「驚きましたよ、もう! あんな大金の対物に連れていくなんて、心臓がいくつあっても足りませんっ!」
車の契約を終えた後、明美は起こった様子で前を歩く。
「ごめんって、前々から欲しいなって思っててちょうどいいと思ったら買っちゃたんだよ」
「それにしたって、い……一千万ですよ?」
値段を言う一瞬だけ周りをきょろきょろと見回してから声を潜ませて告げる彼女が何だかおかしくて笑ってしまう。
するとまた明美がムスッとしてしまった。
「もう、ハジメさん!」
「ごめんごめん! なんだか明美の顔が可愛くてついね」
「ななな、なにをいってるんですか!」
今度は顔を赤くしてそっぽを向く。……あらら、流石に可愛いはやり過ぎたか。
「とりあえず買い物は終わったし、今度は明美の番だな」
「私?」
「そう、今度は明美の買い物をしないとな。いつまでも今のままじゃ明美の着替えとか足りないだろ?」
「あ」
言われるまで忘れてたのか、ポカンとした様子になる。
「それに、折角だし磨けるところはドンドン磨いちゃおうか」
「み、磨く?」
「美容院にいったり、マッサージとかね。あ、勿論女性店員オンリーの所を探してあるから安心して」
俺は彼女の手を引きながら歩く。
手を掴まれたときビクッとしたが、振り払われる事は無くむしろ握り返してくれた。
よかった、少しでもこの1週間でトラウマになりかけてる男性に対する恐怖心を少しでも取り払わないとな。
そこから俺は彼女の私生活に使う必需品から洋服の購入に回った。
だが明美からこんなことを言われた
「わ、私何を買ったらいいのか分からなくて……」
なんでも明美は大学に通うために上京したが、友人らしい友人が出来ていない事といじめが原因で引きこもる時間が長く、買い物をあまりした事が無いというのだ。
これには俺も絶句した。確か明美の年齢は22歳……オシャレをしたい盛りの女の子が1人寂しく部屋に籠っていた?
なんとも寂しい話じゃないか。
俺は彼女の手を引いて、地元で女性の客が多い店に入った。
店内は女性ばかりで、中には彼氏と思わしき男性が疲れた顔で荷物を抱えて座っていた。
対して女性の手を引っ張って入って来た俺に視線が集まる。
うん、これはちょっと気が引ける。
女の人の空間に入るのは勇気がいるな。
そんな事を考えていると、とたんに声を掛けられた。
「あれぇ? そこにいるのはぶひのじゃ~~ん!」
やけに甲高く、耳障りな声が響いたかと思って振り返るとそこには明美と同い年位の女が複数名立っていた。
「あ……」
明美は彼女らを見ると青い顔をして一歩下がった。
どうやら知り合いらしい。
しかしその顔つきはニヤニヤといやらしく歪んでいる上に、明らかに彼女を蔑んでいるのがよくわかる態度だった。
どう見ても親しい友人、と言う雰囲気ではない。
肌は小麦色に焼けていて、髪も茶髪に染め、さらにネイルや付けまつげといった明らかに装飾も明美とは比べ物にならない位気合が入っているその女は、一般的に見れば「可愛い部類」と言うのに入るのだろうが、彼女に対する態度と先ほどの言葉のせいで印象は最悪だ。
「なぁにしてんの? アンタみたいなブスがこんな所で買い物ぉ? ウケるんだけど! 着飾ったって無駄なのになに調子こいてるわけ?」
別の女が馬鹿にした態度で声高に貶してくる。
そのせいで無関係の客もこちらを見て来る。
ヒソヒソと話し合う声が聞こえ、明美は小さく縮こまる。
……面倒な奴らにあったな。
ただ、鑑定をしてみた限りだと風俗の件とは無関係みたいだ。名前は「遠藤」か。
恐らく、便乗して明美を虐めて優越感に浸ってるだけの屑だ。
なら逆に丁度いいかもしれないな。
俺は一歩前に出て、明美を背に庇うようにして女たちの前に立つ。
するとようやく俺の存在に気付いた女が反応する。
「……あんた誰? 見た感じ年下だよね? あ! 明美の弟? ごめんねぇ~、アンタのお姉ちゃんしょぼすぎちゃってさぁ、つい揶揄っちゃった! あははは!」
まあ、俺の方が年下なのは事実だが……こんな奴らを年上とは思いたくないなぁ。
「俺は弟じゃないです。彼女とお付き合いをさせて頂いてる物です。失礼ですが、彼女とのデート中にいきなり話しかけてきて、罵倒するなんて何考えてるんですか? 常識を疑いますよ」
俺の言葉に驚く遠藤を含んだいじめっ子集団。
「な、か……彼氏!? ぶひのの癖に!」
「その変な呼び名はやめてくれます? それともあなたの鳴き声が混じってるですか?」
俺の言葉に呆気にとられ、意味を把握した遠藤は顔を真っ赤にして睨んでくる。
「おい、ぶひのォ! てめぇ!」
「今話してるのは俺ですよね? 彼女に噛みつかないでください。あと、お店の人達に迷惑なんで叫ばないでくれます?」
「……っ」
言葉に詰まる遠藤。やりすぎたかなと一瞬思ったのだが、彼女が明美にしてきた事を調べてその罪悪感はすぐ消えた。
カツアゲ、私物盗み、トイレで水をぶっかけるなど中々に悪辣。これはギルティですわ。
俺は顔真っ赤にプルプルする遠藤を無視して明美の手を引いてその場を離れる。
後ろから「おい!」みたいな声が上がるけど無視だ無視。
そして店員さんを捕まえ一言。
「彼女に似合う服を見積もって欲しい。多少高くなっても構わないから」
その言葉に店員さんは目を見開き、周囲に居た女性客は「キャー!」と黄色い悲鳴を上げた。
漫画でしか見た事ない言葉に大興奮している様子だ。
たいして男の方は「マジかよ」みたいな顔でこちらを見ている。
「ちょ、ハジメさん!? わ、私そんなお金ないですっ」
女帝店員がさっそく服を用意しようとしたところで慌てて待ったをかける彼女に、店員さんの手が止まる。
金がないのは困るぞ、と目が雄弁に語っていた。
遠藤も俺の言葉に驚いていたようだが、明美の言葉に嫌らしい笑みを浮かべる。
「そうだよなぁ、貧乏人のぶひのちゃんよぉ。アンタはダサい服がお似合いなんだよ」
「黙ってくれます? 明美、今日は俺からのプレゼントだよ。初デートなのに君に出させるわけないだろ」
わざとらしく、周りに聞こえるように宣言する。
そして店員に向き直る。
「そういう事なんで、お金は気にしないでください」
そう言って笑顔で洋服の選びをお願いすると、今度こそ店員さんは「畏まりました」と言って離れていった。
遠藤は口をパクパクさせてこちらを見ているが、無視。
「で、デートだなんて……」
「違うのか? 男と女が二人で買い物に出かける事をデートって言うんじゃないか?」
正直彼女からすればそんな気はないかもしれないが、今はこの自己顕示欲の塊みたいな女に一泡吹かせる為にそう宣言した方が良い。
……俺個人としてもデートであればうれしいしな。
それから店員が三名ほどやって来て、2人が明美を奥の着替えスペースに連れていた。
残った1人は今もなお明美に追いすがって噛みつこうとする遠藤を「他のお客様のご迷惑となりますので」と言ってやんわり店から追い出していた。
その時、めっちゃ俺を睨んでいたが相手にしか見えない角度でドヤ顔しつつ、鼻で笑ってやったら金切り声を上げていた。ワロス。
一応、アイツに電話を入れておくか。
それから暫くすると、静かになった店の中で明美のファッションショーが開かれた。
もちろん、観客は俺だけ。
店員さんが用意してくれた服はどれもセンスが素晴らしく、1つ1つはシンプルなものでも組み合わせることで華やかさだったり、清楚感を前面に押し出す様な物が多かった。
やはり黒髪でロングストレートはワンピースなどが良く似合う。
「如何ですか?」
店員さんがそっと聞いて来る。
「すごくイイです。良く彼女のイメージを引き出してて最高です」
そう答えると満足そうに微笑む店員さん。当の本人である明美は出てくる服を恥ずかしがりながら袖を通して行き、着替えが終ると俺の前に出て来て「ど、どうですか」と赤面しつつ聞いて来る。
もちろん俺は彼女を褒めまくった。
嘘とかおべっかではなく、本心で可愛いのでべた褒めと言ってもいいレベルで。
すると最初は遠慮気味だった彼女も、少しずつ笑みを浮かべ「ありがとうございます」と目の前でターンをしてくれた。
一番気に入ったのはゆったりとしたカーディガンを羽織ったスタイルで、スカートも足首付近までストレートに流したシンプルな物だった。
元々スタイルの良い明美はこういった派手過ぎない服が良く似合う。
「うん、今日はこれを着て帰ろうか」
俺はそれらを即決で買う事に決める。
ついでにそれに合う靴を二種類ほど購入。1つはハイヒールで、もう一つは膝下まで包むように長く、底をほんの少しだけ上げたブーツ。
合計で20万弱したが、これから着回すのだからこれは必要経費だ。
なによりこれまでオシャレらしいオシャレをしていなかった彼女には、少しでも楽しんでほしかった。
現金一括で支払うと店員さんは満面の笑みで「またのご来店をお待ちしております」と深く頭を下げた。
その際に明美に「いい彼氏さんね。逃がしちゃダメよ」と耳打ちしてるのが聞こえた。明美は顔を真っ赤にうつむいてしまう。
うん、恥ずかしいが褒められると気分がいいな!
ちなみに購入した荷物は人気の少ない所で異空間収納に放り込んだ。
「その、さっきはありがとうございます」
「ん?」
暫くゆったりと歩いていると明美が礼を言って来た。
服の事だろうか、と振り返ると彼女は顔を赤くしながら続けた。
「さっきはその、遠藤さんから私を庇う為に、で、デートなんて言ってくれて……嘘でも、嬉しかったです」
「別に嘘じゃないよ」
「ふぇ!?」
「俺としては明美の事を可愛いと思ってるし、デートであれば俺もうれしい。……恥ずかしい話だけど、これまで誰かと付き合ったことないからさ」
「そ、そうなんですか!? あんなに慣れてるみたいに堂々としてたのに……」
それは金に余裕が出来たのとスキルで自分に自信が付いたからだな。
前の俺はとことん卑屈で「どうせ俺には彼女は出来ない」とあきらめていたから、それっぽい雰囲気に慣れても自分から離れてたんだ。
でもスキルが手に入り、更に金が沢山手に入った事で気が大きくなったおかげでどんどん自分の行動に自信が持てるようになった。
あるいみ調子に乗っていると言ってもいいかもしれないが、それが良く作用しているなら悪い事じゃない筈だ。
「だ、だったら……私はハジメさんの初めてのデート相手ってことですか?」
「そうだな。明美は嫌だったか?」
「そ、そんなことないです! 私もハジメさんが初デートの相手でホントに良かったです!」
俺がわざとらしく肩を落として聞いてみると、慌てて否定してくれた。
その仕草があまりにも必死で、少しびっくりしたが同時に嬉しくもあった。
そんな所に面倒な闖入者がやって来た。
「おい!」
通路を塞ぐようにして立つのは、先ほど俺に言い負かされた遠藤とその取り巻き。さらには男連中が3名ほど居る。
通行人がなにやら不穏な物を感じ取ったのか遠巻きにこちらを見ている。
「何か用ですか?」
「さっきは舐めたことしてくれたね? ちょっと面貸しなよ」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら近づいて来るので、一歩前に出て明美の前に立つ。
「お断りします。というか、さっきも店で絡んできましたけどすごく迷惑です。2度と話しかけないでください。では」
そう言って明美の手を引いて反対方向へと踵を返すが……。
「にがすかよ!」
男たちが周りを囲うように立ちはだかった。
「……はあ、あのね。アンタらの為を思って言ってるんだぞ。こんな人の往来で問題を起こせば色々困るのはそっちも同じだろ」
ため息交じりにそういうと、茶髪頭の1人がいらだった様子でつかみかかって来た。
「てめぇ、なに上から物を言ってんだ! 年下の癖に!」
「今、年齢って関係ないでしょう? それと――」
胸元を掴まれる直前に手首を捻って、足を払う。
すると男はぐるんと、見事な側転をしながら地面に転んだ。
「ぐぁ!?」
背中から落ちて悶絶する茶髪頭。
「いきなり掴み掛からないでください」
そのやり取りを見てた周りの人々がざわめきだす。
「すごい」
「片手で投げた!」
「柔道って奴?」
「合気道じゃない? 漫画で見た」
そんな野次馬の声が聞こえてくる。
ちなみに合気道なんて一切使っていない。スキルで強化された腕力で無理やりぶん投げただけだ。
現に地面にたたきつけられた男の手首は真っ青に晴れていた。たぶん折れてる。
まあ、喧嘩売って来たのは向こうからなんで一切胸は痛まない。
そんなことも気付かない遠藤と取り巻き男女たちは腰が引けている。
方や元いじめられっ子、方や年下と甘く見ていたら手ひどい反撃を食らえば当然か。
「それで? 話と言うのは? 顔を貸すのは面倒なんでここで話してくださいよ」
わざとらしく襟元を正しつつ、少し小馬鹿にした態度で言ってやるとまた遠藤は顔を歪める。
だが、声を荒立てたりはしない。
この現状で下手な事を言えば最悪自分たちが悪者になるのは明白だ。流石にその位の分別は付くらしい。
だが男たちの方は頭に血が上っているようで、無事な3人も殴りかかって来ようとする気配があった。
そんな時、一台の車が俺の隣に止った。
真っ黒で、光沢のある高級車。
それでいてガラスはスモークが掛かっており、中が伺えない。
人がそれなりに往来する道の途中、あまりにも不釣り合いな車に野次馬や遠藤たちを含めた全員が困惑する。
そして窓ガラスが開かれ、顔をのぞかせたのは強面の男。
どう見ても表稼業の人間ではないと理解できるその風貌に、周囲の息をのむ音が聞こえた。
その男は、かつて明美が働かされていた風俗で出会った錦と言う若頭だった。
錦は俺の事をじろりとみると「言われた服装だな」と呟いてから声をかけて来た。
「アンタか?『裏の旦那』に言われた兄ちゃんってのは」
裏の旦那と言うのは、あの時に錦と顔合わせした時の俺の事だ。
名乗って無かったのでそう呼ばれている。
「ああ、そうだ」
「証拠は?」
「この声、聞き覚えないか?」
その言葉に錦は一瞬眉を寄せたが、すぐに察したように目を見開いた。
そして車から降りて来る。
同時に運転席の男も出て来た。運転手の男は黒スーツというシンプルな格好だったが、その胸元には稲田組組員を意味する代紋バッジが付けられていた。
前回見た時のような黒のスーツではなく、今日は赤のシャツに白いスーツというこれまた目立つ格好。
「これはご無礼を。気づきませんで」
そう言って両手を膝に付けて頭を下げた。
すると運転手の男も一緒に頭を下げる。
ただ、鑑定で調べから……うん、ちょっとがっかりされてるみたいだな。そりゃそうか、やべぇ奴の素顔が何処にでも良そうな若造なんだ。落胆もする。
でも甘くみられるのもちょっと癪なので軽く脅かすかな。
「いいよ。わるいな、呼びつけて」
そう言って錦の肩に手を置く。ほんの少しだけ力を込めて肩を掴む。
すると彼はピクと身体を揺らす。たったそれだけ。
「……まさか昨日の今日で呼びつけられるとは思ってなかったですが構いません。旦那の頼みですからね」
「ありがとう」
「それで、用ってのは……ここにいるガキですか?」
スッと、細められた目が俺を囲んでいた遠藤らに向けられた。
それだけで萎縮して一歩、また一歩と下がる。
「いや、ここにきてくれただけでおおよその目的は果たしたよ。悪いんだが、ちょっと車乗せてくれるか?」
「ええ。……おい」
錦が呼びつけると運転手がササッと動いて後部座席を開き「どうぞ」と頭を下げた。
困惑する明美を促して車に乗り込んでもらう。
そして、遠藤らに声をかける。
「ああ、そうだ」
ビクッと身体を震わせる遠藤たち。既にその表情からは怯えが浮かんでおり、自分が絡んだ相手はどのような相手なのかと戦々恐々とするのが見て取れる。
「もし明美に手を出してみろ。この街に居れなくしてやるからな」
その言葉に泣きそうな顔で必死に頷いた。
まあ、そんなつもりはないけどね。これくらい脅せば十分だろう。
しかも、既に苛めをしていた遠藤は今にも倒れそうだ。
なんせ明美を堂々と虐めていたのは自分自身だ。明美がその事を俺に告げたらどうなるのかと怯えているのが鑑定で分かった。
車に乗り込むと錦は助手席へと座る。
「どこまでで?」
「そうだな……適当に海が見える所まで頼めるか?」
「わかりました。おい、出せ」
「へい」
それから車は喧噪と動揺が占める昼間の街を走り去っていった。
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