二年待ちで手に入れたトヨタ・ランドクルーザーの後部座席のドアをジュディンは開けた。そしてFIX固定されたチャイルドシートから一歳になったばかりの息子の四点式シートベルトを解除してから、その子をわが手に抱き上げた。車に乗る前から着けていたベージュの artipoppe のベビーキャリアで息子を片手で抱いたまま装着を器用に終える。artipoppe の バウンドトゥースのパターンはディオールを連想させる。
抱っこ紐の状態を今一度確かめて後部座席のドアを閉めると、そのまま助手席のドアを開けて夫が車椅子に移れるように手助けする。トランクからたたまれた車椅子を取り出して開いた。トランクゲートが自動で閉まるのに任せてジュディンは夫のために車椅子をセットした。夫が無事に移れた。飛び出していたムービングシートが車内の定位置に自動で戻っていく。
「ありがとう」夫のホーマックが言った。膝に目を落として、「いつも…」
「良いのよっ」ジュディンは明るく言った。「全然いいのよ。愛してるわ」ジュディンは抱っこ紐に手をやりながら車椅子の側にかがんだ。そして片手をホーマックの頭にやりながらキスした。
実際、ジュディンは今やった一連の行動を全く面倒だとは思っていなかった。むしろ幸せを毎回感じていたほどだった。
三年前のあの雪の日。
ジュディン達を襲った悲劇は、ホーマックが連邦政府の職員だったこともあって、DC中に広まった。
ホーマックは重症で五日間も生死をさ迷った。ホーマックの職場の仲間たちが毎日何十人もバービー記念病院を訪ねてきた。ジュディンは身体的な怪我は奇跡的に小さかったものの、ショックからお腹の子は流産となってまった。麻酔から覚めたジュディンは「こんなことでここにいるはずじゃなかったのに……」と喪われた命を嘆いて、心を磨り減らした。
ホーマックは一命はとりとめたものの、下半身麻痺の診断が出た。衝突してきたホチャカは軽傷だった。ホチャカの父親はゴリラ車を販売する会社の社長だった。シニアホチャカは、ダメージコントロールのために多額の賠償をジュディン夫婦に速やかに払った。訴訟だけは避けたかった。
ジュディンは夫が退院するまでの半年の間に、家を車椅子でも生活しやすいように間取りを広くしたり改築した。自分が二度と立ち上がることが出来なくなった、一生座ったままで暮らしていかなければならない境遇に絶望している夫を支えることにした。
「おはよう、あなた」いつものように八時頃に夫を起こしにいったジュディンは6.3ft(190.5cm)の体で覆い被さるようにホーマックにキスをした。
「おあよ…」唇をはなすとホーマックがつたない返事を返してきた。頭部も強く打ってたため、言語障害が残っていた。「多少は回復する可能性も考えられます」医師が政治家答弁のように説明の最後に付け加えていた。トラブルがあっても無くても自分は外側にいられるように。
ホーマックが自分の腕を覆い被さっている自分より大柄な妻の背中にゆっくりとまわしていった。上半身は割にしっかりしていた。しかし、筋力が著しく落ちてしまっていた。
頑張ってるな、とジュディンは夫の舌がいつもより積極的に絡みついてくるのを感じて思っていた。ジュディンもそれに応えた。シーツのなかにもぐり込んだ。レースのカーテン越しに入ってくる春の朝の日差しに満たされた寝室で、二人の貪る音が動いていた。
「おしっこ、見とこうか」唇から垂れた唾を拭いながらジュディンが微笑み言った。付き合ってしばらくたった頃に、キスのあとすぐに口元を拭く動作をみたホーマックが「ムードがな~」とか言ってたのをジュディンは思い出していた。「女に幻想持ちすぎ」鼻をかじってやった。
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