高校に入学してから、早くも一月が経ったけどあたしの生活には、これと言った変化はない。
高校に入学すれば、新たな出逢いが彼女が出来るのではと期待をして、正直危うかったけどなんとか希望していた女子校に入学出来たのに、友達は出来たけど恋人は出来ない。
出来ないし、自分好みの女の子には既に恋人がいる。
これじゃ、中学時代と変わらないじゃない!と生粋の百合娘の南悠奈は嘆いていた。女の子が大好きで、女の子にしか興味がないので、共学なんて全く頭になかった。
もしこの女子校に不合格なら、潔く社会に出て働くつもりだったのだが、何とか不合格の憂き目に合わずには済んだ。
済んだのだけど、一向に恋人は出来ないし恋人候補すら出来ない。
悠奈は、美人ではないが黒髪のショートヘアーにクリクリした大きな瞳の可愛らしい女の子である。中学時代男子からは、何度か告白されてはいるが男の子と付き合う気なんてないし、そもそも男子を毛嫌いしているきらいのある悠奈はごめんなさい(はぁ~!お前何言ってるの? 鏡見たら、頭大丈夫か? 男なんて眼中にないのよ)と丁重に断って来た。
断られた男子の心に深い傷が残ったのは言うまでもないが、悠奈はそんな事興味もないし微塵も自分の断り方が間違ってるとも思っていなかった。
マズイ!折角女子しかいない楽園に入学出来たのに、このままでは彼女が出来ない内に高校生活が終わってしまうと、まだ入学してから一月しか経っていないのに悠奈は早くも焦っていた。
焦っても状況が変わる訳ではないのだが、出来るのなら夏休み前には彼女が欲しい。
そして夏休みは、彼女とめくるめく夏休みを過ごしたい。ファーストキスに、初体験と妄想だけは常に逞しい悠奈さんだった。
そんな妄想をしながら、悠奈が教室に入るとクラスメートが何やら盛り上がっていた。
一体何だろうと、そんなテンションの上がる事なんて、そんな行事何てあったかな? と考えてみたけど何も思いつかない。思いつくのは、再来週にあるテストだけでテストの存在を思い出してげんなりしていると、クラスメートの会話に気になるワードが含まれていた。
(今、転校生って言ったよね)
夏休み明けとかならわかるが、入学して一月で転校生が来るなんて珍しいなと思う。入学して一月で転校なんて、親の急な転勤か学校でいじめにあったか、何か問題を起こしていられなくなったか考えられるとしたらそんなところである。
クラスメートが転校生の話で盛り上がる中、悠奈は一体どんな理由があってこんな中途半端な時期に転校して来るのだろうと考えていた。
今更学生をするのもどうかとも思うが、幼い見た目の為に働くのは難しい。
住む場所やお金の問題はない。
空き家を住処にすればいい。魔女である自分には、そんな事は簡単だ。魔法で、そこがわたしが元々住んでいたと思わせればいいだけだし、お金に関しても元々持っていたものをこの世界の貨幣に変えてしまえばいいだけだし、死ぬまでに使い切れないくらいは持ってる。
だから、学生等せずに悪しきものの討伐だけしていればいいのだが、この世界を知るには情報が必要だ。情報を得るには、どの世界でも女の子が集まる場所が一番である。
女三人集まれば姦しいと言うくらいに、女の子は噂話が好きである。情報を得るには、女の子の沢山集まる場所を選べばいいのだ。
この世界のこの街には、女子校がある。
情報を集めるには最適だと判断したマリアは、悠奈の通う女子校を選んだ。
勉強に不安はない。沢山の世界で沢山の事を学んだし、いざとなれば魔法を使えばいい。それは、卑怯だとか反則だとか思うかもしれないが、これも生きて行く為の知恵である。
この世界には、今までの世界と比べ物にならないくらいの悪しきものが存在しているようだ。
今までの世界の様に、結界を張るでは対処出来そうにない。
もし悪しき物を統率している存在がいるのなら、頭を叩く必要がありそうだ。
そうなれば、この世界には長い時間滞在する事になる。出来ればこの世界を最後にしたい。
自分に出来る事には限界があるのは理解している。
魔女だからって、万能ではない。普通の人間の様に簡単に死ぬ事はないが、絶対に死なない訳ではないし当然怪我だってする。
魔法が使えるので、マリアは自己修復の魔法をその身にかけているが、それにも限界はある。魔女になった当時は、自分の力を過信して死にかけた事もしばしばあった。
この世界の悪しきものやあやかしの数は異常だ。
自分一人で、対応するには少々手に余る数なので味方が欲しいところだが、今まで旅してきた全ての世界で魔女は、悪しきものに対応する力を有していたのは自分しかいなかった。
自称霊能力者や自称魔女なるアホはいたが、口だけで真っ先に死んでいた。
その事を鑑みてもこの世界にも、自称霊能力者や自称魔女はいるだろうが、全く当てには出来ないと思いながら、マリアは担任の女性教師の後に続いて廊下を歩いていた。
一体どんな女の子が転校して来るのかと、相変わらずクラスは騒がしかった。
教室の扉が開いて、担任が入って来たので一気に教室内が静かになる。
「わかってる生徒もいるようだが、転校生を紹介する」
担任の入りなさいの言葉で入って来た女の子に、あたしは一瞬で目を奪われてしまった。
アッシュブロンドの美しいロングヘアーに、片目が綺麗な翡翠色の緑の少女からあたしは目を離せなかった。
「自己紹介して」
「神埼マリアです。宜しくお願いします」
淡々と自己紹介をするマリアの瞳に、その澄んだ美しい声にあたしは一瞬で心を奪われていた。
(やっと、見つけた。あたしだけの人を)
やっと本気で愛せる女の子に出逢えたと思った。
(あの子……もしかして)
マリアは自分を見つめている一人の女の子に不穏な雰囲気を感じる。見た目は普通の少女に見えるけど、悪しきものやあやかしの類ではないが、その少女を放っておいては大変な事になると、マリアの直感が囁いている。このまま放置してはいけないとアラートを鳴らしている。
「神埼さんの席は、南さんの隣りね」
悠奈は危うく喜びから、やったー!と叫びそうになるのを必死に抑える。美少女転校生が自分の隣りの席になるなんて、何てあたしは運がいいのかと、今日ばかりは神様に感謝したい。
「南さん、宜しく」
「こちらこそ。わからない事があったら聞いてね」
話し方も普通ではある。
でも、彼女からは何か不穏な雰囲気を感じる。それが何なのかはわからないが、彼女を監視する必要がありそうだ。
本人が気付いていないだけで、悪しきものやあやかしと呼ばれるものに憑かれている可能性もある。今は症状は出てはいないようだが、もし完全に心を支配されてしまえば最悪殺人などの狂気に及んでしまう可能性がある。
そうなる前に何かしらの対処をする必要がある。最悪悠奈と名乗った少女には死んでもらうしかない。可哀想ではあるが、この世界の為には犠牲になってもらう必要がある。
今までの世界でも、可哀想だが悪しきものにあやかしに取り憑かれた人間を殺してきた。
世界を救う為には仕方のない事なんだと、自分に言い聞かせて取り憑かれた人間を殺めてきた。他に方法はなかったのかと、殺めずに済む方法があったのではないかと思った事もあるが、いくら魔女のわたしでも限界はある。出来る事と出来ない事があるのだ。
魔女のわたしでも、死んだ人間を生き返らせる事は出来ない。
当然自分が死んでしまった場合でも、生き返る事は出来ない。
世界を旅する為に、不老の魔法は掛けてはいるが旅が終われば、その魔法も解くつもりである。
「神埼さんって、どこの学校から転校して来たの? 何処に住んでいるの?」
悠奈の質問で、思考を中断させられたがわたしは、聞かれるだろうと思い答えを用意していたので用意していた通りに答える。
「ドイツの学校から転校して来ました。今は、一人で暮らしています」
わたしに両親はいないのだが、両親はドイツにいると自分だけこの日本と呼ばれる国に来たのだと答える。わたしの髪の色から、この日本に居たと言うよりはヨーロッパと呼ばれる地域に住んでいたと言う方が都合がいい。
この世界に来てから、わたしは自分なりにこの世界について調べてみた。あくまでも、最低限ではあるが調べてわかったのは、この世界でも人間の歴史=戦争の争いの歴史であると言う事。何処の世界でも人間は醜い争いを止めないと言う事だけであった。
この日本と呼ばれる国は、今は平和な国らしいが70数年前には戦争をしていたようだ。
そして、この世界には過去に魔女狩りや魔女裁判なる負の歴史もある。
そもそも本物の魔女がこの世界にいた証拠はないのに、人間とはなんて臆病で愚かな生き物なのかと思わずにはいられない。
魔女ではない者を魔女と恐れ、処刑していたのだから、本物の魔女であるマリアから見れば愚かな行為にしか、愚の骨頂以外のなにものでもない。
「寂しくないの? 一人で暮らしているって、あたしも両親が転勤で離れてるから一人なんだけど」
悠奈が一人暮らしなのは、都合がいい。
もし両親や兄弟と暮らしていれば、悠奈を監視するのが面倒になる。
それに、悠奈が悠奈の心が完全に悪にのまれてしまえば最初の犠牲者になる可能性がある。
「寂しくはありませんけど、わたしこの街の事が全然なので」
実際この世界もこの街の事もよくわかってはいない。最低限だけしか、食料品を調達する場所などの最低限しか調べていないのだから、自宅から学校と自宅からスーパーくらいしかわからない。
「なら、今日一緒に帰ろうよ。あと良かったらアドレス教えてよ」
帰るのは構わないが、アドレスとは一体なんだろう? そしてアドレスを教えてと言って彼女が取り出した小さなテレビみたいのは何なのか、今まで回ったどの世界でも見た事がない。この世界が、他の世界より科学技術が発達しているのはわかるが、それにしてもその手にあるのは一体何なのか、軍事兵器の様には見えない。
「アドレスって、その手に持ってる物は何ですか?」
「スマホ持ってないの?」
スマホと言うらしい。わたしは正直にわからないと答えると、悠奈は驚いていたけどこれは持ち運べる電話だと、アドレスとはメールするのに必要なんだと簡単に説明してくれた。
正直驚いた。こんな小さな物が電話だと言う事に、わたしの知ってる電話とはまるで違う。
「神埼さん、スマホ持ってないのなら帰りにショップ見に行こうよ」
「マリアで構いません。その、ショップなる場所に行けばスマホなる物が手に入るのですか?」
「うん。あたしの事は悠奈でいいよ」
わたしも、まだまだ勉強が足りないと思う。
この世界は、わたしが思っていた以上に科学が発達していて、それが一般の者にまで提供されているらしい。わたしの知ってる、旅して来た世界では科学は軍事または一部の特権階級の者しか使う事が出来なかったのに、この世界ではどうやら違うらしい。
その事は素晴らしい事ではあるが、それが悪しきものやあやかしを増やしている原因になっているのかもしれないとも思う。
「帰りにショップ行く?」
「はい。宜しくお願いします」
スマホを手に入れれば、悠奈と常に連絡を取れる。悠奈が緊急事態に陥った時に、すぐにわたしに連絡が来る様に、少しいじらせて貰おう。悠奈に見せて貰ってもいいですかと断ってスマホ借りる。
(こういう構造になっているのですね)
魔法を使えば、スマホでも初めて見る物の構造を解析するのは簡単である。
マリアは、悠奈に変化が起きた時にすぐに知らせが来る様に魔法を掛けてから、悠奈にスマホを返す。
(これで、取り敢えずは大丈夫でしょう)
スマホを通して、悠奈を監視出来る。
悠奈の生活を盗み見るなんて、趣味が悪いとは思うが悠奈に何かあってからでは遅いので、悠奈には秘密で生活を覗かせてもらう事にする。
マリアと友達になれた事が、一緒に帰れるのが余程嬉しいのか悠奈は終始笑顔だった。
どうして、こんな可愛い子が、優しい心を持ってる子に不穏な気配を感じるのかはわからないが、悠奈からは確かに、人間とは違う気配を感じる。
出来れば悠奈を殺したくはないが、最悪殺す必要がある。
果たして、その時になってわたしは隣りで嬉しそうに歩く少女を殺せるのか、そうならないのが一番だがそれを回避する方法を見つけないといけないなと、出来るなら悠奈と言う少女を殺さないで済む様にこの世界の悪しきものを、あやかしを殲滅しなければと思いながら悠奈に連れられてショップへと向かうマリアだった。
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