「毎朝電車の中で見る子に惚れた?」
「あまりでかい声で言うな」
友人が笑いながら俺に尋ねる。
「んで? 学校も名前も知らないって、秋元康の歌詞かお前は」
またわかりづらい例えをしたな。
「見たことない制服なんだよ、降りるのは同じ駅なんだけど」
「声掛けちゃえばいいじゃんか?」
「それができたら苦労はしねえよ」
「女々しいねー、どこ住み? LINE教えてでOKよ」
「俺が女だったらぜってぇ教えたくないな」
なんとも頭の悪い接触方法である。
友人がふと聞いてくる。
「そういや、お前いつも何時に来てんだ?」
「それで、俺の気になる子を見ようって腹か? 授業始まるぞ」
「はぁ……」
俺は友人を軽くあしらい小さなため息をつく。
そんな話をしていたのが昨日のこと。
俺、本橋優希は今、恋をしている。
名前も知らないあの子に
声をかけたことはない。
第一、声をかけられるわけがない。
俺の度胸が無いわけではない……と思う。
問題は毎朝、彼女を見ている場所なのだ。
毎日同じ車両で会うあの子を見ているのは
『女性専用車両』である。
「ふぅ……」
俺はグロスを引き終えると、ウィッグを被る。
鏡の前には黒髪ロングの美女がいる。
「今日もかわいいな、俺よ」
鏡の向こうの美女はそこから想像できない野太い声をしている。
「あ、あー、あー」
次に喉を軽く抑えながら声を作る。
「うん、準備完了!」
少し高めになった声を確認し、俺はバッグに学校の制服を詰めて家を出る。
いつからだろうか?
毎朝女装して学校に向かっているのは……。
きっかけは、帰ってきた姉が酔っ払い俺にメイクをしたことだ。
すごい嫌だったのに鏡を見るなりこう言ってしまった。
「……かわいい」
そこには美少女がいた。
元々女顔であるとは認識していたが、まさかここまでとは。
なぜか、俺はそこから一気にメイクにハマる。
少ない小遣いでメイク道具やウィッグを買い研究した。
さて、次にしたくなるのはどういうことか?
自分を写真に撮ってみる、俺かわいい。
実際に外に出てみるとナンパされたりもした
全然バレない、俺かわいい。
それを繰り返したら変に自信がついてしまう。
これなら女性に紛れてもバレないんじゃないのか?
こうして毎朝、通販で買った制服に身を包み、当たり前のように女性専用車両に乗り込むようになった。
まだバレたことはない。
というか、バレていたらただの変態だ。
バレないという自信と、バレたらマズいという、訳の分からないスリルと背徳感があった。
ある日のことだ、彼女が同じ車両に乗っていた。
一目惚れだった。
名前も、学校も知らない。
声をかけることも出来ない。
毎日彼女を見ている。
彼女にとっては……ただ同じ電車に毎日乗っている人。
軽く揺れる電車の中、俺はドア付近に立つ。
いつもの時間に、いつものホームから彼女は乗ってくる。
俺より少し低めの身長、栗色のふわふわした髪に大きなリボン……。
なんだか不釣り合いな、大きなボストンバッグを下げている、この時間だし部活でもやっているのだろう。
何部なのかな?
そんなことを思っていたら、電車が大きく揺れた。
その拍子に彼女が俺にもたれかかってくる。
「す、す、すいません」
思わず謝ってしまった……地声出てないよな?
彼女も何か言ったようだが車内アナウンスで、よく聞こえなかった。
まつ毛長い、目大きい……かわいい。
俺の顔は赤くなってないだろうか?
それよりか……下半身がやばい……。
なんだあのいい匂い。
ガワは女の子でも中身はこうだからしょうがない。
でも、彼女を見ているこの時間が幸せだ。
駅に着く。
俺は早足で電車を降りて行く。
元々、うちの学校の生徒以外はあまり降りないが、バレたら大変である。
早い時間だから生徒の数も少ない。
駅のホームにある男子トイレをこっそり覗く。
いつもここでメイクを落として学校の制服に着替えるのだが今日はたまたま人が多い。
どうしたものか……。
……反対側のホームへ行ってみるか。
反対側のホームまで小走りで走る。
うちの学校の生徒、部活をしてる生徒に数人すれ違ったがバレてはないみたいだ。
「ふぅ……」
トイレを覗きこむ。
誰もいない、大丈夫だ……。
このまま個室にマッハで入ろう、そう思って一歩踏み出した時だった。
俺は後ろに気配を感じる……。
しまった……タイミングが悪く人が入ってきた。
こういうときは『あっ、間違えましたー』と男子トイレに間違えて入った女の子のフリをするのだが。
「えっ……?」
思わず声が出てしまった。
「……え?」
栗色のふわふわした髪に大きなリボン……。そして大きなボストンバッグ?
……彼女だった。
思わず俺は硬直してしまう。
彼女はその大きな瞳を見開いて、同じように硬直していた。
「マ、マチガエ……」
そう言おうとした瞬間、彼女は真っ赤な顔をして叫んだ。
「なんであなたも男子トイレにいるんですか!!」
「はぁっ!?」
憧れの彼女の声は……。
想像するより……遥かに野太い声だった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!