C O U N T “ 1 0 - 0 ”

沈  黙  の  対  価
T W L T
T W L

公開日時: 2024年11月30日(土) 10:00
文字数:1,637

「出生率の減少がほぼ横ばいか」

「はい総理。明日、厚労省が発表します」

「あれが効いたということか」

「ブームになりましたから」

「うむ」桜田はデスクから立ち上がり第一秘書の高畑に言った。「なら例の法案も通るかもしれんな」

「おそらく」高畑が答えた。

「ちょっと電話する」

「分かりました」

 高畑が総理執務室から出ていくと桜田はスマホを上着から取り出した。


「俺だ」

〈おう〉

「大林。明日、厚労省の発表がある」

〈あー、出生率か。去年、一昨年と変わりなしだろ〉

「ああ。お前の言った通りになったよ」

〈いや、増加に転じてこそ問題解決さ。まだ僅かに減だろ?〉

「来年にはいけそうらしいぞ」

〈ほんとか!?よしよし〉

「北米でも効果があったらしい」

〈輸出を許可してくれて感謝してる〉

「次の法案のためだ」

〈ベトナムで進めている実地検証では今のところ問題無い〉

「ベトナムか‥‥」

〈来月にインドでも始める。ここまでだ桜田〉

「分かったよ。まーパターンさえ集まれば何とかなるだろう」

〈それほど心配することも無いみたいだぞ。たいてい最後は押し通されて終わりだ〉

「注射と変わらないってか」

〈一瞬だからな〉

「一瞬」

〈そう一瞬のうちに終わるのさ。すべてが〉

「タイパってやつか」

〈極まれり、だな〉



 スマホの赤の受話器ボタンをタップして大林との話を終えたあと桜田は、令和製薬が買収したインドのベンチャー系企業の事を考えていた。

 令和製薬がその会社、メメントアース社の一兆円での買収を発表したのは東京オリンピックの延期が当時の与党自民党から発表される少し前、2020年3月の半ばのことだった。

 もともとメメントアース社は、インドに進出している日系自動車メーカー用のバッテリーを製造していた会社の二人の幹部が起こした会社だった。地球環境のために本気の燃料電池を開発するために、独立したのだった。起業から四年たった2019年の暮れ、創業者の一人が新型ウイルスに倒れ亡くなった。

 私生活でもパートナーだった残された一人は、最愛の人を奪っていった災厄を全力で絶やすと誓った。

 すぐに彼は以前勤めていた会社のつてを使い、日本の平賀自動車の幹部にアポを取った。その幹部を通してインド政府の高官に贈り物をしてからプランを話した。

 新型ウイルスは、まずブレイクした中国の武漢を襲った。そのあと海を渡ってインドに侵入し、そして一帯一路の果てのイタリアをロックダウンさせた。世界がエンジンを止めた車の惰性運転のように静まりかえった。いつかすべてが止まる。世界の指導者達もが不安に陥った。

 とくにインドでの被害はひどかった。もともとインドは世界でも感染病の被害がひどい国といわれていた。新世紀に入り二十年以上たったこの頃では、川に死体が流れてくるというのは滅多に見られなくはなったが、依然として生活排水や工業廃棄物を垂れ流しの聖なる大河で、人々は生まれついて背負った穢れを洗い落としていた。天界の女神に赦しを乞うように。

 インド政府も国内の医療レベルを何とか上げていきたいと考えていた。人口が世界一になりGDPも日本を抜いて世界4位となったが、それに伴っていない生活水準を何とかしたかった。


 

 メメントアース社のラボで社長のヨクキは研究員の説明を聞いていた。

「それで、結局COVID-19のワクチンは作れなかったんだな?」二ヶ月前に決まったウイルスの呼称を使ってヨクキは言った。

「申し訳有りませんでした社長」主任研究員がとりあえずという感じで言った。「ですが、ワクチンの製造過程でユニークなものが発見されました」

「ユニーク?」

「そうです。治験に参加した患者、男性の患者にある症状が表れたのです」

「症状?何か危険な‥‥」

「いえ全く問題無いものです。誰にでも、ほとんどの男性に起こる症状ですので‥‥‥」女性の主任研究員が下を向いた。

「え‥‥‥」

 50億ドルの融資を受けて出来たのがバイアグラだったとは、とまだ四十代のヨクキはため息をついて背垂れに背中をついてラボの白い天井を仰いだ。

 

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