亡国の姫に復讐の剣を

そして、彼女は復讐を遂げるか
第616特別情報大隊
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殺せるということ

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:00
文字数:4,482

……………………

 

 ──殺せるということ

 

 

「認めていただけるのですか!?」

 

 エルザは驚きの声を上げていた。

 

「あんたのことを仲間たちが認めた。なら、あたしも認めるしかない。あんたは仲間だ。このバロール国内軍の一兵士だ。王族だから指揮官になれると思っていたなら、そいつは大きな間違いだ。あたしはまだあんたに一兵士たりとも預ける気はない」

 

「構いません。あなたの下で戦わせていただき、私が復讐を成し遂げるための力が手に入れられれば、それで構いません」

 

 エルザは深々と頭を下げてそう告げた。

 

「あんたな。へりくだればいいってもんじゃないんだぞ。時と場合を考えて行動しな。今はともに戦っていく仲間として、ガッツを見せてくれればいい」

 

「ガッツ、ですか」

 

「そうだ。やる気を見せてくれ。その剣、お飾りじゃないんだろう。実際に振るって見せてくれ。それでやる気があるかどうかを判断する」

 

 ミリィはそう告げて試すような視線をエルザに向けた。

 

「ここはいっちょやるしかないな」

 

 “エリニュスの狂乱”が不意に声を上げた。

 

「剣が喋った?」

 

「おう。俺は“エリニュスの狂乱”。嬢ちゃんの剣だ。以後よろしくな、ミリィ姉ちゃん。言っておくが、俺はかなり役に立つぜ?」

 

 ミリィが驚くのに対して、“エリニュスの狂乱”はカラカラと笑った。

 

「喋る武器か。神話には出てくる代物だが、大抵は呪われている。あんたも呪われた武器なのか、“エリニュスの狂乱”?」

 

「まあ、ちとばかり面倒な性質はしている。だが、迷惑をかけることはないぜ」

 

 “エリニュスの狂乱”の呪いと呼べるものは使用者の魂を燃焼させてその力を発揮することだ。それ以外に呪いと呼べるものはない。

 

 だが、神話に出てくる喋る剣というのは大抵は呪われた代物だ。使用者に血を求め続け、使用者が正気を失うまで殺し続ける。その先に待っているものは、人類の敵としての死か、あるいは正気を失ったうえでの自殺だ。

 

「そうかい。じゃあ、喋る剣の剣技を見せてもらおうか」

 

「おうとも」

 

 “エリニュスの狂乱”は威勢よく返事を返した。

 

「嬢ちゃん。少し魂を燃やすが大丈夫か?」

 

「大丈夫です。まずは納得してもらわなければなりません」

 

 “エリニュスの狂乱”をエルザ自身はまるで扱えない。

 

 エルザ自身、これまで武器を握ったことなどなかったし、“エリニュスの狂乱”のような大きな武器は構えるだけで精いっぱいという体力しかない。

 

 だが、ここでしっかりと自分が戦えるのだということを証明しておかなければ、戦列に加わることを許されないかもしれない。これもまた復讐のためだと考えて、エルザは“エリニュスの狂乱”に魂の燃焼を行うことを許可した。

 

「行くぞ。目を回すなよ」

 

 エルザが“エリニュスの狂乱”の柄を握った途端、エルザの体が仄かな青い光に包まれ、その動きが変わった。全く別にものに変わった。

 

 スムーズな動きで“エリニュスの狂乱”を引き抜き、構える。そして、様々なフォームで斬撃を繰り出す。斜め、縦、横、前方。瞬く間に繰り出された斬撃を前に、ミリィが小さく口笛を吹いた。

 

「見事なもんだ。これなら戦列に加えても問題はなさそうだな。問題は──」

 

 ミリィが鋭い目でエルザを見る。

 

「あんた、人間が怖いんだろう?」

 

 ミリィはそう告げた。

 

「はい……。人間は恐ろしいです。魔族をなんとも思わずに殺す。私は見ました黒の城の前庭で何万という魔族が神気によって虐殺された現場を。彼らにとって魔族とは、いくら殺そうとも両親の痛まない存在。彼らの向けてくる敵意と殺意が怖いのです」

 

 エルザは正直にそう告げた。

 

「分からんでもない。初陣というのは恐ろしいものだ。相手が自分を殺そうとしているという事実には最初はビビる。だが、ビビるのは最初だけだ。相手が殺るならこっちも殺らないと死ぬ。そのことにすぐに気づく。そして、ひとり殺せば、人間なんて怖くなくなる。奴らも肉を持って、血を流し、腐って死ぬ存在だと理解できるからな」

 

「そうなのですか」

 

「ああ。そうだ。相手が無敵の悪意ではないことを理解すれば恐怖はなくなる。だが、ふとした瞬間に恐怖が戻ってくる可能性もある。そういう時は最初に殺した人間のことを思い出せ。そいつが殺せたと言うことは他の連中も殺せるのだと思え」

 

 ミリィはそう告げて、ワインの入った革袋を傾けた。

 

「飲むか?」

 

「いいえ。お酒はまだ早いです」

 

「とは言っても150歳ぐらいだろ? 飲め。あんたは緊張しすぎている」

 

「それでは……」

 

 ミリィが革袋を差し出すとエルザが口を付けた。

 

「けほ、けほ! このワイン、腐ってますよ!」

 

「そういうワインなんだよ。お上品なお姫様は飲んだことがないだろうけどな」

 

 エルザがせき込むのを見てミリィが哄笑した。

 

「なにはともあれ、これからはあんたにも戦列に出てもらう。大丈夫だ。あたしがついてる。復讐をしたいのはあたしも同じだ。いろいろと言ったが、あんたが自分で立派にやっていけるようになるまでは面倒を見てやる」

 

「ありがとうございます!」

 

 エルザは心の底からミリィに感謝した。

 

 これで復讐ができる。皆を殺した人間に復讐できる。

 

 その思いでエルザの胸はいっぱいだった。

 

 復讐がいくら残酷なことであっても復讐しなければならないときもあるのだ。

 

「明日から前線に出す。それとももうちょっと後方で血に慣れておくか? あんたの救護を受けた連中はあんたに酷く感謝してたぜ」

 

「前線に出してください。お願いします」

 

「よし。分かった。その腕前に期待しているぜ」

 

 これでミリィはエルザを仲間として完全に認めた。

 

 後はこれからの戦いで実績を示し、復讐のために進むだけだ。

 

 7名の復讐対象に報いを受けさせる。絶対に許さない。絶対に殺す。

 

 エルザはそう誓って空を見上げた。

 

 今日は新月で空からの明かりはあまりなかった。

 

……………………

 

……………………

 

 ミリィは次の日からエルザを戦場に連れて行った。

 

 襲撃時間は大抵は夜中だった。

 

 夜目の効くミリィが指揮官として統率を取り、夜間戦闘では魔族に劣る人間たちに奇襲を仕掛ける。今回の目標はここ最近増えた魔族の襲撃に対処すべく、交通の要衝に砦を建築しに向かった工兵隊の車列だった。

 

 ミリは工兵隊が湖を右手に通過しようとする瞬間を待った。

 

 丁度、この日は霧にも覆われており、有視界距離は50メートルといったところだ。だが、魔族たちは臭いで敵味方を識別できる。そして指揮官は魔族の中でもっとも感覚器官が優れたミリィである。

 

 ミリィたちは森の中に潜み、工兵隊がキルゾーンに入るのを待った。

 

 そして、戦闘が始まる。

 

 最初の攻撃が行われたのは一列になった工兵の先頭でオーガたちに突撃によって瞬く間に蹂躙された。工兵と言えど武装していたのだが、オーガが霧の中から突如として姿を現すのに抵抗できた人間はいなかった。彼らは何が起きたのかを伝えることすらできず、一方的に蹂躙され、そのまま屍を野に晒した。

 

 続いて後方の隊列がオークとゴブリンの部隊に襲われる。こちらも武装していたが、無警戒だったためあっけなく蹂躙される。敵もこの濃霧の中で攻撃が行われるなど思ってもみなかったのである。しかし、魔族の感覚器は人間よりも優れている。この濃霧の中でも、十二分に戦闘ができるのだ。

 

 そして中央の列は後方と前方が襲われていることに気づいていなかった。

 

 悲鳴が聞こえておかしいとは思ったものの、指揮官は前進を命じ続けていた。というのもこの命令はセリオからの命令であり、この任務を果たせなければ、更迭される恐れがあったために工兵部隊の指揮官は焦っていたのである。

 

 そして、ついに中央が襲われる。

 

「野郎ども! 雄たけびを上げろ! 殺せ!」

 

 指揮官であるミリィが先陣を切って突撃し、エルザが後方から続いた。

 

「嬢ちゃん! 全力で行くか!?」

 

「はいっ! 全力でお願いします!」

 

 “エリニュスの狂乱”が叫ぶのに対してエルザが叫び返した。

 

「了解! 全力で行くぜ!」

 

 “エリニュスの狂乱”の言葉とともにエルザの体が青い光に包まれる。

 

 この光はエルザの魂が燃えている光だ。“エリニュスの狂乱”がエルザの魂を燃やしていることで発生する光だ。それはとても美しいだろう。人の命が燃えているというのは、尊く、美しいものなのである。

 

「て、敵襲! 敵襲!」

 

「密集陣形! 密集陣形!」

 

「弓兵は馬車を盾にしろ!」

 

 慌ただしく命令が下るが遅すぎた。

 

 前方と後方の部隊を壊滅させた魔族の部隊が左右から工兵隊を挟み撃ちにし、湖を背にした工兵隊は完全に包囲されてしまった。

 

「皆殺しにしろ。生かして返すな」

 

 三方向から攻められ、湖によって逃げ場を失った工兵たちが蹂躙される。

 

「大丈夫、大丈夫。人間は殺せる。無敵の存在じゃない。現にミリィさんがもうすでに6名も殺してる。私だってやれるはずです」

 

 エルザは自分に言い聞かせるようにそう告げて、密集陣形で身を守ろうとする工兵隊に襲い掛かった。

 

 “エリニュスの狂乱”は工兵たちの繰り出す攻撃を覚醒したエルザに的確に回避させ、同時に攻撃を繰り出す。

 

そして、エルザは初めて人間を殺した。

 

 人間の首を右から左に切り裂く。鮮血が舞い上がり、のどを咲かれた兵士が崩れ落ちる。それによってエルザはついに人間を自分だって殺せることを証明した。人間は殺せる。無敵じゃない。自分にだってやれる。あれだけ恐ろしかった人間が崩れ落ち、力なく倒れて行っているではないか。ああ。これが人間を殺すと言うことか。

 

 ──恐怖は消えた。

 

 それからは虐殺だった。、青い光を纏ったエルザは殺し続けた。殺し、殺し、殺し、人間を次から次に殺し続けた。工兵たちが必死に抵抗するのを踏みにじり、貫き、斬り裂き、砕き、徹底的に殺していった。

 

「陣形、維持できません!」

 

「化け物染みたのがいる! あれはなんだ!?」

 

「人狼だ! 人狼の攻撃に備えろ!」

 

 エルザの恐怖が消えた一方で人間たちの恐怖は頂点に達していた。

 

 エルザの猛烈な攻撃を前に陣形が崩れ、その隙に魔族たちがなだれ込む。陣形はもはや意味をなさず、ミリィたちの攻撃を前にして崩壊していった。

 

 エルザは覚醒状態で剣を振るい続けた。恐怖を徹底的になくすと決意した彼女は徹底的に人間たちを殺し続けた。彼女を超人のごとく覚醒させている“エリニュスの狂乱”の刃をもってして、抵抗しようとする人間たちを無慈悲と言っていいまでに殺し続けた。

 

 そして、死体の山が築かれた。

 

 工兵隊は湖に飛び込んで逃げようとしたが鎧の重さで溺死したり、魔族から矢を受けて死んだりと、最終的に生き残りはひとりとしていなかった。

 

「やったな、エルザ。信じられないほど凄い戦いぶりだったぞ。自信はついたか?」

 

「つきました。人間とて無敵ではないのですね」

 

「そうだ。人間だって死ぬ。上手くやればこちらの犠牲はゼロで殺せる。それが戦争ってものだ。これからも人間どもを殺していこうか」

 

 事実この奇襲攻撃による魔族の使者はゼロだった。

 

「これで、これで復讐ができる……」

 

 エルザの中でどろりとした殺意と敵意がうねった。

 

 復讐のための力は手に入れた。復讐のための覚悟も手に入れた。

 

 後は──その復讐をなすだけである。


……………………

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