学校が終わると、マリアは早速悠奈に館の廃墟を教えてもらって向かう。
悠奈もついて来ると言ったのだが、危ないから絶対に駄目ですと何とか悠奈を宥めて一人で館に向かう。悠奈がいては、正直動き難いし再び悠奈があやかしに憑かれてしまう可能性があったので、悠奈には絶対に館の廃墟には近づかない様に釘を刺した。
いくらわたしが魔女でも、手に負えなくなってしまう可能性がある以上悠奈には極力心霊スポット行かないで下さいとお願いはした。
あとは悠奈に任せるしかない。悠奈がどうしても心霊スポットなどの危険な場所に行きたいのなら、わたしにはそれを止める権利も術もないのだから、それで悠奈があやかしに憑かれてしまったらわたしは何度でもあやかしを消滅させるだけだ。
マリアに、館には近付くなと言われたけど、付いてきてはいけないと言われたけど、どうしてもマリアの事が心配である。
マリアには怒られるかもしれないけど、大切な友達を愛する人を一人にする訳にはいかない。
悠奈は、地元の人間しか知らない近道を通ってマリアより先に館の廃墟に着くと、マリアを待っていた。悠奈より後に館に着いたマリアは、何で悠奈がいるのよ!って顔をしている。
「どうして、悠奈がここにいるのですか?」
口調は柔らかではあるが、内心怒っているのだろうとわかるけど、ここで引いてしまっては意味がない。悠奈には、マリアが自分の為にこの館に来ていると感じていた。
それだけが理由ではないのだが、悠奈の考えは概ね当たっていた。
悠奈に取り憑いたあやかしは、完全に消滅させた筈だった。間違いなく消滅したのを確認したのだが、今日学校で悠奈に会った瞬間に、悠奈があやかしに憑かれているのがわかった。
すぐにトイレに悠奈を連れて行って、あやかしは消滅させたが悠奈に再びあやかしが取り憑いた理由がわからなかった。だから、悠奈にこの館の廃墟以外に心霊スポットに行った事はあるのかを確認したが、悠奈はこの廃墟以外には訪れてはいないと答えた。
悠奈が嘘を吐いているようには感じない。
悠奈が嘘を吐く理由もないし、嘘を吐いていないのなら考えられる理由は一つしかない。この館の廃墟には沢山のあやかしが存在していると言う事だ。そして、そのあやかしが悠奈に取り憑こうとしているとしか考えられない。
最初に取り憑いたあやかしの消滅を確認したから、違うあやかしが取り憑いたと考えられたのだが、そうなると一つ疑問がある。
今までの世界で対峙したあやかしは、ただ人間に取り憑く事しか出来ない。人間に取り憑いて、取り憑いた人間の心を悪に染めて初めて行動を起こせるのだ。知性などは元々持っていない存在だった筈である。
この世界のあやかしには知性があるとでも言うのか、それともこの世界にはあやかしを自分の手足と使う存在でもいるのだろうか? もしそうなら、相当この世界は厄介な世界である。
「マリアが心配で、約束破ってごめんね」
ここまで来てしまった以上は仕方ない。まさか、悠奈一人を置いて館に入る訳にもいかないので、マリアは絶対に自分から離れない様にと言うと、悠奈を連れて館に入って行く。
20年以上も放置されていた割には、床などは抜けてはいない。元が相当頑丈な建物だったのか、それとも霊的な不思議な力が働いているのだろうか、どっちにしろ床が抜けて落ちる心配はなさそうである。
「悠奈、悠奈が見た肖像画は何処にありますか?」
他の場所には興味はない。
目的は、悠奈が見たと言う少女の肖像画だけである。
マリアの考えでは、その肖像画にあやかしが取り憑いたか、その肖像画自体があやかしを引き寄せているのではと考えていた。
「二階の一番奥の部屋にあったの」
一人で昼間とは言え、よく行ったものだと思う。普通の女の子なら、女の子じゃなくても、一人で廃墟の一番奥の部屋に等入りたくはない。
「よく一人で行きましたね」
「あたし、結構そういうの大丈夫だから」
いくら大丈夫でも、二度と一人でそういう場所には行かないでくださいと、何がいるかわからないのだから、最悪命を落としてしまう危険性もあるのだと少し厳しく言う。
「わかりましたか? 悪霊は恐ろしいのです」
「はい……すいません」
反省しているのなら、これ以上厳しく言う必要はないだろうと肖像画のある部屋に向かって行く。
(何かいる)
今までに感じた事もない程の、強い力を邪悪な力を肖像画のある部屋から感じる。
「悠奈、絶対にわたしから離れないでください」
戦闘になってしまったら、悠奈を守りながら戦えるのか疑問に思ってしまうくらいに、奥の部屋からは強大な邪悪な力を感じる。
「マリア、何かいるの?」
「はい。強大な力を持った悪霊がいます」
隠しても仕方ない。大丈夫ですなんて言えない。この奥には一体どんなあやかしがいるのか、ここまで強大な力を持ったあやかしには、今まで旅してきた世界にもいなかった。
一体この館には、どんな強大なあやかしが潜んでいるのか? マリアは最大限に警戒しながら部屋へと近付く。自分一人なら、いくらでも対処は可能だが自分の後ろには悠奈がいる。
悠奈を死なす訳にはいかない。
こういった事態も考慮して、悠奈にはこの館には来るなと言ったのだが来てしまった以上は、全力で悠奈を守るしかない。
「悠奈、絶対にわたしから離れないでくださいね」
悠奈がわかったと言うのを確認して、部屋の扉をゆっくりと開ける。
いきなり開けて、あやかしの襲撃を受けてはたまらない。悠奈を守る為にも、あやかしの攻撃を喰らうわけにはいかないのだ。
警戒していたあやかしの襲撃はない。それどころか、あやかし自体存在してはいなかった。
ただ、部屋の奥にある肖像画からは、今までに感じた事のない程の強力な妖気が漂っている。
(あの肖像画……)
マリアは、肖像画から漂う妖気に細心の注意を払いながら肖像画の数メートル手前まで来た時、急に肖像画の少女が声を掛けてきた。
「こんにちは。霊能力者のお姉さんと、この前来てくれたお姉さん」
「マリア、一体どうなってるの?」
悠奈は、目の前の現象に戸惑いを隠せないようだ。
「あの肖像画自体が、悪霊又はあやかしと呼ばれる存在なんです」
悪霊なんて、空想の世界のみに存在していると思っていた。テレビや動画で観ても、どうせ作り物なんでしょと思っていたのに、まさか自分の目の前に悪霊が存在しているなんて悠奈は、その場から動けなくなってしまった。
「悪霊って、それは酷いと思うの。わたしは、ただ絵の中で眠っていただけなのに」
「あなたは、一体何者ですか? あやかしを操っているんですか?」
肖像画の少女は、ちょっと待ってねと言うと、絵の中から出て来た。
「改めてこんにちは。わたしイヨって言うの」
イヨと名乗った少女は、あやかしとは違い完全に実体化していた。
イヨは、自分はこの家に住んでいたのだと、数十年前にこの家に強盗が押し入った時に自分の霊力を使って絵の中に逃げ込んだのだと語った。
「それでね。絵の中で眠っていたら、いつの間にか悪いお化けが一杯いたの」
「もしその話しが本当だとしても、どうしてあなたからは妖気が発せられているのですか?」
もし絵の中で眠っている内にあやかしに取り付かれたのなら、心を支配されてしまう。心を支配されてしまえば、自我を失う事になり自分の意思で行動する事も話す事も出来なくなってしまう。
それを考えれば、イヨと名乗った少女が自由に行動出来るのも、自由に話せるのもおかしい。
マリアは、イヨが嘘を吐いていると考えていた。
「本当の事を言ってください」
イヨの返答次第では、この場でイヨを消滅させる事も辞さないつもりだ。本当なら、そんな場面を悠奈には見せたくはないが、悠奈のこの世界の為にはそれも仕方ない。
「嘘なんて吐いてないよ。確かに悪いお化けが、わたしの身体を乗っ取ろうとしたけどわたし、普通の人間と違って、霊力強いから」
「マリア、この子嘘吐いてないと思うよ」
「悠奈、でもこの子からは、この部屋からは強力な妖気が」
マリアも、イヨが嘘を吐いてるとは思わないが、それならこの部屋に充満する妖気はイヨから感じる妖気はどっから発せられているというのだ。
「妖気はわたしじゃないよ。この館の地下におっかないお化けがいるの」
「地下にお化け?」
「それは、一体どんな存在ですか?」
「あのね。女の人なんだけど、わたし怖くてこの部屋にそのお姉さんが来た時は絵の中にいたの」
イヨの話しから、この館の地下にはおよそ10年前から強大な妖力を持った人間ともあやかしかもわからない存在が住み着いてしまったらしい。
その存在のあまりの妖気に、イヨはずっと絵の中に潜んでいたのだ。
「なら、悠奈にあやかしが取り憑いたのはあなたの仕業ではないんですか?」
「そんな酷い事しないよ」
なら、地下に潜んでいると言う女性の仕業と考えていいだろう。確証はないが、昨日祓ったあやかしとは別のあやかしが、悠奈に取り憑いたのは強大な妖気を持ったその女性の仕業と考えるのが妥当である。
もしそうであったとしても、どうして同じ人間に悠奈にあやかしを取り憑かせる必要があるのか、悠奈以外にも、この館に肝試しに来た連中は沢山いる筈である。
「イヨ、地下に案内してもらえますか?」
「……行きたくない」
出来るなら、二度とあの女性には会いたくない。会ってしまえば、殺されるそんな予感がする。だからイヨは、今日は行きたくないとあの女性に負けない確証を得られるまでは絶対に行きたくないと、頑として首を縦には振ってくれない。
「マリア、今日は諦めようよ」
「わかりました」
出来るなら、出る杭は早目に、この世界を闇に落とそうとする存在は一刻も早く消し去りたいのだが、イヨだけならイヨ自身強い霊力を持っているので問題はないが、霊力の全くない悠奈がいる以上無理は出来ない。マリアは、仕方なく館を出る事にする。
「イヨ、あなたはこれからどうするのですか?」
「マリアの所に行く」
この館にいては、いつ殺されるかわからないし、絵の中にいてもあの女性なら自分を簡単に殺す事が出来る気がするので、出来るなら強い力を持つマリアの側にいたかった。
「困りました。わたしの部屋では二人は狭いです」
イヨから妖気を感じないので、イヨが本当の事を言っていたのはわかったので出来るのなら、イヨを連れて帰ってあげたいのだが、正直言って部屋が狭い。
一人で生活する事を前提にしていたので、自分一人が生活出来ればいいと手頃な空き部屋を拠点にしてしまった。
「困りました。イヨをこの館に置いて行く訳には行きませんし」
強い妖力を持つ、この館の地下に潜む存在と戦うにはイヨの力は必要になる。もしこの館にイヨを一人置いて行って、イヨが殺されてしまっては困る。
「なら、あたしの家に来たらいいよ」
どうせ両親が転勤で、一人で暮らしているのだから部屋は余ってるので問題ない。
「マリアも来る?」
「わたしもですか?」
「うん。あたしが原因かもしれないけど、あたしも巻き込まれたっぽいし」
もしまたあやかしに取り憑かれた場合の事も考えると、マリアが側にいてくれるのは正直悠奈としては心強い。
「イヨは除霊は出来ますか?」
イヨが除霊を、あやかしを消滅させれるのなら、自分が悠奈と暮らす必要はない。イヨが出来ないのなら悠奈の為にも、悠奈と暮らす必要がある。
「人に取り憑いてない悪霊なら、消せるけど人に取り憑いたのはやった事ないよ」
それでは、悠奈にあやかしが取り憑いてしまったら悠奈に取り憑いたあやかしを消滅させられない。消滅させられないと言う事は、悠奈が悪に染まると言う事だ。
それはあってはならない。
「わかりました。わたしも、悠奈の家に住みます」
折角悠奈のスマホに魔法をかけて、悠奈を監視出来る様にしたのだが、それは悠奈が一人で出掛けている時に使用する事にしよう。
こうして、マリア、悠奈、肖像画の少女ことイヨの三人での不思議な同居生活が始まる事になった。
館をあとにする三人を、地下に潜む女性は妖力を使って覗いていた。
「やっと来たのね。わたしの殺すべき魔女が」
女性は、恐ろしい微笑みを浮かべながら、マリアを舐める様に見つめていた。
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