された。変成の器とも呼ばれる。大部分を失った変成の器はかつての機能を失ったが、竜紋を持つ者だけには限定さえた機能を果たす。精神の永遠、名の永遠、肉体の永遠を付与することが、それである。精神の永遠こそが、かつてロドニーの民に施された効果。他の機能の発現は謎に包まれている。




■雑感


 単位や度量衡については、この現実世界のものをそのまま流用したものもあれば、物語世界独自のものもある。前述したように長さの単位は、物語の謎にかかわってくるのでゆるがせにできなかった。火器に〇〇ゾル砲などとある場合は、単位は口径ではなく、使用される火薬の重さである。


 時間については秒、分、時間をそのまま使った。この世界の単位が翻訳されていると考えて頂きたい。「八時間」というタイトルのエピソードもある。中には四半刻としオリジナルの単位で読ませる場合もあるが、よほどのことがない限り、我々の世界の時間単位を使った。


 宗教色はあまりない。魔法が全面で押し出されるファンタジーだと、魔力の根源として神々や精霊が出てくるだろう。この物語でも、サイキックなパワーである呪力・摂化力を登場させたが、やがて忘れ去られるべき力として描いた。


 唯一出てきたのはナドアの教え〈不可分の一者〉についてだが、これは発想をアドヴァイタやヴェーダーンタ思想から借りた。禅仏教やチベットのゾクチェンの思想なども手がかりとなった。


 通貨もまた登場の機会がなかった。商人ガラッドを登場させながら、売り買いの場面を描けなかったのは痛恨の極み。作者はえらく反省している。


 ウェスの十大発明について、これはウェスの三大・七大など多くの重要発明リストが存在する。しかしながら、ウェス・ターナーはもっともっと多くを発明した。役に立たない無数のガラクタも生み出したのも確かだ。時代がウェスの発想に追いつけなかったせいで理解されなかった発明も多い。またロドニーの轍を踏まぬために――つまり別の発展ルートを選んだがために、あえて据え置きにされたものさえある。


 ハゼムの五剣の名称はすべてエリック・サティのユニークな曲名から頂いた。ヴェクサシオン以外の読みは作者が考えた。スペイン語っぽい響きを意識したが、いかがであろうか。


 こういった世界観もろもろの設定は、ファンタジー作品の醍醐味だろう。妄想してて一番楽しいパートだと思う人も多いのではないだろうか。作者もそのクチだ。


 まだまだ周辺諸国、地勢、風土、気候などいろいろあるが、このあたりで筆を置こうと思う。もしスピンオフというか同じ世界観で物語を作るならシェストラ中興の祖・庶子王リアムの物語を選びたい。


 リアム王の時代はいわゆる剣と魔法のダーク・ファンタジーである。竜は伝説の霞の中からしょっちゅう顔をのぞかせる。迷信は蔓延っていたいし、神々は得体の知れぬ隣人のようだった。そんな時代。


 彼は実在したウィリアム一世、またの名をギョーム二世をヒントにした。ノルマン・コンクエスト、つまりフランス人でありながらイングランドを征服してのけた妾腹の王である。庶子王として名高い、ごっついやつだ。


 ちなみにシェストラ最初の王様ハゼムは、後漢の祖、光武帝・劉秀がモデルになっている。


 あるいは、旅に加わったヴェローナとサルキアが意気投合したエピソードが欠けているのでそこを描いてもいいかもしれない。一筋縄でいかなそうな二人なので、どうやって仲良くなったのか作者も首を傾げていたのである。

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