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──殺すべき相手
「では、行ってまいります」
「どこにだ?」
「それは……」
「今の状況では分からぬだろう。誰がこの殺戮をなしたのか。誰にその復讐の刃を突き立てねばならないかを。それに薄まっただけで城の周りの神気はまだ残っている。まずは私の話を聞くがいいだろう」
フォーラントはそう告げて座れとばかりに椅子を指さす。
「まずは装備を整えろ。その長剣を手に握ったまま移動するつもりだったのか? そんなことをしてなくされでもしたら困るのは私だ。ここから前線となった場所までの食料と水を持ち、剣帯を付け、地図を持ってから出かけろ。子供のお使いですらこれぐらいは常識の範疇だぞ」
「すみません……」
確かに“エリニュスの狂乱”は鞘に納められているとは言えど、そのまま持ち歩くには大きすぎる。それに常に握っていなければいけないというのは片手が常にふさがっていることを意味する。それはいざという時に問題になる。
そして、食料と水も必要だ。
ここから最寄りの街は城下町だが、そこから次の都市までは徒歩で5日ほどかかる。途中で水を汲むなどしても、ちゃんと食料を準備しておかなければ乾き死ぬだろう。
「そして、貴様はずっと隠れていたために誰を殺すべきかを分かっていない」
フォーラントは指摘する。
「これから貴様の国に、貴様の親しき者たちに何が起きたかを語って聞かせよう。覚悟して聞け。いいか?」
「はい」
もう覚悟ならできている。
「まず開戦を決めたのはアウリスタ=フラス連合帝国の皇太子ルイだ。この男が魔族を徹底的に滅ぼすことを提案し、アウリスタ=フラス連合帝国はそれを認め、同盟国であるティノリスタ条約機構軍の出動を要請した」
ルイ。戦争を引き起こした男。
「戦線を最初に破り、蹂躙したのはセリオ・コルテス。この男が前線で軍を率いて、多くの魔族たちを殺し、この黒の城までの道のりを作った。この男がいなければ、今回の戦争もまた小競り合いで終わっていた可能性がある」
セリオ・コルテス。前線を破壊した男。
「次に起きたのはバロール領内での反乱だ。商人に偽装した兵士たちが橋や街道を確保し、進撃路を作った。この卑怯なだまし討ちを計画し、同時に魔族とも親しかったが故に非常時の脱出口を知っていたのがモーリス・ド・モルセール」
モーリス・ド・モルセール。卑劣なだまし討ちを仕掛けた男。
「これによってティノリスタ条約機構軍は瞬く間に黒の城に迫り、城を包囲した。そして、その黒の城に向けて神気を放ち、防衛軍とともに難民を虐殺した人間がいる。それがヴァネッサ・ヴァリニャーノだ。少し間違っていれば貴様も死んでいたな」
ヴァネッサ・ヴァリニャーノ。神気を使って魔族を大量虐殺した女。
「これで城の守りは崩壊した。それと同時にバロール軍主力も撃破されていた。近衛兵団と黒山羊騎士団を率いていた魔族王フリードリヒと近衛兵団長ヘルムートを戦場で殺した男こそデジレ・ダルラン。アウリスタ=フラス連合帝国帝国親衛騎士団団長だ」
デジレ・ダルラン。父親の仇。
「近衛兵団との戦いにはもうひとり加わっていた。ミルコ・マクリウス。帝国親衛騎士団団員。この男が近衛兵団を壊滅に追いやり、徹底的に殺した。辛うじて生き残った生き残りは奴隷にして、連れ去った」
ミルコ・マクリウス。同胞を奴隷にした男。
「そして、バロール軍主力が撃破されていたときに黒の城に突入したのが先の皇太子ルイと帝国親衛騎士団団員タイス・トゥヴィエだ。タイス・トゥヴィエは魔族の捕虜は取るなと命令し、結果として皆殺しになった」
タイス・トゥヴィエ。黒の城の虐殺を指揮した男。
「ひとつ教えてはいただけませんか」
「なんだ」
「ヴェルナーを、私の騎士を殺したのは誰ですか」
この話の中にはピースがかけている。
父を殺したのはデジレという男であり、母が死んだ原因はタイスの指示のせいだ。
だが、ヴェルナーを直接殺したのは何者だ?
「皇太子ルイだ。奴が剣を突き立てた。それで終わりだ」
「皇太子ルイ……」
エルザはその名決して忘れまいとするように繰り返した。
この男だけでも殺さなければ。自分からヴェルナーを奪った男は殺さなければ。
「他に聞きたいことあるか? ないならば出発の準備を始めろ。水と食料を持って、剣帯を探してこい。それができたら外の神気が消えるまで待つことだな」
「分かりました」
まずは食料と水を確保しなければ。
黒の城の中には籠城戦に備えて固く焼いたパンや干し肉が保存されていたはずだ。一部は外の難民たちに開放することをエルザは指示したが、全てを吐き出すことは将軍たちの反対にあってできなかった。
あの時は冷血な将軍たちに困惑したものだが、これが正解だったとは。
「食糧庫。漁られてはいない」
食糧庫には戸棚の半分にパンや干し肉が置かれていた。乾燥させたフルーツなどもある。全ては黒の城での籠城戦に備えたものだ。まさかこんなにもあっさりと黒の城が陥落するなど誰も思わなかっただろう。
「ちょっと待ち。毒が巻かれているかもしれない。少し、俺に切らせてみな」
「分かるのですか?」
「分かるとも。それから敬語はやめてくれ。くすぐったい」
「では、お願いします」
エルザは干し肉のひとつを近くにあったテーブルの上に置くと“エリニュスの狂乱”でそれを切断した。
「毒はない。大丈夫そうだな。そもそも連中は城の人間は皆殺しにしたと思っているわけだし、わざわざ毒を撒く必要もなかったってことかね」
「ありがとうございます」
「だから、敬語はやめておくれよ……。けど、あんたは本当にフォーラント様がさっき上げたあの7名を殺しに行くのか? 復讐は虚しいってセリフは定番だぜ」
“エリニュスの狂乱”は困ったような口調でそう告げた。
「復讐は果たします。そのための血の誓約もしました」
「フォーラント様ならなかったことにしてくれる。これからもっと奥地に向かって、そこでのんびりと過ごせばいいじゃないか。太陽の光を浴びて、ハーブのお茶でも飲んで、リラックスすれば復讐なんてことは──」
「私は復讐すると誓ったのです!」
“エリニュスの狂乱”に向かってエルザが叫んだ。
「……一時の気の迷いならやめておいた方がいい。余計に傷つくことになる」
「いいえ。気の迷いなどではありません」
エルザと“エリニュスの狂乱”の間に気まずい沈黙が訪れた。
「悪い。あんたもいろいろあって決断したんだよな」
「こちらこそすみません」
「だから、敬語は……」
“エリニュスの狂乱”が武器らしからぬため息をつく。
「とりあえず次は剣帯を探しに行こう。場所は分かるか?」
「近衛兵団の志願者たちが練習場に使っていた場所にあるはずです」
エルザはそう告げて食料を5日分袋に入れるとそれを背負子で背負い、近衛兵団の練習場に向かった。
練習場にも死体はあった。
若くして近衛兵団の兵士になろうと志願した魔族たちが、最後まで抵抗を試みて殺されていた。何かに貫かれた死体がそこら中に転がっている。虐殺は一方的なものであったらしく、この場で人間が倒れた様子は見られなかった。
「ヴェルナーもここで私の騎士になるために努力していたのですね……」
練習場の惨状を眺めて、エルザはぽつりと呟いた。
「いちいち落ち込むのはやめようぜ。ストレスになる。ささっと剣帯を見つけて、サイズが合うのを装備していこう。兵は拙速を尊ぶってな」
「はい……」
だが、ヴェルナーと同じ年齢の兵士たちが死んでいるのはエルザにとってやはりストレスだった。何度も涙が零れ落ちそうになるのをこらえて、エルザは武器庫の中から剣帯を探した。自分のサイズに合うものを。
「これならばっちりじゃないか。つけてみなよ」
「こうですか?」
「そうそう。これで準備はできたな」
子供用の剣帯はエルザのサイズに会っていたし、“エリニュスの狂乱”にもあっていた。これで装備の問題はほぼ解決した。
「それで、出発するかい?」
「いいえ。まだやらなければならないことがありました」
エルザはそう告げて黒の城の中に戻っていった。
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