亡国の姫に復讐の剣を

そして、彼女は復讐を遂げるか
第616特別情報大隊
第616特別情報大隊

遭遇

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:00
文字数:3,177

……………………

 

 ──遭遇

 

 

 翌朝。

 

 エルザははっとして目を開いた。

 

 そして、慌てて周囲を見渡す。

 

 何時間寝ていただろうか。太陽はかなり高く昇っている。

 

「起きたか。よく眠れたみたいだな。いいことだ」

 

 そして、エルザを落ち着かせるように“エリニュスの狂乱”が声をかけた。

 

「すみません。思った以上に疲れていたようです」

 

「気にするな。嬢ちゃんにはベストコンディションでいてもらわないとな。フォーラント様も言っていただろう。復讐のためにはまず体力が必要だってことを」

 

「そうでしたね……。私が無茶に城を飛び出さ根ければよかったのですが」

 

「気にするな。もう過ぎたことだ。過去の過ちをどうこう言っても前に進まない」

 

 “エリニュスの狂乱”はそう告げてカラカラと笑った。

 

「さて、旅路はまだ長いぜ。準備はいいかい? それとももう少し休んでいくか?」

 

「今度は大丈夫です。行けます」

 

「オーケー。なら、行くとしよう」

 

 エルザは眠気を振り払うと、立ち上がった。

 

 いくら外套が柔らかくても、固い地面をベッドのようにすることはできない。体には幾分かの固さが残っていた。だが、昨日ほど酷くはない。足は自由に動くし、腕もしっかりとしている。疲労はある程度回復した。これ以上寝ていても結果は同じだろう。

 

「と、待った。朝飯は食った方がいいぞ。特に朝の糖分は大切だ。こいつをしっかりとっておかないと疲労は回復しないし、頭も回らない。少し薪を集めて、昨日のものと合わせてもう一度焚き火だ。今回はドライフルーツも食っておけ」

 

「“エリニュスの狂乱”さんは物知りなのですね」

 

「だから、敬語は……。まあ、いろいろあっていろんな人間と付き合ってきたからな。情報量はそれなりに多い。だからと言って、全知全能なんかじゃないからあまり期待はしないでくれよ。俺にも限界がある」

 

 “エリニュスの狂乱”はそう告げると集める薪を指示していった。

 

 そして、また焚き火を行い温めたお湯でパンと干し肉を食べ、ドライフルーツという唯一の甘味を味わい、お湯を飲み干してから火を消した。

 

「さて、移動するぞ。なるべく急いでな。人間どもがまだ残っているにしろ、バロール軍の生き残りが野盗になっているにせよ、焚き火の煙を見たら、確認しにやってくるだろう。今はどちらとも接触しない方が得策だ」

 

「名誉あるバロール軍が野盗になどなりません!」

 

「負けちまった軍隊は得てして統率を失うと、野盗まがいの代物になるんだよ。今はお偉方は皆死んで、統率が取れているとは思えない。生き残るためだけに略奪を繰り返して至っておかしくはない。人間も魔族も腹を膨らませるためならなんだってやるんだよ」

 

「ですが……」

 

「気持ちはわかるが、今は急げ。さあ!」

 

 “エリニュスの狂乱”に急かされてエルザは野営地を後にした。

 

 それからは追っ手に追われてはいないかとエルザは何度も背後を確認した。

 

「敵が来たら教えてやる。今は前を向いて歩け。コケるぞ」

 

「は、はい」

 

 “エリニュスの狂乱”に注意されてエルザは前を向いて歩く。

 

 いつもなら馬車で通る道のりも歩きだと酷く辛い。だが、使用可能な馬は残っていなかった。全て皆殺しにされ、馬車は焼かれていた。

 

 今は自分の足に頼るだけ。

 

 1歩、また1歩とエルザは歩く。

 

 気温は冬は終わったが、まだ寒さの残る季節だ。時折、酷く寒い風が吹くのに、エルザは外套をぎゅっと握りしめ、そうやって寒さに耐える。

 

 やがて村が見えてきた。

 

 だが、村に明かりはない。それもそうだろう。ここは敵の進撃路になった街道だ。その街道に面している村が無事であるはずがない。

 

「生き残ったものがいるでしょうか?」

 

「望み薄だな。人の気配はしない」

 

 “エリニュスの狂乱”は無慈悲に言い放ち、エルザも期待せずに村に入る。

 

 村は焼き払われていた。

 

 黒の城の城下町と異なるのはここには住民が建物の中に残っていたということだ。生きたまま焼かれた村人たちが、焼死体特有のボクサー型の姿勢で横たわっていた。黒く焦げた死体からは異臭が漂っている。

 

「酷い……」

 

「戦争ってのはこんなもんだ」

 

 エルザは異臭より先に犠牲になった村人たちへの同情が発露した。

 

「ここも早く通り過ぎた方がよさそうだ。魔狼が肉を漁りにやってくるかもしれない」

 

「ええ……」

 

 エルザは彼らのために短く祈ったのちに村を出ようとした。

 

 そこで気づいた。

 

 墓があったのだ。真新しい墓が。

 

「墓があります」

 

「そりゃ、人間も魔族も暮らしていれば死ぬからな。墓ぐらいあるだろ」

 

「これは最近のものです。いや、今年のものです」

 

 エルザは墓に記された死者の名前と生没年を見てそう告げる。

 

「墓穴が他にも……。誰かが埋葬しようとしていたんです!」

 

「確かに妙だな。土が掘り起こされたばかりだ」

 

 “エリニュスの狂乱”が唸り声を上げる。

 

「だが、その親切な誰かはここを去った。去ったからには理由があるはずだ。魔狼がうろついているか、人間の軍隊がまだ残っているか、野盗となった軍隊が略奪を行っているか。なんにせよ、ここからは急いで立ち去った方がいい」

 

「ですが……」

 

「親切な誰かが味方とは限らないんだ。罠かもしれない。不自然だからな。君子危うきに近寄らずって言葉聞いたことないか? 優れた人間は危険なことに首を突っ込まないって意味だ。俺たちはただでさえ復讐という危険なことに挑むんだ。他の危険なことは避けて通るべきだと思うけれどな。な?」

 

 “エリニュスの狂乱”が諭すが、エルザは動こうとしない。

 

「急ごうぜ。そろそろ暗くなる。その前に野営地を決めておきたい」

 

「分かりました……」

 

 エルザがそう告げて村の外に出ようとした時だ。

 

「不味い。人間の気配が近寄ってくる。騎兵だ。家屋に隠れろ!」

 

「は、はい!」

 

 “エリニュスの狂乱”が告げ、エルザは焼け落ちた家屋の陰に隠れる。

 

「ここか?」

 

「はっ。偵察中だった1個小隊が連絡を絶っております」

 

 しばらくして人間の声がすると、エルザは必死に息を殺した。

 

 あのクローゼットの中に隠れていたときのことが思い出される。自分は何もできず、ただただ恐怖に震え、意識を失っていた時のことが思い出される。今もその時と同じように息を殺して、ただただ震えているだけだ。

 

 何も変わっていない。

 

 人間は怖い。人間は魔族を呆気なく殺す。魔族を生き物だとも思っていない。

 

 そんな人間たちが武装し、すぐ傍にいる。

 

 エルザは必死に恐怖に耐えて、歯を食いしばった。

 

 気絶はしてはならない。恐怖に打ち勝て。自分はこれまでの自分とは違う。

 

 そう必死に思い、思い込み、エルザは人間の騎兵が立ち去るのを待った。

 

「死体を埋葬した痕跡があるな」

 

「そのようです。どうなさいますか?」

 

「ここは魔族の土地だ。我々は長居はできん。だが、30騎もの騎兵を殺されたとして『はいそうですか』というわけにはいかん。徹底的な報復が必要だ。コルテス伯に奴隷にした魔族のうちの30名の首を刎ね、吊るしてやることを提案しておこう」

 

 30名の魔族が殺される!? 奴隷になっている!?

 

 これまで人間が魔族を奴隷にするためにバロールに攻め込んできたことは何度かあった。何人もの村人たちが連れ去られて、取り返すこともできなかった。

 

 だが、今回はより深刻だ。

 

 何せ、今回は国そのものが陥落しているのだ。軍隊の保護を失った無防備な臣民たちを人間が奴隷にするのはいともたやすいことだっただろう。

 

「出るなよ、嬢ちゃん。堪えろ」

 

「ですが」

 

「ダメだ。魂を無駄遣いするな。復讐はまだひとつも果たされていない」

 

 エルザは歯を食いしばった。今度は恐怖からではなく、悔しさから。

 

「では、そのよう──」

 

 突如として人間の騎兵のひとりが首に矢を受けて、のどを掻きむしりながら地面に落ちた。騎兵たちが慌て始め、馬が嘶く。

 

「ようこそ、バロールへ、クソ人間ども。丁重に歓迎してやるよ」

 

 その声が響いたとき、村落は戦場へと変わった。

 

……………………

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