三人で暮らす様になってから、暫く経ったが相変わらず悠奈にはあやかしが取り憑いている。
何度あやかしを消滅させても、早くて次の日に遅くても数日以内に新しいあやかしが悠奈に取り憑いてしまう。
このままでは埒が明かないのは明白なのはわかってはいるのだが、敵の正体も目的もはっきりしない以上は下手にこちらから動く訳には行かなかった。
あやかしを操っていると思われる魔女が、イヨのいた館に住み着いているのはわかってはいるのだが、敵の実力も目的もわからない。
下手に動けばこちらが、窮地に陥ってしまう事は目に見えている。
それにマリアには自ら館に乗り込む事が出来ない事情もあった。もし悠奈を残して単独で、あの館に乗り込んでしまった際に、イヨが悠奈に何をするのかがわからない以上は、マリアは単独で行動する事が出来なかった。
悠奈はイヨの事を信じてはいるようだが、マリアはイヨの事をどうしても信用する事が出来ないでいた。イヨがいつまでたっても、自分の事を話さない事が理由である。
イヨが年齢を詐称している事はわかってはいるのだが、絵の中に少なく見積もっても十年以上もの時間潜んでいたのだから、わたしや悠奈よりは年上だろう。
そういうわたしも、不老の魔法を自分に掛けて長い時間を、沢山の世界を旅していたのだからイヨだけを年齢詐称とは言えないのだが、わたしもその事は悠奈には話せてはいないのだが、この世界のあやかしを、それを操る魔女を倒した時に悠奈には話そうとは考えている。
悠奈に自分は、ドイツで霊能者をしてると偽ってはいるが、さすがに自分が魔女であると本当の事を悠奈に話す訳にはいかなかった。
出来るなら、悠奈を含めた一般人をこの戦いに巻き込みたくはなかった。
もし悠奈が、興味本位であの館を訪れていなければ、悠奈があやかしに取り憑かれていなければわたしは、悠奈と深く関わる事はなかった筈だ。
悠奈も情報を得る為に、他の生徒や教師と同様の扱いをしていただろう。
そうであったのなら良かったのに、この世界を終わりにしたいとわたしは願ってはいるが、もしこのこの世界が自分にとっての終焉の地でなかった場合わたしは、また新しい世界へと旅立たなければいけない。
そうなってしまった時に、特定の人物に想いを寄せてしまっていたり必要以上に仲良くなってしまっていては、別れが辛くなってしまう。
そうならない様にわたしは、どの世界でも必要以上にその世界の人間と関わりを持つ事を避けてきたのだ。
正直悠奈があやかしに取り憑かれていた事は、そしてあやかしを消滅させても再びあやかしに取り憑かれてしまう事は、わたしにとって予想外の出来事であった。
そしてもう一つ悠奈は、わたしの予想を遙に超える少女だった。
普通あやかしに取り憑かれた人間は、早ければ翌日にはあやかしに心を支配されてしまうのに悠奈は、あやかしに取り憑かれてからも変わる事無く、家族や周りの人間に被害をもたらす事もなく生活していた事だ。
悠奈には、あやかしに憑かれやすいと言う事以外にあやかしに心を支配されない特別な力でも持っていると言うのか、悠奈自身気付いていない能力でも、わたしがそんな事を考えていたら悠奈と一緒に夕飯の材料を買いに行っていたイヨが帰って来たので、わたしは悠奈に夕飯の支度を任せると、イヨを連れ立って自室へと行く。
イヨは不思議そうな顔をしていたが、真剣な表情をしているわたしを見て何かを感じ取ったのか、何も言わずにわたしについて来た。
わたしは部屋の扉を閉めると、防音の結界を張る。
イヨの返答次第では、イヨを痛めつけたり最悪イヨを殺す必要がある。その際のイヨの悲鳴や殺戮の音を悠奈には聞かせたくないのと、イヨとの会話を今は悠奈に聞かれたくはなかったからである。
イヨの事を信じている悠奈に、もしイヨが敵で悠奈や自分を監視する為に、機会を狙って自分達を殺害しようとしている可能性も、マリアは捨て切れなかった。
実際に、過去の世界でも自分に取り入って自分を殺害しようとした輩も少なからずいたので、マリアは自分が信用した人物以外とは距離を置いていた。
それはイヨに対しても例外はなく。悠奈の提案で仕方なくイヨと三人で暮らす事になったのだが、未だにマリアはイヨを信じてはいなかった。
しかしこのままイヨを疑っている事で、敵の狙いをあやかしを操っている魔女の正体を探れないと言うのは、マリアにとっては時間の無駄以外のなにものでもない。
敵の勢力や強さによっては、年単位の時間が掛かってしまう可能性もあるが、例え何年掛かっても必ずこの世界のあやかしを消滅させたい。
人間と言う醜い考えを持つ種族がいる限り、あやかしは何度でも現れる事もマリアは理解しているが、その時はその時である。
今は、自分の目の前で嬉しそうにりんごジュースを飲んでいる少女に、自分の正体を話してもらう必要がある。
マリアは、濁す事無くイヨにイヨの目的と、本当にこちら側の人間なのかをイヨの過去を話す様に殺気と共に発する。
殺気を放ったのは、イヨが自分に嘘を吐いたら容赦無く殺すと言うマリアの意思表示である。マリアが本気で自分を殺すかもしれないと思ったイヨは、飲み物を置くと自分の過去から話し始めた。
マリアに勝てない事はわかっていたので、自分にもあやかしを消滅させる霊力はあるがマリアの力は桁外れである。自分の館に住み着いたあの恐ろしい女性と大差ない程の霊力と言うか魔力を有している。
そんなマリアからすれば、わたしを殺す事など道を歩いている蟻を踏み潰すのと大差ないだろう。何とかして、自分がマリアの敵ではない事を本当に悠奈を守りたいと思っている事を信じてほしい。
イヨは、この街に住む霊媒師の一人娘として生まれた。
元々イヨの家系は日本ではなくてヨーロッパに住んでいた。先祖はヨーロッパの北欧の血を引いていたらしい。
イヨの父親は日本人であるが、母親は北欧とロシアのハーフであった。
母親の血が濃いわたしは、日本人の様にも北欧の人の様にも見える容姿をしていた。そんなわたしは、見た目の違いから当然の如くいじめの対象になってしまったのだが、わたしには霊力と言う普通の人間にない力があったので、わたしはわたしをいじめていたいじめっ子に怪我をさせない程度に霊力を使って、対抗していたのだがそれがまずかった。
わたしは、普通の人間じゃないと周囲の人間が、わたしとわたしの家族を恐れる様になってしまい霊媒師として違う街に移り住もうと、引越しの準備をしていた時にわたしの家に強盗が押し入ってしまったのだ。
両親は強盗に殺害されてしまい、わたしは両親の死体を見てしまった恐怖と、じぶんも強盗に殺されてしまうと言う恐怖から、当時まだ12歳だったわたしは自分の霊力を駆使して何とか絵の中に隠れると難を逃れたのだ。
強盗に殺されずに済んだのはいいが、自分の霊力を殆ど使いきってしまったわたしは疲れから絵の中で深い眠りについてしまった。
どのくらいの時間眠ってしまっていたのだろうか、わたしが眠っている間にわたしの住んでいた館は、あやかしや悪霊と呼ばれる存在の巣窟と化してしまっていた。
わたしの力でも何とかなるレベルだったので、わたしは絵から出てあやかしを退治しようと考えていた矢先に彼女は現れたのだ。
その女性は、まだ二十代前半と思われる容姿端麗な女性であったが、その禍々しい程の悪の魔力にわたしは恐怖を覚えた。
今絵の中から出て行ってしまえば、間違いなく彼女に殺されてしまうか、彼女の奴隷にされてしまうと、心の底から恐怖を覚えたわたしはじっと彼女が部屋から出て行くまで絵の中で息を殺して耐える事しか出来なかった。
彼女の力なら、絵の中にいるわたしを絵の中から引き摺りだす事も、絵の中にいるわたしを殺す事も簡単に出来た筈なのに、その魔女はたった一言だけ発すると部屋から出ていった。
わたしは、助かったと思いながら自宅の地下に彼女がいる事がわかっていたので、そのままマリア達が来るまで絵の中に潜んでいるしか出来ずにいたのだ。
「その魔女は何て言ったのですか?」
「わたしが探している魔女じゃないって」
この世界の魔女は、他の世界の魔女をそれともこの世界に存在する別の魔女を探しているのかそして、多分その魔女を殺す為にあやかしを駆使しているのだろうと、あやかしを使って何かを起こすつもりなんだとマリアはイヨの言葉から推移する。
イヨは、マリアが訪れるまで十年以上もあの絵の中から出る事が出来なかった。
一度は館を占拠した魔女に見逃されたとは言え、次も見逃してくれる保障なんてなかったし魔女に捕まって、魔女に操られる事を恐れたのだ。
魔女に操られて、罪無き人々を殺害する事になってしまうのが恐ろしかった。
霊媒師の娘として生を受けたイヨは、霊媒師であった母親や祖母があやかしや悪霊と呼ばれる存在を祓っていたのを直に見てきた。
将来自分も、それを生業とする事もわかっていたからあやかしに心を支配された人間がどんな末路を辿るのかも、イヨは理解していた。
上手くあやかしだけを消滅させる事が出来れば、その人間にはその後の人生があるが大半のあやかしに支配された人間は、あやかしと一緒に消滅する事になる。
あやかしに憑かれても早い段階であれば、あやかしだけを祓って消滅させる事が可能だが、あやかしに心を支配される程にあやかしに侵食されてしまえば、あやかしのみを祓って消滅させる事はほぼ不可能に近かった。
マリアが、悠奈に取り憑いたあやかしを、悠奈を一切傷つける事なく消滅させたのを見てイヨは感嘆と恐怖を同時に覚えた。
そして、マリアの味方をすればあの恐ろしい魔女を倒せるのではないかと思ったのだ。だからこそ悠奈の側にいるのだ。
悠奈に何かをしようとするあやかしを退治する為に、マリアの様に悠奈に取り憑いてしまったあやかしを、あやかしのみを消滅させる事は難しいけど、悠奈に害を為そうとするあやかしを退治して、これ以上悠奈にあやかしを近付けたくなかった。
これがイヨの本音であった。
イヨの話を聞き終えて、マリアはイヨが嘘を吐いていないと悟ったのかイヨに向けていた殺気を消すと同時に防音の結界も解く。
「もし、イヨあなたがこの世界の魔女に支配された場合は容赦なく殺します」
それだけを伝えると、マリアは夕飯を作っているだろう悠奈の元に行く。その後姿を見ながらイヨは、今以上に強い心を持たなくてはとあの恐ろしい魔女に心を支配されない様に、自分はマリアの様に強くはないけど、悠奈を守れるように少しでもマリアの力になりたいと思う。
それが、自分を信じてくれている悠奈と、自分を信じてくれたマリアに出来る恩返しであるとイヨは思いながら、自分も悠奈の手伝いをする為にマリアの後をついていった。
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