人類が武器を超える時/Out There

Don't think, feel!!!!!
タツマゲドン
タツマゲドン

Calm

公開日時: 2020年10月30日(金) 17:18
文字数:5,107

「チキンタコス三つだ。一つは唐辛子を三倍にしてくれ」

「あいよ。仕事は大変だったかねリョウ」

「おう、お陰さまで。残業代が欲しい。そっちこそどうだ? あっ、あとコーヒーも三杯、こっちも一つは濃く淹れてくれ」

「オッケイ。最近かね、あんま変わらんよ。“あんたら”が頑張ってくれているお陰さ。でもそう安心出来ない世の中だからなあ……」

「働いた後で嫌なフラグ言うなよ。俺が過労死しちまう」

「すまんすまん」


 カウンターの奥の黒い無精髭を生やした店主が笑った。リョウは、外の舗装された通りに面したカウンター席で頬杖をつき、後ろを見渡す。


 朝日に照らされたロサンゼルス郊外。通りには飲食店や市場が並び、多くの通行人で賑わいを見せている。その中ではヒスパニック系や東アジア系の顔ぶりも見られた。


 現在太陽はロッキー山脈から既に顔を全部出したところだ。テーブルが正面のリョウから見ると右側にある。


 遠くに目を凝らせば、都市の中心部にある高層ビルが、文明の“復興”の証である事を示している。


 「第三次世界大戦」によって世界の重要都市の殆どは破壊され、戦争が終わって西暦が廃止された十七年後、「地球暦」〇〇一七年現在。


 大国であったアメリカ合衆国は戦争が始まった西暦二〇七〇年から真っ先にあらゆる国家の敵となり、崩壊を余儀なくされた。経済的理由、宗教的理由、何であれアメリカ合衆国は発展途上国、中南米国家、イスラム教国家、多数の国々から非難と共に爆弾やミサイルを浴びせられた。


 メキシコ国境や他の環太平洋地域に近かったカルフォルニアは、多数の攻撃を受け崩壊した。しかし、アメリカ合衆国の軍事力がほぼ消えるまでに衰退すると、州規模の経済圏の上で大戦終結前から再建が進んだ。


 生活水準はまだ大戦以前どころか西暦二〇五〇年代にすら追いついていない。とはいえ、生活には十分なインフラが供給されている。


「浮かない顔してどうした? 良い女でも居たか?」

「取っておいてくれたみたいで助かるよリョウ」


 ぼんやりと路上を見渡していたリョウに声が二つ。彼の意識は目の前のメキシコ料理店に引き戻され、音源を確かめるべく首を横に曲げた。


「よう、チキンタコスとコーヒーにしといたぜ。ハン、お前の分は両方とも濃くしてもらった」

「どうも。僕はポークが良かったんだけどね」

「途中で抜け出しやがって、大変だったんだぞ」


 声の主達である、ハンがお礼と独り言を述べ、レックスが軽く顔をしかめた。しかし、リョウの方は更に不満をぶちまけた。


「どいつもこいつも働け働け言うくせに何もくれねえんだっての。産業革命から世の中なんてちっとも変わってねえや」

「言っておくが、“僕ら”は法に従った企業なんかではない。法から外れた“組織”だ。その事は君も分かっているだろう?」

「おう……何でアジア人はこんな説教が好きなんだ? 俺が『反乱軍』に反乱を起こしてえよ」


 遊ぶ気の無い台詞に、リョウは聞く気無しで冗談を利かせ、愚痴を平然と吐く。黙ってレックスの肩がすくめられた。


「仕事の話ばかりしてると飯が不味くなるぞ。ほれ、おまちどう」


 店主がレックスとハンへタコスを手渡す。レックスは舌なめずりせんばかり。ハンもタコスの焼けた匂いを嗅いでいた。


「サンキューおじさん。ここのタコスは良いっすね。特にこのサルサに入ってるアボカドが良いんですよ。あと焼き方も最高」

「ほほう、分かってるねえ、レックス」


 店主が得意げに胸を張ったが、一口食べたラテン人の方は、何か引っかかっている表情だった。


「でもこれ、何か辛過ぎじゃないすか?」

「そうかい? そういや物足りない気が……店長、いつもよりマイルドじゃないですか?」


 ラテン青年の意見と噛み合わなかった中華系青年。両者とも謎に首を捻っていた。


「二人共どうした? 疲れて味覚でも狂ったのか?」


 二人が黙って目を見合わせる。それぞれ自分のをもう一度、一齧り。


「やっぱ辛い。てか痛いじゃねえか」

「やっぱ辛くない。店長、唐辛子をもっとくれないか」

「ちょっと待ってな」


 レックスは目頭を押さえながら口直しに、ハンは唐辛子を待つ合間に、それぞれのコーヒーを一口――途端、傍観していたリョウがニヤリと笑った。


「苦っ!」

「薄っ!」


 レックスが予想を超える苦味で、口の中の液体を吐き出した。ハンの方は期待より薄味で驚き、むせる。


「ハハハハハ!」


 予め起こるのが分かっていたように、日系人が屈託無く笑った。残る店長は呆れ顔で、リョウを眺めながらため息をついている。


「またお前か……」

「ハハハッ、そのまま食うとは思わなかったぜ」

「てめえ! 後でなんか奢れよー」

「分かった分かった。昼飯は俺の代だ」

「全く、昔から変わらんなお前は」

「そうじゃなきゃ生きてられねえ。人生はもっと楽しもうぜ」

「お前はいつも能天気だよな……」


 リョウの笑顔は、三方から呆れの視線を送られても崩れなかった。「しょうがないな」と三人は苦笑いを浮かべ、若干の呆れを残してリョウに加わって笑うのだった。


「ところで、他の皆は元気か? あの、アンジュとかいう可愛い女の子が居たろう」

「アンジュは良くやってくれていますよ。ああ見えてしっかりしていますし、たまに失敗する所も愛嬌ありますし」


 笑みを見せるハンの返答に、店主の口角も上がっていた。


「今度会った時は伝えてやってくれ、今度来たらタコスでもブリトーでも何か一つタダで食わせてやるってな。店の宣伝にもなる」

「良いなあ。じゃあ俺も超過労働だから何かくれ」

「お前は敬語というのを知らんのか? それにさっきまでイタズラしていたくせに」

「さあ、健忘症でね」


 店主のしかめ面にリョウはニヤけて諦める。店長も笑いながら鼻をフンとならし、店の厨房奥へと姿を隠した。


 少しの間、リョウはタコスを完食し、ハンとレックスはそれぞれ持っているのを交換してようやく安心して食べている。


 ラテン人の方は目の前のトルティーヤ生地に挟まった肉の味を堪能するのに夢中になっていた。東洋人の方はゆっくり食べながら、首を左右交互に曲げている。


「……ハン、何か言いたい事でもあるのか?」


 食事に割って入る日系アメリカ人。


「……よく分かったね」

「これでも七年の付き合いだろ?」


 意外感をさらけ出す。「飯食うの遅かったぜ」とリョウ。レックスも「良く分かるな」と表情に出していた。


「例の少年がまた起きたそうだ」

「本当か?」

「大丈夫なんすか?」


 二人が思わず声を上げる。アジア系の青年は静かに続けた。


「言葉は話せる。十分に動けるそうだ。チャック先生によればやはり『トランセンド・マン』だと判明している。今は先生とアンジュが付き添っているってさ」

「流石アンジュちゃん、面倒見良いな」


 茶髪の青年が感心し、ハンはこめかみを指で押さえながら更に打ち明けた。


「それと、彼の事なんだけど、実はトレバーに任せているんだ」

「えっ? トレバーの奴に?!」


 氷水を浴びたように声を出したリョウ。食事を口へ運ぶレックスの手が止まる。


「トレバーさんって自分から何かを話す事はめったに無いですよね? 任せて大丈夫なんすか?……」


 黒目黒髪の西洋人も言葉を失っている。言い出した本人のハンも訝しげな表情であった。


「実は彼から直に頼まれたんだ。あの少年に何かを見出したのか……」

「あいつ、何も喋らんからコミュ障と思ってたが……」

「トレバーさんが動くときって何か大事な時っすよね? 俺何か嫌な予感するんですが……」

「同感だ。雪でも降る訳じゃあるまいし……」


 雲一つ無きまだ赤い晴天を見上げながら、リョウはコーヒーカップを口にして呟いた。





















「本当に大丈夫なのか?」


 ベッドの傍らの椅子に座るアイルランド系の医師、チャック。ベッドから起き上がり、スリッパを履かず裸足で床に立った少年への台詞だ。


「問題ない」


 無表情で短く告げた少年。対する茶髪の中年男性は動揺していた。


(静か過ぎる。どういう事だ?……)


 それが顎髭を撫でるチャックの素直な感想だった。


 彼自身は、起き上がる前の彼の様子を「赤子」と評していた。しかし、今はまるで違う。


 アダムと名乗ったその少年の、何かを見透かすような視線は不審そのものだ。まるで目の前の白衣を着た医者の姿が、目に入っていないのではなかろうか……


「何を見てるんだ?」

「知りたい」


 即答。それも質問の内容に従っていない。抑揚が無いのがやけに気味悪い。


 数時間前、アンジュリーナとの接触を見た時、この少年は確かに未知の状況に置かれた子供のような反応を見せた。


 だが、今は落ち着いた老人の如く、それどころかまるでロボットみたいに感情が垣間見えない。それを置いたとしても、落ち着くのが早過ぎる。


 仁王立ち状態の少年が、妙に大人に見えて不気味だった。


(これじゃあ別人だぞ。一体どうなっている? それにこの場所も彼にとって未知の状況だというのに警戒心も無い……)

「一つ訊きたい」

「ん、んん? 何だ?」


 唐突に声を掛けられ、思わず跳び上がりそうになった。少年の固まった顔を見れば、人によっては怒っていると思うかもしれない。


「何時になったら教えるのだ?」

「あ、ああ、今君に異常が無いか調べ終わったところだ。身体には特に異常は無かった。精神も“安定”している」


 チャックは精神状態を“普通”とは言わずに“安定”と言って誤魔化す。感情の起伏が無いのなら安定とは言えるが……


 少年の動作に無駄は無い。黙って、チャックを観察していた。凝視というより、その周囲全体を見通す目付きが、弱気な医者を突き刺す。


(研究する側が観察されるとは、皮肉だな……)

「自分は誰だ?」


 またも前触れなしに、少年の唇から言葉。最初よりは驚かなかったが、不意を突かれ動揺した事に変わりはない。


「……少年よ、名はアダムだと言っていたそうだな」

「そうだ」


 必要最低限の返事。青い瞳からは何も読み取れない。


「……で、アダム、自分で分かる事は他に無いんだな?」

「乾燥地帯の戦場で茶髪の男性に殴られ、それ以前の記憶は分からない。どうやら逃げていたらしい」


 はっきりと的確に、客観的に告げる。だが、それは以上は何も言わない。


 三対一ですら不利だった、あの指揮官らしきプレートアーマーの男は覚えている。やはり、と歯を噛み締めた。


「少年、あの男は君を探しているらしかった。君が目的だと言っていたんだ」


 医師の言葉が止まったのは、少年の反応を見るためだ。心理学は専門ではないが、簡単な事なら分かる。


 だが、少年は立ち尽くしたまま動じない。話の続きを聞きたいらしく、冷たい視線をこちらへ定めたまま。


「……それで、研究施設で君を助け出したアンジュ……あの灰髪の女の子を覚えているだろう? 彼女によれば君は、『管理組織』……君を追っていた奴らの事だ。そいつらに酷い扱いをされているのではないかと推測していた。思い当たらんか?」

「無い」


 一蹴――軽いショックと共に眉を曇らせ、何を話そうかと首を捻る。


「……だが少年、記憶というのは決して消えるものではない。記憶とは箱だ。箱に記憶を出し入れするんだ。記憶を失うというのは、ショックによってその箱が開かないだけの事。開けるきっかけはある筈だ」

「思い出せるのか?」

「どれぐらい掛かるかは分からんがな。何かしらのショックで思い出すかもしれん」


 ふと、向かい合う彼の首が九十度横を向いた。


 視線先には、部屋の廊下に面したドア――その時、扉が静かに開いた。


「チャックさん、彼は……あっ、もう大丈夫なんですか?」


 入ってきたのは、長い灰色の髪が特徴的なスラヴ系の少女、アンジュリーナ。少年がベッドから立ち上がっているのを見ると、跳び上がりそうな勢いで嬉しそうに喋った。


「丁度良かったアンジュ。彼をトレバーの所へ連れて行ってやってくれんか?」

「えっ? はい分かりました。ちゃんと歩ける?」

「大丈夫だ」


 アンジュリーナの元へ歩き寄る事で証明した少年。足音は静かだった。


「少年、今から君に合わせる人物は君が求めている答えを教えてくれるかもしれん。だが、話がちと分かりにくいから気を付けろよ」

「……分かった」


 少し間を置いてから、少年は背を向けて応じる。少女がドアを開け、手招きで部屋から出るのを促した。


 振り返りもせず出ていくアダム、アンジュリーナは一礼し、外から静かに扉を閉めた。


 一人残されたチャックは緊迫感から解放され、深く息を深く吐いた。


「ふいー、あの少年と向き合うと寿命が減りそうだ……」


 気分直しに、彼は部屋の片隅に置かれたコーヒーポットを取る。


「くそう、多めに淹れておくべきだった……」


 持った重みが無く、ポットを開ける。中身が無いのを確認したチャックは、隣の蛇口から水を流し、乱雑に中身を洗い始めた。


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