カルフォルニアのサンタモニカ丘陵に位置する反乱軍駐在所兼観測所。
「おおう? こんな所に珍しい」
男だらけの場所に一人の美女が来て、大騒ぎも同然だった。
「管理軍の動きが目立ってるそうじゃないか」
「いやいや、こんな男臭え所に来るなんて珍しいじゃん。今度の再編成で是非女をもっと入れて欲しいもんだわ」
戦闘ジャケットに身を包み、泥と機械油にまみれた姿のロバート・スミス中隊長。
対面するのは、青基調のワンピースを着た長身の、凛とした姿が男達を惹き付けてやまない北欧女性、クラウディア・リンドホルム。
「妻子持ちが何言ってやがるんだよ。俺は欲しいけどな」
「良い女ならここに居るのが見えないのかい?」
作業中でもリーダーの発言を部下達は聞き逃さず、すかさず突っ込む。
「浮気じゃねーぞルーサー。あとジェシカ、お前のどこに女らしさがあるってんだよ」
「言ったなこのっ!」
再利用プラスティックボトルがロバートの後頭部へ命中した。液体が半分も入った状態ではひとたまりもあるまい。
「この野郎! 上司に何しやがるんだ!」
「野郎じゃないよ! 今や性別も年齢も階級も関係無い時代だからね!」
「落ち着いて下さいよ二人とも!」
若い兵士が二人の喧嘩を止めようとしても所詮焼け石に水。結局クラウディアが呆れの混じった冷ややかな視線を送るまでは止まらなかった。
「……で、何の用だ」
「……ああ、忘れてた。用も何も、私は心配だと思って来たまでだ」
「そいつはどうも。気は抜けないが、何時まで経っても相手は攻めて来ない。見ろよ、お陰で手入ればかりしてる所為で七〇年製「ウォーカー」があんなにピカピカだ。向こうは俺達にビビッて攻めて来ないらしい」
ロバートが後ろの二足歩行戦車を指しながらジョークを吐く。
「全く、男達は何で皆同じ事ばかり言うんだ?」
苦笑混じりの女性の疑問。
「こんなご時世だ。悲しむより笑いたい」
「ごもっとも」
今度は大声で笑い合う二人。周囲の兵士達もそれに釣られた。
笑いは、高いトーンの呼び声が割り込むまで続いた。
「あっ、クラウディアさん居たんだ」
意外感と嬉しさがミックスされた、少女の声。
「おっ、お前らまた来たのか?」
ロバートが歓迎せんとばかりに嬉しそうに喋る。
「アダム君の修行に付き合っていたんです」
「どんな感じだ?」
興味ありげにクラウディアが訊いた。
「全く出来ない」
隣の本人からの即答。
「そんな真顔で言われても……」
普段の威厳ある態度とは変わって、あまりにもあっさりした回答に拍子抜けし、こめかみを押さえるクラウディア。
「そんな気にする事ではないと思うぞ。能力を持たない奴だって結構居るさ」
「でも私はアダム君がそんな風には見えないんです」
「……実際にやって本当に何も起きなかったのか?」
クラウディアの提言に、アンジュリーナがうっかり忘れていた事をはっと思い出した。
「あっ、確かエネリオンを発射した所までは良いんですが、エネリオンが物に当たっても何も起きなかったんです」
「ふむ、それだと特殊能力が無い訳ではないんじゃないか? 条件が特殊なのかも」
「うーん……」
結局幾ら捻り考えてもこの場では結論は出なかった。
なので、話題は身近な雑談に変更された。
「ところで、最近はどうなんだ?」
「相変わらず男の人達から子供扱いされます……クラウディアさん、どうしたら背が高くなります?」
「さあ、生まれつきかもしれんし……でも私みたいなデカ女じゃあ良い事は無いぞ」
「低い方が気になりますよ」
アンジュリーナの身長は百六十二センチメートル。白人女性としては低めと言える。気にするのも当然と言えば当然だろう。
一方でクラウディアの身長は百七十五センチメートル。女性としてとても高く、白人男性の平均に迫るまでの高身長を、彼女は逆に気にしている。
「リョウが言うには、女は背が低い方がかわいいとか言っていたぞ。道理で私の扱いはガサツなのかもなアイツ」
「うーん……」
コンプレックスにしている部分が男性の好みとなれば、複雑な心境になって悩み黙るのも当前だろう。
一方、話し相手が居なくなってフリーズするアダムへ声が掛けられていた。
「調子はどうだ?」
「普通だ」
「そうか……ガールフレンドは出来たか?」
「……」
(多分意味分かってねえな……)「何か良い事あった?」
「……」
「……リョウに美味いメシ食わせてもらってるんだって? 好きな食い物あるか?」
「ラーメンだ」
「おう、そうか……」(答えられるのはちゃんと答えてくれるんだな……)
「……」
「……」(自分からは何も言ってくれねえのかよ!)
アダムがもしロバートの心の中を読む事が出来れば、こう言っていたかもしれない。「何か喋る必要はあるのか?」と。
知らぬアダムは話し掛けない限り何も喋らない。子供をこんな風には育てたくない、それがロバートの率直な感想だった。
「……アダム、もうすぐ戦闘が起こるかもしれない」
露骨かつ急激な話題転換を試みる大人。尋ねた本人はダメ元だったのだが、
「分かっている」
相手は奇跡的に薄い期待に応えてくれた。ロバートの顔の笑みが薄まる。
「お前も参加する事になるだろう。お前は覚悟は出来ているか?」
「覚悟?」
アダムはただ単語の意味が知らないで尋ねたのだが、
「敵を殺す覚悟、そして自分や仲間が死ぬ覚悟、だぜ」
ロバートは誤解してペースを掴んだまま話を続ける。
「出来る」
間髪入れぬ少年。彼の視線に歪みは無い。
「おおう……言うは良いが、やるのは難しいぞ。一つ俺に約束しろ、生きて帰って来い。守れん奴はバックドロップしてやる」
大人が少年の目に真っ直ぐな視線を送り返す。
「勿論自分は生きたい。約束する」
「言ったな、約束だぞ」
ロバートが握り拳を前に出した。しかし、アダムにはその行為の意味が分からず固まる。
「拳とお前の意志をぶつけろ。ただお前が本気でやったら俺は“普通”だから死んじまうからな、加減しろよ」
無音で少年の拳が前に――コツッ、と衝突した。
楽しそうににやけるロバート。対して「一体何の意味があるのだろうか?」と少年の顔が語っている。
疑問を外には出さなかったが反面、彼の頭に詰まったもやが払われていた。
一方、外野では。
「何でお前まで居るんだよ」
「私までとは失礼な。元々最初から居たんだぞ」
緩い服装の日系白人、リョウがこの観測所に姿を現して早々、美女に向かっての言葉。クラウディアが食って掛かる。
「まあまあ、そんな事で喧嘩しないで下さいよ……」
「ところで調子はどうだ?」
アンジュリーナがなだめ、ロバートが内容を逸らそうとリョウに訊く。
「調子? 良くはねえな。どこかの長い銀髪の女がアンジュちゃんやアダムにメシ食わせてやれとうるさいんだよ」
途端、青年の後頭部をクラウディアの容赦ないチョップが叩いた。逆上して振り返り、顔の血の気を一層増したリョウ。
「一々叩くんじゃねえ! 暴力女はモテねえからな!」
「人の事を散々罵るお前が言うな!」
兵士達が目の前のコントにゲラゲラ笑った。睨み合う二人は視線で頷いて一時休戦協定を結ぶ。
「で、何の用だ?」
「用も何も、暇だ。おーい、皆元気かー?!」
ロバートが雰囲気に乗じて話題を変えた。リョウの掛け声に兵士達が声を上げる。
「良いねえ。お前らはいつも変わらんなあ」
「俺にはリョウさんこそが変わってないように見えますがね」
若い兵士の一人が言い返す。
「そうか? ピーター、お前入ってからどれ位だ?」
「十八の時から四年ですよ。少なくとも初めて会った時から今まで何も変わってないんじゃ?」
言われてリョウは首を傾げながら、自分を見回して考え口を開いた。
「俺は七年前から居たんだ。そん時は髪も短かったし、髭も剃ってたんだぜ」
「髭無し? 想像出来ない……」
リョウが自慢げに顎鬚を撫でながら、イメージに悩む兵士を見て苦笑した。
「でも性格は昔っからこんなだからな。一人で無茶振りして前線へ殴り込むごり押し戦法は昔からの伝統って訳」
ロバートの乱入。場の笑いは更に盛り上がる。少数は呆然とその様子をただ見守っていた。
「アダム、あんな下品な男共みたいにはなるなよ。お前はまだ純粋だから救いようはある」
とクラウディアが苦笑しながら耳打ち。だがアダムにはその言葉の意味どころか、リョウ達の行動の意味すら分からなかったのか、返事せず黙ったまま。
「うるさくて困った事はないか? 私がきつく……」
「無い」
自分が言い終わる前に即座に返ってきた回答に、ガクッと拍子抜けしたクラウディアは少しの間考え込んだ。
(スルースキルは私も見習うべきだな……ストーン先生から聞いたが、本当に感情が無いのか?)
リョウはうるさい反面、人間味こその面白さもある。だがアダムには欠点も利点も無い。それがクラウディアの不審感をかき立てるのだ。
「クラウディアさん、アダム君の事やっぱり心配ですか?」
彼女が腕を組んでいる最中、この場における唯一の同性からの声。真面目で思いやりがあり、皆に可愛がられている可愛い後輩だ。
「まあな、正直言って人間なのか疑わしい」
数メートル離れた所で立ったままのアダムの視線は、何時の間にか乱闘に発展したリョウと兵士達のやりとりを見ている。アダムの定まらない視線は何かを考えているようにも見える。
「男ってのはつくづく不思議な生き物だな。単純と思えば繊細で複雑なのも、まるで予想出来ん」
「アダム君は全然違うと思いますけど……」
「それもそうだな……」
話題が消え、沈黙。数秒後、年上の方から会話が再開された。
「だがアンジュは根気強いな。お前はアダムを見捨てようとしない。私なら気が折れるかもしれないよ」
「いえいえ、当然の事をしているまでです。そんな特別な事なんて、私は困った人を助けたいだけですから」
「真面目でお前らしいな。かわいい奴め」
「もー、クラウディアさんまで子供扱いしないで下さいよー」
クラウディアの手が子供の相手をするように、髪をかき乱しながらアンジュリーナの頭を撫でる。主張するアンジュリーナだが、子供のような笑顔を見せた。クラウディアにとって八年も年下の少女は、何時まで経っても子供なのだ。
周囲が笑う中、少年一人だけは表情を一切変えていなかった。
アダムの目は定まっていない。
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