完結済 短編 現代世界 / 恋愛

エンドレス・バレンタイン

公開日時:2023年2月5日(日) 12:00更新日時:2023年2月5日(日) 12:00
話数:1文字数:49,567
ページビュー
157
ポイント
47.4
ブックマーク
0
レビュー
0
作品評価
N/A

 大人は自分達の住んでいる所が地方の小さな町だとか言ったりしてるけれど、小学六年生の12歳の自分にとってはここが全世界だ。それに、そんなに小さい小さいっていう程?って思う。

 実際、新幹線の駅だってあるし、超大きいショッピングモールだってある。アウトレットって言うのも最近出来たし。 

 美ぃちゃんや永嶋さんが行ってきたって話してた。カッコいい服とかが安くなってるんだって。「私も行きた~い」ってお母さんに言ったら、「そーだねー」って言ってから「今まだ渋滞スゴいからさー、もうちょっと落ち着いたら行ってみようー。でも結衣、あんた的にはイオンの方が楽しいかもよー」

 確かに。実際私は、服とかにはそれ程興味ない感じ。イオンには本屋やゲーセンや映画館だってあるしね。こっちの方が好きだな。

 でも、アウトレットには真っ白で大きな観覧車がある!これはスゴいかもって。やっぱりクラスとかにも「乗ってきたー」っ話は聞く。「床もガラスで、すごく怖かった~」んー私も乗ってみたい!羨まし。

 まーでも周りには何にも無いんたまけどね。観覧車から見えるのも山や田んぼ、高速道路か新幹線くらい(らしい)。一番上の方からなら、ギリ海見えるらしいけど。   

 それに、今の季節だと雪でただ真っ白なんだから、どうなんだろ、冬の観覧車。乗る人いるのかな?でも上から雪が落ちていくの見るのも面白いかも。雨降ってるよりは良いのかな。 

 こんなわけで、まぁ地方の田舎には違いないのかも。冬はどんより暗い感じはする、っていうことも最近分かってきた。もっと小さい時は、雪が降ってきたってだけで嬉しくて楽しかったけど、やっぱり段々ね、スノボとかやってるとかじゃない限り、もうあんまりテンション上がらないっていうか、もう敵!みたいな。 

 だいたい3学期になってから雪ばっか。もう寒すぎ、冷たすぎ。二月になってもしっかり雪積もってる。テレビで見る東京とか都会の方とかの、冬でも雪無くて外で普通に出ていられるのは正直良さげ。まぁ、どっちみち雪降る前から外で何かするってこともなくなってきてたんだけども。

 そう二月。といえばバレンタインデー。私もそれなりに関心あります。なんたって後一週間だしね。英梨ちゃんなんてクリスマスの時からバレンタインの話してたもんね。



   ◇   ◇



Valentine's Day is coming! T-minus seven days and counting.


「2組の木原さんさぁ、織田にあげるらしいよー」

 英梨ちゃんが、いつものように最新情報を公開してくる。

 月曜日の昼休み。第2回目か3回目だったかのバレンタイン会議。教室の後ろの窓際の席の周りに、クラスの女子7人が集まっている。数的にはこの1組の女子の約半分だ。

 ちなみにここは上城かみじょう英梨奈ちゃんの席だ。

 木原さんは図書委員をやってる、三つ編みの背の小さめの子だ。私はだいたい何にもしてない、髪の毛。楽ちんなショート。

 そして織田は、町のバスケクラブに入ってる2組の男女。背はまぁ高い方かも。

「えっ?そうなん?」

と英梨ちゃんの前の席の美ぃちゃんこと川上美久ちゃんがが、椅子に横座りで右手で背もたれ抱えながら、「まさかあの子が!」って感じで答える。

「うん、そうなーん!柴田さんから聞いたんよー」

 英梨ちゃんが言う。2組の柴田さん。バドミントンクラブに入ってる子だ。英梨ちゃんもバドクラブ。

「ああ織田は人気あるな」

 多賀涼子が標準語のイントネーションで、みぃちゃんの隣に立って腕組みしながら言った。

「かっこいいもんね…」

 ポツリと永嶋麗奈ちゃんがうつむきがちにつぶやく。

「あ麗奈ちゃん織田だったー?」

 英梨ちゃんが聞く。

「え、私はただかっこいいかなって」 

 しかし私の横の永嶋さんの耳はすごく赤くなっている。

「確かにかっこいいもんね~」 

「えー真琴ちゃんもけ?」 

 美ぃちゃんが宮本真琴ちゃんを追及する。

「えーへへ~。まだ迷っとる~」

 独特ののんびり口調で返す真琴ちゃん。おでこのところでピン止めの髪型が、またフワッとした感じ出してる。

「織田くん、図書クラブに入っとるよね」

と言ったのはアラレちゃん眼鏡の吉本優香里ちゃんだ。アラレちゃんが何なのかは知らないけど、そういう眼鏡なんだって。

「えー!?そうなん?」 

 驚きすぎ、上野結衣。私だ。

「バスケクラブやと思っとった」

 また私。

「あーバスケも入っとるよ。途中から図書クラブにも入ったんよ~」

 真琴ちゃんだ。

「へー」

「えーみんな知っとるよ」

 笑いながらみぃちゃんが言う。

「そうなん?っていうかクラブ2つも入れたんや。すごいなー織田」

「っていうかそこー?関心!」

 すかさず英梨ちゃんが私にツッコミ。

「一見関心なさげだよね」

と次は美ぃちゃん。

「でも去年さー、私と同じように六年から睨まれてたよね、五年のクセにチョコ渡そうとしてたって。しかも六年の人に渡してたとかでさー」

 英梨ちゃん暴露。  

「マジ!?」吉本っちゃんのアラレちゃん眼鏡がこっちに向けられる。

「や、英梨ちゃん声、大きいから。それにそんなんじゃないしね…」

「え、そーなん?でも去年のバレンタインのあとさー、南さんたちに私と一緒に呼び出されてたじゃん」

「なんと!」

 アラレちゃんが眼鏡を直しながらズイッときてる。

「わぁ…」

 隣では麗奈お嬢様が、瞳をキラキラさせて私を見上げてきてる。

 そうそう麗奈ちゃん家は凄く大きな会社をやってる。確か全国区レベルの。そこのお嬢様なのです。いけませんよ、お嬢様はこんな話に乗り込んできたりしては。しかしお嬢様はこの手の話が大好きなんだよね。まー、みんなだいたい好きなんだけど。

 でもそれが自分の話となると別!少なくとも私は。そもそも上手くいってない失敗談だろ。黒歴史やんけ!

「まー五年がどうとかもう何なんだろうね」

 美ぃちゃん。

 そうなのだ。ここ灘城なだしろ小学校ではバレンタインにチョコを渡せるのは六年生だけ!っていう掟?みたいのが受け継がれているらしい。「お母さんの頃にもそうだったみたいやよ~」って

みぃちゃんが前の会議の時に話してた。 

「でもホント南さんプンプンだったよねー」

「英梨ちゃん誰にあげたんだっけ?」 

と美ぃちゃんが聞いた。

「前田ー」

 去年、英梨ちゃんと同じ五年2組の人だったはず。

「え~じゃあ今年も前田くんけ~」

 真琴ちゃんも何気にしっかり聞いてくるよね。

「え、違うよ」

「え、そうなん!?」

 なんか私こればっかのような…。

「そうやよー。もう終わってるってー。結衣っちだって違うんやろー?」

「え、や、もともと私は何にも無かったんよ…」

 ていうか終わったって何が?

「上野は結構気が多い」

 ちょ、多賀涼子!

「な、涼。ちょっとなに言うが!?」

「上野は、今は五年のヤツに夢中だ」

「涼、言い方!」

「ここでその呼び方ヤメロ」

 これ、周りにも聞かれてるから。男子とか気の無いふりして絶対聞いてるし。そこら辺バレバレだし。今は女子の軍団の圧が強すぎて男子は離れてるけど。こっちとあっちとの情報戦は始まっているのだ。それより…

「え誰なん?五年?」

「先輩の次は後輩みたいなー?」

 美ぃちゃんと英梨ちゃんが聞いてくる。

「4月に転校してきたヤツだ」

「いやだから、そんなんじゃない~、もー」

 むだに男前なしゃべり方してからに!

 英梨ちゃんがピンときたって感じで、

「あー知ってるー。結衣っち達の行ってるサッカークラブに来た子やろー」

「あ、前に職員室で聞いたことあります。凄くサッカー上手な子が転校してきたって」

と麗奈ちゃん。

「確か横浜からだっけ。あたしもそいつ行っとくかな」 

 いきなり美ぃちゃん何言い出すんっ!?

「いやダメだって。私もそういうんじゃないんだし」

「うわ、ダメとか」 

「上野はサッカー上手いヤツ見たら節操無いからな」

「いやだから言い方ね!」

「セッソーってなんだっけ」

えーっとですねとか言って麗奈ちゃん、吉本っちゃんに説明始めないで。

「わーヤバいかも結衣っち…」

 吉本っちゃん一体何を吹き込まれたんだ。お嬢様がフンスってなってるのは気のせいだろうな…。

「まーでもスゴいやつってのはホントなんだよね、キャプテン?」

英梨ちゃんが涼子に聞いた。

「かなり。前に真田さんと互角にやってたみたいだしな」

 実は、涼子は私が入ってるクラブでキャプテンをやってる。

「ふーん」

 とここで、

〈キーンコーンカーンコーン…〉

 昼休み終了~。昼掃除ー。会議かいさーん。

 皆それぞれの席に戻っていく。よく見たら、女子の集団が私達の他にも2つ出来てたみたいだ。塊がほどけて長い髪がそれぞれに散らばっていく。

 反対に女子圧が解かれた辺りにある自分席へと、そそそと男子が戻ってくる。

 なんかごめんなさい。

 多賀涼子は3組でクラスが違うので廊下に向かって歩いていこうとする。

「上野。練習来いよ」

 一番後ろの自分の席に着こうとしてる私に、言ってきた。

「…うん」

 うつむきがちにそれだけ答えただけ。そして何となく外の方見たら、一つ席はさんだ窓際の英梨ちゃんと目が合う。英梨ちゃんは左手で頬杖ついて、こっちを見て右の眉だけ上げる。

 窓の外は昼休み前から降りだした雪が勢いを増していた。

 (また雪かー。朝は天気良かったのになー)



 って、一瞬しんみり思ってたら頭の上の方から、

「あー、というわけで上野さんは来週見込み無しだから、男子」

 髪が総毛立って、あり得ないくらい私の一重が大きくなった。

「ちょっと!!涼!!」

 すぐに立ち上がって後ろをみたけど、ヤツはすでに廊下に消えていた。

「おーい上野、んな事よりソージなんだけど」

「あ、ゴメン…」

 男子に掃除しろって言われる女子って…、最悪。 

「あははー、結衣っち義理チョコ係り決定やねー」

「上城、お前もさっさとやれよなー」

 またもや男子に叱られる女子である。 



   ◇   ◇



Valentine's Day is gonna be here in T-minus four days and counting.


「ねぇねぇ、上野さんって五年生の御崎君に気があるん?」 

 はい?

 2時間目が終わった休み時間。英梨ちゃんと麗奈ちゃんと一緒にトイレから出てきた所を

、後ろから声かけられた。

「ちょっ、萌ちゃん!」

 他のクラスの人もいるこんな場所でも、こんな話を堂々としてくるのは、1組の人気女子の川崎萌ちゃん。生まれついてのセンターみたいな、六年生全体でも

一二を争うくらいのお方なのだ!

「あー萌、こんなところでも何だからあっち行こうー」

と、もう一人の一二を争う女、英梨ちゃんがフォロー。そう、実は英梨ちゃんは抜群に可愛い。ちょっときつめかもだけどね。

「そ、そうです。こんな所じゃしっかり話せませんしね!」

と、お嬢様感満載の麗しのマドンナ麗奈ちゃん。あなたも一二を争うメンバーだったわ。

 そして私の手を引いてフォロー…って、全然そうじゃ無いよね、これ!連行だよね、これ!


「で、どうなん?」

 萌ちゃん。私の正面に立って聞いてくる。

 1組と2組の前の廊下の、広くなってるワークスペースの隅っこで、学年のアイドル三人に囲まれてます。なんか尋問受けてる下っ端の子悪党みたいで…。

「いやホントそういうのじゃ無いッスから」

「そうそう、ただちょっと夢中なだけなんだって」

 英梨ちゃん、なんでそう言う…

「って多賀っちが言ってた」

「それ、私達のとこにも聞こえてきたー」

 あー、月曜日の昼休みのやつやわ。隣のグループに萌ちゃんいたの見たわ~。

「やっぱり、そんなにかっこいいんけ、あの子?」 

「いや、プレーがね、サッカーの」

「ふーん。かっこいいことは、かっこいいってことやね」

「え、あー、うん。いやだからサッカーがね上手いんよ。もう凄く。それ」

「そんな凄いん?」

「まー、凄いね。六年よりも強いよ」

「はー、そんなんや?これはやっぱ興味あるな~」

「萌はなー」

 英梨ちゃんはため息ついて言う。

「まー分かるけど、こんだけ自慢されたらなー興味でるわー」

「や、別に自慢したってわけじゃ…」

「いえ結衣ちゃん、もう遠くを見る目みたいになってましたよ」

 もう麗奈ちゃんの背中にワクワクって文字が見えそう。

「なってませんっ。ねー、それより三人にこうやって囲まれてるの辛いんだけど」 

って言いながら、みんなの頭の向こうに視線を送る。

 学年のアイドル三人共を独り占めの、この状況。そして頭一つくらい突き出てる私。男子の視線や女子のなんやかやが丸見えでメンタル落ちそ…なんですけど。 

 三人が私につられて後ろを振り向く。

「あー…」

 英梨ちゃんが半笑いみたになって言う。

「ふわ、なんだか見られてますか?」 

 や、もう十分ガンガンよ私的には。やっぱりこのお嬢様には、ここら辺の自覚無かったか~。

 バシッ。

 何だ!?って思ったら左腕の所に萌ちゃんの右腕が延びてきてた。これは、いわゆる『壁ドン』では…。

 英梨ちゃんもこっちに向き直って「ほぉ~」って感じで見てる。まさか「ヒュー」って口笛とか吹かないでね。いや、似合ってそうだけど。

「わわわ」

 麗奈ちゃんも、顔の前で両手を握り込んで嬉しそうにこっち見てる。

「結局、御崎君てさ好きな子とかおるん?」

 なにこれ、何か私が御崎役で口説かれてるみたいになっとるやん。萌ちゃん、わざとだよね。 

「え、や、し知らんよそんなん…」

「嘘や~」

「いやホントホント。そんな話したこと無いわ」

「ふーん…」

 萌ちゃんが手を下ろす。

「なんか目立ち過ぎちゃったね」

 テヘペロだ。ファンの心を鷲掴みってやつ。

「確かに少し目立ち過ぎたかもねー」

 英梨ちゃんが顔だけ後ろに向ける。

 英梨ちゃんの大きな瞳の先を辿って行くと、廊下の角のフリースペースの辺りに立っている女の子と目があった。

 (わぁ~) っ心の中で言ってたら、

「今度は五年から呼び出されるかもよ。結衣っち」

 校内アイドルNo.1の呼び声高い(らしい)(いやたぶんホント)、犬神沙織ー。



   ◇   ◇



「あーん、私も壁ドン見たかった~」

 椅子に横座りしてる美ぃちゃんが、足バタバタさせながら言う。

「ズバリ~決定的瞬間てやつだったね~」 

 そういや真琴ちゃんは写真クラブだったね。

 そこへ多賀が腕組みして

「私は見た」

 家政婦かよ!なんか偉そうだし!いや、家政婦さんはエライ仕事だと思うけど。

「歴史の目撃者様ー!へへー」

 吉本っちゃんノリがすごい。

「一部始終見てた」 

 もう反り返っとるやないけ。

 て、いうか

「涼、あんた見てたんなら助けてよね!」

「アイドル三羽烏の中に入ってくのイヤだったし」

「ウソやー」

「実は御崎がそっちに行きそうになってた」

「え、ウソ?」 

「今日体育センター8時から練習な」

「え、あうん、知っとる。今日は行くよ。え、賢太郎おったん?」

「知らない」

 テヘペロ!涼子ホンマ見てたんだな。しかも様になってて悔しい。このクールビューティーがッ!

「ぬぬぬ」

 今日の昼休み。教室は業間休みでの一件で話題が持ちきり。

「いや、壁ドンて初めて見たわー」「なんかドキドキしたー」「俺も見たかったわー」「されたーい」とかとかとか…。

 早よ卒業式やって。

 話題変えよ。

「麗奈ちゃんは?」

「職員室に行っとるよ」

 美ぃちゃんが教えてくれた。

「合気道クラブのことやって。萌ちゃんも一緒に行っとるよ」

 居ないなーと思ったら。

 あの二人が合気道って、ほんとイメージ無いんだよね。ギャップ萌えまで持ってくかよ、みたいな。 

「クラブ活動も来週で終わりだもんねー六年」 

 英梨ちゃん珍しくしんみり。

「そ~やね~」

「あー卒業かー」

「いまいちピンと来ないけど」

「そだね」

「ふふ」

「まー中学も一緒なんだしね。ちょん」

 突然後ろから背中をつつかれる。

「わわ」

 いつの間にか萌ちゃんと麗奈ちゃんが来てた。つついたのは萌ちゃんです。

「職員室遠いわー」

「遠かったねー」

 貴重な昼休みが削られたこと、心中お察しする。

「お疲れー。いやーそれよりさー、結衣っちは御崎君を賢太郎って呼んでんの?」 

「へ?え、あ…そうやけど」

「あ…そうやけどって、下の名前で呼び捨て、やらしー」 

 女の子の口から「やらしー」って単語出さないで、みぃちゃん。男子の反応がこわいよー。

「え、普通だよ。チームメイトだし。みんなそう呼んどるよ」

「私は御崎と呼んでいる」

 エヘンみたいな。 

「へへー」

 速攻おもしろ変換の漫画クラブの吉本っちゃん。

「え、やでも、みんなそう言ってるよ」

「上野以外は男だよ。下の名前で呼んでるの」

「え、あ、そうなん?え、ウソやろ?あれ?そうだっけ?」

 萌ちゃんジト目である。

 え、なんか私すごい図々しいやつみたいになっとったん!?ヤバ恥ずい。

「あちゃー何かごめんねー結衣っち」

「あーでも私もさっきオヤって思ったよ」

 美ぃちゃん…。

「実はあたしも~」

 真琴ちゃんまで。私ってうっかりなのかな…。

「うっかりだな」

 こわっ、涼子心読めんの?

「くっ、殺せ」

「あっはっはっ、結衣っちはもうー」

「受けたー」

「アハハ…。私ちょっとトイレ行ってこよー」

「私もそろそろ戻るかな」

 脱出だ。もう耐えられん。

 3組に戻る涼子と廊下に出る。まだバラバラと人が結構いる。まだ時間あるからね。

「あー結衣っち、本当ごめんね」

 後ろから英梨ちゃんが追いかけて来てた。

「怒ってない?」

「うっかりなだけ」

「う、確かに。あ本当そんな怒ったりしないよ」 

「良かったー」

「逆に気付けて良かったかも」

「次から何て呼ぶんだ?」

「え、あー…」

「今日練習来るんだろ?」

「ん~呼ばないとか?ははは…」

「あー私やっぱりごめんねー」

って言いながら英梨ちゃんがギュッて抱き付いてくる。

「あははー、大丈夫だよ」

「そう、うっかりなだけ」

 ジャレながら歩いてたら、何やら前に眩しいものが、って思ったら人だった。

 ザ·アイドル、犬神沙織。

 その凄く整った顔に睨まれて私はこう思った。「殺される」。英梨ちゃんの右眉が上がってた。



   ◇   ◇



「ぁあの、私、ご五年2組の、ぃ犬神沙織です」

 知ってる。いや、こうして間近で見ると本当綺麗だね~。ちょっと緊張しちゃってる所とかも見直したよ。

「あ、えと、わわ私はろ六年の上野でふ」 

 私の緊張の方が上回ってたわ…。

 ここ、またしてもワークスペースやんか。しかも真ん中。

「もしかして御崎君の事?」

 ヒイッ、英梨ちゃん強っ!

 コクン、って音が聞こえそうな感じで犬神さんが頷く。いちいち絵になるね。すごいな。 

「あの、上野さんは御崎君とは、あの……どういう関係なんですか!」 

「……!」

 いや最後すごい早口になってたね。まぁあんなセリフ小学生にはちょっと向かないよね。たぶん…。

「え、あ、いや、関係って、そのサッカーのチームメイトってだけやよ……」

「そうなんですか?でも、そんな噂聞いたんで…」 

「そ、そん、どんな噂なってんの!?」

「えっと、上野さんが…御崎君の、こと、狙ってる…みたいな、です」

「…ッ!」

 もう、口開けてボーゼン。色々とショック。やっぱりこの前の昼休みのまずかったんだ。

 私は英梨ちゃんと涼子に方を向いて

「どうしよう…」

って言ったところで、元々の目的を果たすために駆け出した。

「あートイレー。私も行っとこ」

「私は教室戻るよ、じゃ」

「あんたも戻んなよ。もう時間無いよ。また後からにしとき」

 犬神さんは、こうして一人残されたそう。いや、一人で六年エリアに来てたんだね。さすが。



   ◇   ◇



 そしてやっとの放課後。

 今日は木曜日だけど、明日が祝日で三連休。階段を降りていくみんなの足取りもだいたい元気だよね。

 私は、夜の練習のこと考えては落ち込んでいた。みんなの邪魔にならないように一番外側をのろのろ降りて行ってた。

「おー、いたいた。結衣っちー!」

最初の踊り場を半分くらい過ぎたとき、後ろから英梨ちゃんの声がして振り返ると、階段の下の方から手を振ってきた。

 他にも美ぃちゃんと萌ちゃんと麗奈ちゃんと真琴ちゃんに吉本っちゃん、涼子もいた。全部いたね。

 英梨ちゃんが、

「なに、昼休みのやつ気にしてんのー?」

って聞いてきた。

「まぁ…」

「もう、一人で教室出てって、多賀っちの前もスルーしていったらしいよー」

「冷たい女だ」

「え、あゴメン、涼」

 3組の前にちょうど階段が来てるんだよね。

「いいんだもん」

 同じ高さにある顔が、唇を尖らせる。

 涼子もはっきりした綺麗な顔してて良いなー、なんてぼんやり思ってたら、

「ねえチョコどこで買う?」

 階段を再び降り始めたところで、萌ちゃんがみんなに聞いてきた。

「コンビニでとかはね~」

「やっぱせっかくだから、イオンとか行きたいよね」

「明日とか皆で行かん?」

「美久っち、いーね。そうすっかー」

「できれば昼からにしてもらいたい」

「あー私も昼からの方が良いかもー」

「じゃ、昼からにしよっか。何時にする?」

 なんか話がどんどん進んでってると、二つ目の踊り場に着く寸前、

「お前ら、邪魔過ぎー」 

 後ろから緑のナイキのジャンパー着た男子が文句言ってきた。

 成田勝之。織田と同じバスケやってる子。この前「掃除しろよー」って言ってきたメガネ男子。あと…

「あー成田やー」

 英梨ちゃんが後ろに首反らしながら言う。 

「何がよ。三上通して」

「あうん、ごめん」

 美ぃちゃんが、ピンクのダウンの中に顔をすくめて、内側の壁に寄る。

「サンキュー三上」

「…うん」

 顔が真っ赤の美ぃちゃんです。まーそういうこと。

 成田に続いて男の子が三人、慌てて降りて行った。女子が集団で前を歩いてたりしたら、追い抜きづらい事ってあるよね。逆もまた。 

 私達もまた歩き始める。階段の下に下駄箱が見えてくる。

「うー、あんまり見ないで」

 まだ顔の赤い美ぃちゃん。

 美ぃちゃんもバスケやってるんだよね。まー活発系女子みたいな感じ。

 そして成田の事が好きなんです。ちょっと冷ためな感じがかっこいいんだとか。

「美久ちゃん、乙女って感じで可愛い。このシチュエーション使えるわ!」

「ちょっ、ネタにせんといて~」

 美ぃちゃんが吉本っちゃんのランドセルを叩いたところで、一階に着いた。

 冬の玄関の混雑は、まるで立体絨毯の中に入り込んだみたい。

 色とりどりなダウンジャンパーや帽子達が、入口の大きな大きなガラス扉に向かって出ていくためにひしめき合ってる。

 下駄箱の前では、モコモコが屈んでは伸びたり、伸びたり屈んだりが順番に繰り返されて、いろんなおしゃべりや長靴のカポカポいう靴音とかとが、朝から始まった三日ぶりの日差しの中に消えていく。

 玄関に着いて混んでるの見ると、むわんてしてそーとか思ったりもするけど、外に出てゆっくり散り散りになってくと、何だか寂しく感じる時もあるから不思議だ。

 前の方歩いてる半ズボンの人見て(いや元気だな~)とか思ってたら、英梨ちゃんが

「あの人けっこう半ズボンだよねー」

 萌ちゃんも、

「女子が冬でもスカート履いてくるのみたいなもんじゃね」 

美ぃちゃんが、

「中学なったら寒くても一年中スカートやぜー、イヤやー。」

 みんな同じようなこと考えてたか。冬に太もも出てんの目立つもんね。

 そろそろ私達も下駄箱の方に入ろうかなってなったとき、横から真っ白にゴールドのファスナーのアディダスのダウンコートが滑り込んできた。

 あ、犬神沙織。

 私は所々擦りきれた黒のアディダスのフィールドコート…。

 んーもしや昼休みの続きかな…

「あ、あのお昼休みの、また後からに聞きに来てって言ってたんで…」

「へ、言った?」

「あー、そんなん言ったかもー」 

 英梨ちゃんをジロリ。

「むー。なんかもともと英梨ちゃんや涼のせいなんじゃ」

「うーゴメン、実はそんな気がしてました」

「悪かった。だから私は上野の見方だ」

「ちょっとあっち行こうー」

 英梨ちゃんが、階段の横にある道具置き場みたいな広くなってる所を指差す。

 ちょうどベンチも置いてあったので座る。全員分は無いので立ってる人もいるけど、私は座ったね。涼子と英梨ちゃんと犬神さんは立ったまま。

 なんだかさらし者なんじゃないかと思い出して、

「バス時間とかあるから、私だけで良いよ」 

「いやー責任感じたしー」 

「上野の味方だ」

と英梨ちゃんと涼子。

「私はお迎えありますから大丈夫です」

とか

「まだあとからのバスあるから~」

とかで皆そのまま。

 まー実は独りだと心細かったりしたから良かったかも。

 相手が相手だからね。 

「犬神さんは、御崎君が好きなん?」

 分かってる事とはいえ直球だな美ぃちゃん。

「はい」

 いや揺らぎのない答え。

 もうそれで良いんじゃない?

「んー、じゃあそれで良くない?」

 美ぃちゃんもそう思ったみたい。

「でも、夏ごろから、あの、上野先輩のはなしが…」

「先輩!」

 私がその響きの新鮮さに感動したら、

「え、夏?」

 そう言った英梨ちゃんが涼子と向かい合って、それから二人で私を見てくる。

「へ?」

 そうだ。今「夏ごろから」って?

「いや知らない。いやホントーそういうこと賢太郎と何にもないからね!」

「…でも」

「いやいやホントだって。あえていうなら賢太郎のプレー好きで見てたってだけ、で…」 

「…賢太郎…」

「え」 

「うっかりだな上野」

「え、あー名前で呼ぶから?とか?」

 コクンってまた可愛く絵になる犬神さん。

「え、でも考えたら名前で呼んどる男子なんて他にもいるって。ルーとかさー」

「他の奴らは、上野が小さいときから一緒にやってきた奴らとかだろ。それからルーはあだ名だろ」

「だから?」

「御崎の事を下の名前で呼んでる女子は上野だけって事だ」

「それ、そんなになることなん?」

「真田さんだって下の名前で呼んでない」

「何で美雪ちゃん出てくんの?関係ないじゃん。それに涼、私の味方だって言ってたよね!」

「月曜の昼休みより前なら無罪かなと」

「な、ひどい!」

「まーまー、多賀っち無罪ってことはないと思うよー。実際こうやってこの子独りで乗り込んで来るくらいのきっかけ作ったんだってー」

「分かってる。大丈夫、私はいつでも上野の味方だぞ」

「はいはい、ありがとう」

「だから真田さんも関係ありだぞ」

「だから何で、関係ないよ…」

「ある。去年の呼び出し、六年生からの」

「涼子…」

「上野、あそこから話した方が良いと思う」

「あそこからって、南さん達から私と英梨奈と上野さんが呼び出されたときのやつ?」

「萌ちゃんもいたんや?」 

「クラスに六年来た時あったよ~」

 真琴ちゃんが吉本っちゃんに教えてあげる。

「四年の時も六年生来たよね~」

「へー恋する女だね」

「わざわざ二階まで降りてきてさ、流石に恐かったわ!あははー」

 端っこの美ぃちゃんが、

「いや萌ちゃん懲りてないよね」

「だってへんな掟みたいなの意味ないよ。美久ちゃんも成田にちゃんとあげなきゃだよ」

「ななななっ」

 湯気モノの大照れ、美ぃちゃん。 

「成田も美久ちゃんの事好きだと思う」

「そうかな~…」

「あ~私もそうだと思う~」

「サンキュー三上、スチャッみたいな」

 吉本っちゃん悪のり。

「もー人のこと言って~。なんなんスチャッて」

「いや効果音的なやつ」

「あ、あの、みなさん上野先輩の話を…」

「そうだ、上野さんあの時たしか前場さんにチョコあげたとか何だとかで言われてたような…」 

「そうだったなー。結衣っち一番言われてたよなー」

「南さんと前場さんの事好きだったんだよね」

「だから余計にかー。結衣っち根性あるなー」

「前場さんて結衣ちゃんのクラブのキャプテンだったんだよね」

「なる程ねー」

「ん?だから何なの?今の話と関係あんの?」

「実は、上野は前場さんにチョコあげた訳じゃなかったんだ」

「は?どういう事?」

「上野は、ホントは真田キャプテンに渡すつもりだったんだよ」

「な、そうなの?」

「上野はサッカーバカだから、プレーの凄い人にアホほど惹かれるんだな」

 う、なんか酷い言われ方。

「去年の今頃、真田さんはトレセンに行ってて、私達はなかなか会えなかったんだ」

「あー何か強化選手みたいなやつ」

「そう。ホントセンスの塊みたいな人だからな。上野の気持ちも分かる」

「ほー」

「んんっ。まあそういう訳で、クラブで会えないから、学校で渡すことにしたんだ。それで六年の教室まで行ってみたんだが、その日真田さん休んでたんだよ。仕方ないから戻ろうとしたら、前場さんと出くわして上野が手にしてたチョコを見て『それ、俺にくれんの?真田に?じゃあ俺、今日あいつに用事あるからさ、渡しておいてやるよ』って強引にもってちゃったんだ」

「私もあの時きちんと断っとけば良かったんだけど…いつの間にか涼子は居なくなってたし…」

「前場さん、苦手だったんだよ。というか告られてたから避けてた」

「え、そうなの?」

 何か知らんけどショック。涼子方が大人って感じでショック。

「ま、この話はどうでもいい。前場さんは上野から貰ったと言い出してたようだな」

「うわー、それが南さんにも伝わったと」

「更に前場さんもホントの事話したみたいだから、余計に上野にむかついたんだろな」

「あー、好きな人をチョコ渡すパシりに使ったみたいな」

「しかも相手が同じ女」

「しかも前場さんは真田さんにも告白してたらしい」

「えマジ!?」

「うーん、なんかややこしい」

「大変だったんだね~結衣ちゃん」

 いやもう隠れたい。

「もしかしたら私や英梨奈はついでみたいもんだったのかもね」

「そうかもなー。たしかに結衣っちこんなのに関係無さそうな感じやったから意外だなーって思ってたわー。なる程ねー」

「あ、あの、それが御崎君と何か関係あるんでしょうか?」

「まーだから上野はこんなやつだってことだ」

「はぁ…」

「去年の四月、真田さんがいなかなったクラブに御崎がやって来た。真田さんと同レベルの凄いやつが入ってきた。上野だけじゃなく、みんな魅せられた、一瞬で」

「ホント、こんな凄い子、今までどこにいたんだろうって思ったよ」

「たしかに。東京でもあれくらいなのは、そういなかったよ。神奈川の人にも聞いたけど、誰も知らなかったよ」

 多賀は四年生の時に、東京からお父さんの仕事の都合で引っ越して来たんだよね。結構強いチームにいたみたい。

「サッカーバカ上野はずっと御崎のプレーを見続けてたんだ」

一つ息をはいた英梨ちゃんが、私の方を向いて

「御崎君のプレー追いかけて続けてたら、御崎君を好きになっちゃったか」

「…うん」

 コートの襟を鼻まで上げたままの私の返事は、こもって小さかった。

「でも、賢太郎は美雪ちゃんとやっる時が、うぐ、一番楽しそうなの…ぅぅ」

 泣きたくないよ。こんなところで、恥ずかしいし、

「美雪、ぢゃんとやってる時が、ぅ、ぅー、一番光ってるんだもんー」

 うわぁ~ん。もう駄目。泣いちゃった。悲しいけどもう無理。泣いちゃおう…。

「ふぇぇ~ん」

「上野、これ」

 涼子が体操服の袋からタオルを出して渡してくれた。

 私はファスナー少し下げて、ブルーのPUMAのタオルを顔にあてた。

「結衣っち…」

「先輩…」

 そう言って英梨ちゃんと犬神さんが私に近付こうとした時。

 私の隣からずっと静かだった麗奈ちゃんも突然「えーん」て泣き出した。

 涼子もあわてて、

「なんだ永嶋!?」

 もらい泣きにしては大きかったから、英梨ちゃんも

「麗奈っちどうしたん!?」

て麗奈ちゃんの前にしゃがみこむ。

「さっき織田君と木原さんが~、えーん」

 そうだ、しゃっき、一階に着いたときに、織田君とその隣に木原しゃんが歩いてたの見えた。織田君は大きいから直ぐに分かったけど、木原さんは小さいから分かりにくいハズだったんだけど、麗奈ちゃんはまだ階段降りてなかったから上から見えてたんだね、きっと…。

「たまたまくっついて歩いてただけかもよ…」

 バカ、涼子。

「えーん、やっぱり皆も見えてたんだー」

「こらー、そこー。何やってんのー。皆帰ってるよー…ん?」

 1組の担任の先生が見回りにやって来た。

「な、上城さん、大丈夫なの?」

 しゃがんだまま振り向いてた英梨ちゃんが、麗奈ちゃんの頭に手をやりながら、

「えーと、まー、はい」

「ふー、そう。怪我とかじゃないのね?」

「はい、怪我とかのじゃないです、まぁ」

「ん。何かあったら何でも、言いなさいね。あ、永嶋さん、お父さんが来たみたいやよ」

 校門の所で待つ、丸い眼鏡をしてヒョロっとした麗奈ちゃんのお父さんの姿が浮かぶ。

「えっ。あ大変だ」

 クスン泣きになってた麗奈ちゃんがハンカチで目を拭いたり擦ったりしてから立ち上がる。

「大丈夫?永嶋さん」

「はい」

「そう。じゃあ皆も気を付けて帰るのよ」

「はい」

 みんなが返事して先生が職員室へ戻ろうと歩いて行った時、階段の方から、

「おい、待てよ御崎ー」

「えー、みんな行っちゃったよー」 

って男の子の声が聞こえてきた。

 涼子はとっさにコートのフードを私にかぶせた。 

 私はそれを手で引っ張って出来るだけ下げて、タオルで顔を隠す。

 それを見てた英梨ちゃんも私を隠すみたいに立った。

 やだやだ、見られたくないよ。見つかりたくないよ。

 タオルをあてる手に力が入る。

 他のみんなも立ち上がって、階段の方に向かって、

「あれが」

「問題の」

「御崎君」

「なの?」 

 みんなの注目をあびてる階段から最初に現れた男の子。

「あれー、多賀キャプテンじゃん」

 やっぱり気になりすぎたのと息苦しくなったのとで、ちょっとだけ手を緩めてフードの影からのぞく。

 すごく短い髪に丸いまゆ毛の猿タイプ。

「なんか」

「思ってたんと」

「違う…かな」

 ぽそぽそとファーストコンタクトの感想が聞こえる。

 いや違うよ。あれは…。

「なんだ石田」 

 涼子がみんなの期待とは全く違う名前を口にする。

「彼はルー君です」

 犬神さんがスムースに微妙な補足してきた。とりあえず「あれは御崎君じゃないから!」見たい感じで。

 あの会話のやり取りからだと、先に階段降りてきてるの賢太郎だからって私も思ったよ。

 じゃあこの後出てくるのが…。

 もうドクンドクンする。見つかりたくないのに、もっと向こうを見ようとしちゃうよ。

「なんだよ、さとるの方が先に行ってんじゃん。待ってたのにさー」

 ひゃわわわー。出てきたー。

「おい、ルー、御崎待てよー」

「御崎さーん」

とか言う声と一緒に4、5人の人達がドドドーって上から降りてきて、階段の影から出てきそうな賢太郎もろとも下駄箱まで行っちゃった…。 

 一人残されたルーは、

「なんなんだ、あいつら危ねーっすねー。キャプテン達は何し…」

「石田も早く帰れ」

「な、なんすか。いや帰りますけど…あっ沙織ちゃん!」

「ルー君、猫が迷い混んできて外に逃げていきました」

「え!それは大変だ!すぐ見つけてあげないと!ありがとう沙織ちゃん!」

 ビューンって音が聞こえそうなほど走って消えていったルー。

「奴こそなんなんだ」

 涼子がまったくと言って肩をすくめた。

 外の方見たままの犬神さんが、

「ルー君は何でも言うこと聞いてくれるんです」 

 たぶん駄目だよそれ。

 英梨ちゃんも心配そうに、

「あんた同級生に友達いんの?」

って犬神さんの後ろ姿に聞いたら、犬神さんの肩がピクってなって

「い、います。けど、私、目付きがこわいみたいなんで…」 

「あーあんた、モデルやってんだよね。ポーズとかでやらされるんでしょ」 

 振り向いた犬神さんが、

「はい、こうグってした感じとか。こわいですよね…」

「アハハ、迫力あるよねー。なまじ整い過ぎてっからかなー」

「すいません…」

「いやいや、褒めたんだよー」

 そうかー。実は私も、犬神さんの目力恐かったんだよね。ごめんなさい。あと、これもちゃんと言っとかなきゃ。やっぱり。

「えーと、あの、犬神さん」

「は、はい」

 私はまだ座ったままでフードもそのままだけだったけど、顔からタオルは取って背筋しゃんとしてから犬神さんの方を向いて、

「あ、私は賢太郎の事が、ぅ、す好きなのっ」

 なんでか頭も下げてお辞儀した。死ぬかと思った。というか死にそう。いや死んだかも。

 本人に言うわけでもないのに、誰かの事を『好き』なんだって言うのがこんなに凄いことになるだなんて、私は初めて知った。怖いのか思いきったのかよく分からない。

 結局またフード引っ張りながら丸くなった。

 ポンポンて涼子が頭を叩いてくる。 

「きゃわわわ~」

 なんか萌ちゃんが悶えてる。

「こ、心のノートにスケッチしたわ!」

 吉本っちゃんはホント… 

 上級生の盛り上がりを切り裂いて犬神さんが、

「私も御崎君好きです!」

 う、そりゃそうだろうけど、分かってるけど、なんか今こうやって聞いちゃうとショックというか、モヤモヤというか、ムカムカというか…

 へ?私ムカついてんの?何に?まさか…

「わ、結衣っち顔こわだよ…」

 はっ。なんかちょっと怯えた感じの犬神さんが見えた…

「試合中かって顔になってたぞ、上野」

「ごごめんなさい。え、そんなになってたの…」

「まー結衣っちは思ってた以上に恋する乙女だったんやなー」

 恥ずかしいー。女の子睨んだりとか何様!自分のでもあるまいしって、この言い方がもうヤダもう…

「もう練習行けないよ…」

「バカ。上野からサッカー無くしたらどうなるんだよ?」

「でも、無ー理ー」

「大丈夫だって。それに一緒に出来るのもあと少しだぞ」

「うう」

 そう。男女一緒に出来るのは中学入るまで。どうしたって体格体力違うもんね。その事も悲しかったんだよね。悲しい事しか無いのかな?

「私は上野の味方だ」

 そう言って涼子は私の前に立って肩を叩く。

「うん。はは、ありがと」

 目の前が暗くなったと思ったら、私と同じ真っ黒なコートが迫ってきてた。涼子が上から私を抱きしめてきてた。

「私は上野が好き」

「はは、ありがと」

 思わず私もしたから涼子を抱きしめて、ぽん、ぽんて2回涼子の背中を叩いた。

「あっさりしたやつだな」

 涼子が離れながら言った

「へ、何が?」

「少しは元気出た?」

「んー、出た出た。ははありがと」

 ほんとにゆっくりと少しずつだけど、元気みたいなのがプクプク上がってくる感じがしてきた。一瞬で不安みたいなのがフワーッてけられたみたいな。

 さすがに涼子も照れ臭かったのか、顔が真っ赤になってるし。こんな顔した涼子を見たのは初めてだった。

「なに人の顔ボケッと見てる?」

「いや珍しいもん見たなーって。ボケッとしてないしっ!」

 フンって横向いたら麗奈ちゃんが

「ふわわわわ~」

って悶えてるし、英梨ちゃんも

「多賀っち、あん、アンタ…」みたいになってて皆なんか変だなーって思ってたら、

「こらー、早く帰りなさいよー!」

って再び担任の先生がやって来た。

 美ぃちゃんが、

「ヤバ」 

って、体の前に抱えてたランドセルを背中に回しながら立ち上がる。

「バスとか終わっちゃうよ!永嶋さんもお父さん来てるんじゃないの?」

「あ、ホントだ!」

 いつの間にか玄関にいるのはホント私達だけになってた。

 私もベンチから立とうとしたら、涼子が手を出してきた。「ほれ」みたいに。その手をしっかりにぎってグイッて引っ張って貰ったら、思いがけずふらついて涼子に飛び込むようにぶつかった。

「キャッ」

 その時涼子の後ろに立っていた犬神さんがバランスを崩して倒れそうになったところを、素早く英梨ちゃんがキャッチしてるのが見えた。

 さすが英梨ちゃん。ナイス!

 あ、さっきの「キャッ」は犬神さんだよ。

 私は涼子のコートにボフンてなってて声も出せなくなってるから。だから、

「ちょっと涼子、離してよ!」

 なぜだか涼子はしっかり私を抱きしめたままだ。よっぽど危ないって思ったんだね。あんがと。

 でも、

「もう、大丈夫だからっ、ぶはっ」

「ご、ごめん」

「はー苦しかったー。いや、でも私こそふらついてごめんね涼」

「そうだ全く。練習不足だなっ」

「ははは」

 まったくその通り。ちゃんと行くからね。 

 それはそうと、吉本っちゃんが

「ふひゃわわわ~」

とか、真琴ちゃんが

「はわわはわわ~」

とか言ってるみたい。どうしたんだろ。

 そうだ英梨ちゃん達!

 萌ちゃんと先生が倒れてる二人の側に寄る。

「英梨奈、大丈夫なん?」

「んーまーね。でも倒れちゃったわー、はははー」

「いえ、先輩が支えてくれたので、ドスンといかなくて助かったです。命の恩人です!ありがとうございます」

「ホント大丈夫だったー、二人とも。見たところ怪我は無いようだけど。犬神さんも顔真っ赤じゃないの?痛いの我慢してるんじゃないの?」

 犬神さんは物凄く凄い勢いで首を振った。

「そ、なら早く帰りなさいよ。あ、あんた達猫見なかった?さっき廊下を横切ってたような気がしたんだけど。まいいわ。それじゃさようなら!」

「はいさようなら」

「先生さようなら」

 そうして私達はそれぞれ内履きから履き替えて、開けたままになってるドアから外に出た。

 先生や除雪の人達が雪をすかしてくれたお陰で、歩きやすくなってる。

 正面玄関から校門までのコンクリートのタイル模様も歩道のアスファルトも、今日の小春日和で残ってた雪も溶かされてはっきり見える。

 でもまだ、人や車の通る所とか以外には、雪が積もったまま。グラウンドもずっと遠くまで真っ白ですごく眩しい。冬の日差しは、キラキラしたのを混ぜなから、横からも下からもやってくる。

 学校の隣に建っている児童館とその駐車場をぐるッと囲んだ道路に作られたバス停。

 三つあるバス停はそれぞれ東廻り、西廻り、山側方面ってなってる。私と美ぃちゃんと涼子は西廻り、英梨ちゃんと萌ちゃんが東廻り、真琴ちゃんは山側のバス。麗奈ちゃんと犬神さんはお迎え。吉本っちゃんの家は徒歩通学の範囲にあるからバスで通えない。お母さんが迎えに来てくれるまで児童館で過ごす。

 麗奈ちゃんと犬神さんはお迎えがもう来てて、それぞれの車に走っていく。

「じゃあねー」

「うんバイバーイ」

「また明日ねー」

「はい。それじゃあー」

 駐車場から出てきた2台の車がバス停の前を過ぎていく。

 私達はバス停からその2台に手を振った。

 車の助手席や後ろの席からも、窓を開けて手を振ってくれた。

 クリーム色した四角い小さな、麗奈ちゃんのお父さんが運転する車が学校の前の大きな道に出る所で一度止まってから右に出ていく。そのうち学校の前を流れている川に沿うように左にカーブしている道の向こうに、タイヤを後ろに付けたその車は見えなくなっていく。

 赤色の、犬神さんを乗せた車を運転してるのは犬神さんのお母さん。犬神さんは後ろの席に乗って、赤色の車はクリーム色の車とは反対の方向に出ていった。

 犬神さんは私達にずっと手をふり続けていた。

 赤い車は学校の前の青信号をまっすぐに走っていった。

「私も行くねー」

 吉本っちゃんが駐車場の向こうの児童館へと走り出した。

「うん、じゃあねー」

「うん、またー」

 薄紫のランドセルした吉本っちゃんが、児童館の入り口で自動ドアから出てきたモジャ頭の男の子とぶつりそうになった。

 「おととと」って聞こえそうにな感じになったけど、転ばずに中に入って行った。

「吉本っちゃん危なかったねー」

 私が言うと、

「うん、あーって思ったー」

 美ぃちゃんが口にあててた手を離しながら言った。 

「ねえねえ、犬神の“先輩”って言ってくるが、良くない?」

 萌ちゃんがジャンパーのポケットに手をいれながら言ってきた。

「あ~、私も思った~それ~」

 すごく嬉しそうに笑って真琴ちゃんが答える。

「モデルやってるとかやから、もっと生意気とかそんなんかと思ってからなー」

「英梨奈は“先輩”言われてて良かったなー」

「たしかに良かったわー」

「いいな~」

 萌ちゃん、羨ましそう。

 そうそう、

「私、犬神さんがモデルやっとるなんて知らんかったー」

って言ったら、 

「結構有名やよ」

「美ぃちゃんも知っとったん?」

「私も聞いたことあった~」

「そうなん?」

 真琴ちゃんまで。萌ちゃんが意外そうに、

「上野さん知らんかった?」

「うん、全然」

「私も初めて聞いた。モデルなんて凄いな」

 仲間がいて良かった。でも涼子もいけそうかもね。てか、みんなすごく可愛くて、私なんて可愛くないなーって気持ちになってくる。なんか最近そういう気持ちになること多いな…

「上野さんは賢太郎君の事でいっぱいだったもんねー」

「わわわわ」

「ちっ」

 なんか隣から舌打ち聞こえんだ?

 英梨ちゃんがこっち見て片まゆあげて、

「あはは結衣っち真っ赤やん」

「ふふ、でもちゃんと賢太郎君見たかったなー」

 美ぃちゃんもだ。ちょっと気になってたから、

「なんか皆名前で呼んでるね。下の…」

 なんか、スルー出来なくて…

「あー、上野さんやっぱ気になっとった?」

 萌ちゃんがポケットから出した手をパンて叩いた。

「やその、なんでかなと…」

「んー、なんか結衣っちの真似したくなったいうかー、羨ましなったみたいなかなー」

「でも私らの方が年上やし良いよね~」

 真琴ちゃんがたまに強気。

「そうそう。あ、結衣ちゃんも犬神に“先輩”言われとったね!」

 美ぃちゃん話変えた?

 真琴ちゃんが食い付く。

「私も先輩言って欲しい~」

「分かる。今だけやしねー」

 萌ちゃんが答えた一言にみんな一瞬沈黙。

「もう少しすっと、また下っ端だもんなー」

 英梨ちゃんが上を向いて言った。

 みんなもつられて見上げた。

 帰りのバスを待ってる私達が見上げる空は、小さな頃から見てきた空とおんなじだと思った。もっと大きくなれば、もっと何か違う物が見えるのかな。

 久しぶりに太陽がずっと出てた空には、隅っこからまた雲が集まりだしてきてた。

 バスがこっちにやって来る音が聞こえた。



   ◇   ◇



T-minus two days before Valentine's Day.


「あー雪だ。雪降ってきた」

「…」 

「どんどん上から降ってきますよ。結衣ちゃん、ほら」

「……うん」


 マジックが降りかかってきた。

 私にとってはもう降ってきたのは雪どころじゃなかった。

 今はアウトレットモールの隣にある公園にある観覧車の中!

 そして私の前には賢太郎が座っている!

 一体なんで、こ、こんな大変な事になったのかと言うと、昨日の事なんだけどこんなことがあった。


   ☆   ☆


 昨日、木曜日の帰りに話してたチョコ買いに行こうってやつで、みんなでイオンに集まった。 

 イオンまではあちこちからシャトルバスが出てるけど、

「えー、そんなん逆に高つくから送ってくわよー。いうか逆にあたしも普通にイオン行くわー。たぶん、みんなもそうしてもらうと思うよー」

「わーありがとうお母さん」

 私のお母さんは、すごく若い方なんだと思う。だからか言葉も私より今っぽいというか、なんかかっこいい。 

 それに目もぱっちりしてて美人。でも私はお母さんにあんまし似ていないんだ。「どっちかというとお父さん似だったねー」だって。あーあ、お母さんに似たかったな~。だってお父さんの事は全然覚えてないし…

 まーでも、背はお母さんより大きくなってきたし、これはお父さんに似たらしいから悪くないかなとも思ってたけど、最近この大きさが気になってきてる…

 イオンに大きな駐車場着いたら、昼過ぎということもあってかなり車がいっぱいだった。空いてるとこ探しながら、ゆっくりと走る車があちこち。先に見つけなきゃ、って私も体を伸ばして真剣に探した。

 早く見つけないとみんなもう来てるかもって焦ってきた2周目、左に今出ていく車が!

「お母さん、あそこ!」

「うんっ!」

 それでもこんなところで無闇にスピードは出せない。

 あー早く!誰も来ないで!

 祈りが通じて場所ゲット!

 ピーピーってお母さんがバックで入れて、ギってブレーキかけて止める。いつも横で見てて、上手だなって思う。

「さ行くよ」

「うん!」

 ガチャって車のドアを隣の車にぶつけないようにゆっくり開けて、そろそろと外に出てパタンてドアを閉める。お母さんがピッてロックかけて「よし行こ!」って歩き出す。

 私もそれについていこうとしたとき、私達が止めた反対側に赤い大きな車が止まっていた。

「あ、あれ…」

「ん?あれ知っとる車?」

 私が指差した車を見たお母さんに聞かれたけど、

「うーん、たぶん…」

 あんまり自信ない。ただこのマークのTシャツを男子が練習で毎日着てたので覚えていた。車の会社のマークだったんだ。

「へー、かっこいいねー。ささ行くよ!」

「うん!」

 そだ、急がなきゃね。


 イオンは道路を挟んで東館と西館の二つがあって、道路の上を空中通路で繋いでいる。 

 待ち合わせ場所は東館の二階にある映画館の前。

 私達を送ってくれたお母さん達は、何だか盛り上がっちゃって映画でも観ようって事になったんだって。

 すごく恐いやつみたい…。お母さん好きそう。私は無理…

 というわけで、私達はまずそのまま二階を東館の奥に向かった。

 今の私達は、昨日の帰りに別れた9人がそのまんまいた。それに加えて、麗奈ちゃんのお父さんと、吉本っちゃんのお兄さんと、英梨ちゃんのお姉さんがいた。さすがに12人の団体って凄いね。来れないって人がいなくて良かったと思った。

 祝日の、人でいっぱいのイオンの通路を、私達はぞろぞろとキャいキャいおしゃべりしながら歩いた。

 最初に行ったのは、〈FABULOUS STORE〉っていう雑貨屋さん。

「私ここ好きー」

「私もー」 

「なんか可愛いよね」

「家のママも、便利な上に可愛くて好き言ってたわ」

っていう感じで大人気。特に手作り派の人は盛り上がってる。

「上野にここはあんまり関係ないな」 

「む、どういう意味よ」

 店内をスタスタ歩いてる私についてきてた涼子が言ってきた。

「こうやって店の外に出て来てるし。他のみんなは手作り考えてるんだぞ、たぶん」

「知ってる。涼子だって作んないんでしょ」

「私は、まあ、ポッキーくらいで良いかなと思ってる…」

「えーなにそれ~。バレンタインにポッキーどうなの?まー私は好きだけどね!」

「そ、そう上野ポッキー好きだよね!せっかくだから上野にもあげるよ!」

「え、良いの~。ありがとう涼子。てか涼子も誰かにあげるんや?」

 涼子からそんな話聞いたこと無かったから意外だった。

「え、あ、ああ…」 

 お、ふだんクールな涼子ちゃんが狼狽えてきたぞ。

「え、誰なん?ねね」

 もう真っ赤やん。もっとグイグイ聞いてみよ。

「あ、やや」 

 いつの間にかすごく顔が近くなってた。なんか涼子も迫ってきてないか?

「うう、そうだ御崎にはどうするんだ上野?」 

「う」

 思わず後ずさろうとしたら、

「また去年みたいなやつ?」

涼子が私の腕をつかんで離さない。 

「わ、悪い?」

 ぶすっとして口を尖らせたら、突然涼子の腕が離れた。私は「とと」ってよろめいた。

「はわっ。かわぃ…」

「え何?つか急に離さんでよね」 

 口に手をあててるから、涼子が何か言ったの聞こえなかった。

「いや何でも…はは、ごめんごめん」

「そうだよ。腕も痛かったしー」 

 もーって二の腕をさする。

「あ…ごめん」 

 む、思ったよりしゅんとしちゃったな。

「みんなまだかな?」

「そうだな」

 店内の方振り向くと、すぐ目の前に英梨ちゃんがジト目でこっち見てた。

「アンタ達こんなとこで何抱きついてんの?」

「へ。いや待ってただけだよ」

 意味不明でぽかんてする。 

「そそそそうだぞ。こんなところでするわけ無いだろ!」

「多賀っち…。まあいいかー。まー私とお姉ちゃんも終わったから一緒に待つわー」

 英梨ちゃんの後ろで口に手をあてて顔を赤くしてる綾ちゃんがいた。 

 綾ちゃんは綾音って名前の高校一年生の英梨ちゃんのお姉さん。

 やっぱり高校生って全然違う。もう何でも知ってる感が出てるっていうか、ちょいちょい見てたんだけど手の仕草とかもう大人の人みたいでしっかりしてるし、やっぱり可愛いよね。

 ちょいちょい見てるっていえば、吉本っちゃんのお兄さんも綾ちゃんの事をチラチラ見てるんだよね。まー綾ちゃん可愛いもんね。

 この度に吉本っちゃんがお兄さんの服を引っ張ったり、体をぶつけたりしていた。

 吉本っちゃんのお兄さんはさっき大学一年生って言ってた。

 ひょろっとした優しそうな人だ。車も運転出来るし、吉本っちゃんもよく色んな所に連れて行ってもらってるみたい。良いな。

 でも、こういうお店は男の人にはちょっとあれなのかもね。女の人について行ってるだけってみたいなのがほとんど。他は外の通路の端っことかでスマホ見ながら待ってる感じ。でも、私達くらいの男の子のグループもいたな…。好きなものは男も女も関係無いよね。 

 麗奈ちゃんのお父さんは、麗奈ちゃんの隣にいつもいて、麗奈ちゃんが選ぶものをよく見ています。いっぱい話しかけてもいるみたい。

 痩せてて凄く背も高い人。私のお父さんもこんなんだったのかな…

 ちょっと良いなと思った。

 でもあれだけのくっつきぶりは、麗奈ちゃんも大変かな。

 萌ちゃんは麗奈ちゃんと一緒に回ってた。萌ちゃんは麗奈ちゃんの隣で、麗奈ちゃんパパとのやり取りを笑って見てた。

 私が麗奈ちゃん達の事ずっと見てたら、

「結衣っちは何も買わんだん?」

ハッとなって、

「うん、まー、私は作らない派だし…」

「上野、何だかものぐさアピールになってる」

「そこまで言わんでも!そんなこと言うと涼子にあげんからね!」

「え!私にもくれるの!?」

「まー、お世話のしるしみたいな?」

「はわわわわわ」

「結衣っち、それくらいにしとこう。多賀っちがヤバいから…」

「え、はぁ」

 よく分からなくて間抜けな返事してしまった。

「それより結衣っち、昨日練習どうだったん?賢太郎君」

「う、いや、とくに…」

「なんも喋らんだん?」

「うん、あんまし。昨日、賢太郎さ、低学年の方で教えててあんまり一緒な練習無かったんよね。ねー涼子」

「え?ああ、そうだったね!」

 ウンウンって、なんかすごく嬉しそうに言ってる。

「なんだそうかー。でもチョコはあげるんやろ?」

「う、うん。そのつもり…」

「あー結衣ちゃん誰かにチョコあげるん?」

 綾ちゃんが英梨ちゃんの横から聞いてきた。

「ちょっとお姉ちゃん」

「なによー」

 二人が手に持ってる〈FABULOUS〉の袋指して、 

「英梨ちゃん達は誰かに作ってあげるん?」

 二人はギクリとなって気まずそうに、

「いやー作るは作るんだけど~その、まー」

「えー、だれだれ?」

「自分たち用なんだよねーこれ、あはははー」

「これ全部?」

 二人の持ってるものは結構ある感じだけど。

「あげたい人いなかったんだよねーぶっちゃけ」

「英梨奈、あんたせっかく六年なのに勿体ない。誰でも良いからあげとけば?」

「その妙な掟知らんし。去年あげてるし。ひとごとだと思ってさー。お姉ちゃんだってホントはあげる人いないの知ってるよー」 

「くっ、それを言うな!」

「おお~、くっ殺みたい~」

 真琴ちゃんと犬神さんが一緒に出てきた。

「お待たせしました」

 犬神さんはどんなの買ったんだろ。気になってきた…

「犬神はどんなの買ったんだ?」

 涼子、やっぱり心読めんの!?私、まさか声に出てないよね?

「わ私も、作らない、派です…」

「え、あそうなの」

 う、安心してしまう気持ちがどうしても…。私、イヤな子なのかな…

「宮本先輩は、ちゃんと色々買っていました」

 なんか、ちゃんとしてない私みたいな…

「わ~、また“先輩”いただきました~」

「そこか!」

 美ぃちゃんもやって来る。

「美久っちー成田君用のあったー?」

「いちおー。やーもー、顔赤くなる」

「サンキュー三上、って?」

 お兄さんに袋持ってもらった吉本っちゃんが眼鏡の真ん中を指で上げながら、美ぃちゃんの後ろから声かけた。

「ひゃわっ!もう、やめてよ~」

「あははーごめんごめん。びっくりした?」

「もう、心臓止まったわ!」

 ほんとに成田だったら止まってたかもね。ふふ。

 みんなでケラケラ笑ってたら麗奈ちゃん達も来た。


 〈FABULOUS STORE〉を出た私達は、エスカレーターで下に降りた。それから、特設のバレンタインコーナーに向かった。

「いやぁ~、色んなのがあるねぇ~」

 麗奈ちゃんのお父さんがテンション高め。

 前を歩くそんな二人を見た涼子が、

「永嶋のお父さんはご機嫌だな」

「麗奈ちゃんとお出かけ出来て嬉しいんだよ、きっと。明日もスケート行くって言ってたよ」

 お父さんとお出掛けって楽しんだろうな。

「それもあるかもだけど、麗奈ちゃんにチョコとカップケーキ作って貰えるから喜んでんだよ」

 横から萌ちゃんが言ってきた。

「さっきも〈FABULOUS〉でさ、麗奈ちゃんが何か選ぶと、『誰に?』とかすごく聞いてくんの!麗奈ちゃんに悪いけどおかしくてさー」

「永嶋も大変だな…」

「…」

「でも麗奈ちゃん、織田のことも諦めたからねー」

「え、そうなんやー…」

「それで麗奈ちゃんがお父さん用だとか言ってたら、あーなってんの」

「あー…」

「永嶋も大変だな…」 

「私も聞かれちゃってさー、大変だったよ…」

「えー、そうなん?」

「まー、私もあげる人いないからさ、『自分用です☆』とか言っちゃったわ!そしたら『エライ!』って。全然えらくないし、悲しい~みたいなんですけど!って感じだったわけ」

「え、萌ちゃん、誰にもあげないの?」

「うん。てか誰にもって、私たくさんの人にあげてるみたいやん!」

「ああ、ごめん。そんなんじゃ」

「冗談ー、あはははー」

「英梨ちゃんもあげる人いないって…」

「あー、そうやったかもね。ふふ。上野さんは賢太郎君頑張ってねー」

「ああ、う、うん…」

「ほら着いたよ。選べ選べ~」


 特設コーナーは人だかりがしていた。「作らない派の人~」というなんだか屈辱感ある言われ方で送り出された私は、同じ派の涼子と犬神さんと一緒にそこへ向かおうとした。

「でも犬神さんは~、明日とか忙しいから作れないんだよね~」

「え、沙織、明日何かあんの?」

 英梨ちゃんが犬神さんに聞いた。

「これ~」

 イベントのお知らせボードを、真琴ちゃんが指差す。

 西館にある〈キラキラステージ〉で『KIDS ファッションショー開催』ってなってる。でも日付は明後日だけど?

「〈FABULOUS〉の前にもこれあって~、もしかして出たりするん~って聞いたん~」 

「えっこれに出るの?」

 横にいた同じ〈作らない派〉に聞いた。

「い、いえっ。私が出るのは、明日の、アウトレットでやるやつです」

 英梨ちゃんが日付のとこなぞりながら、

「たしかにこれ明後日だもんなー」

 綾ちゃんがスマホ見ながら、

「あー、ほんとだ。明日アウトレットで『KIDS ファッション·カーニバル』ってなってる。これ?」 

「は、はい」

「こっちのには出ないんだよね~」

「は、はい。明日だけです」

「えー面白そう!」

「見たいねー」

「行ってみる?」

「さすがモデルさんだね~」

とかみんなで言ってたら、

「えっホントのモデルなの?」

って、一番後ろを歩いていた吉本っちゃんのお兄さんのが驚いてた。

「はい」

 コクリと頷く。

「何、まさかお兄ちゃん明日アウトレット行きたいが?」

 吉本っちゃんが兄に詰め寄る。

「え?いやいや聞いただけやよ!明日はほら…」

「明日は『猫岳村』観に行くんやよ!」 

「そうそう、それそれ。分かっとる。でもアレ恐いぞ~」

「み·た·い!」

「わかった、わかった」

「えっ、吉本さん、あんた『猫岳村』観に行くん?」

 萌ちゃんが吉本っちゃんを高速で振り返る。

「今お母さん達みてるやつやろ?大丈夫?本当にヤバいらしいよ…」

「大丈夫、大丈夫。割りと平気なんよ」 

「私の、お母さん、駄目かも、です…」

 犬神さんがポツッて言う。

「いやーだいたい駄目なもんだよー」

 英梨ちゃんが、フォローする。

「ホラー観るの、ほとんど初めてだって…」

「…」

「あーほらでも、他のお母さんたちもいるしね…」

 綾ちゃん、だからどうした発言だったけども、

「はい。今さらですもんね」

 まー、結局そうなんだよね。

「実は、私も、初めてなんです。ステージって…」

「あーそうなんだー」

「緊張、します…」

 ちょっと涙目。

「うーん、それならさー明日応援に行くよー!」

「上城先輩!」

「アンタ行くなら姉の私も行くわ!」

「ありがとう、ございます…」

「私もお母さんに行けるか聞いてみるよ」

「上野先輩!ありがとうございます」

「上野が行くなら私も行くよ」

「多賀先輩、一応ありがとうございます」

「なんだ、一応って!」

「あ、あ、すいません。つい…」

「まあまあ、私もまだ行けるか分かんないだし」 

 涼子をなだめる私を見て笑ってた真琴ちゃんが、

「い~な~。私、明日家族でボード行く予定だからな~」 

「えー、良いね。どこ行くん?」

「牛首坂スキー場~」

「おー」

「宮本はボード出来るなんてすごいな」

「へへ~、でも弟たちの方が上手いんよね~」

 真琴ちゃんには、弟と妹がいる。

「上野はボードとかしないのか?」

「うん。行ったこと無いなー…」 

「そうか」

「涼子、そろそろチョコ買いに行こうよ」 

「そうだな、ポッキー買うか」

「そうそう。行こ行こ」

 私は涼子の手をとって、麗奈ちゃんがお父さんにチョコを選んであげてるのとは反対の方に向かった。

 何だか麗奈ちゃんに声をかけられなかったんだ。



   ☆   ☆



「あれが御崎のお父さんだよな」

「うん。たぶん…」

 そして今日、私はアウトレットモールに来た。昨日話してた『KIDS ファッションカーニバル』の会場に来ている。隣にいる涼子が話しかけてきてた。

 あと、英梨ちゃんとお姉ちゃんの綾ちゃんと萌ちゃんもいる。

 それにしてもなんて大きな所なんだろう。お店の一つ一つもすごく大きいし、通路も広くて、もう何処から入って来たのか覚えていない。お母さんも「イオンも巨大だと思ったけどここも巨大やなー」って驚いてた。そして、お母さんさん達同士でショップツアーに出かけた。

 東口エントランスにあるイベントスペースはとても広くて二階まで吹き抜け。しかも天井はガラス!

「あー何だか緊張してくるー」

 犬神さんを“沙織”と呼んで可愛がってる英梨ちゃんが、ガラス天井を見上げる。 

「あはは。英梨奈はもー、沙織ンの親かよー」

 萌ちゃんがからかう。ふふ。 

「いやー、あの子見た目と違ってあがり症みたいじゃん」

「まー、よくつっかえてるか」

「たしかにあの感じじゃ、自信満々って見られて大変かもね」

 綾ちゃんも心配そう。

「あ、音楽変わったね」

 Perfumeかな?

「Perfumeだな」

 涼子が心を読んだみたいなタイミングで言ってくる。

「わードキドキするね」

「始まるな」



 最初は一年生くらいの小さな子が出てきた。ステージの右からと左から一人ずつ出てきて真ん中で出会ってくるっと回る。そんな感じでどんどんショーは進んでいった。

 私達がいたのは、ステージから見てすこし右側。顔がしっかり見えるくらい前のところ。後ろを見てみたらもうすごい人だった。2階の通路の手刷りのとこにも、たくさんの人がいた。

「◯◯ちゃーん」とか、出ている子を呼ぶおじいちゃんやおばあちゃんがいたりした。そんな声援に笑顔で答えて、みんな楽しそう。 

 5組くらいが出てきて、

「そろそろなんじゃない?」

涼子が言ってきた。

「そうかもね」

 流れてた音楽が、それまでとは全然違った感じになった。

 歌詞も無くなって所々英語みたいなのが聞こえてくる曲が、お腹あたりにぐんぐんくる。

 犬神さんがあっち側から出てきた!今度は一人だけで出てくるみたい。

 なんだか歩き方がすごくぎこちない。顔も全然笑ってなくて泣きそうなくらい。 

「沙織ー!」

 英梨ちゃんが手をあげて叫んだ。

「おーい」

 私達もぶんぶん手をふった。

 私達に気付いた犬神さんが、こっちを見て笑ってくれた。そのままステージの端まで行ってから真ん中に戻って背中までの長い髪をフワッてさせながら回って、白い大きい帽子に手をやりながら水色のワンピースの裾をつまんで軽くお辞儀。

「可愛い~」って声があちこちからあがる。スマホを、顔の前に持ってきてる人もたくさん。

 綾ちゃんも、 

「動画も撮っておいてよ、お姉ちゃん」

って英梨ちゃんに言われてた。

 そんな感じで、あのあと2回服が変わって、最後は出てた人みんながステージに並んで終わった。

「犬神さん可愛かったねー」

「うん。すごかったな!」

 涼子はいたく感心したみたいだ。

「きっと英梨奈が沙織ンにした応援が良かったんやよ。『沙織ー!』って」

「あはは。思わずねー。恥ずー」

「いやいや!上城のあれはグッときたよ!」

 涼子がガッツポーズしたみたいに、

「いやいやいや!近い近いから、多賀っち!」

 涼子、興奮覚めやらず。まぁ私もこういうの初めて見たけど良かったよね。

 犬神さんが解放されるまで私達はイベントスペースの隅っこで待つことにした。

 萌ちゃんがステージの後片付けの様子を振り返りながら、

「ところでさっきのショー撮影してたカメラの人が、御崎君のお父さんなんだよね?」

「うん」

 よく試合に来てたから、何度か見てる。  

 今日来る筈だったカメラマンの人が急に来れなくなったとかで、急遽賢太郎のお父さんが頼まれたらしい。このアウトレットにお店を出してる人が、賢太郎のお父さんの事を知っていたみたい。今朝、犬神さんから

そんな連絡があった。

「ということは来てるんじゃない?御崎君?」

「沙織もそう思ったから、ちゃんと連絡してくれたんやろねー」

「なかなかフェアだな」

「う、そんなフェアとか試合とかじゃないんやし…」

「でも上野、持ってきたんだろチョコ」

「う!えーっと、それは、犬神さんがチョコを今日持っていくつもりだって言ってて、私にも持っていけばって…」

 片まゆあげた英梨ちゃんが、

「ほうー」

「なかなかやるな沙織ンも」

「フェアプレー精神だな!上野、もうあの子に御崎を譲りなさい。マカダミアは、あ、私がもらってあげる」

「えっ!そ、そ、それは…いやなんというか…」

「ん?でも今日の沙織ンはすんごく可愛いかったよね?そして、ここに御崎君も居てとなると…えーっと、フェアなのかな…?」

「ちょ、萌」

 くすんできたフィールドコートにジーンズっていう、昨日と同じ自分の服装を見下ろす。てか、いつでもほとんど同じ格好なんだよね私。

 「楽だし良いやー」って今まで思ってたんだけど、急に恥ずかしくなってきた。ううん、ほんとは結構前から思ってたんだけど、急に服装変えるのも気恥ずかしかったっていうか。『ママ』って呼んでたのを『お母さん』って変える時みたいな感じ。

 それに、サッカーとかスポーツしてるとそこそこお金かかるみたいだし。それで普段の服買うこともなかったし。でも、この事は何にも思ってないよ。お母さんだけで大変だもん。ただ最近少し、変な風に見られてないかなとか、変に気になりだしてきてただけ。

「あ、あ、上野さんごめん。そのそんな変な意味じゃないから」

「うん、大丈夫。はは」

「むしろこんな格好でも可愛い上野はすごい」

「こんなってフォローになってんの?」

 涼子は肩をすくめて、

「上野が誰にもマークされなくて良い」

「試合じゃないし。意味不明」

「沙織だって、そんなこと考えてないよー」

「うん」

「考えてたら『恐ろしい子』ってなるよね」

「だから萌は、もう!」

「あはは、最近の英梨奈はもー沙織ンの事となると」

「萌!」

「い~じゃないの、あんた。私もあの子はヤバいと思ったけど」

「な、ばか姉ちゃん!」

 あははは。ま、だけど正直犬神さんはヤバかったよね。女の子でも見惚れちゃうよ。

 って私達がわちゃわちゃやってたら、

「イヤァー、ケンもおーきーなったなー」

 ステージの横にある、サーフィンか何かのショップから背の高い外国人がとんちんかんに喋りながら出てきた。声もでかい。

 そして隣には、その人に頭をグシャグシャされてる黄色いセーターを着た男の子がいた!

 私がそれを見てボーゼンとしていると、

「あれ?御崎じゃないのか?あいつの隣の人は誰なんだ?」

「えっ!どこどこー?」

「うそ?ついにご対面や!」

「あのサーフィンのお店のとこ!金髪の外国の人と歩いてる!」

「えー、あっあれー?」

「あっホントや!」

 綾ちゃんも気になってたから、

「えっ、結衣ちゃん実はあれが御崎君とやらのお父さんなん?」

「え、違うよ。あの人がそうやよ」

 ステージの前で大きなバッグを担いで立っている人がいた。

 金髪さんが近付いていって、

「He~y!シンペ~ッ!」

 賢太郎のお父さんとその人はハグした。二人はちょうど同じくらいの背丈だった。

 その間に賢太郎は荷物の一つを担ぎだしていた。その姿をみた金髪の人はまた頭をくしゃくしゃしだす。

 そんなやり取りを私達がポカンて見てたら、ステージの影からショーに出てた女の子達が出てきた。

 犬神さんもお母さんと出てきた。犬神さんが私達に気付いて、こっちにやって来る。

「沙織お疲れー」

「あ、あの、今日はありがとうございました」 

 ペコリとこれまた音が聞こえそう。ジーンズにパーカってラフな服になってた。

 犬神さんのお母さんはトイレにと、この場を離れる。

 私達が話してると、

「オジョウサンたち、ケンの友だちなんだってー?」

 さっきの外国人が近くに来てた!

 みんな「ひっ」ってなって、それでも綾ちゃんが、

「な何ですか?キモいんですけど!」

って言ってくれた。

「え?キモ?」

「ちょっとジャック!」

 賢太郎が走ってくる。

「ジャック!何やってんの!」

「いや、ケンがこの人たち友だちだっていってたから?」 

「うーん、そうだけど。でもやたら声かけるの良くないんだよ」

「あー、それか」

「ははは。ジャック、賢太郎の言うとおりだな」

 賢太郎のお父さんもやってきた。

「驚かせて悪かったね」

「ごめんなさい」

 ジャックさんといわれた人も頭をさげてきた。

 そこへ、犬神さんのお母さんが戻って来た。さらに他のお母さん達も帰ってきた。

 金髪の外国人と無精髭のおじさんが、自分の子供たちの前に迫っていたもんだから、凄い形相で走ってきたよ。



   ☆   ☆



 なんとかお母さん達と和解出来たジャックさんが、せっかく来たんだから名物の観覧車に乗っていけばって提案してきた。

 金髪で青い目のジャックさんの笑顔のお陰で、私達は観覧車に乗れる事になった。

 お昼から夕方へと移る頃の空は、生憎とどんよりと雲っていたけど、私達はすっかり舞い上がっていた。

 真っ白な《ニジイロホイール》を真下から見上げると、こんな大きな物が実際に動いている事に圧倒されそうになる。

「本当に動いていたんですね」

 私の前を歩く賢太郎が白い息と一緒に感想を吐き出す。

「うん」

「遠くからだと止まって見えますもんね」

「うん」

 みんなも同じに感じたのか、「ほえ~」とか「うわ~」とか聞こえてくる。

 私達は一列になって順番待ちに並んでいる。賢太郎は私達の先頭だ。私と犬神さんがその後ろにホイホイ追いやられた。犬神さんは私の後ろにいる。

 ゴンドラの定員は6人なので二組に分かれる事にした。犬神さんが乗った後、涼子が乗ろうしたのを英梨ちゃんと萌ちゃんが引き戻してた。私達は上へと送られながら、後ろへ手を振った。

 観覧車は止まることなくゴンドラを運んでくる。次にやって来たゴンドラに後の4人が乗った。一つ空のまま通過させた後のゴンドラにはお母さん達が入っていったのが見えた。

 賢太郎のお父さんとジャックさんは下に残ったまま。

 両手を胸のところで握った犬神さんが、 

「私、乗るとき緊張しました!」

「うん!あそこがもうスリルやよね!」

 なんか大縄跳びに入ってく時みたいだった。

「動いてるままですもんね!」

「そうそう!」

 犬神さんが向かい側の輪っかの外側に座っている賢太郎に、

「で、でも、御崎君は普通に歩いとる感じで入ってったよね?」

「え、そうだった?」

 やっと賢太郎を会話に入れれた。犬神さんありがとう!

「そ、そう。私も思った。普通に行けんのかなって思って、自分が乗るとき油断してたー」

「あはは、そうだったかなー。でもこの床がガラスって凄いですね」

「うん、ホント。上も下も…うわっ高っ!」

 たぶん、まだそれほど上に行ってなかったんだと思うけど、下が透明っていう効果は凄い…

「これは落ち着きませんね…足置きたくないです」

 デイバッグのベルトをグって握る犬神さん。

 賢太郎がガラスの床を指差しながら、

「キャプテン達見えますよ」

「え、うそ!どこどこー!」

 指差された自分の足元に頭を下げて覗き混む。背中のバッグが頭にのってくる。

 犬神さんが、

「せ、先輩、こっちから見えますよ!」

 服の袖をつまんでくる。

 やばい。変な格好なってた。

 慌てて体を起こして犬神さんが見てる方へ向ける。

 いた!みんな手を振ってる。涼子は立ち上がって窓に手をついてる。危ないよ~。

 さっきの体勢変だったな。賢太郎見たかな?いや、そもそも賢太郎のせいだし。そうだ。忘れよう。それよりも…

「あのさ、ジャックさんて何なの?」

「そうです、そうです!」

「あー、ジャックはブラジルにいた頃の知り合いです。プロサーファーだったんですよ」

「は?」

 いや、え?

「へ?」

 犬神さんも目が点になってる。

「え~っと、え?ブラジル?」

「はい。ジャックは、昔ブラジルのフロリアノポリスって町に住んでた頃に活躍してたサーファーです」

「あの御崎君…」

「ちょっと聞いてない!賢太郎ってブラジルにおったん!?」

「…はい」

「え、だって横浜から転校してきたがいろ?」

「はい。え~と、横浜に、日本に三年生の2学期に帰って来たんです」

「じゃあ、御崎君はもともと日本にいたってこと?」

「うん。一歳の時に向こうに行ったらしいよ」

「お父さんの仕事とかで?」

「うん。僕のお父さんはネイチャーフォトグラファーっていって、自然とか撮る人。僕が産まれる前から色んな所行ってたみたい」

 どういうこと一体?え?雷に撃たれてもこんなにショック受けないよ、きっと。今まで、一年くらい一緒にプレーしてたのに…

「…聞いてない」

「先輩…」

 どうしようもなく悔しい感じがしてきた。でもこんなこと一々私達に言う必要無いもんね。でもでも…

「えーっと、結衣ちゃんごめんなさい。別に言わなくて言い事かなと思ってて…そのこっちの勉強とかに慣れるの大変だったから…」

「…結衣ちゃん?」

 犬神さんが賢太郎の一言に反応する。

「沙織ちゃんもごめんなさい」

「う、うん」

「あ、あのね賢太郎は基本、下の名前で呼ぶみたいなの。なんかそうみたい」

 拗ねてた恥ずかしさを誤魔化すため必死に説明になってない説明をした。

「うん。日本に帰ってきたとき、男は君、女の子はちゃんって呼ぶって習ったから…」

「そうだったんや…」

「ざっくり、ですね…」

「あはは、それと下の名前で呼ぶ方が慣れてて」

「なるほどね~」

「ざっくりですね…」

「日本にはなんで帰ってきたの?やっぱりお父さんの仕事?」

 賢太郎の大きな目がよこに揺れる。両手を腿の下に入れて、

「えっと、あの、お母さんが死んだからなんです」

「…!」

「御崎君…」

「あの、賢太郎、ごめんなさい」

「あはは、いえ。良いんです。大丈夫です」

「でも…」

「僕、横浜に居たときは全然友達いなかったんです。学校に慣れるのにクラスも別で、お母さんもいなくなった後だったし。

 でも、こっちでたくさん友達出来て良かったです」

「大変だったんやね」

「御崎君、こっちは楽しい?」

「うん。楽しいよ」

「全然知らなかったなー賢太郎の事…」

 大変だったんだな賢太郎は。それなのにチョコあげようとか浮かれて、暢気か!私は…

「あー、たぶん皆知らないですよ。ブラジルの話するの今日初めてです」

「…!」

 ふぇっ?ダメダメにやけちゃう。そんな話じゃないのに…。

 それに先生や大人は当然知ってるはずだし。

 さっき落ち込んだはずなのに、なんかダメ人間なのかな。

 隣の犬神さんもうつむいて震えてる。

「あー雪だ。雪降ってきた」

「…」  

 大きな瞳がキラキラかがやき出した。

「どんどん上から降ってきますよ。結衣ちゃん、ほら」

「……うん」

「沙織ちゃんも、雪だよ!」

「御崎君、雪好きなの?」

「あはは、こんなにあるのは珍しくて」

「ブラジルは雪降らないん?」

「山とか高いところは降りますよ。町には全然」 

「ふーん」

 そうかぁ。ブラジルかぁ。雪降る度にやたらとはしゃいでいたわけね。駐車場の端に集められた雪山に嬉しそうに登ったりして。

 私もアクリル天井のずっと上からこっちに落ちてくる雪を見てみた。

 今、私は雪たちと同じ場所にいる感じがした。

 いつも見てたのは、雪たちが最期にたどり着いた場所のやつ。 

 ゴンドラの中から見た雪たちは、まさに降っている最中だった。

 二月の半ばになっていて、カレンダーの上だけなら春が始まったぞっていう人間の都合なんてお構いなしに、これから世界を雪色にしに行く途中の雪たちだった。

 全面シースルーから見える下界の景色は雪の白さばかりで、アスファルトの黒い線や建物の壁が見えるくらいだった。

 右の窓から見えるずっと遠くの山あたりはもう白くけぶってきていて、スキー場のナイターの灯りがチラチラしながら光ってる。

「真琴ちゃんいるかもよ」

 その灯りを指差す私に、

「あ、牛首坂ですね」

 犬神さんが私の横から同じ灯りを見つける。 

「賢太郎、あの蓬達山って山に光ってるやつ、スキー場のライトやよ」

「へー、そうなんですか。綺麗ですね。あー、新幹線」 

「ほんとだ。すごいゆっくり」

 白ばっかりの中を一本の新幹線が動いていく。

 昨日のイオンから見えた時は凄く大きく速かったのに、ここから見る新幹線は何かの展示品みたいに小さな存在だった。

「御崎君は新幹線乗ったことある?」

「ううん。全然。こっちにもお父さんの車で来たし。沙織ちゃんは乗ったことある?」

「うん、ある」

「いいなー」

「私もないなー」

「いつか乗ってみたいですよね~」 

「ん~うん」

 正直それほど。ま東京とかは行ってみたいけど。

 それより賢太郎、お母さん死んでたなんて…。あんな話聞いたのにチョコあげるの変じゃない?うーんって悩んで床を見たら、

「うわっ高っ!」

 床透明やばいわ!

「犬神さん見て床!すごく高いよ!」  

 私は透明なガラスの床の先に雪が落ちていくのを見ながら犬神さんの腕を掴もうとしたら、私の腕が先に掴まれた。

「先輩、あれ…」

 犬神さんが、賢太郎が座っている向こうを指差す。私と同じ床を見てた賢太郎も体を起こして後ろを振り返る。

「あー、多賀キャプテン達だ!おーい!」

「あー、ほんとだ」 

 涼子や英梨ちゃん達ががぶんぶん手を振ってきてる

「おーい」

 私も立って手を振ったら、犬神さんも立ち上がって小さく手をふる。

「あの、上野先輩…」

 犬神さんがまた袖を引っ張る。

「ん?どうしたん?」

「あれ…」

 犬神さんが反対の手で、向こうからゆっくり上ってくるゴンドラを指差す。

 手をふりながら、また涼子たちの方を見る。

 良く見ると涼子も英梨ちゃんも萌ちゃんも、みんな上を指差してる。

「あははー、キャプテン達も雪降ってくるの見て嬉しいんですねー」

 南米育ちよ、私達は今さらそんなことでテンション上がったりしない。むしろ逆。

 涼子達のやってることが何なのか分かった愕然とした。軽いパニック。上げてた手が力なく落ちてく。

 犬神さんが私の耳に顔を寄せて、 

「先輩、もうすぐ、頂上です!」

 そうだった!

 もともと私たちは背中のバッグに爆弾忍ばせて来てた。

 観覧車に乗れる事になったとき、どうせ渡すんなら一番上になった時って犬神さんと決めた。やっぱり勇気いるし、前もって決めておいた方が良いかなって。綾ちゃんや皆もそう言ったしね。

 どうしよう、早くしなきゃ。

 ゴンドラは決して止まらない。

 ゴンゴンとさっきまで聞こえなかった小さな音がしてくる。

 いつが頂上になるんだろ?

 でも、さっきの賢太郎のお母さんの話も聞いた後でこんなの良いのかな?あっバッグ!用意しなきゃ。犬神さんはもう体の前にバッグ持ってきて不安そうに私を見てる。

 お母さんの話。聞かなきゃ良かった?違う。私達子供が知らないだけで、大人は知ってたよ。ずるい。何より賢太郎は子供だけど、それでも毎日過ごしてる。大人も子供も関係ないよ。

 目の前に好きな男の子がいるんだよ。決めてじゃない。行かなきゃ。隣の女の子もきっとそう。行く。私より強いかもよ。私だって負けない。犬神さんと目を合わせる。

 行くぞ、私!

「賢太郎!」

「御崎君!」

 私達二人に同時に呼ばれた賢太郎は、手をふるのをやめてこっちに振り向く。 

「これ!」

 ここが頂上かは分からなかったけど、今は間違いなく心拍数は最高潮。

「え?」 

 私達の手には、赤や茶色に金色が入った包装にリボンが付いた四角い箱があった。 

「えーっと、僕にくれるんですか?」

 ぶんぶんっと二人ともうつむいたまま激しく首を振る。

「ありがとう、ございます…」

 はぁぁ~。何とか渡したぞ。まずい顔あげれない。今さらだけど凄い事やっちゃったんじゃ…

 それにしても、ちょっと賢太郎の反応薄いような…気のせいかな、思ってたのと違うような。

 チラッと見てみる?

 なんか、凄く不思議な物を見るような感じで持ってる。

 照れ隠しなんかじゃないぞ、これ。

「あー、えっと賢太郎、チョコだよ、それ」

「え?チョコレート?」

 犬神さんも異変を感じてか、顔をあげてきた。

「御崎君…」

 少し青ざめてきてる。

 ちなみにゴンドラはエアコンのおかげでとても快適。

「その、バ、バレンタインのやつっ!」

「バレンタイン…?あーそういえば最近、さとるが言ってた」

 え?なんかまずいぞ…

「でも悟は確か、次の月曜日がバレンタインだーって」

「ルー君はいいんです!」

 犬神さん怒った?

 無理もないよね。そもそも、

「あの~さ、賢太郎はバレンタインデーって知っとる、よね?」

「え、うん。聞いたことはあります。悟達が…」

 そこで犬神さんに睨まれらる。美少女の本気のやつ。

「あの、良く知らないんです。何かのカーニバルでもあるのかなと…」

「は?え、今までは?ほら、横浜とかブラジルとか…」

「えーっと、横浜にいた時はその、あんまり友達もいなくて、はは…」

 う、辛い事を聞いてしまったか…でも、

「御崎君あんなにサッカー凄いのに」

 そうそう。

「あっちじゃ、ほとんど一人でやってたから…」

 もしかしてレベルが合わなかったとかかな。なら、

「ブラジルじゃどうだったの?」 

「ブラジルではみんなといつもやってましたよ。あと、テニスもやってました。フロリアノポリスから世界チャンピオンになった人がいて、テニス盛んなんです。グーガって言って…」

「え、御崎君テニスもするの?」

「うん」

「いや、バレンタインの話!」

 犬神さんまでどうしたの?

 サッカー選手がテニスって良く聞くよ!ん?逆だっけ?いや、どっちでもいいわ。

「ブラジルのバレンタインデーは?」

「えっと、もしかすると無いです」

「は?まさか」

 もう何度目、これ?

 犬神さんのバッグからスマホの音がしてきた。

「お母さんからLINEでした」

 そうだ、スマホ。

「ね、ブラジル、バレンタインで検索してみようよ」

「はい、そうですね」

 犬神さんが検索するのを私と賢太郎が覗き込む。

「本当に、ブラジルにはバレンタインデー無かったんですね…」

 こんな美少女の目を何度も点にしてしまうとは。

 軽いパニック。

 私も、クリスマスみたいに世界中のイベントかと思ってたから、

「いや、それでも、もっと小さい子も知ってるよ」

 南米か!ま、そうなんだけど。

「ごめんなさい」

「御崎君は悪くないよ!私もさっきごめんなさい…」

「あはは。睨まれた時ちょっと怖かったなー」

 犬神さんがシュンとする。

 デリカシー!南米か!

「賢太郎!」

「え、はい」

 惚けてるなー。でも好きになったんだよね。この一つ下のかっこいい男の子を。

 突然気になった。

 これ聞かない方が言いやつかも。でも、我慢出来ない。

「あのさ、賢太郎はさ、深雪ちゃ…」

 バーンッ!!

 物凄い音がした!光ったし! 

 雷だ!

「ひっ」私。

「キャッ!」犬神さん。

「わっ!」

 さすがに賢太郎もびっくりだよね。

 私の悲鳴かわいくなかった。

 観覧車って雷大丈夫なのかな。

 すると今度は、パッパッパッパッって音が上からしてきた。

 冬の残党が白い弾の総攻撃を始めだした。

 天井とまわり、床以外のアクリルに次々と丸い後を付けては流れていく。

 犬神さんが口に手をやって

「霰ですか?」

「雹かも」 

 割れたりしないよね?

 二人とも怯えてるのに、

「え?凄い!なにこれ!?うわーすごい!」

 そうだ。コイツは幼少時代をあのジャックさんと過ごしてたんだった…。ラテン系とかっていうやつ?

 でも男の子は大概こんなのあるのかも。

 天井の向こう見たら、涼子達も固まって座ってるみたい。これやっぱり、はしゃげないレベルじゃないかな…

 犬神さんのスマホがなる。3つ向こうのゴンドラのお母さん達が心配してきたんだろね。

 何か風も出てきたんじゃ。ゴンドラにぶつかる音もバンッバンッバンッバンッて変わってきてる。観覧車止まらないでよ!

 賢太郎もさすがにやばいと思ったのか席に座る。でも、加尾が笑ってる。私と犬神さんはしっかり抱き合ってぶるぶる震えてるのに。手にチョコの箱を持ったまま、窓に顔近付けて喜んでる。

 その時、私は妙な違和感を覚えた。

 何だ?

 今、私は何を見た?一体何に引っ掻っかったんだ。

 どうしてこんなに胸騒ぎがするの?

 賢太郎の無駄なはしゃぎぶりを見てて、賢太郎がガラスに向かって…その背中を見て…背中… 

「あーっ!」

 急に大きな声出した私に犬神さんが、

「わっ。上野先輩?」

「何?結衣ちゃん、大丈夫?」

 心配そうにやって来る賢太郎に私は、

「賢太郎、バッグは?」

「え?今日は持ってきてないですよ。お父さんの荷物持ったりするから」

 そうだった。ここに来るまで何か担いでたから気がつかなかった。

「あっ」

 犬神さんも真相に辿り着いたみたようだね。

「あのっ、け賢太郎はそれ、どうするの」

 赤と茶色の箱をそれぞれ両手に持った賢太郎は、

「え?食べる?かな…」

 ばか。

「そうやって持ったままここから出るのかって事!」

 もう!

「はあ」

 はい想定内。

「ルー達からどんなん聞いてるか知らないけど、バレンタインデーのチョコあげたったてことは、は、…」

「あ、私は…」

 犬神さんが立ってきた。 

 うわ、負ける。何を言おうとしてるのか分かる!

 私も同じだから。立たなきゃ。言わなきゃ!負けたくない!届けなきゃ!

「賢太郎が好きなの!」

「御崎君が好き!」

 顔が熱い。

 きっと首まで真っ赤になってる。

 目を開けられない。

 ガラスにぶつかる雹の音が一際耳に響く。

 この後どうなるの?どうなるの賢太郎。

「え?あっ、えぇと…」

 やば、やっぱり何も言わないで!

 バンッ!ガラララ、ゴロゴロゴロゴロ!

 また雷!

 ガンガンガンガンガンガン!

 雹がを撃ってくる音が大きくなってる気がした。

 風も強くなってゴンドラを揺らしてくる。 

 ギィーって音も聞こえてくる。

「キャー!」

 犬神さんが私にしがみついてきた。 

 目をつむったままだった私はバランスを崩して横の窓に手をついた。 

 手のひらに雹がぶつかってきてる衝撃がアクリル越しに伝わってきた。

「ひっ!」

 思わず手を引っ込めてしまって、犬神さんも一緒にドスンってシートにしりもちついた。

「キャー!」 

「結衣ちゃん!」

 賢太郎の声が近い。

「大丈夫、結衣ちゃん?」

 どこ?声を探そうと目を開ける。

 賢太郎が前に立っていた。

「うう怖いよ」

 揺れはもうおさまっていた。

 雹の音は大きいまま。

「…沙織ちゃんも大丈夫?」

「うん。びっくりした。すいません、私つかまっちゃって…先輩…」

「あ、犬神さん大丈夫?」

「えっ、はい…」

 良かった。ほんとはあんまり大した事無かったのかも。きっと二人とも目を閉じたままだったから大袈裟によろけたのかも。私もどこも痛くないし。

 でもすごく怖かった。

「あの…結衣ちゃん、手」

 手?立ってる賢太郎を見上げる。なんか顔が赤い。大きな瞳が横を見てる。手をこっちに出して。

 え?

 私の右手が賢太郎の左手を掴んでいた!

「ひっ!」

 ゴンッ。

 強く手を放した反動で、プラスチックのシートに右肘をぶつけた。 

いたたーっ。」

「大丈夫!?結衣ちゃん!」

「先輩!」

 肘を押さえてうずくまったまま、

「うん。大丈夫、大丈夫。痛いけど大丈夫」

「結衣ちゃんほんとに大丈夫?」

 顔はあげられない。そのままうなづきながら、

「うん」

「ちょっとびっくりしましたよね」

 ちょっとだけ?

「揺れたの怖かったですね」

 そっちか。

「うん怖かった」

「私も怖かったです」 

 怖かったよね。犬神さん。

「うん。でももうすぐ着くよ」

 ゴンドラを打ちつけてくる音も小さくなってきていた。

 ガラスの床から見える地面が大分近くなってきていた。

 そうだあれは。

 少しだけ顔をあげると、まだ賢太郎が前にいた。 

 ドキッとして、目をそらすと向かいのシートの隅っこに2つ重なるようにしてそれがあった。

 上から見てた賢太郎が私が見ているものに気付いた。

「あっ。これ、どうしよう…」

 シートに座って、チョコを2つ膝の上におく。

 こうやって戸惑っているって事は、私達の命懸けの思いは一応伝わったんだよね。

『女の子から貰ったんであろうチョコらしきもの(可愛いリボンのついた赤い箱とか)を両手に(たとえ片手でも)持ったまま外を歩いたりしてるのを見られるのって恥ずかしくない?しかも誰から貰ったのかが、この密室を出たとたんにバレる』

 って言うことに辿り着いたはず。

 あるいは、賢太郎がそんなことたいして気にしないか、実はこんなことに全く気が付いてない残念な場合だったとしても、

『黄色いセーターに赤い箱を目立たせた賢太郎を、お母さん達や大人には見られたくない!』的なやつで、私達にとってもとにかく一大事。

 上はセーターでズボンもポケットなんて期待できないやつ。

 冬のお出かけに上着くらい着れば?男の子ってたまに服装軽いよね。冬でも半ズボンとか。でも、今日はもともとお父さんの手伝いで来てただけか。

「そうだ。こうやって服の下に…」

「イヤ」

「ダメ」 

 二人同時にダメ出し。それなんか嫌だもん。なんかダメ。

 てか、“そうだ”のレベル。言いだすかもとは思ってたけど。

「は、はい」  

 うーん、そうだ。

「じゃ、あのさ、こ、これ賢太郎着て、このポケットに入れてとか…」 

 自分のコートを指して、

「私の方が大きいし、大丈夫だと思う…」

「絶対ダメです!」

 ガツンと犬神さん。

「そっちの方がよっぽど目立っちます!先輩はズルいです…」

 もっともだった。

 賢太郎も唖然として、

「ははは、それはちょっとですね…」

 さすがにどうかしてた。

 もう観覧車を回すタイヤも見えてきて、外に出る時が近づいてくる。あとゴンドラ2つくらい。

「御崎君!それを返して!」

「えっ」

「犬神さん?」

「あ、いえあの、あげるのが嫌になったとか、好きじゃなくなっとかじゃなくて。その、一度私達のバッグに入れて、外に出たら、その、もう一度…」

 もう一度っていうのが変な感じだけど、これが良いのかも。

 あと、犬神さん今なんかさらっと言ったような。そっちの方がズルいような。

 まま、今はまず、

「そうだね。そうしよう。賢太郎、チョコ返して!」

「は、はい」 

 賢太郎は手にある2つの箱をじっと見てた。

 贈られたチョコを女の子から返せって言われてるの、ちょっと可哀想な感じしたけど、やっぱり賢太郎が悪いと思う。

 そういや、どっちがどっちか覚えてるかな? 

 仕方ないな、こっちか取ってあげるかと思って差し出した左手に、 

「あ、結衣ちゃんお願いします」

 赤色の箱が渡された。もう一つの茶色の箱も、

「沙織ちゃんも、お願いします」

 この場合、お願いしますってあってんなかな?なんか微妙。

 でもまあ、箱は合ってたし。

「うん。またあとでね」

「また、お願いします」

 すぐにバッグに入れてから背中に担ぐ。

「先に出て」

「はい」

 網の目状のプラットフォームにゴンドラが滑るように入っていく。係の人がゴンドラに手をかける。

 ロックが外されてパタパタとドアが開けられた。 

 二人が先に出ていくのを見てたら、何かにすごく焦らされた。

 ゴンドラから出たら、直ぐに出口に行くように案内されて、涼子達のゴンドラが来るのを見ながら階段を下りた。

 あられあられがまだ降っていて、アスファルトを白いドットで埋め尽くそうとしてた。

 アウトレットの建物に続く通路の屋根を霰が叩く、バラバラとい音を聞きながら歩いた。 

 巨人仕様クラスの自動ドアが、私達に反応して出迎えてくれた。

 賢太郎のお父さんが、待っていた。

「ジャックは?」

「ああ、賢太郎達が乗ったあと直ぐに店の方に連れ戻されたぞ」

「ふーん。お父さん荷物は?」

「ん、車に置いてきたよ」

 自動ドアの向こうに涼子達の姿が見えた。

「あの、私達トイレに行ってくるね。け、賢太郎は?」 

「え?えー、あ、そうする。僕もトイレに行ってくるから」

 お父さんにそう言ってから賢太郎も私達についてきた。  

 男の子をトイレに誘うなんてヤバかったんじゃ。変な勢いだけになってきたぞ。  

「あの、別の日にするとか…」

「やだ!もう渡してるんだし!」

「そうです!そんなの持ってたら悲しい…」

「えっ。あ、ごめん」

「それとも、もういらないのっ!?」

 やば、こんなに強く言うつもりじゃなかったのに。

「えっ…」

 トイレはとっくに過ぎてて、通路が左に折れて一番大きな入口が見えてくる所に立ち止まった。 

「最初からいらなかった?」

「先輩…」

 犬神さんが心配そうに私を見る。犬神さんは平気なの?賢太郎が好きな人は、本当は… 

「結衣ちゃん。ちょっと待ってて」

 そう言って急に賢太郎は入口の方向に走りだした。

 私は残されて、賢太郎の背中を見てるだけ。後ろ姿ならいつもグラウンドで見てきたのに、全然違う人のみたいだよ。

 春にやって来た魔法使いみたいな男の子。いつもずっと見てきた。

「先輩!行きましょう!」

 犬神さんが私の手を取って走り出す。賢太郎の後を追いかける。

「犬神さん」

 賢太郎が一つのショップに入っていった。 

「ここ…」

 《CUT BACK》

 ジャックさんのお店だ。

 賢太郎が中から出てきた。

 かすれたグレーのエコバッグを持ってる。

「これを貰ってきたんです」

 中から教科書くらいの大きさのフォトフレームを取り出した。

 そこに写っているのは、目の前の人物の面影のある男の子が金髪の男の人に支えられてサーフボードに乗っている明るい青の海辺での様子だった。 

「これ、3歳くらいの僕です。そしてこれがジャックで」 

 か、かわ 

「可愛い」

 犬神さんが全部言った。

「もーそれがこんなおーきなったんよー」

 ジャックさんが出てきた。

「ボクのトップレクチャーのおかげでそれなりには出きるやうになったしね、ケン」

「もっと上手くなるよ。それより早くこれに」

 あ、そ、そういうことね。でも、出来ればジャックさんあっち行ってくんないかな…

【ちょっと兄貴!またサボってんの!】 

 わ、これまたジャックさんと同じウェーブした金髪に青い瞳の女の人が出てきたぞ。何言ってるのかさっぱりだけど。

 とりあえずジャックさんは引きずられていなくなった。

「えと、どうぞ」

「御崎君ありがとう」

 どこかの太陽と海の思い出に写っている小さな男の子に、

(私、君のこと好きになっちゃうんだ。よろしくね)

 打ち明けた想い。ちょっとだけ一緒にいさせてね。

 リュックを担ぎ直した時、

「おーい」

「上野ー、大丈夫だったー?」

 後ろから萌ちゃんと涼子の声がした。

 皆とお母さん達が一緒に来てた。

 英梨ちゃんが、

「あれー、ここってー」

 顎に指当てた綾ちゃんが、

「御崎君の知り合いの人のお店だっけ?」

「は、はい。そうです。えっとジャックがこれ、お店に飾ってた写真くれるって言うんで、えーと、一緒に来てたんです!」 

「そそそそそうなんよ」

「そそそうです。えと、写真です」

 もうボロボロ。

「なんだ御崎。いつにない慌てようだな」

「全然!」

 不自然なくらい全否定。

 ふふふふふ、って笑う英梨ちゃん達は今日の計画知ってるもんね。良いの、殆どお母さん達用の対策だし。

「それよりさー、写真見せてよー」

「そうそう見たい見たい!」

 爛々としたした目が賢太郎の回りに寄ってくる。  

 バッグの中見えないように(ふふ)写真だけを慎重に抜き取るようにして、

「あ、はい。どうぞ…」

「キャー可愛いー!」

「わー嘘ー!」 

「これ、御崎君なん?」

何歳いくつの時なんだ?」

「わー可愛いー!」

 何、この絶賛。もやもやする。

 賢太郎もこの反応が予想外だったみたいで、弱冠青ざめてる。

「あら海きれいー!」

「あらこれ、さっきの人け?」

 あらあら、お母さん達も加わってきた。  

 もう写真は賢太郎の手にない。

 「御崎さん、本当にブラジルにおっんやねー」

 やっぱり、お母さん達はとっくに知ってたんだ。

「お母さん、私トイレに行ってくる。先輩も一緒に行きましょう」

 犬神さんが、私の右手をとってくる。

「え、うん」

「じゃ私も…」

「多賀っちはいいから。今行ってきたやろー」

「そうだけど…」

「いいから。ここ入って見ようよ」

「うん…」

 他の皆も《CUT BACK》の中に入っていった。

 トイレから出てきた犬神さんと私は、通路に置いてあるソファーに座った。

「写真の反応すごかったね」

「はい。御崎君もびっくりしてましたね」

 クスクスって左手を口を当てる仕草がとても可愛らしい。

「ふふふ。ほんとだね。でもトートバッグはしっかり握ってたよね」

「何だか可愛かったですよね、御崎君」

「う、う、うん」

 私は本人がいなくても口に出来ない言葉を、犬神さんは言っきた。

「私達ももっと写真見たかったですよね」 

「そうそうそう」

 ちょっと間が空いた。

「御崎君、かっこいいですね」

「う、うん…」

 どうしたんだろ。犬神さんすごく言ってくる。

「私、今日、御崎君に言えて良かったです」  

「うん。私も」

「忘れません」

「そうだね。色々パニックあって大変だったよね」

 ゴンドラの中での出来事が、たった観覧車一周分だったなんて。告白のシチュエーション的にはちょっとドタバタし過ぎだったかもね。ふふふ。 

 今になって思い出したら可笑しくなってきたら、 

「先輩はズルいです」

「えっ?」 

「御崎君の、手を握ったりして。反則です」

「ふぁ、ふふぁわわわ」

「ズルいと思います」

「あ、あ、あれは、ほら、あの、」 

 もう指まで真っ赤。あえて、思い出さんようにしてたのに…

 なんか目が回りそう…

「でも、私がしがみついたて先輩も危なかったんで、おあいこです」

「う、うん。そ、それに、全然覚えてなくて。にぎ、握ってたこととか感触とか…っ!」

「そそ、そんなこと聞いてません!」

「はわわごめん…」

「びっくりです。そういえば手を離すとき『ひっ』でしたもんね。『ひっ』」

「ひ、ひどい。真似しないで」

 しかも2回も。

「ズルした仕返しです」

「え、あいこなんじゃ…」

 ふふって、小さな顔に小さな舌が出てくる。

「それに、賢太郎が好きなの…」

 う、この先言えない。言いたくない。

「真田先輩の事ですか?」

「……」

「…2つ上だし、それほど知ってる訳じゃないですし、私は運動会くらいとかでしか見たことないですけど、」

「…」

「溌剌を人にしたような、すごく惹き付けられる時がありました」

「うん」

 そう。深雪ちゃんには魅せられる何かがあるような気がする。目立つだけとか、もっと元気な人は他にもいた。深雪ちゃんもいつもいつもすごい訳じゃなくて、むしろ普段は普通って感じ。

 でも、ある一瞬にすごく輝く時間がある。あの人が動きだすと、そこだけ白く光ってくるような。 

 そして、それとおんなじ魔法を賢太郎も持ってる。私が間に入れる場所なんて最初からないんだよ。

「それでも、私は上野先輩がラスボスだと思ってます」

「へ、ボスッ?」

 何それひどくない?

「あうっ、えっと、誉めたつもりだったんですけど…」

「ラスボスが?」

 ヤバい。私やっぱり可愛くなくて、こんな美少女を襲うモンスター的な…

「御崎君の事では、少なくとも私にとっては上野先輩が、ラスボスでした」

 深雪ちゃんのこと知れば違ってくるかもよ。それに、

「犬神さんみたいな可愛い子に言われてもね…はは」

「それもそうですね」

 なっ!?

 キャラ激変!隠してた?

 肩をすくめて、ちっちゃな舌をまた出した。

「ん~、もうっ」

 コツンだ。えい。

「キャ~」

 犬神さんが頭を私の右肩に預けてくる。

 長い黒髪が小さな頭からさらさらと私に流れてくる。

「上野先輩、今日楽しかったです」

「そうだね」

「でも、先輩達はもうすぐ卒業しちゃうんですよね」

「え、うん」

「制服着た先輩は、すごくお姉さんな感じで小学生とは遊べないですよ、きっと」

「そ、そんなことないよ。たぶん…」

「そうですよ。卒業していった人と会いますか?」

 分かってた。あの黒い制服は、たった一日でお兄さんやお姉さんを大人にしてしまってた。

 深雪ちゃんとでさえ、ほとんど話す機会がなくなってた。でも、

「私達はもう友達だよ!私だって中学になったらスマホ持つし、連絡しよ!」

「先輩…。ありがとう、へへ」

 顔をあげて私を見てきた犬神さんの頭を撫でてあげた。 

「そうですね。また何時でも会えますもんね」

「そうだよ!」

 この時の彼女の“何時でも会える”を私は深く考えてなかった。

 あと何か忘れてるような…

「御崎君!」

「そうだ!そろそろ戻んなきゃ!」

 まだ皆に囲まれてたとしたらさすがに可哀想。

 でも、私達は結構アイツに振り回されたんだしね。まー、こっちが勝手にみたいなとこ置いておく。

 なんたって、

「バレンタインが無かったってのはびっくりしたよね!」

「はい。私達の頑張りは何ってなりました!」

「犬神さん、目が点になってもんね~」

「そうなります!もうっ南米か!みたいなっ」

「あははははっ!犬神さんも『南米か!』好き?」

「大好きです!」

「面白いよね!」

「はい!」

 

 ホントに今日は色々あったな。パニックの連続だった。


 でも本当のパニックは、やっぱり決戦の月曜日にやって来た。



   ◇   ◇




The Valentine's Day. It's Point-

Zero.

 その少女のスッキリと晴れた連休明けの登校時の服装は、いつもの白いダウンにフライトキャップというものだった。 

 放射冷却による冷え込みが厳しい朝の空気は地面の熱を容赦なく奪い去り、歩道に残った雪や水溜まりを氷に変えていた。

 大人も子供も両手を下に伸ばしてよちよちと慎重に歩いていた。

 少女はスースーする首もとを嫌ってか、耳当てをすっかりおろしていた。小さな頭をネイビーのキャップがすっぽり覆っていた。

 児童館の駐車場から学校までの約100メートルを、足元を確認しながら歩いて行く彼女に声をかけてくる友達も何人かいたが、誰も彼女の変化に気付けなかった。

 少女は前を歩いている下級生が、ランドセルのバランスをとり損ねて転ばないか心配したが、バス停辺りから校庭までには凍結防止剤が撒かれていたので、一二年生達も無事に玄関までたどり着いていた。

 涼子がいる六年3組は、L字になってる校舎の内側の角にあたっていて、L字のもう片方の五年生のエリアに一番近い教室だった。

 今は冬場で暖房も入っているので、窓はほぼ締め切ってあったけど、換気のために開けてある部分もあった。 

 そのため、窓から左手に見える五年生の教室からの「ワアアァッ!」っていう振動を伴ったような喧騒が3組にも伝わってきた。

 窓から席を一列はさんだ場所の涼子にもそれが聞こえた。まだ始業前で、教室の後ろで上着を脱いでいる人や、窓の近くでしゃべっていた人達も震源地の方をうかがっていた。 

 スタジアムからの歓声にも似たそれは、下の階にも到達したていて、三年生の教室の窓を開けて上を見ようとした児童達が早めにやって来た先生に注意されていた。

 授業が始まるで続いていた騒ぎは、一時間目が終わった短い休み時間にまた復活して、二時間目が始まるのと一緒に消えた。

 業間の長休み。今日という日を意識させる様に、色んな話が行き交った。「誰かが誰かに渡した!」とか、「あの人あの人にあげたんやって~」とか、「俺の机にこれ入ってたわ!」には「朝早く来てたやつ誰よ!」みたいな。それは~、何人か一緒に朝早く来てやってる作戦だから、男子に特定は難しいかもね。気になってる子がいるならちゃんと聞けば!私達にばっかり言わせんといてね!

 私はトイレに行ったあと、この前みたいにみんなでワークスペースにいた。 

「ねえ、吉本っち『猫岳村』見てきたん?」

「うん、行ってきた!めっちゃ恐かったわ!」

「うそ~。よく行くよね~」

「でも、面白かったよ!お兄ちゃんに彼女できたら『猫清ねこきよの呪い』かけてみるわ!」

「あはは~怖い~!」

「え、駄目なやつでは…」

「麗奈ちゃんスケート楽しかった?」

「うん!でもお父さん張り切りすぎて転んで」

「えー、大丈夫なん?」

「足捻挫してお母さんにお母さんに怒られてた」

「大変だったね」

「真琴ちゃんは、ボードどうやった?」

「楽しかった~。ナイターもやったよ。途中で凄い嵐になったりした~」

 そのナイターの灯り、私達も見てたなってあのときの事思い出した。

 ヤバい。どんどん思い出しそう。手、手、手…

 ねね、と英梨ちゃんが控えめな声で、

「美久っちは成田にもうあげたん?」 

「んー、まだ」

「持ってきたん?」

「うん。いちおう」

「じゃ早くせんなよー」

「えー怖いしー」

「でも誰かに先越されるよー」

「えっ!」

 一瞬青ざめる美ぃちゃん。 

「先手必勝やよー、ってお姉ちゃん言うとったー」

「えー。でもなー」

「ここに先手必勝の先輩おるしぃー」

 英梨ちゃんが半眼で私を見てくる。

 えっ、て瞬間に首まで赤くなったのがあたしの答えってことで、

「え、どういうこと?」

「なになに!もう渡したん?」

「いついつ!?」

「あの御崎いう子にあげたん!?」

 あわわわわ。

 恥ずかしい。だいたい、『先手』ってだけで『必勝』かどうかは…てか、それは絶対無いし…

 そこまで考えたら急にショボンとしてきて、『先手』がただの図々しいかっただけやったんじゃと思ったら、居たたまれない恥ずかしさがやって来た。

 『何々のくせに図々しい~』っていうのが私達はいちばん怖い。今までもこの学校で何度か聞いてきた。誰かが言われてるの見たりした時、すごく怖かった。ちょっと良いこと思い付いた!やってみようかなってした時、でもこれ私なんかがやっても大丈夫?図々しくないかな?ってどうしても考えてしまうようになってた。 

 そんなこと思ってたら、頭の奥からぱっと白い光の点が現れて瞬間シャッと広がった。その光の中には私が憧れた魔法使いがいて…

 分かった。深雪ちゃんや賢太郎がなんであんなに光ってたのか。

 きっと他の誰かの目なんて気にせず、思ったまま感じたままに走り出してたからなんだ。

 深雪ちゃんだってミスしてしまうことがあった。最初から全部何もかも出来てた訳じゃなかった。でも回りから「そんなのお前に無理だって」って言われても笑いながら練習し続けてた。

 私は確かにそれを見てきてた…そうだ…

「何だかあっち騒がしくないです?」  

 麗奈ちゃんが廊下の角をみて言った。

 涼子も腰に手を当てながら、

「そういえば朝から五年の方がすごくうるさかったんだよな」

 ざわめきが廊下の向こうからこちらにやってこようとしてた。

 美ぃちゃんもいぶかしんで、

「何かすごい騒ぎじゃない?」

 ちょっと興奮し出した吉本っちゃんも、

「何か事件でも起きたとか?」

「え~まさか~」

 言った真琴ちゃんもだんだんと子供たちの話声が近くなってくる方から目が離せずにいた。

 私達は、いやその場にいた全員が同じ方向に視線を送っていた。

 最初に気付いたのは、トイレから出てきた木原さんだった。

 L字の角に近いトイレからは、五年側からやって来た集団を最初に見ることが出来た。

 騒ぎの原因を悟った時の木原さんは長い2つの三つ編みを上に跳ね上げるくらい驚いた。

 彼女は前を歩く二、三人の同級生の女の子の後を歩いていた。少し困ったような顔をしながら。

 その彼女が同級生の隙間から私達を見つけて、私に目を合わせてきた。

 彼女は嬉しそうな、安心したような笑顔で

「ちょっとごめんね」

と言って私達の方に走ってきた。

 その間も、今度は六年生の男の子も女の子もみんな彼女を目で追っていた。

「いっ犬神さん!」

「沙織っ!あんたそれ…」

「あの、おはようございます」

「う、うん。おはよう犬神さん…犬神さん…」

「あの、先輩、一緒に来てください」

「え」

 私はいきなり犬神さんに手を引かれた。英梨ちゃんたちもついてきた。犬神さんはトイレに入って行った。

「危なかったです」

 ショートカットの美少女には言って欲しくないけど、この場に最もふさわしいセリフを言いながら個室から出てきた。イマココには二人だけ。 

「犬神さん…髪、切っちゃったの?」

「はい。ご覧のとおりです」

「うん。ご覧のとおりです…いや、あの、なんで…」

 実は女の子が髪切る事にそれほど意味なんて無いってことは、自分がそうだし(伸びたし、ジャマだし、たまには切っとくかみたいな)分かってるけど、それでもこれは聞かずにいられなかった。

 実際、重要な意味を持つ場合もある、らしい、かも…

「ふふふ。先輩、私決めたんです」 

 トイレの前で待つみんなの所に戻る。

「騒がれるなんて思ってなかったんです」 

 あまりの大騒ぎでトイレに行きづらくなってきていて、こっちに私達を探しに来てたらしい。

 犬神さんも髪型を思い切し変えたので、やっぱりドキドキはしてたらしい。みんなの反応って気にるよね。もう全スルーでお願いしますって思ってたんだって。分かるー、けどまぁ無理だよね。

 教室の後ろの自分の棚の前に上着や荷物を入れようと帽子を脱いだ時はまだ静かなままで、一瞬ほっとしたんだって。でも隣にいた女の子が、顔を目と口だけみたいになってるの見て、恐る恐る後ろ振り向いたら、どわんって感じでやって来たんだって。あの騒ぎが。

 昨日の日曜日に小さいころに通っていた床屋さんに行ってバッサリやってきたらしかった。

 萌ちゃんがため息つきながら、

「実際は攻撃力半端ないから」

「モデルの仕事的なのは大丈夫なん?」

 美ぃちゃん。たしかに。

「お叱りを受けました。お母さんも注意されてて。でも、モデルは辞めようと思ってるんです」

「えっ!そうなの!」

「はい。小さいころに始めた時はテレビの魔女ッ子みたいで可愛くて良いなって思ってたんですけど。大きくなると、ちょっと向いていないかなと思ってきて…辛かったんです」

「ふーん、でも一昨日見たのめっちゃ可愛くて、楽しそうだったよ」

「あっ、あの時は、その皆さんの応援もあったり…楽しかったです。ありがとうございました」

「沙織ー!だもんね」

 しししって萌ちゃんが英梨ちゃんを見る。

「くっ、殺せ」

 英梨ちゃんの返しに吉本っちゃんが

「くっころ、いただきやしたー!」 

 って大喜び。

「あー私も見たかったなー」

 そう言った美ぃちゃんに燃えちゃんが、

「成田に手作りチョコ作らんなんかったから無理やったんやろ~」

 真っ赤になった美ぃちゃんが、

「くっ、ころ…」

「織田ー、木原からどんなん貰ったん?」

「え、いいやろどんながでも」

「ケチやー」

 トイレから出てきたバスケクラブの二人が歩いてきた。

「あ、成田くん」 

 麗奈ちゃんが言った名前に、

「ひゃっ」

 美ぃちゃんの小さな悲鳴。

「おー川上、あっ…」

「あっ…」

 男子二人が立ち止まって私達を見てる。というか犬神さんを見てる。

 まだ見てる。

 英梨ちゃんが腕を組んで、

「見過ぎー。織田ー、木原さんに言うねー」

 ハッとして手をブンブン振りながら、

「え?いやいや別に全然!成田がほらっ」

「いや俺も別に!」

「川上見とったー」

 織田が逃げたした。

「なっ!」

 うつ向いてた美ぃちゃんの肩がピクリと動く。

「織田、アホやー」

 成田も速攻ダッシュ。

「これすぐ渡しに行かんなんやつやろ」 

 萌ちゃんが真っ赤になったままの美ぃちゃんに言った。

「…行ってくる」

 拳を作った手を下にビシッと伸ばして宣言する。

「あ、私も見守りますわ!」

「見逃せない!」

とか言って、麗奈ちゃんと吉本っちゃんも美ぃちゃんについていった。

 あの二人は確定組だろうし、少しくらい皆に見られても…ダメか。 

 とりあえず休み時間もまだ残ってるしね。

 聞いておきたい事もまだ残ってた。

「犬神さん、さっき何か決めたって言ってたけど」

「はい、あの、私テニスを始めよることに決めたんです」

「そうなの?そういえば…」

 観覧車の中での賢太郎のテニスの話に食いついていたな。

「それで髪も短い方が良いかなって」

「テニスしたかったん?」

「小さい時少しやってたんです。お父さんとお母さんもやってて。でも今のお仕事するようになってしなくなっていって…」

 萌ちゃんが、

「モデル、本当に辞めんの?」

「その、写真撮られるのも怖くなってきて…」 

「そうなんや。意地悪とかさじゃなくて?」

「はい。私のわがままなんです」

「そっか」

 萌ちゃんが納得したように言った。

 犬神さんも、明るい顔だった。

「そんだけ?切った理由」

 英梨ちゃんが突っ込んできた。私もそこら辺気になってた。だって、昨日の今日って感じで、バレンタインデーの月曜日だなんて。

「えーっと、それは…」

「あーっ、いた!なにしてンの犬神さん!あたしら次体育やよ!早くこっちの教室で着替えんなんよ!」

「あっ、ほんとだ!ごめん夏凜かりんちゃん」

 犬神さんが、勝ち気そうな顔したツインテールの女の子に呼ばれて教室に足を向ける。

 あっ、と呟いて私達に向き直って、手を後ろに組んで

「それは内緒です」

 くるっとまた私達に背を向けて、廊下の角で両手に腰を当てて待ってる女の子の方に去っていった。

 走っていく動きに合わせて短くなった髪が広がったりするのを見てて、私の背中に犬神さんの髪の毛が当たった時の事をぼんやり思い出してた。

「『女の子は髪を切る時は事前に連絡する事』なんて校則出来るかもな」

 涼子が後ろから言ってきた。

 ふふふ。

 実際、一人の女の子の髪型が変わっただけで朝から凄い騒ぎだったもんね。犬神さんは、今日だけ耐えれば終わりますって言ってたけど、どうかな。

 もしかしたら“女の子が髪を切る”っていうのは、世の中で起きる色んな出来事の中でも結構上位に入ってくるんじゃないかな。

 そんな暢気なのは子供の内だけ、って大人になった人たちは

言うかもしれない。でも、その人たちも前は子供だったわけで、真っ黒な制服に体を入れたとたんに、0秒で「はい今大人になりました」とかって丸切り入れ代わるわけないと思う。子供の時の事も一緒に持って行くんだと思う。私はそれを一緒に持って行きたい。

 それに、私達子供だって子供なりに毎日やってるんだ。毎日学校に行って、勉強して、友達と話したりして。たくさん人がいる中では怖い話もやって来たりする時もあるし。誰かを好きなってこっそりと毎日過ごしたり。この気持は気にしないようにしても、ちょっと油断すると直ぐにやってくる。

 一年のほとんどは今日みたいなネームドの特別の日ってばかりじゃなくて、私達も毎日全部全力で余すことなく一日を洗いざらい使いきってる訳じゃない。それでも、何にも無かったような後から思い出して貰えない日々があるからここまで来れたんだと思うし。

 ようするに、私達だってそれなりに誰かが毎日戦ってたりしてるようなもんて事。

「私らもそろそろ行こうかー」 

 英梨ちゃんが頭で両手を組んで教室に歩き出す。

「そうやね」

「継ぎ算数やったっけ?」

 衝撃的な休み時間だったけど、一週間が始まったばかりだった。

「御崎ー、犬神さんびっくりしたなぁ。でも長い間方良くなかった?」

「えー…」

「あー、御崎君は短い方が好きなんやぜ。だって…」

 体操服に着替えた五年生が廊下の角から出てきた。 

 え、なに、だって何?早く言って、こっち歩きだしてんだから!振り向けない。耳ダンボ。

「ーだってほら…」

「おーい待てー!俺を置いてくなー!」

 ルー!ルー…

 ちょっとホッとしたかも。

 どうせ出てくる名前は90%であの二人の内どっちか。後の一割…う、なんかしっかり10%確保してて図々しいような気がしてきた…

 でも、ちょっとくらいの図々しさもありかも。ってことで。

 


 日直の帰りの掃除なんかあって、私は皆より少し遅れて教室を出た。

 階段を降りて玄関についたらもうラッシュは終わった後だった。隅っこにあるベンチが目に入った。犬神さんが座っていた。

「上野先輩」

「犬神さん」

 私もベンチに座った。 

「さっきまで、皆さんもいました」

「月曜日から6限ってくるよね」

「はい」

「待っててくれたの?」

「上野先輩は日直で遅くなるって」 

「ありがとう」

 ベンチから見える外の色はこの前ととても似てた。

「私、ここで泣いちゃったんだなー」

「はい」

「こんな所で泣くなんてね」

「一年生か!って感じです」

 「んーっ」コツンだ。

   犬神さんが、前と同じように舌を出す。

   「寂しくなるね…」

     うう、口にしたら急に…

     「うう、ふぇぇぇん」

      せっかく仲良くなれたのに。きっとやっぱり中学になると、変わっちゃう。サッカーだって女子は別になって、離れ離れになってくんだもん。

     「先輩…」 

「南米か」

 ささやくような声がそう言って私の頭に小さな左手の手刀が優しく置かれた。 

「大丈夫ですよ先輩。これからも会えますよ」

 私の耳に打ち明け話をするみたいに訳を聞かせてくれた。

 


 校門を過ぎてバス停まで二人並んで歩いた。この時間でも陽差しがあって、確実に日が長くなってきてるんだなって実感した。

 でも、まだ歩道の横に残ってる雪の上を滑ってくる空気を吸い込んだらとても冷たかった。

「泣いちゃったのと南米は関係ないかも」

「ふふふ。そうですね」

「似合ってるよね」 

 今度はそっと犬神さんの襟足を撫でた。 

 一瞬ビクッとした犬神さんは、ランドセルのベルトに手をやりながら、

「上野先輩みたいなのにしようと思って…」

「…恐縮です」

「何ですかそれ?」

「ん、よく知らない」

 今度は私が舌を出した。

「南米か!」

「ふふふ」

「ふふふ」

「あははは」

「あははは」

 手を取り合った二人の笑い声は、一部は白い雪に落ちて吸われ、一部は停留所に入って来た黄色いバスのブレーキのエアーの音に被され、あとの残りは、夕方を捕まえに行くように西に飛んでいったジェット機が残した一本の飛行機雲に射抜かれた青い空の下に散らばっていった。


 

Every day is special! Every day is fight!!



EX (Sampling Scenes from The “V” Week.)


2022/2/7 13:22 Monday


ー聞いた?

ー聞いた、聞いた!

ーおう。

ーあいつ、3組のやつやろ。えーとなんやったっけ安倍?

ー多賀や。 

ーそうそう多賀多賀。安倍お前よく知っとるにけ。

ー四年の時、あいつ転校してきたとき同じクラスやってん。

ーそうなんか。

ーそうやー。田中も同じクラスやったわ。

ーおう。

ーしっかし、多賀大丈夫かよ…。上野もあんなん言われてよく平気やな?

ーけっ、慣れとんがいろっ!

ーでも、上野結構よくね?背高くて成長早い分さ…

ー海部アホやの~

ーいやいや安倍、上野は顔も悪くねえって。まあまあやろ。

ーんー、でもあいつガサツじゃね?

ーあぁ、そうかもな…。

ーんなん、あんなグループのやつ俺らの事なんか名前も知らんぞ!

ーん~、まぁそうかもな…

ー決まっとるわよ!ガサツや!俺らなんか絶対貰えんよ、海部。

ーえ~。上野…

ーあぁ言うて絶対誰かにあげるんよ!

ーおう。

ーハァ~。てか田中半ズボン寒くね?ねぇ寒くね………




2022/2/10 13:05 Thursday Ⅰ


ーあ、俺見たわ。

ー何、安倍壁ドン見たんか! 

ー田中とトイレ行ってきて教室の前来たときや。

ーおう。

ーホンマかよ~。あー俺も行けば良かった。

ーおう。

ー俺も上野にされてー

ー声デケー海部。アホか。

ーおう。

ーそれに上野されとった側やぞ。

ー何にしても見たかったわ~。

ー上野そんなに良いかよ。結構男と話しとるやつやぞ。ガ・サ・ツや。

ーえー誰とよ。

ー知らん。

ーなんよそれ。安倍、上野に厳しいの。

ーいつも見下げてくるからの…

ー仕方ないやろ。上野デカイんやから。

ー海部は背高いからのー。髪モジャやけど。

ー天パや。仕方ないわ。

ーおう。

ーそれより、トイレから出てきた時に姫見かけたわ!

ーハァ~またか。なんよ姫て。犬神やろ。

ーバカヤロ!犬神様や!

ーいやー、たしかに超絶可愛いけど、目ちょっと怖ないか?

ーなっ、姫に謝れ!

ーおう。…犬神、二年の時、死神ちゃんて言われてた。

ーホンマか田中!

ーおう。

ー田中半ズボン寒くね?

ーおう。

ーお前ら姫に謝れ!

ーいやいや海部。犬神こそ無いぞ、俺らと接点。

ーくっ、殺せ。




2022/2/10 15:48 ThursdayⅡ


ーうわ。あいつらや。はぁ~階段ふさぎやがって。

ー上野や。

ーこんなん本当嫌やわ。

ーまぁ安倍の気持ちは分かるわ。

ーそやろ。こんな女子の後ろ仕方なく歩かんなん時嫌やわー。絶対あいつらに気付かれたくないけど、ついてきとるがバレとるぞ。

ーまぁそうやろな。

ーおう…。

ーちょっと可愛い思て調子乗っとるわ、ほんま。

ーでも上野のこと後ろから見れるやん。

ー頭しか見えんにけ!アホか。

ーいや首の後ろとかいいやろ。

ー変態やろ…。

ーおう。…成田や。

ーえ。あ、成田のやつ女子に声かけて通っとるやんけ!

ー安倍、俺らも行こうぜ!

ー…そやな。

ーおう。


ーなんか上野、元気無かったな。

ー気のせいやろ、ガサツやぞ。ん?

ー何?

ーなんか田中の事喋っとらんか、あいつら?

ーえ?上野ら?あ、ホンマや!半ズボン田中しかおらんにけ!お前の事やぞ!

ーおう!

ーおいおいマジかよ!早く帰るぞ!

ー何でよ?何か話せるかも知れんぞ?田中なんとかせいま!

ーお、おう?

ーおい海部。あれ。

ー何!

ー外。織田と木原やろ、あれ。

ーえ?あホンマや。

ーおう…。

ーあいつらやっぱり…

ー良いな…

ー行くか…

ーおう…。

ー外、明るいの~安倍。

ー明るいの~。

ーおう…。



2022/2/10 16:43 Thursday Ⅲ


ーそろそろ帰っかー、海部。

ーそやな。田中行こうぜ。

ーおう。

ーおっと、お前ら気ぃ付けや。転ぶなよ。

ー安倍、あいつら誰やったっけ?

ーあ?あ~、あれや苺作っとる所の…

ー宮本農園の子か!

ーおう。

ー田中も知っとったん?

ーおう!

ー何、気合い入っとるな。

ー海部知らんがか?田中、宮本推しやぞ!

ーえっ、そうやったん!

ーおあおおおう。

ーははそうかー。ま、あのふんわかした感じはアリやな。

ーおう!

ーおい、海部、前向いて歩けよ。

ーえ、ああ、うおっとぁ!

ー危ねっ!

ーお!?

ーとととっと~。いや危なかったわ。ちょっとかすったわ。

ーあれ、宮本やんけ。

ーおう!

ー怒んなよ田中。服かすっただけやって。

ーははは。いやでも、びっくり顔良かったかもな…。

ーおう!

ーいや大丈夫!俺は姫だけや。

ー俺は上野やし。

ーいや上野そんな良いか?のう田中。

ーおう。

ー何でよ?いや良いやろが!

ーガサツやぞ。たぶん。

ーおう。

ー…はぁ。明日から連休やの。どうする?

ー『猫岳村』見たいわ。

ーあー俺も『猫岳』行きたいわ。

ーおーう。

ー猫清めちゃヤバいらしいぞ…………




EX-EX Set Upper (プラットフォーム係員 近藤京香の日常)


「はいどうぞ~。ゆっくりですから、慌てなくても大丈夫ですよ~」

 さっきの三人、大きいの中学生で姉弟か?いや違うな。おそろしい可愛い子もおったし。勘やけど、あのかっこいい男の子取り合っとるな。勘やけど。

 あとから乗ってったんは、いわゆる見張りやな。ただの野次馬とかと違うんよ。結果次第で自分にどう転んでくるか分からんからな。私、このポジションたくさんやってきたから、今のも直ぐにピンとくるわ!ホンマどう転んで来るか解らんから!見の前通っていくの一瞬やよ!チャンス!自分らも気ぃ付けた方いいわ。本当はゴンドラ一つ空けて乗せるんやけど、すぐ後ろのやつに乗せたわ。

 にしても、私、毎日案内しとって、全然乗ったことない。ここのオープン前の試乗だけや。

 なに、子供のくせに生意気~!私だって、私だって…

「私だって乗りたいんじゃー!!」

 近藤京香の呪詛が天に届き、閃光が走った。




2月12日(土) 14時30分 START

『KIDS ファッション・カーニバル』@ DRAGON OUTLET PARK 灘城  イベントスペース


SET LIST

1.BABY CRUISING LOVE / Perfume

2.CHOCOLATE DISCO / Perfume

3.君に、胸キュン / RESONANCE-T

4.恋のB級アクション / 伊藤さやか

5.ハイスクールララバイ / 月刊プロボーラー

6.恋の行方 / あかせあかり

7.ユメデアエルヨ / RAM RIDER

8.Groovin' Magic / ROUND TABLE featuring Nino

ED.Everybody Loves A Carnival / Fatboy Slim 


( 3,6,8 犬神登場 )  



Main Story Inspired by エンドレス・バレンタイン / EPO


EX Story Inspired by Hey Boy Hey Girl / The Chemical Brothers

 



 



 

 


 

 

 




 

 

 

  



 






 

 



 

 

 

  



 






 

 



 

 


 




読み終わったら、ポイントを付けましょう!

コメント (1)

コメントはありません。

エラーが発生しました。