亡国の姫に復讐の剣を

そして、彼女は復讐を遂げるか
第616特別情報大隊
第616特別情報大隊

騎兵との戦い

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:00
更新日時: 2021年2月7日(日) 19:59
文字数:3,216

……………………

 

 ──騎兵との戦い

 

 

 獣の唸り声がそこら中から響き始めると、人間の騎兵たちは混乱を始めた。

 

 そこに矢が降り注ぐ。

 

 狭い村の小道に入り込んでしまっていた騎兵の隊列は避けることもできず、矢の嵐を受けて騎兵たちが倒れ、あるいは落馬する。

 

 しかし、これは仕掛けの始まりに過ぎなかった。

 

 矢で狙われたのは騎兵隊列の後方。馬たちが暴れ狂うのに対して騎兵たちは否が応にも前方に進まざるを得なくなった。それもこの混乱から逃げ出すべく猛スピードで騎兵たちは村の出口に向かって駆け続ける。

 

 そして、罠が発動した。

 

 村の出口まで差し掛かった騎兵たちの前方に突如としてバリケードが出現した。それは丈夫な縄に木の杭を付けたもので、猛スピードで駆け抜けようとした馬の足を取り、転倒させる。そして後列がその転倒した馬と騎兵に躓いて次々に倒れていく。

 

「野郎ども! 雄たけびを上げろ! 人間どもを皆殺しにしろ!」

 

 ハスキーな女性の声でそう宣言され、これまでどこに潜んでいたのかという具合に魔族たちが村の中に躍り出てくる。

 

 ゴブリン、オーク、オーガ、そして人狼。

 

 戦える魔族たちはほぼ揃っていた。

 

 魔族たちは雄たけびを上げて倒れた騎兵の隊列に突撃し、生き残っている人間たちに襲い掛かる。騎兵のほとんどは馬から投げ出されたか、馬に押しつぶされて身動きが取れない中で、魔族たちは追撃を仕掛けた。

 

 それからは虐殺だ。

 

 馬から投げ出された騎兵は槍でめった刺しにされ、馬の下敷きにされていた兵士は剣で八つ裂きにされた。血がそこら中にまき散らされ、先ほどまでは焼けた肉と髪の異臭がする中で、血の臭いが逆に満たされていった。

 

「残敵確認!」

 

「残敵なし!」

 

 またハスキーな女性の声が命じると、オーガの野太い声が返事を返した。

 

「人間のクソ野郎どもめ。思い知っただろう。ここがバロールだと」

 

 エルザが恐る恐る焼け落ちた家屋から顔を出すと、士気を取っていたのは人狼の女性だった。農村の男が纏うような簡素なズボンとチュニック姿で、その短めの艶やかな黒髪をポニーテイルにして纏めている。

 

「馬は集めて、解体しろ。食い物になる。それから──」

 

 その女性の視線がエルザの隠れている家屋の方を向いた。

 

「いつまでそこに隠れているつもりだ?」

 

 エルザは人狼の女性にそう言い当てられて、心臓が止まりそうな思いをした。

 

 だが、彼女たちは人間ではない。魔族だ。同じ仲間だ。

 

「用心しろよ。魔族だから仲間って理屈は通じないかもしれないからな」

 

 そう思ったエルザに“エリニュスの狂乱”が忠告する。

 

 指揮系統から外れ、食料を維持する兵站線も途切れた軍隊は何をするのか分からない。ここで人間の騎兵を襲っていたのも、ただ腹を満たすための肉を確保するためだけだったのかもしれないのだ。

 

「だが、行きます」

 

 エルザはそれでも焼け落ちた家屋の物陰から出た。

 

「……半竜人。臭っていたが、生きているとは。王族か」

 

「はい。エルザ・デア・バロール。バロール国王太女です」

 

 人狼の女性が吐き捨てるように告げ、エルザが堂々と名乗る。

 

「王族なんぞクソ食らえだ。だが、同じ魔族なら保護してやる。ついてきな。それともいつまでも人間の死体の山とご一緒する趣味があるのかね?」

 

 エルザは衝撃を受けた。

 

 王族であることを侮辱されたのは初めてだった。誰もが王族であるエルザのことを尊重してくれていた。王族に対して汚い言葉で罵倒する人間などいなかった。あの人間に包囲されていた黒の城の中でさえ、エルザは臣下たちの心の支えだった。

 

「待ってください! この墓所を作ったのはあなた方ではないのですか?」

 

 エルザは困惑を他所に人狼の女性にそう尋ねた。

 

「ああ? ああ、そうだな。あたしの仲間のひとりが作ってた。この村の出身だったんだよ。そいつがどうしても仲間を埋葬してやりたいっていうから、自由にさせた。少しは手伝ってやったかね。死体なんて多すぎて、埋葬の時間なんてありゃしないのに」

 

「その方は今はどこに?」

 

 エルザはできるならば自分も埋葬を手伝おうと思ってそう告げた。

 

「死んだよ。人間に殺された。突撃してきた騎兵の槍で貫かれて、顔面をぶち抜かれた。今は戦時中だ。あっという間に魔族も人間も死ぬ。ゴミのようにな」

 

 あまりにたんぱくに、無感情に人狼の女性が告げたので、エルザは最初彼女が何を言っているかを飲み込めなかった。

 

 だが、分かった。

 

 ここでは何もかもがあっけなく死ぬ、ということが。

 

「せめて、皆さんの手で埋葬を手伝ってはくれませんか?」

 

「お断りだね。こっちには時間がない。戦って死んだならともかく、後方で呑気にやってて死んだんだ。魔狼の餌にでもなっちまえばいい。ここらの魔狼は飢えているから、少しばかり腹が満ちた方がいい。飢えた魔狼に出くわすのはごめんだ」

 

 エルザは目の前の女性の冷血さに絶望すらも覚えながらも、女性の言うことももっともだと言うことは分かった。

 

 人間たちは報復を口にしていた。そして、騎兵が戻らないから偵察に来たとも。そうであれば急いで行動するべきだ。時間がないという人狼の女性の指摘は間違っていない。

 

 だが、それでも。

 

「お願いです。埋葬を手伝ってください」

 

「あんたもしつこいな。どうせ自分の身は自分で守れないタイプだろ。あたしたちが襲撃をかけたときもそこの隅で震えあがっていて。自分の面倒も見れないのに他人の世話までしようとするんじゃないよ。いい迷惑だ」

 

「お願いです! 埋葬を! 掘られている墓穴の数だけで構いませんから!」

 

 エルザは必死に懇願した。

 

 いつもならば臣下たちやヴェルナーが力を貸してくれる。だが、彼らはもういない。頼れるのは自分だけ。頼れるのは生き残った魔族たちだけ。

 

「ミリィ姉さん。埋めるだけだったらささっと終わらせられますよ」

 

「ちっ。なら、好きにしな。手伝いたい奴は手伝え。ただし、肉の分け前は減るぞ」

 

 ミリィと呼ばれた人狼の女性はそう告げて手を振った。

 

「手伝うよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 オーガの若者が告げるとエルザは深々と頭を下げた。

 

 バロール軍は野盗になどなっていなかった。誇り高いままあり続けてくれた。そのことにエルザは涙が零れ落ちた。自分は彼らをもっと早く信頼するべきだったのだという後悔の念も押し寄せてきて、エルザはただただ涙した。

 

「な、泣かないでおくれよ。俺が腕力はあるからあっという間に埋葬できるさ。それにここに墓を作ろうとしていた奴とは友達だったんだ……」

 

 オーガの若者はそう告げると焼け落ちた家屋に入り、遺体を丁重に運び出した。

 

 そして、それを墓穴に収めると、エルザとともに短く祈り、エルザとともに土をかけて埋葬していく。流石は腕力があると言っていただけあって、オーガは次々に遺体を埋葬していった。そして、墓穴は全て埋まった。

 

「さあ、行こう。ミリィ姉さんはなんだかんだで優しいから良くしてくれるよ」

 

「ありがとうございます」

 

 オーガの若者がそう告げ、エルザは簡素な道具で馬の肉を抱えて行軍を始めたミリィの部隊に続いた。

 

 短いようで長い孤独が終わり、エルザは魔族たちと再会した。

 

 だが、ミリィという女性指揮官は明らかにエルザのことを嫌っていた。

 

 これからやっていけるのだろうか? 彼らは復讐に手を貸してくれるだろうか?

 

「まあ、これで一先ずは旅の道ずれができたな。これからどうなるにせよ、嬢ちゃんひとりじゃどうにもならなかった。後はあの機嫌の悪そうな指揮官さんがどう出るか、だな。あれは足手まといと見たら見捨てかねないぜ」

 

「そうかもしれません。ですが、彼女は埋葬の手伝いを許可してくれました」

 

「それだけの厚意で相手を信用するもんじゃない。人間に真の味方なんていないんだ」

 

「あなたもですか?」

 

「俺は人間でも魔族でもない」

 

 “エリニュスの狂乱”はそう告げて口笛を吹いた。

 

「私は信じます。あの人を。きっと信じればそれに応えてくれるはずです」

 

 エルザは決意に満ちた瞳でミリィの背中を見つめ続けた。

 

……………………



読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート