疾走する玉座

十三不塔
十三不塔

乗り物

公開日時: 2021年1月31日(日) 15:14
文字数:2,520


【光走船】


 双胴船の形をした乗り物。

 アルガーキューブという謎の物質を中枢に持つ。現代でいうホバークラフトのようにわずかに宙に浮いており、水陸どちらも走行することができるが、光をエネルギー源とするため夜または曇天には弱い。漕ぐことで動力を得られるが、主にスタンの担当。ウェスの祖父ヴィンスの発案だが、ウェスの手が加えることにより、性能はてきめんに上昇した。ファンタジーならではトンデモガジェットである。速度は競走馬よりわずかに早い。



【蒸気式装甲車9型】


 シェストラ軍が開発した蒸気機関による装甲車。機銃二門と旋回式火砲を一つ備えている。ミレット合金の履帯によって、かなりの悪路であっても走破することができる。装甲も厚くヴェローナの呪弾も通さぬ防御力がある一方、重量も相当で、燃費は悪い。二両連結の連結部の脆さと砲台によるバランスの悪さをウェスに見抜かれた。後部車両にはクルーたちの仮眠スペースと伝書鳩の小屋がある。大戦時の蒸気式戦車を参考にした。悪魔の中指の異名を持つ。


【天狼号】


 ネフスキー家に伝わる犬橇。

 八頭立てのコギト犬で引く。ネルサ材の各所にレリーフが施されている。家宝ともいうべき貴重な一台だったが、ロドニーであえなく破壊される。レイゼルは、犬たちの死ほどには痛痒を感じなかったが、分家筋にあたる好漢バローキはその損失を嘆き、男泣きに泣いたという。


【大喰い】


 ガラッド商会の主要商品。

 草刈り機をもとにした機動力抜群の小型ヴィークル。現代の軽自動車ほどの大きさでお値段も手ごろ。頑丈な造りで壊れにくく、整備も簡単だが、植物の生えていない不毛地帯では走れないという弱点がある。砂漠ではラクダに劣る。18.5馬力。



【蒸気式装甲車6型】


 装甲車とは名ばかりの「頑丈な走る箱」といった代物だが、一般市場にも売り出された上に安価なため普及率は高い。珍しもの好きの貴族なら大抵一台は持っている。

4輪駆動で水にも強い。ドイツの軍用車シェビム・ワーゲンをイメージした。整地での最高速は時速40ヒスローに達する。



【飛行船ウィースガム号】


 ものものしく登場したわりにはあっけなく墜落した飛行船。ジェラルミンの外郭を持つメタルクラッド飛行船。ガスにヘリウムでなく水素を使用しているためにたやすく引火してしまった。ハーフサイズの試作品のため、巨獣ウィースガムというほどの貫禄はない。女王になったサルキアはこの金のかかる代物の開発をストップさせたのでフルサイズでは実現されなかった幻の飛行船。しかし、ウェスとガラッドはのちに飛行船団の設立を企て、南部自治領の軍事力は空を掌握する。



【古代の自走機械・デロモーズ】


 疾走することで演算する古代文明のコンピューター。

 蜘蛛のようなデザインをしている。何万匹の蜘蛛が採取したデータと演算内容はいまでいうクラウド上に集積されていたものと思われる。蜘蛛にそっくりのデロモーズは八本の脚を持つが、稀に昆虫と同じ六脚タイプの亜種も存在する。イメージとしては攻殻機動隊のタチコマをもっと無骨にスチームパンキッシュにした感じ。蜘蛛は身体の体積の80%を脳で占めている種もあるそうなので、考える機械にはぴったりと閃き着想した。



【巡洋艦ヴェローナ号】


 シェストラ海軍の九頭蛇ハイドラ艦隊の旗艦。

 光走船の数倍するアルガーキューブを搭載し、光と風を受けて推進力を得る。海にまで広がる王たちの遊歩道・磁気のラインに乗るとさらに省力化できる最新鋭の巡洋艦である。三本のマストを備える。船首にはヴェローナ・リジュイーの木彫像が据えられている。スタン・キュラム提督とメリサ機関長が製造に携わり、ウェス・ターナーは関わっていない。68ゾルの火砲を四十二門備えている。同じ砲台からぶどう弾、キャニスター弾、鎖弾、伸張弾なども発射できる。ヴェローナは恥じらいと期待をともに含んだ複雑な眼差しで水平線を射抜いている。



【ドライヴ・シアター】


 ロドニーの宮殿、鏡の間に鎮座していた旧世界の自動車。

 乗り込むことで窓を通して様々なアーカイヴ映像を閲覧することができる。ボンネットには〈はた迷惑な微罪モレ・ステルペカ〉が刺さっていた。トライロキヤの手によって壊れたレイゼルの橇の代用品に改造される。原型は、ベントレー・ミュルザンヌのリムジン仕様車。



【マイロ】


 ベイリーが子供の頃に祖父より贈られたポニー。

 老衰によって最後の眠りにつくまで、ベイリーとって忠実な友であり、堅実な足であり続けた。



■雑感


 乗り物はこの物語のもうひとつの主役と言える。

 すべての乗り物は目的地までの時間を短縮させるという意味でタイムマシーンでもある。遠く、まだ見ぬものを見せてくれるという意味では物語そのもののことでもある。


 作者も、昔はつぶらな瞳の男児だったことがあり、人並みにロボットなどに興奮してはいたが、だからとて長じてなお乗り物が好きだというわけではない。自動車とオートバイの免許を持っているくらいで、セスナを船舶を操縦してみたい、とはならない。ワイルド・スピードは第一作しか見ていないし、プラモの戦車はもう作らない。


 では、どうしてこんなにも乗り物だらけの物語を書いてしまったのか。


 思うに作者にとっての乗り物とは西遊記における白馬であり、悟空が乗る筋斗雲なのだろう。つまり工学的なメカとしての乗り物に淫しているわけではない。乗り物とは、壮大な旅にヴァリエーションと起伏を与えてくれるエフェクターなのだ。


 作中に工学的な蘊蓄や描写があるとするなら、なにもかも付け焼刃のデタラメであると白状しよう。作者は蛍光灯の取り換えすら手こずるタイプの人間であり、走る機械のことなんてちっともわからない。


 筋斗雲の仕組みを論ずるのが無益なように、この物語における乗り物をアレコレ難ずるのは無益である。そのあたりを踏まえてもらって思い返すに、作者のお気に入りのマシンはやはり悪魔の中指だろう。兵器にも棺桶にも母の胎内にもなるような、そんな多層的な奥行きがあった。


 寿命は短かったが飛行船ウィースガム号も好きだ。ピカピカ光る金属の楕円球が空を飛んでいるだけで楽しい。空中夜戦が描けたのも飛行船のおかげだ。あそこがヴェローナの最大の見せ場になったと思っている。

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