人類が武器を超える時/Out There

Don't think, feel!!!!!
タツマゲドン
タツマゲドン

Will

公開日時: 2021年2月7日(日) 20:28
文字数:3,971

 ロサンゼルス市郊外、戦争による前世紀の瓦礫や廃墟が残っている荒野。


 近くでは若者達がカーレースに興じているというが、今ここに居る二つの人物の目的は違う。


「見てて」


 灰色のロングヘアを風で揺らす少女、アンジュリーナの台詞。静寂の中に発散し、消えた。


 アンジュリーナが長めのプリーツスカートのポケットからコインを取り出し、空に向かって放り投げる。隣のジーンズに革製ジャケットスタイルの少年、アダムが視線を定めた。


 コインはやや風に煽られながら上空へ行くにつれて減速し、空中で一時停止。あとは重力に従って落下。


 少女の掌がコインに向けられる。アダムはその掌からエネリオンの放出を感知していた。


 発射されたエネリオンがコインへ命中――コインが重力に逆らって減速する。


 少女の掌からはビームの如く連続的にエネリオンを送り続ける。コインが地上から二メートルの位置で静止した。風が吹いても浮いたままのコインは動じない。


 少年がコインの真下へ歩き、手を伸ばして指先で掴む。しかし、少しばかり力を加えても重い物体のように動かない。


 アンジュリーナが手を下ろす。コインは抵抗を失い、アダムの手中へ。


 何も言わずコインを親切に返したアダム。アンジュリーナが笑顔で「ありがとう」と言い、ポケットにしまう。


「これが私の能力」

「念動力か」

「厳密には、「中和」よ。止める事しか出来ないの。反対側の力を加える相殺と同じ原理なんだけど、私から動かすのがどうしても出来なくて……」


 自発的に悲観的になった少女。風で揺れる髪が陰になって顔が半分見えない。


 少女の気持ちなど微塵も分からず、言いたい事を言う少年。


「どうやってやるんだ?」


 アダムはまだ自分の特殊能力を発現出来ていない。どうすれば発現するのか、やった事のない事をやるには、やった事のある人物から訊くしかあるまい。


 難しそうに黙って考え込む少女。少しして顔を上げた。


「イメージして、自分がやりたいと思う事を」

(したい事……)

「私は皆を、人を守りたい。アダム君は何がやりたい?」

「知りたい」


 自身を、世界を、全てを――


「意識して、感じるの」


 目を瞑り、右掌を前に――“視え”る。


 空間に広がっている無数の素粒子。意識すると、自分の皮膚から吸収される。


 皮膚から神経を伝って脳へ、複雑な神経ネットワークを通り、変化する。


 変化したエネリオンが腕の神経を通り、掌へ。


「思いを込めるの」


 アダムの顔が引きつった。驚きなのか、意思なのか。


 発射――延直線上にあった岩に命中し、弾ける。


 一方、エネリオン塊を受けた岩は、


「あれ?」


 破壊するどころか、動きも凹みも、傷付きさえなかった。


 アダムが疑問の視線を隣の少女へ。思いがけない出来事にアンジュリーナはどうして良いか分からず、あたふたした。


「ええっと……どうして……」


 黙ったままの少年の視線がアンジュリーナを責め立てているようだった。無論、彼にそんなつもりは無いのだが、彼女の精神力を削る。


「も、もう一度やってみたらどう?」


 無言で右手を岩へ。慣れればそう時間は掛からない。


 数発発射。どれも岩に当たった瞬間散る。


 だが何も結果を生み出さなかった。


「……ごめんなさい、私には分からない……」


 少女からは、アダムの元から暗い顔が更にその深みを帯びたように見えた。


「……で、でも。トランセンド・マンで能力が無い人だって居るし、ひょっとしたら使える条件があるかもしれないわ」


 せめてもの励ましの言葉を掛けたが、変化は無い。


 アダムがしばらく頭を捻っていた。そして一言だけ、


「知りたい」


 確かにそう呟いた。


 少なくとも彼はそう思っていた。





















 ロサンゼルス市中心のビルの廊下内を歩く中年男性、チャックの姿。


 彼は反対側から歩いてくるアジア系青年の姿を認めると、立ち止まって声を掛けた。


「ハン。今話良いか?」


 対する青年、ハンも立ち止まり、爽やかな笑みを含んで言葉を返す。


「大丈夫ですよ先生。丁度一つ仕事終わらせてしばらく長くくつろごうかと」

「そりゃ丁度良い。こっち来てくれんか」


 中年男性が先導し、廊下から何処か一つの部屋へドアを開けて入った二人。中には誰も居ない。


 せっかちにテーブルの上にノートパソコンを広げ、画面に記号や数値や図形が映る。


「早速話そう、アダムのDNAの不明な部分を調べた結果だ」


 四十代の筈のチャックの声が半分程若返っていた。話したいとばかりに目が楽しみに満ちている。


「前に未知の塩基対が二種類あったと言っていたろ? パターンで調べる検査ではそれがどんな物質で出来ているのかは調べられんからな。多少時間は掛かったが……」


 得意分野になると自信ありげな医師。しかし今回はどこか困った雰囲気を半分醸し出していた。


「はっきり言おう、分からん」

「なっ……」


 あまりにも拍子抜けた内容で、思わず叫ぶのをどうにかこらえたハン。しかし驚きに顔が引きつっていた。チャックの方は「まあそうだろうな」と呟き、言葉を続ける。


「詳しく言えば、未知の塩基対は明らかに有機物では無かった」

「じゃあ、無機物が生体に関わっているとでも言うんですか?」

「いいや、金属でもその他の物質でもない。放射性も無い。完璧な未知の物質だ」


 青年がまたも驚くが、今度は衝撃のあまり言葉も出ていなかった。


「あらゆる手段で一週間念入りに調べたのだが、結果がこれではな。管理軍が隠したがるのも分かる気はするが、一体何を考えてるんだか……」

「ならこれ以上調べようが……」

「全く方法が無い訳でもない。カイルなら分かるかもしれん」

「一理ありますが、彼も今は都合が悪いでしょうに」

「うむ、しばらく断念かなあ……」


 二人は腕を組んで考え込んだが、進展がある筈も無く、結局話題は打ち切りになった。





















 無機質な白い廊下を孤独に歩くのは、赤毛が特徴的な中年男性、クリストファー・ディック。地球管理組織の軍人としては中佐階級にあり、臨時将位に就く事もある。そして研究者としても一流だ。


 速い歩調で後ろから誰かが接近しているが、別に気に掛けなかった。しかし、その人物が自分に話し掛ければ無視する訳には行かない。


「チーフ、今お時間大丈夫ですか?」


 振り向いた視線の先に、声の主と思われる若い研究者らしき青年。


「構わんよ。どうせする事も無い」


 彼はクリストファーの研究プロジェクトにおける部下なのだ。


「じゃあちょっと来て頂けませんか? 知らせたい事があるんです」

「良いニュースらしいな。では行こうか」


 青年の声に抑揚は無かったが、表情を見れば嬉しさを抑えているのが分かる。


 先導する青年について行き、廊下を歩き約二分、彼らの部署がある部屋へ到着した。


 指紋認証、眼球認証、コード番号入力、厳重なセキュリティを当たり前のようにパスした二人。壁に溶け込む白いドアが音も無く横にスライドし、足を踏み入れる。


 中に人の姿は見当たらなかった。精々コンピューターが書類作成らしき事を行っている運転音を鳴らしているだけだ。


 研究員達の机はどれも常に整理整頓がなされている。綺麗過ぎて一見どれが誰の席かは分からない。


「こっちですよ。他の皆さんも来ています」


 部屋の奥の更なるドア。通り抜けた先には、白衣を着た研究員達が部屋にある大きなガラス窓の向こう側を見ていた。


「あっ、チーフ」

「今丁度良い所に……」


 部下達がクリストファーへ頭を下げながら挨拶する。無愛想に会釈程度に頭を下げたクリストファーは、皆と同じく部屋の前方にあるガラス窓の奥を見る。


「ほう、出来上がったのだな」

「はい、アンダーソンに次ぐ成功作です」


 窓越しに見えるのは手術室らしき白い台、そしてその上でうつ伏せの全裸の人物。


 小柄で、大きく見積もっても百七十センチメートル程度の少年。顔は見えないが、まるでクリストファーの赤毛を暗くしたような暗い赤毛。


「何しろ突発的だったもので連絡が急になってしまいまして……肉体は完全に“使える”状態ですし、今の所精神的な不安定さも見られません」


 全裸の人物は呼吸の運動すら見せない。紫外線を一切浴びた事のない肌は元々の白さと相まって病弱な印象で、更に首の後ろにケーブルを繋がれた姿が弱々しい。


「今からチップを埋め込む所です」


 部屋の天井から伸びる、数々の手術道具を持った多数のロボットアーム。部屋のあちこちやアーム先端にある大量のカメラ。これが自動の手術ロボットだという事はこの時代では常識だ。映像はガラスに隔てられたこの部屋中央の多数のモニターに表示され、技師の一人が眺めている。


 アームの一つが少年のうなじへ伸び、首の下寄りに付いているケーブルの少し上へ、躊躇無くメスが皮膚に入った。


 麻酔をしているのか、何の反応も示さない少年。そのまま切り口が広がり、別のアームが寄る。


 アームの持つ何か小さな物体が切り口へ入り込む。肉眼ではその物体を見る事は出来なかった。


 またも別のアームが伸びてくると、今度は針らしき器具が切り口へ。


 しばらくして針が切り口から出ると、今度は切り口をゆっくりなぞる。針先から出るタンパク質結合接着剤によって切り口が閉じた。


 ロボットアーム達は役割を終え、何事も無かったかのように天井へ格納。手術台の上には変わらず少年が寝ているだけ。


「手術終了。チップはきちんと適合しました。異常もありません」


 計測機器を見ていた一人が告げた。


「ただ私は「アンダーソン」みたいに不安定にならないか心配なんですがね」

「縁起でもない事を言うな。まあまだ始まったばかりの分野で何が起こるかは分からないが」

「そもそも「アンダーソン」が暴走した原因を突き止めなければ進展しないとは思いますが。ですよね、チーフ」

「ん? ああ、確かにそうだ」


 急に話し掛けられ、何故か焦って答えるクリストファー。額を冷汗が流れていた。


(さて、成功するのか……)


 部下達がその事に気付かなかったのは彼にとって幸いだっただろう。

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