管理組織のとある施設の車両等が並んだ搬入倉庫の中、一人の中年男性が立っているだけで他には誰も居ない。
やがて、二人の人物が歩み寄ってくるのが見え、それらは彼の目の前で停止した。
「ディック中佐、只今参りました」
「来たか。説明も面倒だ、これを付けろ」
最初に喋り命令されたのは、二週間前レックスと死闘を繰り広げた挙句逃走した大柄な茶髪とサングラスの男性、ブラウンだ。
ブラウンは言われた通り、中佐から渡されたフルフェイスヘルメットらしき物体を持つと、疑問も持たずに頭にスッポリ被せ、側面にあるスイッチを押した。
外側からは一見何も起こっていないだが、確かな変化はあった。
ヘルメットを外したブラウンは有無を言わずに何処かへ去る。
「さて、お前も頼んだぞ」
「了解」
ブラウンより一回り小さい体躯の男性。黒目と短い黒髪と無精髭が目に付く。三十代半ばに見える彼は年相応の錬度を隠し切れていなかった。
その男性もブラウン同様にヘルメットを被り、スイッチを押して数秒後、外す。
彼もブラウンの通った後へ去り、一人残されたクリストファーは、その後ろ姿へ意味ありげな期待を込めた眼差しを送ると、何処かへと姿を消した。
そして、先程の無精髭の男性がブラウンに追いつく。
「しかし、中佐も無茶な要求ばかりするもんだなあ」
話し掛けられたが茶髪の男性は無言のまま廊下を進み続けている。やがて二人は一つのドアの前に来た。横に扉をスライドさせ、中に入る。
「来たな。中佐から既に話を聞いているだろう」
「機動勢力を連れて反乱軍ロサンゼルス拠点へ陽動ですね?」
大柄な方が無言のまま頷き、一回り小さい方がまとめるように答えた。ポールも冷淡な態度を崩さず説明を続ける。
「その通り。今回では短時間の奇襲力が要求される故、機動性が何より重視される。そのための戦力は準備済みだ。あくまでロサンゼルス勢力の戦力を削るのが目的だ」
「分かっています」
平常さを装うポールだが、外見では説明を続けながら内心疑問を抱えていた。
(何故この二人なのだ?)
ブラウンは対探知能力に長け、奇襲にはもってこいだ。もう一人もポールはその「能力」を知っており、使える事も知っている。それでも彼は納得出来なかった。少なくとも彼はこの作戦における更に優れた適任者が居る事を知っているのだ。
彼が信頼する上司なので判断に間違いは無いだろうとは思った。だが何処か腑に落ちないのだ。少なくともポール自身が中佐の立場であれば別な人物を選んでいた。
疑問を隠しながらも説明を続け、ポールはテーブルに置かれていた首輪らしき物体を二人にそれぞれ渡した。
「……で、お前達に「変圧器」を渡す。ブラウン、お前は使った事あるだろうが、ベル、お前は使い方を知っているか?」
「中佐より教えて頂きました」
大柄な方は無言だったが、ベルと呼ばれた小柄な方は丁寧に答え、それぞれ首輪を装着した。
ポールの疑問は解消されないまま、ブラウンは無言で不愛想に、ベルは一礼してから、順に指令室を出た。
忠実に従う、それだけ。他には何もない。
日が暮れ、カルフォルニア北部から高速で南下する存在。
それをサンタモニカにある観測所から発見し、観測にあたっていたロバートの部下がまたしても慌て口調で伝えたのだ。
「またか! 次から次へ、気が緩めねえ。俺達の方角だったっけ?」
「はい。推定される戦力は……」
部下が肯定の返事をし、モニターを見ながら詳細を伝える。機動力重視の部隊が多数との事らしい。短時間での強襲・殲滅が目的か。しかし観測にも限度がありそれ以上詳しくは分からない。
「あとこれ見て下さい」
示したのはモニターの敵位置を示す地図。点で敵勢力の詳細を示す。
「大量に居るのは分かるんですが、一体どんな兵器なのか正体が分からないんです。それにこの大きさ、普通の戦闘車両よりもかなり小さいんです」
「とりあえず皆に知らせろ。ロス基地から砲撃と追加戦力の要請も忘れるな……ったく奴ら何が目的なんだ?」
「さあ、それが分かれば苦労しませんがね」
ロバートの素朴な疑問は、恐らく反乱軍の誰もが抱いた事があるに違いない。反乱軍は未だ地球管理組織の正確な目的を掴めずにいる。
疑問を捨て去り、部下が通信で早速要請を試みている。ロバートは何も言わずに部屋から廊下に出ると迷わず走る。
「急げ急げ、飯は食ったな? まだ食ってなかったら胃袋に押し込め」
兵士達が走る中で声を掛ける。ロッカールームに入ると既に他の仲間達が準備している最中だった。
武器や弾倉や道具類を既に備えたジャケットを上から着ると、歩兵お馴染みのアサルトライフルを抱えた。
歩兵用銃火器は一世紀以上年月を経てもスペックは基本的に変わっていない。精々発射薬の効率が良くなった程度だろう。銃弾重量や弾速を上げれば反動や歩兵への負担が大きい。パワードスーツ用に歩兵サイズで高火力の銃火器もあるが、数が限られる。“普通の人間”ではやはり限度があるのだ。
「よーし、小隊長の野郎共は居るか?」
「ここだ。他も揃ってるぜ」
隣に居たルーサーが返事し、ロバートの周辺に五人ばかり集まる。
「奴らは機動部隊による短時間制圧をしてくるそうだ。新兵器が来るかもしれん。大きさが無い分を数で補っているそうだ。詳しい事は通信担当からまた連絡が入る。基地から砲撃や援護が来るが、援軍と奴らの到着が同時かもしれん。急ぐぞ!」
「おう!」
ルーサーと他四人が威勢良く返事した。ロッカールームから飛び出し、廊下を駆け、施設の外へ出た。
車両達のエンジン音が奮い立っている。ロバートとルーサーは行動を共にする部隊へ、他の小隊長達としばしの別れだ。
身長四・五メートル、体重九トンの金属で出来た巨人――二足歩行戦車、それが五十台。
二足歩行戦車はパイロットが一人だけで十分なので、特に小部隊には好まれる。二足歩行故の地形走破力もあり、勾配が激しく障害物の多い場所、例えば今まさにこの荒野めいた丘陵地帯に適しているのだ。
他の歩兵隊が兵装ジープや装甲車に乗り込み走行する。補給隊がその後方について行き、重火器の弾薬やその他物資を何時でも運べるように構えていた。
小隊が揃い、ロバートとルーサーが前方を行き、部下達がついて来る。
「お前ら、俺は戦場への片道切符を渡した覚えはねえ。折角の往復券無駄にするなよ。生きろ!」
「おおおおお!!!!!」
小隊員達が肯定の返事を叫び、手に抱える小銃を猛々しく空高く上げた。
小隊は五つの分隊に分かれ、それぞれの車両に乗り込んで行軍する。
同じ頃、サンタモニカ観測所より南方六キロメートル。この位置には反乱軍ロサンゼルス勢力の軍事基地本部がある。
ロバート達が居るのはあくまで観測所であって戦力的に少なく軍事基地と名乗るには程遠い。というか中隊程度の戦力で大事な探知システムを任せて良いのか不安だろう。
しかし、見掛けでは無防備に見えても実際は強力な防衛力を有している。その為にあるのがこの本部基地でもあるのだ。
観測所までは北へ六キロメートル。車両移動ならそう時間は掛からないし、砲撃による援護も可能だ。ちなみに現代の野戦砲の最大射程は三万メートル、ロケット砲でも四万二千メートル。重火器でもその反動や効率や重量故に限度があり、それ程進歩していない。
だがここでの場合ならば十分な射程距離だ。観測所を挟んでも二十四キロメートルもの射程はあるという事になる。
侵略を告げる通信が伝えられ、並べられた幾つもの砲塔やロケット弾が斜め上の暗い空へ向く。
兵員輸送トラック、戦車、装甲車、長距離移動用二足歩行戦車懸架トラック、あらゆる戦闘車両が先を争うように荒野を走る。
砲塔達は開戦を待つ。砲手達の中には緊張で手が震える若輩者も居た。
均衡が崩れようとしている。
ビルの一室、椅子に座るアジア系青年一人と、それに向かう白人女性二人に小柄な少年一人。アジア人、ハンが長い説明をして、残りの三人は無言で熱心に聞き続けている・。
「……という事なんだ」
「大変じゃないですか! 早く行かなきゃ!」
「待て!」
ハンから管理軍が侵攻を開始したと聞いて、アンジュリーナが走ろうとしたのを、隣に居たクラウディアが命令口調で止める。
「ありがとクラウディア。急ぎたいのは分かるが、最後まで聞いてくれ。管理軍はまるでこのロサンゼルスを積極的に狙っているとしか思えないんだ」
「と言うと?」
クラウディアが問う。ハンが悩むように眉を曇らせながら言い、アンジュリーナが動揺し心配そうに胸の前で手を組む。アダムが少女の様子を横目にちらと見たが、すぐに目を戻した。
「考えてみてくれ。この前管理軍の施設を強襲した時、施設を大規模に攻撃したにも関わらず向こうはまだ大量の戦力を残していた。最近もトレバー達をダラスに送ったけど、まるでこちらの戦力をやむなく削らせようとしているかのようなんだ。そもそもダラスが目的ならわざわざ山脈で分断されたロサンゼルスに攻めては来ないと思う」
「そんな……」
「落ち着けアンジュ」
「肝心なのはここからだ」
少女が不安げに嘆いたのを見かね、大人の女性がなだめる。少年だけは何も動かず、東洋人が続きを話し始める。
「敵戦力は機動奇襲型の比較的小型な兵器だと判明している。恐らく短時間で総合的戦力を殲滅する事が目的かなあ」
「じゃあ……」
「戦力を減らして次の攻撃でまた戦力を削るか、制圧するか、という事だろうね。僕は情報支援を担当する。チャック先生も既に行っているけど、君達も頼んだ」
「はいっ!」
「任された!」
「ああ」
不安げな表情から一変、義務感を背負ったアンジュリーナが元気に返事する。自信ありげに答えたのはクラウディア。そして今まで喋らなかった少年、アダムが短くもついに口を開いた。
均衡を支えるのは「超越した者達」に他ならない。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!