バイト先での騒動から3日後。
俺は空き時間を見てスキルの練習をしたり、近場の宝くじで目立ちすぎない1,000円程度の小当たりから数100万程する辺りを拾って回った。
もちろん、一気に換金すると妙な噂が建ったりして募金やら、変な宗教家がすり寄って来る。
実際に、最初の3000万で既に20件ちかい「久しぶり、俺覚えてる? 同じ中学校で仲良かった吉田だけど」が5回あった。吉田大量生産ナウ。
とりあえずスクラッチなどの宝くじは、1年ほどの猶予があるので様子を見てからちょこちょこ換金して行こうかと思う。
未清算のやつだけでも500万ほどあるので、だいぶ心に余裕ができた。
それから、大金を得たということで新たに引っ越しをすることにした。
折角金を手に入れたのだ。6畳一間のボロアパートにいつまでもしがみつく意味はない。
とりあえず駅近くで、都心のマンションを探したら……こりゃまた高い高い。
これまで毎月の家賃が5万未満だったのに、一気に4倍近い19万スタートでトップだと26万円だった。
敷金込々だと、初期費用で5~60万は余裕で吹っ飛ぶ。
まあ、それでも今の財産を考えれば問題ないし、これからもちょくちょく宝くじ巡りをするから金には困らない……はずだ。
もし本格的に困ることがあれば別の方法を考えればいい。
いろいろ注意したり警戒してるが、折角のスキルなどという素晴らしい力を得たんだ。これで少しは楽しく生きたい。
……まあ、引っ越しをしたら例のバイト先には戻れないな。どう考えたって家賃すら稼げないし。
というか、バイトじゃまず金が足りなくなる。別の方法を考えた方が良さそうだ。
不動産屋と何度か顔合わせして、現地も見てみたがかなり良かった。漫画とかで見るお洒落なキッチン、ベランダも広くて1人暮らしには「ちょっとデカすぎないか?」と思うくらいには余裕がある。
ついでに防音加工もされてる部屋があるので、音楽とか流してても怒られない素晴らしい環境だ。
おまけに15階建ての12階で、かなり見晴らしもいい。夜景を見ながらワインを飲む……なんてこともできそうだ。
駅まで徒歩5分もないし、バスやタクシーもしっかり通ってた。
駐車場も完備なので、取るだけ取って放置されていた悲しい免許証が今こそ輝く時かもしれない。
いきなり新車は買わずに、中古車で練習してからカッコいい車を買う予定だ。
引っ越しは2週間後、それまでは荷物を纏めてダラダラと好きな事をすることにする。
「とはいったものの、急に暇になると何していいか分からないよなぁ」
荷物を詰め終わった俺は溜息を吐いて、すっきりした部屋の中転がる。
荷物はどうしたかって? そんなの異空間収納にぶち込んだよ。
最初は小さい物しか入らなかったが、それでも小物がばらつくよりましと思って30センチ四方の箱に詰めては収納をくりかえしてたら、気が付けば異空間収納のレベルが5に上がっていた。
一つレベルが上がるごとにサイズが10センチ増えるので、既に収納限界が70センチ四方の物まで可能になった。
コレのお陰で衣類やパソコンくらいなら十分収納できるようになった。
ベッドやテレビ自体は今のレベルでは収納できないので引っ越し業者に頼むことになるが、それでもかなり少なく済む。
なにより、異空間収納は「目に映る物全て収納可能」なのでごみを纏めて収納した後、ゴミ捨て場にぽんと出すだけで済む。1往復で大量のごみが運べるのは実に素晴らしい。
途中で「あれ、ゴミ出さなくても収納の中で放置でよくね?」と思ったのだが、常にごみを持ち歩くみたいで嫌になりすぐにやめた。
2週間の間そんな感じで過ごし、あっという間に引っ越し当日となった。
もともと、ボロアパート付近の人々とは接点が無かったので特に挨拶もせずおさらば。
逆に、新居ではしっかりお隣さん関係などを構築するつもりだ。
何事も最初が肝心ってきくからな!
新居に運び囲まれる荷物たち。
引っ越し業者が「……ほんとにこれだけ?」と聞いてくるくらい少なかったので、1時間もしないうちに運び込みが終了。
業者さんたちにお茶やらツマミになりそうなものを上げてお礼を言うと、ニコニコ顔で去っていった。
後は収納スキルから、引っ越し用にまとめた荷物を次々と取り出し、荷解きを済ませる。
微妙にテレビの位置やらベッドの位置を微調整するが、身体強化のお陰で楽々に終える事も出来た。
「おわったおわった」
汗ひとつ流すことなく、部屋を眺める。
やはり6畳1間で暮らしていたせいで、荷物がもともと少なかったので少し寂しく感じる。
特にリビングとキッチンは1つの空間に収まっているのだが、それでも余裕があり過ぎて何もない
「寝室兼自室にはこれまでの荷物を置くとして、ここにテーブルやらテレビをもう一台欲しいな。もう一部屋は……まあ、予備の布団でも置いておいて客が来た時ようにでもしておこう」
そんな事を考えつつ、昼食用に買って来たコンビニ弁当を取り出した。
今は机も何もないので、フローリングにベタ座りしながら食べる。
「あ、そうだ。近々ご近所さんに挨拶しないとな。やっぱ無難にそばが良いのかな?」
そんな独り言を言いつつ、コンビニ弁当を完食した。
食事を終えた俺は家を出ると、最寄り駅へと向かった。
駅周りには大手の百貨店やら家具店・電気店などが並んでおり、今必要な物は大抵揃いそうだ。
とりあえず、引っ越しの挨拶に良さそうなものを探しに百貨店に入るとこれが一番悩んだ。
引っ越し蕎麦などどうだろうかと考えたのだが、これで貰った人が小麦粉アレルギーだったらよろしくない。かといってタオルの詰め合わせ……というんは味気ない。
そんな事を考えながら店を回ってると、気付けば水羊羹セットやら高級蕎麦セット、ワイン数種等々と次々と購入を重ねてしまった。
金があるから「あれもこれも」と、ついつい買い過ぎてしまう。
まあ、余ったら俺が食えばいいんだけどな!
気が付けば贈り物のレパートリーが10種を超えた時点で10万近くに到達しそうになったので流石にストップ。
やはり一番高かったのはワインセット。正直これは俺が飲みたい位だ。
その後、電気店で大画面テレビなどを購入。もちろん持ち帰り&収納で解決。
家具も、在庫がある者に関しては全て受け取った。
机なんかも余裕で20キロを超えていたので「大丈夫ですか? 配送でも可能ですが……」と聞かれた。なので目の前で片手で軽々持ち上げてみせると、驚いた顔してそれ以上聞いてくる事は無かった。
そこでダイニングに置くテーブルとイスは全て購入を済ませた。
帰って家具などを設置し終える事でようやく寂しかった空間も、一般家庭らしい雰囲気が出て来た。
「うん、ちょっとまだ寂しい気がするけど、装飾品はそのうち増えるだろ。
家に帰る時にうっかり以前の安アパートに帰ってしまうなんてアホをしてしまったり、ついでだからと宝くじチェックして100万円をまたゲットしたり過ごした。
自宅に着くころにはすっかり陽が落ちてしまい、お隣さんへの挨拶はまた明日と言うことになった。
その日の夜、リビングで野菜モリモリのラーメンを食べながらテレビを見てるとニュースが流れた。
『本日15時ごろ関東の指定暴力団、鷲田組の組員が駅前で通行人に殴るけるの暴行を行っていると通報がありました。警察は暴行の現行犯で暴力団構成員数名を逮捕しましたが、2名逃走。被害者は骨を折るなどの重症で現在近隣の病院で治療を受けているとのことです。吉田勝容疑者(35)と岡田正志容疑者(30)です。周辺住民には注意を促すと同時に、目撃した場合は最寄りの警察署や交番への通報を呼び掛けております』
ズルズル、と面をすすりながら眉を寄せる。
……なんというか、気分の悪い話だ。
わざわざ力ある奴らが集まってやることが弱い者いじめって、何がしたいんだろうか。
俺の知る任侠映画とかだと、男らしさとか一本通った芯の強さみたいなものを感じていたが、やはりあれはフィクションであり実在はこんなもんってやつなのか?
「そうだ、俺なら奴らが何処にいるか分かるんじゃないか?」
確か名前は吉田勝(35)と岡田正志(30)だったな。
……居たな。
同姓同名は数か所あったが東京付近かつ、暴力団構成員で探したら両方とも一人ずつに絞られた。
「だけどヤバいなコレ」
鑑定結果を見て思わず顔をしかめてしまった。
なんせ出た内容がコレだ。
吉田勝(35)
状態:興奮
装備:片刃のナイフ
情報:中卒。強姦・暴行事件を起こし少年院に入れられていた過去あり。激しい興奮状態にあり、同時に自棄になっている為「どうせ捕まるのなら、その前にイイ思いしてやる」と、女性を探している。
岡田正志(30)
状態:興奮
装備:メリケンサック
情報:高卒。中度の薬物中毒。通行人を殴った張本人であり、その後仲間を焚き付け囮にして逃げた。現在吉田をいかに囮として使って逃げ延びるかを思案中。
「どう見てもまともな奴らじゃないな。ほっといたらもっと被害が出るぞ」
奴らがいる場所は現場から随分と離れた神奈川まで来ている。
事件が起きたのが15時で、今は19時だ。4時間もかければ人目を避けながら移動するくらいは出来るか。
しかしそのストレスからか、かなり殺気立っているようでこうしている間にも2人が口論をし始めている。
会話の全てまでは分からないが、おおよその事は鑑定が情報として教えてくれている。
恐らく岡田という若い方の男が吉田という強姦歴のある男を煽って、女性を襲わせようとしてるらしい。
そして吉田が女に夢中になっている間に自分はさらに遠くへ逃げてしまうつもりのようだ。
ただ、吉田の方も岡田の性格を熟知しているようで、互いに牽制をし合っている状態だ。
「さて、どうするか。こいつらがどうなろうと知ったこっちゃないけど、まかり間違って吉田がその気になって無関係な女性が餌食になるのは気分が悪いな。……知っちゃった以上は警察に連絡するか?」
そこまで考えるが、仮に警察に「どうしてわかったんだ?」と聞かれたら説明が面倒だ。
まさか「鑑定でサクッと見つけました」とか言えない。それに、俺には大量の宝くじを抱えてるんだ。下手に注目を浴びて痛くもない腹を探られるのも気分が悪い。
鑑定内容をさらに絞り込み、奴らがいる場所をスマホの地図で確認。
……うん、近くは無いけど遠くも無いな。
よし、こうなったら俺がとっ捕まえて、どこぞの交番の前に放り出すか。
一応今日までの間、身体強化のスキルは練習してきたんだ。たぶんやれる……はずだ。
ラーメンを食べきって、スープまで飲み切ると立ち上がって自室に向かう。
とりあえず目立たなそうな黒っぽい服に着替える。
黒のジャケット、濃い色のジーンズ。ついでに赤いマフラーで口元を隠す様に撒いておく。
今の時期は秋に入ったばかりだから季節的にも問題ない。なにより顔バレするよりはマシだろう。
しかし姿見を前に立ってみると……昭和のライダー戦士みたいになってんな。
苦笑いを浮かべつつ、俺は玄関に向かうが……。
「そうだ、このマンションは入り口に防犯カメラ付いてるんだ。服装の履歴が残るのはまずいな」
どうしたものかと考えて部屋の外を眺める。
ベランダの外は真っ暗で、高さも12階とだけあって誰にもバレなさそうだ。
「……いやいやいや、ダメでしょ。絶対死ぬって。12階だぞ」
一瞬思いついた事を慌てて首を振って否定する。
しかし、言いながらもベランダの外に出て周りを見る。
「……雨どいやら、壁の凹凸を掴めば降りれそうだな」
身を乗り出して壁を眺めるが、割と行けそう。
身体能力の確認を兼ねて、一度スポーツジムに行ったことがあるのだがそこにはボルダリングという、いわゆる室内で出来るロッククライミングのような設備があった。
試しにやってみたら足を使わず、腕だけの力でハングオーバーを余裕でクリアしてしまい、ジムに居た人達に「是非うちの事務所に!」と激しく勧誘されたことがある。
やはり、人間の限界を2倍にした握力だと、どんな壁の小さな穴ですら自身の体重を支えれてしまう。
その気になれば指一本で、壁を上る事が出来るくらいだ。
それを考えれば雨どいがしっかり取り付けられていたり、人工的な窪みが用意されている建物の壁位ならいくらでも掴まれる。
ついでに言えば10mくらいの高さから落ちても、尻餅付いた程度の痛みしか感じない。
12階建てって事は精々40メートル前後だ。試した事は無いが、たぶん両足が痺れる程度だ。
まあ、地面の方がひび割れて大変なことになりそうだ。……いわゆるヒーロー着地。
あれ、やってみたいぞ?
「っと、脱線した。行けそうだし……やっちゃうか。最悪6階くらいまで下りたら、近くの屋根に飛び降りちゃっても良いよな。着地をミスしなければ変な事にはならんだろ」
決めると俺は財布と携帯。一応家の鍵を持ちだす。
戸締りをしっかりした後、ベランダから身を乗り出した。
「ひぇ……いくら身体が強くなっても怖いもんは怖いな」
風が吹く度にゾッとする。
とりあえずマンションの側面まで向かうことにした。
ちなみに俺の部屋は12階の角部屋なので、すぐに側面に到着する。そして雨どいを掴み、どの程度の強度があるかチェックする。
「うん、高層マンションだけあって丈夫さはしっかりしてるな。これなら大丈夫そうだ」
両手で握りつぶさないように加減しつつしっかりとつかみ、するすると下へ滑り降りていく。
途中、下の階に住んでいた夫婦喧嘩が聞こえて来て申し訳ない気持ちになりつつ、6階付近に差し掛かったあたりで壁を軽く蹴って宙へ舞った。
向かう先はお隣の低めなマンションの屋上。
身体強化の影響で空中のバランスも完璧で、着地は地面を転がるパルクールのように勢いを殺して止まる。
くるりと振り返って、降り立ったところを見るがヒビが入った様子もないし、耳を足元に当てて耳を澄ませるが、着地の音で驚いたような反応もない。
「よし、成功だ」
にんまりとしつつ、本来の目的を思い出し、屋上を走る。
そしてまたジャンプ、転がるように着地を繰り返して屋上伝いに進む。
黒系の服にして正解だったな。コレ明るい色の服だったらすぐに汚れて大変だったぞ。
そう思うと、某暗殺者ゲームは白いフードと白い服でよく汚れなかったもんだと感心してしまった。
まあ、アレはゲームだからこその服装なんだろうけど。
最初の数回は注意しながら跳躍と着地をしていたが、回数を重ねるうちに感覚がつかめて来る。
するとアナウンスが聞こえた。
経験値により身体強化のレベルが2へと上昇しました。
「うお!? っと……」
突然の声に驚いて着地をミスしてしまった。すこし音を立ててしまったことで、建物の住人が「なに? 地震?」みたいな反応をしている。
「あぶないあぶない……」
冷や汗をかいたが、何とかなった。
だが今聞こえた声は、異空間収納がレベルアップした時も聞こえた奴だ。
機械的と言うか、抑揚のない合成音声みたいな声が耳元で聞こえた。
ステータスを確認すると案の定「身体強化Lv2」へと上がっていた。
これで俺の身体は最大3倍にまで引き上げられた。
これはラッキーと思い、さっそく最大強化した状態で走り込みジャンプをしたところ、たった一度のジャンプで10m以上跳ね上がった。さらに速度も高速道路の車くらい出ており、60キロはありそうだった。
「やっべぇ!!」
思わずテンションが上がり声を上げてしまう。
慌てて視線を足元に向けると、仕事終わりのサラリーマンや友達と遊んでいる学生がチラリと見上げる。
だが俺を見つける事は出来なかったらしく首をかしげてまた歩き出した。
黒服にしておいてよかった。
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